最重要なのは
魔物討伐は討伐隊に死人や怪我なく終わった。
ラャナンさんと同じパーティー仲間の男と争うことも、魔物の潜む場所での危険性からすることからか、起こることはなかった。
オルガとロイに帰還したことを知らせるため、宿の部屋の扉を叩く。
十秒ほど経つが、誰かが出てくることもなく物音もしない。
「出てこないね」
「いねえのか?」
「魔力の反応があるから、いるとは思うけど……。寝てるのかな」
まだ夜遅いということでもないが、兄妹で町に出かけると言っていたので疲れていたのかもしれない。
ハルノートと話し合い、出直そうとする。
だがちょうどそのとき、ギィっと扉が開いた。
「……オルガかよ。なんつう格好してんだ」
フードで顔を隠していたので、一瞬、彼かどうか分からなかった。
着ているローブは持っているのを見たことがないものである。
きっと、今日買ったばかりであろう。
だが、それを部屋の中でさえ着ているということは、とても気にいったということなのか。
それにしては、何の変哲もない普通のローブではある。
「事情があるんだよ。話があるが,食事をとりながらにするか。疲れているだろ」
そう言うオルガも、なんだか疲れているように見えた。
良い話ではないことを予感しながら、食堂に移動する。
ロイは寝ていなかったようで、料理が出てくるのを待つ間、足をぶらぶらとしていた。
「町に伯爵の部下がいたんだ」
その話の内容から、風魔法で私達の会話を周囲から聴こえないようにした。
料理はすでに届いており、壁側のテーブルなので違和感を持たれることはないだろう。
「だから耳を隠してるの?」
「一応な。相手は俺を探している訳ではないようだが」
ロイも帽子を被ったりゆったりとした服をきて、狼人の特徴を隠していた。
子ども特有なのか、ピコピコと動く耳が見えないのは勿体ない気がした。
「なんでそいつらがここにいんだよ。まだここは伯爵の領地内じゃねえだろ?」
「そんなの俺が知るわけないだろ」
「仕事とか?」
「なんの?」
「それは知らないよ」
「……情報が足りねえな」
確かに。
足りない情報で悩んでも仕方がない。
偏った食事をしていたリュークに野菜の葉を与える。
もしゃもしゃと食べていて、呑気そうでいいなと思っていると「ゥ?」と傾げていた。
「二人は明日も仕事か?」
「ううん。魔物の数は大分減らしたから終わり。後は結界張るだけで、冒険者は関係ないからね」
「なら、明日はロイを預かってくれるか? 取り敢えず、情報を探ってみる」
「うん、いいよ」
体を休ませるだけで、特に用事はない。
「人手は足りる?」
「手伝わねえぞ」
「……少しだけ手伝ってあげたら?」
「俺は疲れてんだ。それに休みまでこいつと行動はしたくねえ」
それなりに共に過ごしているはずだが、やはり二人は一向に仲良くはならない。
オルガも「こちらからもお断りだ」と喧嘩が始まりそうな雰囲気になってきたので止める。
私のいらないお世話だったようだ。
「それで、伯爵の方の情報得たらどうすんだよ」
「どうってなにがだ」
「敵なんだろ? 復讐とか考えねえのか」
「……怨みはある。だがそれよりも妹と仲間を危険に晒したくない」
仇討ちする相手を知っていて、そのための武力を持ってはいる。
そのことをオルガが敵の怨みの感情を見せていなかったせいか、ハルノートが言うまで深く考えることはしなかった。
復讐は何も生まないなんて、綺麗事を言うつもりはない。
そんなの命が軽い世界では通用しない。
だから彼が怨みの感情を抑えられていることは、仲間を一番に想っていたからとしてもきっと並々でないはずだ。
もしもオルガの立場が私だったらどうなのだろう。
母やリューク、スノエおばあちゃんやエリス達のような人達が殺されて。
私は、抑えきれるのだろうか。
実際に起こったことではないので、どうなるかは分からない。
だが、想像するだけでもゾッとする。
リュークが私の思考を読み、机の上に置いていた腕に頭をすり寄せる。
私は大丈夫だと、ひんやりとしたリュークの頭を撫で微笑んだ。
「今は仲間が隣国に無事移ることが最重要だ。俺らの村の二の舞にしたくない。だから本音を言うと、それまで奴等と関わり合いにもなりたくない」
「……ふうん」
「……そっか」
「すまん。折角の飯が台無しだな。それにロイの前でする話じゃなかった」
重々しい空気を変える為、オルガは分かりやすい作り笑顔を浮かべた。
ロイはそんな兄をじっと見上げ、握りしめられたオルガの拳に小さな手を触れていた。




