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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
二人と一匹

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惑う意志

 簡素な墓があった。

 庭の端にぽつんとあり、『ダルガ』と刻まれている。


 ダルガと共にいた、もう一人の男の名はない。

 気が付いたときには家にはいなかった。

 多分、逃げ出したのだろう。

 けれどそれは無駄になるらしい。

 魔物に食い殺されているだろう、と母が言ったからだ。


 私は家の付近に咲いていた花をいくつか摘み取り、墓に供えた。

 そして死者への冥福を祈る。



 殺そうとしてきた男が憎い。

 けれど死んでしまったら今は、何も喋らない肉体だけのものだ。

 恨みがあるものの、母が森に捨て動物や魔物の餌となるところを止めた。

 殺そうとしてきた男だけど、死者への礼儀が日本人の心が残っていた私にはあった。

 あと一度死んだ身としては、こうしてあげたほうが安らかな眠りにつけるとも思った。



 パタパタと音がした。

 この音はリューだ。

 後方からだったが振り返らず、ぼうっと墓を見続ける。


 リューは私の横に降り立つ。

 じいっと私を見ているようで、ちらりと見ると目が合った。

 心を見通すような透き通るものだったから思わずすぐに目を外したが、何もすることはなく側にいてくれた。


 リューも何か考えているのだろうか。

 普段は寝てばかりで何も考えていないような様子だが、龍は賢い。

 ダルガのことをどう思っているか、この醜い私の心と似ていることを願ってしまった。



「クレア」


『クレディア』の最初と最後をとった私の愛称を母が呼んだ。


「風邪、ひくわよ」

「……うん」


 冬の時期は終わったが、まだ寒さは残っている。

 夕暮れ時なので余計にだ。

 だけど家に入れば嫌でもあの現場は目につくから戻りたくなかった。

 でもそのことを予想してか、母は私に毛布をかけた。

 母の優しさが身にしみた。


「傷は痛くない?」

「少し痛む……かな?」

「ふふ、なんで疑問系なのよ」


 私は骨が折れることはなかったが、ヒビがはいったり、あざになったりした。

 そのため私は包帯でぐるぐる巻にされている。

 リューも翼に怪我があるが切り傷の為、回復薬で一瞬にして治った。

 回復薬は傷を治すが、形が歪になってしまうことがある。

 私は骨が曲がった状態でくっついてしまう可能性があるので回復薬の使用をやめた。


 回復薬はとても便利だが、欠点はある。

 他にも流れた血は元に戻らないため、貧血が起こる。

 だから痛みの感覚がほとんどない私より、血を失ったリューのほうが心配だった。


「リューは平気?」

「ガゥ!」


 短い返事だが、大丈夫らしい。

 心配は無用だった。

 それよりも自分のことを考えてと言われているようだった。




 二人と一匹の間に冷たい風が吹いた。

 日は山に隠れ、より暗くなっていた。

 沈黙が辺りを覆う。

 空気が重く感じた。


 今日は疲れた。

 いつも通りの幸福な生活。

 それが突然の来訪者によって踏み潰された。

 だが、完全には壊されていない。

 修復は可能で、またやり直せれる。


 だけど私が今から問う言葉によって、本当に壊れてしまうかもしれない。

 ならばそうしなければいい、ずっと胸の内に隠しておけばいい。

 そう思う自分がいるが、どうしても問わずにはいられない。

 この激情を抑えきれないのだから。



「……ねぇ、お母さん」


 声が震える。

 意識しなければかすれてしまうほどで、緊張と怯えがあった。


「私はなんで――――」


 恐れられ、殺されそうになったの? 



 再び、沈黙。

 でも先程よりも、より重たく苦しいものだった。


「あの男達、私をひどく恐れていた」

「……見つかって、捕まることを恐れたからでしょう」

「幼い子どもなんかに?」

「臆病ものだったのよ。冒険者はそういう人が多いの。そのほうが危険な仕事でも生き残られるから」

「違う」


 あの様子はそんなものじゃない。

 そんな程度のものじゃない。


「お母さんは知っているんだよね?」

「……」

「私を殺したら『英雄』になれる。それは本当?」


 ダルガは言った。

 首を締められながら、意識が朦朧としながらでもその言葉は強く印象に残っている。


「なんで何も言わないの?」


 母は何か隠している。

 それは今の状況から簡単に分かることだ。


 私の世界は家の中だけだ。

 かろうじて庭の結界内まではあるが、そこからは未知の世界。

 母は危ないからと言って、外に出してくれない。

 小さな世界しか知らない私は分からないことだらけだ。

 だから、無知な私に教えて欲しい。

 母とリューしか信頼出来る人はいない、この馬鹿な私を。



 母はいつまでたっても口を開かない。

 俯いていて、どんな顔をしているのかも分からない。


 子供だから話してくれないのだろうか。

 私は前世の記憶を持っていることを誰にも話していない。

 子供の狂言だと信じてくれなかったり、気味悪がれることを恐れたからだ。

 だから誰にも言い出せない。



「クレア、泣かないでちょうだい」


 いつの間にか頬に涙が垂れていた。

 母やリューが私の顔を見ている。

 泣いている理由は分からなかった。

 色々な気持ちが入り混じっていて、気持ちが整理出来ていない。


 母が苦しそうな顔をしていた。

 そんな顔をしてほしい訳ではない。


 私は我儘だ。

 母にだって言えないことはある。

 それなのに怒鳴ってまで母を詰問して。

 私は自分がどうしたいのか、分からなくなっていた。


 ギュッと抱きしめられる。

 暖かい。

 日はいつの間にか完全に沈み、辺りは真っ暗となっていた。

 だから毛布に包まれていても冷たくなり始めていた体に、よりその暖かさが伝わった。


「ごめんなさい。言えないの」

「……なんで?」

「弱いから。心も、体も。でもいつまでも言えない訳ではないわ。あなたには知る権利があるもの」

「なら、いつになったら教えてくれるの?」

「訪れる時が来るまで。私はいつかあなたを置いてどこかに行くことになる。そのときに全てを話すわ」

「私も連れて行ってくれないの?」


 母の言葉から、出て行くことは決定事項なようだった。

 けれど置いて行かなくてもいいはずだ。

 母と離れたくない。

 その気持ちでいっぱいだった。


「出て行く理由はあなたに関係ないとは言えないけど、その場所は危ないところなの。この森よりもとても危険。……死んでしまうかもしれない」

「なら強くなる! お母さんよりも強くなって守るから!」

「ふふ、頼もしいわね。でも駄目。そんな危ないところに連れて行かせたくないの。それに時間はあまり残ってないわ」


 母の決意は固い。

 これ以上、何を言っても揺るがないようだった。


「大丈夫。あなたにはリューがいるわ。私の友人や昔お世話になった人もいる。だから一人を恐れないで。

 それに死にに行くわけじゃないわ。また戻ってくる。それまで、待っていて」


 母は額に親愛の口づけをした。

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