シャラード神教の司祭
村は混沌と化していた。
躓き地面に倒れこんだ少女に魔物が牙を突き立てようとしたところを、風魔法で切り刻む。
それを成した私に律儀に感謝の礼を言おうとするのに被せ、早く広場へ向かうように指示する。
広場は避難場所に指定されている。
先に行ったロイとリュークも、今ごろは到着している頃だろうか。
私とラャナンは、突如として現れた岩で構成されたゴーレムの暴れるところに向かっていた。
だが、その途中で戦闘に心得のない者が魔物に襲われているのを見過ごせることはできず、最速で道を進めてはいなかった。
魔物は昼間の襲撃より数は少ないが村内で散らばっており、昼間の襲撃のように魔法でまとめて倒すことができない。
優れた身体能力をもつ狼人の種族であることからまだ死者がいないので幸いだが、敵の思う通りに動かされてるだろうことが歯がゆかった。
「まさか、こんなに速く襲撃してくるなんて思わなかった」
「見通しが甘かったかね。それとも、相手の方が一歩上手だっか……」
明日に私達が村を出発することを考えれば、今日中に一網打尽にするのに妥当なことではある。
だが実行に移す戦力補充や時間を考えると、それは自然と排除してしまっていた。
巨大なゴーレムに氷の矢が放たれたのを、光が反射して遠目でも認識することができた。
あまり効果がなかったことも。
ハルノートが氷魔法の効果を期待してのことだろうが、私は弓の特性を生かした付与をした為、打撃が効くゴーレムには相性が悪い。
そこで契約の繋がりによって、リュークから連絡が入った。
無事広場にたどり着き、戦える狼人達がいて自分は間に合っていることから、ハルノートのところへと助力するようだ。
リュークは空の道で一直線で行けるので、私達より速いはず。
私がやり取りをしている間、ラャナンはその横で獲物を探す魔物を見つけると倒しに向かっていた。
力の差を察して逃げようとするが距離をつめ、一刀で両断する。
そこで私は、ラャナンの後方で闇が揺らいでいるのを見た。
「避けて!」
「ッ!」
警告によりラャナンは間一髪避け、大きく後ろに飛んで剣を中段に構える。
私は彼女と合流をしようとするが、複数人の敵に囲まれて叶わず分断させられた。
襲撃者は闇に溶ける黒の服装で、自害してしまった男と同類だと容易に推測できた。
三人で取り囲むだけで敵が動かないのをいいことに、私は魔法を構築する。
ラャナンの方は既に戦闘が始まっていた。
剣戟の応酬がされ、敵は入れ替わり立ち替わりに動いている。
私は攻撃のタイミングを見計らう。
そんなとき、一人の男が前に出た。
「争う意思はありません。どうか、魔法を取り下げてくださいませんか?」
「……それは先にあなた達がすることでしょう?」
「ああ、あの女性については別です。私どもは貴方様だけに申し上げています」
この場に不釣り合いで話しかける友好的な男だ。
顔はなぜかこの一帯だけ明かりがないことではっきりと判別できなかったが、誰かが分かった。
シャラード神教の司祭の男だ。
魔法は発動直前で保ちつつ、敵の意図を考えると相手は名乗りを上げた。
「私はテナイルという、レセムル聖国で司祭を務めさせてもらっている者です」
話を長引かせないよう且つ情報を得る為、黙って続きを促す。
テナイルはそんな私にニコリ、とちっとも気を緩めることができない笑みを浮かべた。
「実は今回、ヘンリッタ王国に赴いた目的として、とある御方を探しにきているのです。お姿の特徴はしか分からぬものの、それに貴方様はどれも一致しておられます。ですので、どうかレセムル聖国に同行してもらえないでしょうか。例え目的の人物と異なっていたとしても、もてなしをさせて頂きます」
「……その特徴というのは何?」
「この国に滞在しておられ、小さな身に収まっているとは思えないほどの魔力をもつ少女です。現在はどうか分かりませんが、半年前には長髪でした」
最後の条件も、髪は伸ばした方がいいという猛烈なエリスなどの人からの意見で取り入れているので、どれも私に当てはまっていた。
だが、どうにも気にかかる。
大体の容姿が分かっているにも関わらず、顔立ちや髪色、性格などの細かい点はとらえていないのか。
問うと「神の御告げによるものですから」と返された。
私は転生はしているが、神は信じていない。
ならばと少女を探す目的を問いかけるが、「申し上げられません」と返される。
「疑問が多くありましょうが、まだ公表できず、答えられない
のです。ただ一つ言えることとしましては、私どもは神のお望みの為に行動しています」
「……誤魔化してるの?」
「いいえ。神に誓って嘘偽りはありませんよ」
「じゃあ、この村を、狼人を襲うのはなぜ?」
「これも神のお望みの為です。世界は人族の為に作られましたが、その暮らしの中に人の形をした獣などが混じっていては真理に反します。ですので、あるべき世界に戻そうと私どもは行動しているのです」
「……そう」
「では、返事を聞かせてもらってもよろしいですか? 色好い返事であるといいのですが」
返事なんかはとっくに決まっている。
私はテナイルを真似するように微笑み、待機させていた魔法を放った。
「私があなた達に着いていく訳ないよ」
「……ならば、仕方ありません。手荒ではありますが、無理矢理にでも連れさせてもらいますッ!」
テナイルは攻撃を受けたにも関わらず傷一つなく立っていた。
そして、いつの間にか握っていたメイスを振り下ろしてきた。




