氷の壁
土の矛という魔法攻撃によって危うくロイが死ぬかもしれなかった。
そのことから、私はだいぶ頭に血がのぼっているようだった。
少なくとも、遠距離にいる敵の魔法使いに幾度も攻撃を仕掛けるぐらいには。
土の魔法使いは私の魔法を避け続けていた。
決して私と魔法で挑むような戦い方はしない。
膨大な魔力を保有する私と比べると、どうしても劣る魔力を無駄なく使い、戦況が不利に傾かないよう維持する。
どうやら相手は私を知っているようだった。
子どもの見た目である私を侮らず、的確に有能な魔法の用い方で戦う様子からはそうとしか思えない。
ブレンドゥヘヴン戦という多くの目があったところで見たのかと考えるが、この魔法使いは見なかった顔だ。
あの時は役職ごとに集まっての配置であり、全員の顔は把握していたので間違えはない。
ならどこでか、とさらに記憶を探ると思い出した。
奴隷狩りをしていた一人だ。
騎士に連れていかれたところを見届けたはずだったのだが、どうして王都の牢ではなくここにいるのか。
だが、今は関係ない。
きっと正攻法で牢から解放された訳ではないだろうし、現在もまた悪事をしている。
騎士につきだしても無駄だったのならば、今ここで奴隷狩りのリーダーであったガムザと同じように私の手で、
「報いを受けて」
辺り一帯の風が私の支配下となり、土の魔法使いへ刃となって切り刻もうとする。
目視できない風であるから、避けきれるものではない。
土の壁で防御しようとしてもだ。
だが、土の魔法使いは切り傷一つもつくことはなかった。
魔物が庇い、彼が負うべきだった傷を代わりに受けたからだ。
「クレディア! いつまでも魔法使いばっかりに構ってねえで、先に魔物をやれ!」
「……私も今そうしようと思ったところだよ」
個人的には先に敵の魔法使いからやってしまいたいが、そろそろ頭が冷えてきたころだ。
冷静になって辺りの正確な状況を把握する。
私が魔法使いに夢中になっていた間に、思っていたより状況が変わっている。
減らした魔物はまだテイムしていたのが潜んでいたようで、最初と同じ数とまでにはいかないものの増えていた。
リュークとハルノートが応戦しているが、このままだと魔力と体力がなくなる。
ハルノートは炎の精霊という切り札をとってはあるが、不利なのには代わりない。
オルガは同族の狼人二人に、頭では分かっているだろうがどうしても加減をしてしまうようだった。
武器の鉤爪を用いていないので、深い傷を負わせたくないのだろう。
体術のみでの彼である。
だが、優位には立っているようだ。
けれどもここでも魔物が戦闘不能にさせるあと一歩のところで邪魔をする。
オルガがハルノート達の元に駆けつけれるのはまだかかりそうだった。
ラャナンは一人の男と剣を交えていた。
男は全身が黒で顔を隠していることから暗殺者を連想させ、二本の短剣で大剣と渡り合っている。
身のこなしを見ればかなりの難敵だと伺えた。
ここで私が怪訝に思ったのが、ラャナンの動きの鈍さだ。
もしかしたら、男の短剣には毒が塗られいるかもしれない。
そうだと分かる色や液体は見られないものの、彼女の体には軽症であるが幾筋の赤い血が流れていた。
現状戦いは拮抗としているが、毒が回れば男の力が上回るだろう。
魔物や土の礫をはらいのけるせわしさの中、一番危ういのはラャナンかもしれないと考える。
男の他にまたしても魔物が隙を狙って襲いかかろうとしているのを、リュークが支援し止めている状態なのだ。
全体的に問題なのは、魔物がいることで一対多数となっていることだろう。
怯えて私のローブを掴んでいるロイの為にも、魔物よりも脅威である魔法使いを倒してしまいたかったが、なんせ手強い。
さらに欲をかけば、テイマーを一番に相手にして魔物の司令塔を失わせたいが、姿を隠している為できない。
魔力探知をすれば居場所は分かるだろうが、魔法使いと同様、遠距離攻撃となる。
きっと倒すことは叶わないだろう。
「ロイ。私が合図を出したら、皆に下がるように言ってくれる?」
「! ……うん!」
こんな戦いとは無縁である、ローブを握る小さなロイの手を包み込み告げる。
力強い返事だった。
不安げな表情はなくなり、前を見据えている。
私は土の魔法使いに対して突風を起こし牽制してから、地面にトンッと杖を立てる。
ピリッとした鋭い痛みが怪我をした腕に走るが、構ったものか。
この場で一番効果的であろう魔法を選択し、魔力を練る。
敵の魔法使いが私を阻止する為に遅れながら攻撃を放つが、ロイがハルノート達に声を張り上げ、私が魔法を発動させる方が速かった。
魔物と人を分断しながら氷が走る。
その跡には分厚く頑丈な氷ができあがっていき、運悪く巻き込まれた魔物が耳に障る悲鳴を出す。
そうして堅牢な氷の壁ができていた。
「やるじゃねえか」
少しずつ魔物を削るよりこの方が速いと考えての魔法の選択は、ハルノートから珍しい誉め言葉をもらった。
「落ちろ」
彼はいつのまにか炎の精霊を呼び出していた。
そして氷の壁が意味をなさない翼をもつ魔物は燃えることとなり、地に墜落していく。
「終わったぞ!」
「オルガはラャナンをお願い!」
狼人を戦闘不能にしたオルガは加勢しに駆ける。
私達は魔物を氷の壁で押さえている間に、テイマーの相手だ。
「場所はどこだ!?」
「岩に隠れてる! リューク!」
「ガウッ!」
テイマーの居場所を契約の繋がりがあるリュークに伝えると、その場所に向かっていった。
植物魔法を行使したようで、蔓で男二人に攻撃している。
「リュークに避けろって言っとけよ」
ハルノートが弓を上に向かって斜めに構えた。
矢は私が風魔法を付与したものだ。
ひどく集中しており、私は返答したものの彼は聞こえていないようだった。
矢は私達に反動を及ぼしながら、テイマーへと飛んでいった。
見事一人の男の肩に当たったようだ。
よろめく男にリュークが植物でもって拘束していく。
もう一人の男の方にも、とハルノートが同じように矢をつがえるが、打つまでには至らなかった。
氷の壁を土の魔法使いが壊したからだ。
私は警戒していたが、一度にいくつもの魔法を放たれては敵わなかった。
言い訳をするならば魔力の残量が乏しく、注意を向ける相手が多かったからだ。
壊された壁から魔物が次々と入ってくる。
その穴を防ぎつつ、ハルノートと魔物を倒していく。
「終わった……?」
壁の中に来た魔物を滅ぼした頃には、全ての戦闘が終わっていた。
ラャナンとオルガはの黒ずくめの男に勝ち、リュークは矢が当たった男を完全に動けなくしていた。
だが、魔法使いとあと一人いた者は逃げたようだ。
残った場には、他には統率を失った蠢く魔物だけとなっていた。




