最悪の日 中編
剣が間近に迫っている。
思考は加速し、周りが止まっているように見えた。
死にたくない。
死ぬ間際で考えることは前回と同じ。
私はあの時と何も変わっていないのだろうか。
瞬間、爆発が起こった。
否。実際には違う。
私はその場から何かの衝撃で飛ばされ、そう感じただけだ。
それは私だけでなく、男達もリューも同様だった。
床に勢いよく転げ回る。
幸い、軽い打撲だけで怪我はない。
だが剣を振り上げていた男はその程度ではなく、壁まで弾き飛ばされて頭から血を流していた。
ポタリ、と血が床に落ちる。
私はそれをぼんやりと見ていた。
何が起こったのか分からない。
ただ男が痛みに呻き、離れて私達を見ていたリューともう一人の男が床に倒れ伏しているのを傍観していた。
「このっ、てめえ!」
男は痛みで呻いていたが、落ちていた剣を拾って構える。
その声に放心していた私は現実に引き戻された。
「ダルガ、やめとけ!」
「バカ野郎、こんなガキにやられたままでいてたまるか!」
ダルガと呼ばれた男は私を睨みつける。
意味が分からない。
私が何をしたというの?
ただ、普通の幸せな生活をしていきたいだけなのに。
失いたくない。
こんな男に、私の人生をめちゃくちゃにされてたまるものか。
頭が冴え渡る。
すると私の中にある何かを感じられた。
それだけじゃない。
空気中の、植物、男二人、リュー。
この部屋の中の範囲で今まで見えていなかったものが感じられる。
私は本能で、これが魔力ということが分かった。
あぁ、そういうことか。
先程の爆発のようなものは私の魔力が起こしたものだ。
そのせいで、床に私の魔力の残滓が散らばっている。
自分の中にある魔力を使えばいいんだ。
相手が死ぬかもしれないが、私とリューが助かりさえすればそんなことどうでもいい。
あいつらなんて、生きていたらまた同じことを繰り返すのだから。
自分の魔力を相手に叩きつける。
やり方はなんとなく分かる。
とにかく力強く、上から圧力をかけるようにして動けなくする。
制御が難しい。
一つ間違えれば、私もリューも死んでしまうと理解していた。
男達は苦痛の声を洩らす。
床に縫い付けられているかのような体制で、指一本動かすことも難しいようだ。
だが、ダルガはまだ諦めていないようだった。
もう一人の男は私に恐怖を感じていて私の魔力に抗う様子はないが、ダルガは目に反抗の色を浮かべて落ちている剣を拾おうとする。
「リュー、おいで」
私はリューを呼び、男達の側から離れさせようとする。
私は魔力制御に手がいっぱいで動けない。
リューはフラフラとしながら飛んで私の元にやってくる。
「……ふざ、けるな。こ、ろ……す。ころすコロス殺す殺す殺す殺す、殺してやるっ!」
ダルガは呪詛を口に出す。
それは不気味でに気圧される。
そのせいで魔力の制御が乱れる。
一瞬だったので魔力が暴走することはなかったが、男の圧力が緩んだ。
「……こいつだけでも!」
ダルガはその一瞬をついた。
剣を持ち、リューに斬りかかるのはそれだけで十分だった。
「リュー!!」
避けられなかった。
胴体に受けることはなかったが、翼を片方斬られる。
私は魔力の制御など忘れて、リューの元に駆ける。
圧力をかけていた魔力は拡散しており、きらきらと舞って消えた。
腹を蹴られ、体に衝撃が走った。
咳をする。
呼吸が苦しい。
涙目になりながら痛みにくるしんでいると、体が宙に浮いた。
私はダルガに持ち上げられていた。
首に手をかけられ、締められる。
手の握力は弱い。
けれど幼い子どもなら、一分ほどで絞め殺せれる力だ。
ダルガは罵声で罵るが、私は苦しすぎて内容が入ってこなかった。
けれど「次はあの龍だ」という言葉だけは聴こえ、私は魔力を必死に相手に叩き込んだ。
男は苦しそうにして手を締める強さが弱くなった。
でも私の魔力が弱々しく、相手の執拗に殺そうとする執念のせいか、首は依然として絞め続けたままだ。
限界が近い。
視界がぼやけ、魔力の圧力もさらに弱まっていく。
ダルガは私が死にそうになることが分かると、息をこぼして歪んだ笑みで笑った。
「は、はは。ははははは! これで俺は、英雄だ!」
そして、風が吹いた。




