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神殺し  作者: ゆきの
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神様の作った世界


 この世界には見えていなくて、だけどそこに存在しているものがある。例えばそれは空気だったり、熱だったり、あるいは遥か彼方の宇宙、人間の目では認識できない惑星だったり。僕達の身の回りは、意外なことに見えていないもので溢れている。



 だからといって、見えないことを悪だとは決して思わない。見えないほうが幸せのことだっていっぱいあるだろう。仮に目の前に、空気中に存在する分子が見えたとする。酸素、水素、窒素、沢山の小さな丸っこいオブジェクトが、目にも留まらぬ速さで動き回っているのを想像すると、気が滅入ってしまいそうになる。もし見えていたとなると、僕だったら生まれてすぐに自殺してしまいそうだ。まぁ、そんな器用な赤ちゃんはいないと思うけど。


 こう考えると、見えないことの方が幸せなんじゃないかと思えてくる。実際僕も見えるようになってからは、見えないほうが幸せなことって山ほどあるんだな、と思うようになった。



 僕はある日を境に、見えないものが見えるようになった。



 先程例に上げた空気とか、惑星とかそういった類のものではなく、妖怪とか、幽霊、魂、そして…………神様。

 そういったものが見えるようになったのは、本当に最近のことで、それは一週間ぐらい前に遡る。



 僕はその日死んだ。



 本当にあっけなく、ぽっくりと、死んだ。そして、どういう理屈かは不明だが、僕はゾンビになった。

 そしてゾンビ化した僕を救ってくれたのが、この世界を構築し、ありとあらゆる理を作った神様だった。


 今の僕は死んでいるけれど、知性はしっかりと持ち合わせ、死んでいることを抜きにすれば普通の人間と目立った違いはない。

 体は存在するし、言葉だって普通に喋れる。ゾンビになったことで、五感は人の数倍鋭くなった。死んでいるから死ぬ心配もない。

 生きていた頃の僕よりも、死んだ僕のほうが高スペックってことを、早くに知っていれば、もっと早く死んでいただろうに。

 後から聞かされた話なんだけど、もしゾンビ化した僕を助けていなかったら、地球は今頃ゾンビで溢れかえっていたらしい。どこのホラーゲームだよと思った。そう言われると神様は僕だけじゃなく、全人類の命の恩人でもある。


 そんな神様と僕は、今大学のキャンパス内のとある講義室で、共に線形代数の授業を受けていた。

 行列も、ベクトル空間も、全て神様が作ったもので、それを頭のいい数学者が発見したにすぎない。



 この世界の理は、全て神様の手によって作られたものだ。



「退屈ね……」


 神様は怠そうにつぶやくと、長い透き通った黒髪をかき上げた。


「まぁ神様にしてみれば、こんな講義大人が小学校の授業に出て、足し算を習うくらいのことだとは思うけど、僕にとっちゃめちゃくちゃ難しいことなんだよ」


 僕は他の学生に迷惑にならないよう、小さな声で話す。


「別に授業が簡単すぎて退屈ってわけじゃないのよ」


「簡単ってところは否定しないのか」


「私はただ、恋仁くんが今の私の格好を見て何も言及しないことが退屈なのよ」


 一つ席をあけて僕の隣に座る神様は、大学生であるにもかかわらず、某女子高のセーラー服をまとっていた。


「絶対にツッコんでやるまいと思ってたのに!」


「あら、私は恋仁くんに突っ込まれるのは大歓迎よ」


「意味深すぎてリアクションに困るわ!」


「だって恋仁くん、こういった短いスカートとか、ニーソックスとか、大好物でしょ?」


「確かに否定はできないけれど、かといって肯定したら男として負けた気がする」


「めんどくさいのね。ほらほら」


 そういうと、神様はスカートの裾を手でつまみ、ひらひらと揺らす。

 …………見え、見え、おぉっ、見えた!あぁっ隠れた……あっまた見えた!


