待つだけも大変なんだよ
山を迂回し、川沿いを歩いていく。
整備された道であるので、魔物の襲来はそう多くない。
数も一、二匹だ。
ハルノートと交代ずつで倒していく。
彼は弓の腕もさることながら、剣も巧みだ。
敵の急所を鋭く、ピンポイントに切り裂いていく。
私も魔法だけでなく、棒術を用いて敵を倒すようにしている。
得意ではないので、こういうときに実戦で上達させていかなければ。
魔法ばかりでは、いつまでも接近戦ができないままになってしまう。
行路からして、水に困らない旅である。
すぐ近くに大きい川があるので、水不足に陥らない。
ただそのときに問題なのが、水をくむときに魚型の魔物が噛みつこうとしてくることだ。
ときには四メートルの魔物が丸飲みしようとするので、ロイとリュークには川には近づけられない。
ちなみにその魔物が出現した後の食事は、こりこりとした食感の魚の切り身スープだ。
「主。主のすきなの、なに?」
「え? 私のすきなの?」
口の中でこりこりと格闘中、ロイの質問。
突然だと思いながら、「うーん」と唸る。
すきなの、つまり好きなものだろう。
「甘いもの、かな?」
食事中であるから、味の方面にいってしまう。
ロイの反応から、この答えは望んでいなかっただろう。
微妙そうな顔をしている。
「少なくとも、このスープは好きではないかな」
ぶっちゃけ不味い。
焼いてみたら鉄のような固さになりスープに入れることとなったが、柔らかくなったものの噛みきりにくい。
「好きじゃないレベルの味じゃねえだろ、これ。不味い」
「……食材が悪かったんだよ」
「いや、普通にお前が料理下手なだけだろ」
ぐうの音も出ない。
スノエおばあちゃんの家に住んでいたときも、料理下手だとは言われていた。
台所に立たせてくれないのだ。
壊滅的な味付けになるから駄目、ということらしい。
なぜか料理の腕前は上達しないのだ。
逆に退化している、という言葉をもらっている。
「でも、昔よりはマシになったんだよ……?」
「はあ? これで?」
「だーかーら、今回のは食材が悪かっただけ! 一昨日のは?」
「いや、それも結構不味かったぞ」
「嘘っ」
調味料から私の料理の不味さが来ていることは、何度も指摘されて分かってはいた。
だから塩だけの味付けで、私の調味料をミックスさせて黄金比を作るという研究心を抑えて料理はしていたのに。
リュークに「嘘だよね!?」とガクガク揺らす。
不味かったよ、と容赦のない返答がされた。
そんな、嘘だ。
「なら、なんで不味いって教えてくれなかったの!?」
「円滑なパーティーにするためだからだっ」
「……もしかして、以前それで解散することになった?」
目をふいっとそらされた。
あ、これは繊細な問題のやつだ。
一気に冷静になれた。
そんなとき、くいっとローブを引っ張られる。
ロイに見上げられていた。
そういえば、味の好みについて答えただけだった。
「すきなの、ほかにない……?」
不安そうな顔。
それで求めている答えが分かった。
「あるよ」
食器を置いて、ロイをぎゅうぎゅう抱き締めた。
苦しいともがかれるが、もう少しだけ私の愛情を知ってもらわないと。
「大丈夫。ロイのことは全然嫌いじゃない。大好きなぐらいだよ」
主と呼び、慕ってくれる子なのだ。
嫌いな訳がない。
「急に不安になったの?」
「……うん」
「そっか」
背中を優しくポンポンする。
気分は小さな子どもをあやす、お母さんである。
「……あのね、主」
「うん」
「その、あの、ね……」
黙って待つ。
ロイが自分自身のことを話してくれるのを待つ。
あと少しなのだ。
背を少し押されるだけで、きっとロイの中で踏ん切りがつくのだが。
「……ごめんね、主。やっぱりなんでも」
「よくねーよ」
「ハルノートっ」
「俺はいつまでも待てねーよ」
彼は「来い」とロイを強引に引っ張っていく。
「ロイをどこに連れていくの」
「お前は来んな」
鋭い目線で睨まれたら何もできない。
私は二人の姿が見えなくまで、立ち尽くす。
「もう、どういうこと……」
ムスっと拗ねる。
なんなのだ。
ハルノートなら、ロイに無体にすることはしないだろう。
だけど、私なら慣れた彼の言葉遣いはロイにどういった心境にさせるかは分からない。
「ガウー」
「リューク……」
こっそり見てきてというお願いは、首をぶんぶん振られたことで拒否された。
「待つだけなのも大変なんだよ……?」
「ガウー?」
「それが嫌だから、こうして旅している訳だもん」
「ガウガウ」
「ロイを傷付けたくないから、話してくれるのを待つしかできなかったけど」
「ガウ」
「別にハルノートにはハルノートのやり方があると思うから、責めてるんじゃないの。けど、けどね」
「ゥ……?」
「あんな言い方しなくてもいいでしょう! それに、説明して欲しいっ」
「ガウーウー」
ぐちぐち話す。
相づちを丁寧に打ってくれるそういうところ、リュークのいいところだと思った。




