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プロローグ

 空は雲一つなく快晴だった。

 不透明な青がどこまでも果てしなく広がっていて、いかに自分が矮小な存在か知らしめている。

 柔らかな春の風は頬を撫で、どこかへ去っていく。

 戯れているような慰めているような、そんな風だった。


 誰もが良い日だと思える天気だった。

 かくゆう私もその一人であったが、今の状況ではそう思えなかった。

 煌々と輝いている太陽が能天気に見え、憎たらしい。





 なぜ、私なんだろう?


 一つの疑問。

 その答えは簡単で、正常なときであったら直ぐに分かること。

 疑問を抱くまでもなかったはずだ。



 誰でも良かったんだ。


 時間をかけてようやく答えを導き出す。

 朦朧とした意識の中ではこれが限界だった。



 春の陽気な季節に合わない、全身を黒で染める服装。

 猫背なのか、遠目からでも分かる丸まった背中。

 太陽の光を反射する、真新しい銀の刃。

 虚ろで怪しい光を覗かせている、狂気な瞳。

 どことも見ていない瞳がギョロリを私に向けて―――



 そこで激しい頭痛が襲い、その光景は消えて先ほど感想を漏らした空があった。

 現実との判別がついてなかったことに苦笑し、体が訴える痛みでうめき声に変わった。



 なぜ、私がこんな目に会わないといけないの?


 また一つの疑問。



 コンクリートの上で横たわっていた。

 腹部からは血がとめどなく流れていて、赤と制服の紺が混ざり合って黒くなっている。

 時々体がピクリとなるが、大きく動くことはなく他は微動だにしない。

 草木のざわめき以外には音がなく、小鳥のさえずりさえもない。



 自身が持つ望みは叶えられなかった。

 相応の努力をしたのに。

 報われてもいいはずなのに。

 ただただ時間だけが過ぎていき、その結果が死への切符。


 一筋の涙が流れる。

 体の痛みでさえ流れなかったもの。

 幼いころ以来だった。

 望みを叶えてほしくて、泣いて泣いて、泣き続けて。

 そして涙が枯れ果てた。

 泣いてもどうしようもならなかったから。

 けれど甘えを欲しているせいだろうか。

 一度涙が流れると次々とあふれでてきた。





 紫木静奈(しきせいな)の人生は良いものではなかった。

 貧しい国の人達と比べると断然良いと言えるものだが、日本の中では悲哀を感じられるものだった。


 親は静奈という子供に興味を持っていなかった。

 少なくとも私が覚えている限りではそうだった。

 母も父も仕事に熱中していて、顔を合わせると喧嘩ばかり。


 気付けば、家には一か月に一度の頻度で訪れるようになっていた。

 だがそれは小学校六年生のころまでで、それからはもう帰ってくることはない。

 実質、一人暮らしのようなものだった。

 でも特には不自由はなかった。

 暴力が振るわれることは一度もなかったし、お金は銀行に振り込んでくれた。


 そんな環境でも学校には行った。

 中学校までは義務であったし、高校でも行かないという選択肢は浮かばなかった。

 並の人付き合いをしていたが特に親しい友人はいなかった。

 退屈ではあったが、趣味の読書をしている時間だけは楽しかった。


 そんな日々を送る毎日。

 今日も同じような日々の予定だった。

 学校の登校中、通り魔に襲われなければ。

 前方から突然走り出し、動けない私にナイフ突き刺し逃走。

 人通りが少ない道のせいで誰にも発見されず、自力で警察に通報したがなかなか来ない。




 もう助からないと思った。

 自分の体のことだから、何となく分かる。

 焼けるような熱さと鋭い痛みはいつの間にか引いており、寒さだけがある。

 体の感覚は感じられなくなってきていた。


 未練はない。

 将来のことは想像出来ておらず、やりたいことなど特になかった。

 あえて言うなら、速く親の手を借りずに生きていきたかったぐらい。


 だが人間としての本能だろうか。

 死ぬことはとてつもなく怖かった。



 私は目を開けておくことすら辛く感じ、瞳を閉じる。

 そこにあるのは闇だ。

 淡い光があるが、だんだんと闇に飲まれていく。


 ゴツゴツとした地面の感触が消えた。

 体全体から感じていた寒さが消えた。

 血の独特な匂いが消えた。

 葉のざわめく音が消えた。


 もう瞼を開けることも出来なくなって、全ての感覚がなくなったことに恐怖する。

 闇が全てを呑み込み、私という存在すらもなくなってしまうように感じた。




 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 もうすぐ私はいなくなる。

 もがいてみようとしてもどうしようも出来ない。



 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 けど死ななかったとしてもまた変わらない日々に戻るだけだ。

 それは生きていると言えるのか。


 そう考えてしまった。

 そうしてしまって、抵抗を止めてしまった。



 闇が体を呑み込んだ。

 次に始まるのは侵食。

 削られ、砂のようになって消えていく。

 脚も腕も胴体も頭部さえ、全部が全部、消えてなくなって残るは闇だけ。


 闇と一体になった感じだった。

 もう恐怖はない。

 安心感があった。

 理由は分からない。

 だがもう休んでいいのだと言われているようだった。


 そして眠りについた。

 いつか目覚めの時が来るまで。

 異世界へと転生するまで。

 複雑な境遇をもった種族へと生まれ変わるまで。

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