「ここまで熱い視線がスカートの中に向けられると、恥ずかしさを通り越して嫌悪感を抱くわ」


「いや、ほら僕ゾンビだから。動くものとかどうしても気になっちゃうんだよ。だからこれは生理現象みたいなもので、決して不順な気持ちがあるわけじゃなくて」


「ほんと、ものはいいようね」


 動くものに過剰反応するのはホントだよ。信じて…………


「僕よりも神様の方がよっぽど変だと思うんだけど」


「あら、私ほど普通の人間っていないと思うわ」


「いやいや、あんた神様でしょ」


「恋仁くんは私にどんな欲求不満があるのかしら」


「人を歩く性欲みたいに言うのはやめろ!」


 はぁ、神様と話すのはほんとに疲れる。百メートルを全力で走ったくらいの疲労感だ。


「コスプレ趣味の神様なんて聞いたことねぇ」


「恋仁くん、私以外の神様を知っているのかしら?」


 いや……知らないけど。


「もし知っていて、私以外の神がみなコスプレをしていなかったら、コスプレするのをやめてもいいわ」


「どんだけコスプレしたいんだよ……」


「大体、あなた達が言っている神様って、神社とかそういった類の神様のことでしょ。あんなのは人間が勝手に作りだした妄想の産物でしかないわ」


「神様が作ったわけじゃないのか」


「人間の感情までは操れないわ」


 そういうものなのか。


「けど、あんなもの一体なんの役に立つのかしら。おじさんの半裸の像なんかよりも、私みたいな可愛い女の子がコスプレしている像の方がよっぽど需要がありそうだけど」


「もし外でそんな像を見かけて、ましてや着ている服がスカートだったりしたら、その場で膝をついてスカートの中を拝みたくなるけれど、それは神様に対する崇拝とは違うと思う」


 というか、それもうフィギアじゃん。


「やっぱり恋仁くんとお話するのは飽きないわ。このままずっとおしゃべりしていたいくらいね」


「神様とずっと会話してるとか、こっちの身がもたないよ。命が何個あっても足りねぇ」


「死んでいるのだから命の数なんて関係ないじゃない」


 あ、そうだった。


「けど僕、死んでいるけど大学生だし。単位取れないと留年しちゃうしさ」


「そんなことなら、私が手とり足取り教えてあげるわ。恋仁くんが望むなら、研究者にさせてあげることもできるし、ノーベル賞受賞だって夢じゃないわ」


「うわぁーシャレにならねぇ!」


 もしそうなったら未来永劫、僕の名前は語り継がれるのか。ちょっと憧れるかも。


「けどやっぱこういうのって、楽して受賞しても達成感がないしな」


「欲がないのね」


「うーん、そういうわけじゃないな。努力した人が受賞する方が、皆気分がいいじゃないか」


「ふーん。恋仁くんは優しいのね。けど、残念ながら恋仁くんが思っているように、努力が報われないことだってこの世界にはあるわ」


 神様は声のトーンを少し落とし、話しながらも、黒板の内容をノートに書き留めていた手の動きを止める。


「ねぇ恋仁くん。人間は努力さえすれば、未来を変えることができると思う?」


「断定はできないけど、変えられる未来もあるんじゃないのか?」


「過去が変えられないように、未来を変えることもできないの。血の滲むような努力をしたとしても、結果はいつだって同じ」


「それって……」


「恋仁くんが思っているとおり。この世界はね、言ってしまえば一本の小説でしかないの。その場合、作者は私。私の気分で世界を滅ぼすことだってできるわ」


「そんな気まぐれで世界を滅ぼすのはやめようね?」


 授業終了のチャイムが鳴ると同時に、神様はその場に立つ。


「だからね。これだけは言わせて」


 凛とした瞳で、神様は座っている僕を見下ろしながら言う。


「私はあなたと全人類を救ったのかもしれないけれど、それはすべて私の私利私欲のためでしかない」


 目の前に立つ神様…………女の子は、どこか寂しげな表情を浮かべていた。


 その表情に似合わない、言葉を必死に並べ、自分がまるで悪者であるかのように。


「だから私はあなたが思っているような優しい神様ではないのよ」


 そう言うと、短いスカートを飜えして、講義室を出ていった。


 僕はその背中を、ただ眺めていることしかできなかった。




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