約束しよう
さらさらとペンを動かす。
人に送る用の上質な紙は書くときにつっかかりがない。
書きやすいが、失敗してしまわないか少しだけ緊張した。
それでも伝えたいことが多くて、ペンの動きを止める時間は短い。
幾人かの人ことを思って書いた手紙は封に入れた。
宛先や自分の名前は既に記してある。
封蝋してしまえば、セスティームの町に送る手紙は完成である。
そのとき、宿の扉を叩く音がした。
ドンドンと乱暴なもので、私は反射的に魔力探知をすると、こういったところでも性格が出るのだと思った。
出迎えをしようとする前に、扉は勝手に開く。
ロイはそのことに驚いて、慌てて私のところまで来た。
リュークは寝ていたのだが起きて、大きくあくびをした。
「子どもとはいえ、私とロイは女の子だからね?」
「は? んなもん知ってる」
「……着替えとかしていたらどうするの?」
「貧相な体に興味はねえよ」
貧相であることは否定しない。
だが十一歳の私は成長途中であり、女性的な体つきとなってはきているのだ。
ハルノートが子どもに興味がないとはいえ、配慮はしてほしい。
とはいえ言っても鼻で笑われそうなので、次からは絶対に鍵を閉めておこう。
容姿端麗なことから女には困らないだろう男は、机の上を覗いた。
そして「ふーん」と手紙を手に取る。
「遺書か?」
「違うよ。友達やお世話になった人達への手紙。でも、そういった意味も兼ねてるかも」
ブレンドゥヘヴンの討伐で死ぬつもりはない。
ないが、死ぬときは死ぬ。
平和で死とは無縁に近い前世でも、私はそうなった。
ロイが揺れる瞳で私を見ていた。
この子を送り届ける為にも、ちゃんと生きて帰らなければ。
でももしものときのことを考えて、私が死んだときには冒険者へと依頼する旨を書いた紙とお金を用意した。
迷ったが、リュークにはロイといてもらうことにした。
討伐に連れていったら植物魔法で目立ってしまう。
なにより、もしものときは私の代わりにロイのことを任せたいのだ。
任せてばかりだが、私が一番信頼しているのはリュークだから。
「……気に食わねえ」
「え?」
「ふん」
「あっ。私の手紙、返して。今日中に送らないといけないのに」
「俺が持っといてやるよ。別にこの町に帰ってから送ればいい」
ハルノートの前向きな気持ちが羨ましく思えた。
死の恐怖を味わってしまった私は、死ぬ可能性を考えずにはいられない。
手紙を取り返すのは諦めるとし、ハルノートが来た目的の品を渡す。
「はい、回復薬。あと守りの護符をつくったけどいる? ないよりかはマシだと思うよ」
ブレンドゥヘヴンの討伐に必要なもので、売り切れや値段が高すぎるものは自作する羽目となった。
ハルノートの分もである。
勿論ただではないので、金は請求する。
「高いな」
「その分効力は高いよ」
回復薬の値段について文句を言われるが、この町のお店で売っていたものより安い。
それにリュークの魔法で出来ている材料であり、スノエおばあちゃんのレシピなのだ。
効果のほどを考えれば、値段は適切である。
守りの護符は雷対策だ。
雷専用の魔法ではないので、完全に防げるか分からない。
だがいくらかは防いでくれるだろう。
これは紙に魔方陣を書き込んだだけで手間はそうかからなかった。
大量に作成したので、ただであげる。
魔方陣に心得があったのかじろじろと見られたが、何も言わずにしまった。
不備はなかったのだろう。
用事は終わり、ハルノートは部屋を出ていった。
「ロイ、少し出かけるけどついてくる?」
「うん」
リュークも「ガウガウ」と置いていかないでとついてきた。
余った回復薬をお店に売りにいく。
私は自分で作成することができたが、品切れなどで買えなかった人が多いはずだ。
そんな人のため多めに完成させた回復薬は、店主に喜ばれた。
売って手に入れたお金は、小腹を満たす為にそそがれた。
リュークは美味しそうに食べるが、ロイはそうではないようだった。
私が死ぬ可能性があることを含め、明日の討伐について話したことが原因だろう。
浮かない顔をして、食は進んでいない。
「主、あのね」
ロイから話しかけられるのは初めてだった。
話し方はだいぶ流暢になってきたが、今までは私から話しかける一方だった。
「わたし、主がしんじゃうのやだ」
「……うん」
「おとうさんとおかあさん、まものにころされたの」
「……」
「わたしをにがすためにね、しんじゃった。みてないけどね、ちのにおいがしたの」
「ロイ」
「……それにね、」
「ロイ、もういいよ。辛いなら言わなくていい」
いっぱいの涙を流していた。
ロイは「ひっく」としゃくりあげていて、直ぐには無理だろうけど「泣かないで」と言わずにはいられなかった。
リュークは心配してぐるぐると飛んで回っている。
私はハンカチで涙をぬぐった。
「主、わたしのこときらいになった?」
「嫌いにならないよ。なんで?」
「だって、おかあさんたちはわたしのせいで……」
「ロイのせいじゃないよ」
「でも」
「自分のことは責めては駄目」
ロイは悪化して、声をあげて泣いた。
迷子になっているみたいだった。
きっと、今も死んでしまった親を探している。
私はどうするべきかは分からなかった。
リュークと同様、オロオロとしてしまう。
だが、一つ思い付いた。
泣き止んでくれるかは微妙なところだが。
「じゃあ、約束しよう」
顔を合わせると、きょとんとした顔になった。
一先ずは泣き止んだ。
私は小指を出した。
ロイの手もそうさせ、組んだ。
「私の故郷でね、指切りげんまんっていう歌があるの」
歌を歌ってみると、「こわい」と怯えさせてしまった。
「私も怖いよ。だから、針千本飲まないためにもロイの元まで帰ってくるよ」
「ほんと?」
「うん。そうする為の約束だからね。でもロイが私に帰ってきて欲しいと一緒に歌ってくれるならね」
「……なら、こわいけどうたう」
片手に食べ物をもって小指を組み、不気味な歌を歌う。
周りの人は引いている様子だが、私にとってはロイが泣かない為ならば気にしない。
気になるけど、私は頑張って気にしないでいるようにした。
ロイが泣き止んだので、結果オーライである。




