狂人 ※土の魔法使い視点
魔力で強化しないと見えないほどの遠い場所で、巨大な岩の塊が動いた。
微かな月明かりの元、岩と見間違えるそれが手で地面を粉砕し、足で穴とも呼べる窪みを作る。
巨体である故愚鈍であると想像していたが、動きは中々に速かった。
ズシンと踏み鳴らす地面の音が聞こえることと微かな地面の揺れが感じられることが、それを示している。
「始まりますね」
司祭のテナイルはあいも変わらずの微笑を浮かべていた。
「正直に言いますと、話を聞いたときは疑っていましたが、これはかなり期待できそうですね」
「そうでしょう。あれは元々は鉱山に眠る宝を守るガーディアンでした。かつては討伐するために派遣された伯爵の騎士を幾度も撃退し、多大なる損害を与えていたそうです」
そして、そのときよりもガーディアンは力を増している。
従属した後、目立たぬようにと人目のないところに待機させていたら、勝手に岩を取り込み巨大化したのだ。
細かいコントロールがきかないデメリットがあるが、欠点を補えるほどの強力な手札である。
使いどころは限られるが、狼人共に身のほどを分からせるにはうってつけだ。
テイマーの部下が得意気につらつらとそう話さている間に、狼人達は異変に気付いたようだった。
家と呼ぶには粗末な岩の中から、数人が出てきた。
続いて、談笑していた魔法使いの少女と大剣使いの女も異変を感じ取ったようである。
二言と話し、武器を取りにか家に入っていく。
「そろそろ行きましょう」
テナイルに声をかける。
この場の半数以上がシャラード神教の者で俺の言葉で動いてくれる者は彼以外いない。
彼らはいつもの白の服装は黒に変わっていた。
服装だけでなく死んだ暗殺者に似た雰囲気をもつことから、それが本当の姿ではなかろうか。
ただの暗殺者と違い、彼らは行動に移す前に聖印をきる。
テナイルも同じことをし、そして首にぶら下げていた十字架のネックレスを握り瞑想した。
「やはりテナイル様は狼人を、亜人をお好きではないですか?」
「はい。―――嫌いですよ」
その言葉には嫌悪と怨恨が込められており、ふと疑問に思ったことへの答えにお思わず体が震えた。
俺はテナイルもシャラード神教の掲げる人族至上主義なのかを、何気なく尋ねただけだった。
狂ってる。
仮面が剥がれ、テナイルは口角を上げて不気味に嗤っていた。
後ろに控える信者もこれからが楽しみでならないと、ニタニタと眼下の狼人を見下ろしたり暗器の切れ味を確かめている。
「人族以外は悪です。貴方様も、そうお思いになられるでしょう?」
「あ、ああ。そうだな」
敬語が崩れた俺であるが、満足気な様子だった。
テイマーの部下はヒクリと頬を痙攣させている。
顔が狂人らに見えていないことが幸いだった。
「僕、先に行ってますね!」
テイムしている魔物を引き連れ、恐れた彼は逃げて行った。
ガーディアンが村で暴れだして混乱している間に己の上司の救出をする役目だ。
だが彼は野心を持っている。
生きているのか定かでないテイマーの救出を願い出たが、奴の持っていた魔道具を得たいだけだろう。
邪魔な上司は生存していても、きっちりと殺してくるはずだ。
そうなればまた失敗し、シャラード神教の者に協力をしてもらうことになった責任を押し付けれるので、別にかまわない。むしろ強く推奨する。
「では、よろしくお願いします」
魔法使いの少女はテナイル達に任せていた。
二度あることは三度ある、とどこかで耳にしたことがある。
俺はもう奴には敵わないと心の髄まで分かりきっているので、完全に少女の相手は頼んでいる。
俺も含めて魔法使いは接近戦は苦手とするので、仲間と合流する前に急襲しえしまえば、あの魔法使いは討てるだろう。
それにテナイルを筆頭として、信者らは強い。
「決して見た目で油断はしないでください」
「大丈夫です。私どもも事前に情報は得ていましたから、油断している者はいないでしょう」
「事前にですか?」
「ええ。実は、私達は人探しをしているのです」
今の俺だから言ってくれるのだろう。
伯爵の契約履行の後のことで、ここでも魔法の契約はされている。
俺としては見放されることがない証明となるので、反対することはなかった。
たとえ契約内容が死ぬまでシャラード神教の元に属することになろうとも、命には変えられない。
「……かの魔法使いが、探している人物ですか?」
「まだ分かりません。ですが、女性で魔力が多く、身長が特徴と合致していますので、かなり可能性は高いかと」
ならば、生け捕りにするのか。
あの魔法使い相手に。
だが、俺は文句を言える立場でない。
無難に「そうですか」と返したところで話は終え、ガーディアンによって騒ぎが起きる村に入り込む。
そのときの俺はシャラード神教の者の助力があることで成功を確信していた。




