トレイフワスプ
「お前のせいだぞ!」
「飛び蹴りしてきたテメエに決まってんだろうが!」
「それはお前が先に手を出してきたからだっ」
「ハッ。それを言ったら、口を出したのはテメエだ」
「ああ言えばこう言う……!」
「負け惜しみか?」
騒がしくする男二人をいつもなら武器を用いた喧嘩にならない限り放っておく。
だが、今回は無関係ではいられない。
「言い争ってないで、何か解決策はないの!?」
若干怒鳴り気味になりながら叫ぶ。
後方には大群の魔物がいて、皆死ぬ気で走っている。
二人の返答は「ない!」と「ねえ!」であった。
最悪だ。
ロイのお兄さんと出会ってから一週間が経ち、ハルノート以外は打ち解けてきた頃だ。
川の架け橋を渡り終えているので、山を迂回した道程は半分を切っている。
一人また戦力が増えたことから、魔物の脅威は以前もそうだがまたさらに低くなった。
なのだが、途中から魔物の群れがいくつも出てくることになる。
これは山の主であったブレンドゥ=ヘヴンがいなくなり、弱肉強食のピラミッドが狂って敗者となった魔物だろう。
居場所がなくなって、追い出されたか逃げたか。
そのような魔物が山から下りてきている。
一々相手にしていたらきりがない。
ということでなるべく戦闘は避けてはいたが、それを台無しにしたのが察しているだろう。
ハルノートとオルガの喧嘩である。
よりにもよって、なぜ素早いことで有名な蜂の魔物―――トレイフワスプから隠れているときに争うのか。
オルガに蹴られたハルノートが蜂の巣まで飛ばされたのが直接的な原因だが、この際どちらが悪いかはどうでもいい。
そんなことよりも、現状を何とかする方法だ。
先制攻撃される前に氷魔法を発動させたが、咄嗟に放った魔法では巣を覆いつくすほどの威力はなかった。
それに巣は地面の下にもあったようで規模は大きく、追手は大量である。
「主……おいつかれちゃうよ……っ」
ロイには加速の風魔法をかけているが、息が絶え絶えである。
だがスピードを落とすことはできない。
これでもほんの少しずつ、敵との距離が短くなってきているのだ。
後ろを振り返れば、視界いっぱいに蜂の群れ。
魔法を闇雲に放っても当たるだろうが、生半可な攻撃では数匹地に落ちるだけだ。
「ロイ、まだ頑張れる?」
頭を横に振った。
私の見通しでも、限界が近いように見える。
段差があれば、転んで致命的なことになることも。
ならば。
「私が食い止める! リューク、一分持たせて!」
「ガウッ!」
「おい、クレディア!?」
「ハルノートも手伝って! オルガはロイを安全なところに!」
オルガは申し訳なさそうにしながらも、ロイを抱えて先へ。
私はそれまでには簡易の魔法陣を魔力で宙に描き終えていた。
それはなくても魔法は発動できる。
だが効果はこれから発動する上級魔法の広すぎる攻撃範囲を狭め、威力を高めるものだ。
ここまでに十五秒。
残り四十五秒あれば、魔法は完成できる。
効果のほどを考えれば、魔法陣を描くのに損はない。
失敗しない為にも丁寧に、それでいて高速で魔力を構築していく。
リュークは私を鳥籠にいれるかのようにして、植物で守りを固める。
トレイフワスプによって植物を折ったりして壊されても、直ぐに修復。
ハルノートは苦手だと言いながらも、遠距離で精霊魔法を行使している。
いつもは矢に付与させるか、薪に発火させる姿しか私は見たことがなかった。
新鮮だと思いながらも、私は手元が狂わないよう集中した。
「放つ!」
リュークがそれに合わせ、緑で埋まっていた視界がひらいた。
好機だとトレイフワスプが迫るが、私は既に魔法を発動していた。
旋風が吹き荒れる。
粉塵を巻き込みながらの攻撃は、敵を空高く舞い上げて粉々になって地に戻ってくる。
そんな強烈な攻撃魔法を間近で放ったものだから、私達にも影響は出た。
一匹は「ガウ~~!?」と飛行が安定できなくなり飛ばされ、一人の男は風圧に対抗するが退ることになった。
そして私は。
「う……っ!」
耐えきれない。
体が軽いこともあって、踏ん張りがきかず足が浮く。
これは拙い。
砂埃もあり、目をつぶる。
体が揺さぶらる衝撃があったが、何か違う。
瞼を開けてみれば、旋風からは離れた位置にいた。
「ハルノート……?」
助けてくれたのかと言おうとするが、ぐるりと景色が回った。
腹部に彼の腕があり、私がまっすぐに見つめる先には地面がある。
「えっと、どういうこと?」
「逃げんぞ!」
ハルノートは私を物のように持ち、猛然と走り出した。
振動が凄く、揺れる。
あ、これは後で気持ち悪くパターンだ。
「おいリューク、遊んでねえで付いてこい!」
「ガウッ!?」
ひどいという心の声を聞きながら、状況を把握しようとする。
もぞもぞと動けば「落ちても知らねえぞ」と抱え直された。
きっとハルノートは魔力を大きく消費した私を気遣って、そうしてくれているのだろう。
ふらついたことで旋風に吹き飛ばされそうになったのが、理由の一つにもなっているのだ。
まあ、私が自分で走るよりも抱えた方が速い、と彼が思ってのことかもしれないが。
落ちるのは嫌なので、音や魔力探知で判断する。
すると、大量のトレイフワスプがまた追いかけてきていることが発覚した。
「なんで!?」
「俺に聞くなっ!」
走るのに精一杯なハルノートは返答を拒否したが、遠くでトレイフワスプと同じ魔力の反応の中に一体強めのものを発見し、原因は分かった。
女王蜂のせいだ。
トレイフワスプは大きな群れができれば、女王蜂が誕生することがある。
その個体が統率しているのだろう。
巣を凍らせた私を、絶対に許さないという意思を強く感じられる。
だが今度のは幸い、距離は離れている。
どこかに身を隠し、凌ぐことはできるだろう。




