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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
母の元へと向かう旅

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ゆいいつの主 ※ロイ視点

 走った。

 木の根に転びながらも、葉で頬に傷をつくりながらも。


「ひっ」


 魔物のうなり声が耳元の近くでした。

 服に付着した血が魔物の興奮を増幅している。

 だけれど簡単に命を刈り取れるのにしないのは、よろめきながらも懸命に走る玩具で遊んでいるのだ。


 そんなことを何も分かっていないわたしは、とある街を目指して走る。

 場所も街にまでかかる距離も何も分かっていない。

 それでも走るのだ。

 ありはしない希望を掌で固く握りしめる。


「おにい、ちゃん」


 街に行けば兄がいる。

 ノロマだと、不出来なわたしを嫌っているようだが、それでもお母さんとお父さん、それにみんなのためなら助けてくれるに違いない。


 息があがる。

 胸が苦しい。

 それでも立ち止まらないのは、美味しそうだと言っている魔物から逃げる為でもある。


 逃げなければならない。

 そして助けを呼ぶのだ。

 この際、お兄ちゃんでも誰でもいい。

 幾度も流れる涙をそのままに、わたしはとある匂いを嗅ぎとってその方向へ向かう。



 自分達とは似て異なる人が沢山いた。

 魔物がそのことに遅れて気づき、大きな口を開けてわたしを食べようとする。

 わたしは地面に転がるようにして避けた。

 ぐるりと回ったことによって安定しない世界に対抗するように、人の元へ走り出す。

 そんなわたしをまた別の魔物が狙うのだが、一匹の魔物の「グルルル」という声でやめた。


「たすけて! たすけて、おねがい……っ! なんでもするから。だから、だからっ」

「ああ、いいぜ」


 人族の一人は笑うにしては歪な表情をしていた。

 わたしの本能は今更ながらにも、魔物とは別の危険を感じ取った。


「なあ、亜人。あいつらは逃げていったぜ。これでももう安心だ。なのに、なんでまだ逃げようとするんだ?」

「あ……いや、やだっ、はなして!」

「助けたらなんでもするって言った癖になあ。亜人はどいつもこいつもおめえみたいに嘘つきなのかねえ」


 耳をふさいでしまいたい笑い声を人族はした。

 怖くて恐ろしくてジタバタともがけば、人族の一人に怪我が出来たようだった。


「痛ってえなあオイッ!」


 拳がわたしの顔を襲う。

 殴られた勢いで地面に倒れることとなった。

 多くの人族がわたしを取り囲む。

 ガチガチと体が震えた。


「お前がなんでもするっていったんだ。だから迂闊なことを言った自身を恨むんだな」


 蹴られ殴られ、踏み潰される。

 抵抗はする余地もない。

 終わりを迎えたときにはもう、わたしは掌を握る力もなかった。




「亜人は傷の治りがはえーなあ」


 そう言って、外にいる間は傷が出来なかった日はなかった。

 体のいたるところに痛みがある。

 その痛みの強さのせいで気絶し、気づいた頃には暗い空間にいた。


 立ち上がる力がない。

 かろうじて動かした手は、手首のところで固いもので拘束されていた。

 身動ぎすると、ざわりと声がした。

 誰か、いる。


 多くの子供がいた。

 一人の女の子がわたしの前に来て何か言う。

 だが聞き取れない。

 内容を理解することが出来ない。

 侮る目をしていたのだ。

 何人も、女の子の後ろでわたしを見る目がそうなっている。


 気付けば女の子の手を叩いていた。

 パンッとも鳴らない弱々しい力。

 だけれど拒絶したのは伝わった。

 膝を抱え、体を丸める。

 自分だけの世界の殻にこもった。



 おとうさん、おかあさん。

 そう口を動かす。

 声は出ない。


 こんな場所よりも、みんなと一緒にいたかった。

 涙はかれていた。

 無気力感だけがあった。



 わたしはどうなるのだろう。

 喜びの色で塗られた声がするが、もうどうなってもいい。

 助けが来たところで、それは亜人であるわたしの救いとなる訳ではない。

 それにみんなは、お父さんとお母さんはもう―――――


 ひとりぼっちだ。

 何もない。

 それなのに、なぜわたしは生きてるんだろう。



