土の矛
「転生した種族の境遇は複雑」→「半魔はしがらみから解放されたい」に改題しました。
ご迷惑おかけします。
「ヒック、ホズ! 俺だ、オルガだ! なんで……なんで何も反応してくれない!」
駆けていた足は止まり、オルガは強制的に奴隷になってしまった狼人に叫ぶように呼び掛けていた。
だが、ピクリとも動かない。
狼人である男性と女性の瞳は虚ろでありぼんやりとしていた。
そして首輪が目立つようにはまっている。
初めてみるが、直ぐに魔道具の奴隷の首輪であることが分かった。
奴隷禁止となったヘンリッタ王国では、それは使用が認められず所持するだけで処罰の対象となっている。
「くそっ!」
苛立ちに任せてオルガは地面を踏み鳴らした。
びくりと怯えるロイのことは今は忘れ、怒りで完全に頭に血がのぼっている。
「おい、どっかの誰かさんのせいで完全に囲まれたがどうすんだ」
「間違ってはいないが、もっと他の言い方ってもんがあるだろうに」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」
「なら合理的な話でもするかね。と言っても、蹴散らすしかなさそうだけど。勿論、狼人は除いてね。そう怖い顔して睨むなよ」
「蹴散らすとしても、魔物以外に何人か混ざってるね」
「何人いる?」
「魔物に紛れて一と、遠方にい三。魔力の多さからして魔法使いが一人いる」
「面倒だな」
大小様々の魔物が、じりじりと私達の元へ近づいてきていた。
合図があれば魔物であるので、ひとっ飛びで襲いかかれる距離だ。
「……クレディア、ヒックとホズを解放することは可能か?」
「戦闘後であれば」
だから、私達と戦うよう命令されていると思われる狼人との戦闘は免れない。
魔道具の魔力回路の構造を慎重に調べなければならないが、奴隷にされた狼人は時間をかければ自由にすることができるだろう。
見たところ、この奴隷の首輪は意思を奪い反抗心をなくすことができるが、簡単な命令にしか従えないような種類だ。
これ以上の効能の魔道具ならかなり難しくなるが、まだなんとかなるレベルである。
「っ!」
考えていたそのとき、敵の魔法でできた矛がいくつも迫り来ることに気付いた。
魔法の制御が優れていて、狙いの私に一本も逸れることなく集中している。
避ければ、ハルノート達はともかくロイに被害が出るかもしれない。
ならば迎え撃つしかないのだが、かなりの威力のある魔法だ。
狼人に気をとられすぎたと後悔する暇もなく、対抗させる魔法を構築する。
矛が直撃するのと魔法が完成するのでは、後一歩私が足りない。
危機に気付いた仲間が剣で庇おうとするが、あまりに多くの矛だ。
土魔法でできており、軽くない怪我を負うことは確実だろう。
「主!」
痛みの覚悟を決めた、そんなときに私の前にロイが飛び出した。
無謀だ。
庇う為の時間もなく、ありありと悲惨な光景が想像できた。
矛がロイを残酷にも貫く。
だが、実際はそうはならなかった。
魔法を阻む結界が発動した。
以前ロイの為に作成した魔道具のものだ。
だが、結界に一点に力が集中する矛では打ち負けてしまう。
四本は耐えきった後、ガラスが割れるような音を出して結界が破れた。
その間にリュークはロイを安全な場所へ移動させていて、ハルノートとラャナンが剣で一本ずつ、矛を反らす。
残りの矛は私が氷魔法で迎え撃った。
だが、残り最後の一本の矛が避けることも叶わず、腕に傷を負うことになった。
「クレディア!」
「私は平気!」
私を気にする余裕はないのだ。
魔物が襲いかかってきており、奴隷となった狼人に至っては既にオルガと戦闘が始まっていた。
「ガウッッ!!!」
普段温厚なリュークが私が怪我を負ったことで荒ぶり、数多くの種類の植物が剥き出しの岩ばかりの地面から急速に成長した。
リュークが魔物の初撃を防いでいる間に、ロイを私の近くに呼び寄せる。
そうして私とロイを中心として陣形を組み、私達は攻守を反転とさせた。
「俺は自分の仲間を相手する」
「手ぇ抜かずにさっさと終わらせろよ。お前の妹の命もけかってんだからな」
「ああ」
オルガは引き続き同じ者を相手取ることになった。
ハルノートは剣をもって前衛として魔物を押さえる。
私は魔力を大量に消費したリュークに魔力回復薬を渡して代わり、魔物の相手をした。
「バラバラにしてあげる」
腕の傷の痛みは、魔法を構築することを阻害するにまでは至らない。
初級であるが膨大な魔力を注いでできた風魔法は、魔物の三分の一を一掃した。
一瞬の出来事で同胞が死んだことにより、魔物は硬直する。
私は明らかな隙にまた魔法を与えてやろうとするが、土の矛が再び来たことにより妨害される。
「……先に片付けられたいの?」
氷でもって矛は相殺し、目を魔法で強化して魔法使いを見やる。
相手も魔法の標準を定めるために強化していたようだ。
私が眉をひそめたのに対し、土の魔法使いは顔をいましめた。
敵が追加の魔法を放ってくるのを、先程よりも魔力で凝縮された氷で粉々にする。
そしてそのまま魔法使いを狙い、真っ直ぐに氷は飛んでいった。