 殻は自分を守ってくれるのと同時に孤独にさせる。

 さみしい気持ちは時間が経つにつれ、膨れ上がっていた。

 だが、わたしは傷つきたくないことが優先だった。


 閉じ籠る殻は薄い。

 誰が破るのかは興味がなかった。

 だがそんな自分でも、「ねえ」と心を落ち着かせる声に少しだけ期待を抱いてしまった。


 *



 遠くから聴こえる音で目を開けることとなった。

 優れている聴覚は、魔物の悲鳴と空気を裂くような音をとらえている。


 もぞりと体を起こすと、かぶっていた毛布が落ちる。

 暗い。

 もう夜であるようだ。

 寝ぼけることは出来なかった。

 わたしを殻から優しく引き上げてくれた人が魔物と戦っているから、そうはさせてくれない。


 とある光景と重なって、わたしは近づいた。

 見えない境界を越えると、音と匂いが濃くなった。


「ああ、起こしちゃったね」


 クレディアという名前の人は眉を下げる。


「危ないから、下がっていてね」


 警告されるが、体は戦闘に見いられて動かない。


 目に見えない剣が魔物を斬っているようだった。

 クレディアの周りを魔物が何匹も囲むが、不可視の剣によって次々と倒れていく。


 これは魔法なのだろうか。

 見たことがないから、そうなのか分からない。

 けれど、きっとそうなのだろうと思った。



 よく話を聞かせてくれた長の言葉を思い出す。


『我らの先祖は高い身体能力を生かし、自らが仕えたいと思える御方を唯一の(あるじ)として仰ぎ従った』

『今は何度も移住を繰り返しているが、奴隷制が廃止されてもう何年か経つ。きっとわしが死ぬ頃には、我らの中に昔のように誰かに仕える者も出るだろう』

『狼人の気質かは知らぬが、我らは誰かに捧げたい忠義をもっている』

『ロイも大人になったら、唯一の主を見つけて仕えているかもしれないな』


 長は主として仰ぎたい者がいたそうだ。

 だがそのときには最も強き者として長となっていたので、仕えることは叶わなかったらしい。

 わたしたちを守ることを選んだのだ。

 だからか、羨ましそうにわたしを見ていたのが印象に残っている。


 長の言葉は覚えているが、わたしは半分も内容を理解出来ていない。

 それでもこの魔物を圧倒するクレディアは、仰ぐべき主だと本能から直感した。



「主。わたしの、ゆいいつの主」


 言葉に出せば、口にとても馴染んだ。

 魔物に抱いていた恐怖心はもうない。

 そんな魔物はもう主が全て倒してしまっていた。


「ロイ、危ないって言ったでしょう。リュークがいてくれたから良かったけれど」


 自分より何歳か年が上というだけなのに、とっても強い主はわたしを叱る。

 ハッと気付けば、側にリュークがいた。


「……ごめんなさい」

「まあ、次からは気をつければいいよ。どこか気分は悪いところはない?」


 しょんぼりとすると、許してくれた。

 その際、頭を撫でられる。

 優しい手つきだ。

 穏やかになれる心地に浸りながら、「主、どこもわるくない」と返す。


「えっと、主?」

「うん」

「……もしかして、わたし?」

「うん」


 こくこくと頷く。

 主はわたしの主である。


 首を傾け「うーん」とする主のローブの裾を軽く引っ張る。

 意識がわたしに向いた。

 それだけがなんだか嬉しい。

 わたしは何日かぶりに笑った。

 主も一緒に笑ってくれた。


「ロイはもう寝よう。まだ夜は長いからね」


 くるりと後ろを向けられ、毛布をかけられる。


 クレディアを主と自覚したとしても、まだ自分の過去を話す勇気はない。

 またひとりぼっちになるのは嫌だからだ。


「主、どこにもいかないで……」

「どこにも行かないよ。ロイの帰る場所に送り届けるって言ったからね」

「ほんと……?」

「うん。それにリュークもいる」

「ガウー」


 リュークはぴょこりと主の顔の横に姿を見せた。

 なんだか心がほっこりとした。


「――――一つ、二つ、三つ。夢へと誘うカウントで、羊がひとときの幸福へと連れていく」


 主がわたしの目を覆い隠す。

 なんだか、とても眠い。

 暖かな闇が直ぐ近くで待っている。


「おやすみ、ロイ」という声が聴こえた。

 それがわたしの意識が沈む前に覚えていることだった。

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