第八十五話 ≒MOTHER
まだまだ楽しい誕生日は続くよ。式典では、ハルジオさんの養女オリーブちゃん4歳からの花束贈呈があったりとか、私が適当な演説をしたりしてそれはもう盛り上がってた。オリーブちゃんがナイフでも取り出して襲い掛かってきたらちょっと面白かったけど、特にそんなこともなく普通に終わってしまった。今度個人的に呼び出して挨拶してあげるとしよう。未来の独裁者は君だってやつだね。
閲兵式は皆整然として迫力があってとても格好良かった。サルトルさんの寝ずの頑張りが報われたね。あれを見たら大陸統一とか素敵な夢を見ちゃうのも無理はない。映像に残しておけないのが残念だけど、誰かが絵画にしてくれると思うので期待しよう。
そして、今は閲兵式を終えてからの首都練り歩き軍事パレード中。長銃を担いだ歩兵さん、豪華な装備の騎兵さん、ゆっくりのしのし砲兵さん、沢山の共和国旗とミツバ党旗が誇らしげに掲げられ、皆仲良く進んでいるよ。
「うーん、やっぱり馬術も大統領に必要なんですかね。為政者の嗜みみたいな感じで」
「あはは。あるに越したことはありませんが、そんな時間があるんですか?」
「睡眠時間を削ればなんとか」
「お肌に悪いからオススメできませんねぇ。睡眠不足は美容の大敵です。頭の働きも鈍りますし良いことがありませんよ」
私は相変わらず馬には乗れないので、優雅に馬車に乗りながら国民の皆様に笑顔で手を振っている。自慢するわけじゃないけど、私の人気はアイドルを超えたスーパーアイドル並なので、一目みようと押しかけて凄まじいことになってるよ。お家の窓や屋根から身を乗り出して紙吹雪まいてるし。お祭りらしくて大変素晴らしいね!
『ミツバ様万歳!』
『ローゼリア共和国万歳!』
『ああ、ミツバ様が手を振ってくださったぞ!』
適当に手を振るだけでこの有様だ。独裁者に人気があったら鬼に金棒だよね。大手新聞社の2つが御用新聞と化してるから、私は基本的に叩かれない。評判の分かれる政策については、関わった大臣や議員が悪評を引き受ける羽目になってるけど。別に私がそうなるように動いているわけじゃなく、国の空気がそういう感じ。『ミツバ様は私たちのために精一杯頑張ってるから、悪く言うのはやめよう。むしろ支えないと駄目だよね』みたいな。共和主義的な正論を述べて今の風潮に疑問を呈した小規模新聞社は、むしろ強い反発にあってるし。同調圧力って怖いね。
最近の憎まれ役は、恐怖のギロチン議長サンドラと、カサブランカの走狗ラファエロ外務大臣です。任命責任は私にあるんだけど相変わらず誰も責めてはこない。独裁政治は今すぐやめろと激しいデモが起こる気配もない。お給料返納してるし戦争は勝ってるし、税制改革で困窮具合も改善されてきてる。餓死者が激減したのは間違いないし、貧富の差はあるけど不愉快な貴族階級は消滅した。それなりに上手くやってるなら、別に独裁政治でも何でもいいじゃない的な雰囲気。以前の綺麗なサンドラなら憤死してるね!
「なんにせよ、皆が楽しそうで何よりです。目がちょっと狂信的なこと以外は、文句のつけどころがないですよね」
「確かにそうですねぇ。最初は世論を誘導したとはいえ、本当に凄いものです。まさかここまで燃え上がるとは予想していませんでした。後世に名が残ることは確実ですよミツバさん。いや、閣下と呼んだ方がよかったですか?」
「別に気にしないので、二人のときは好きなように呼んでください」
「ありがとう、ミツバさん。ではそうさせてもらいますね」
式典なのにいつもの白衣のニコ所長。彼女の正装らしいので、文句を言うものは今更いない。
「この馬車が通る時が、やっぱり一番盛り上がってますね」
「それはもう。ミツバさんは国民の母でしょう。お母さんの姿を一目見たいというのは子供の本能というやつですねぇ」
「ニコ所長が言うと、説得力が違いますね。――そうだ、私もお母さんと呼んだ方が良いですか? 遠慮は全然いりませんよ」
「本当に飛び上がるほど嬉しい提案ですが、その素敵な言葉に頷いた瞬間、私、想像できないような酷い目に遭いますよね」
「はい、そうですね。死にたくても死ねないと思うので、止めた方が良いと思いますよ」
「素敵なお誘い、ありがとうございます。まさに感無量ですが、今は辞退させて頂きましょう」
ニコニコと心から嬉しそうな笑みを浮かべるニコ所長。それに私も満面の笑みで強く頷き返す。
カビへの憎悪は彼女から全て受け継いだ。だが、私からすると全ての元凶は隣で笑うこの人というわけで。色々な感情、想いがどろどろと混ぜ合わされたものが激しく渦巻いている。それが盛大に爆発するのか、それともしないのかは、その時のお楽しみというやつだ。蓋を開ける時が楽しみだね!
「私がしでかしたこと、当然恨まれてますよねぇ。生命を弄ぶという禁忌に手を出したんですから。でも、まだ生きていられるということは、もしかして愛されてもいるんですか?」
「さぁ、どうなんでしょう。この世に産み出してくれたことへの感謝と憎悪はあるんじゃないですかね。私も私のことは知りませんけど」
「ああ、哲学ですか! 生憎、そちらの分野は疎いものでお力にはなれませんねぇ。命令でしたら努力はしてみますが」
「私を深掘りしても誰も幸福になれませんから、別にしなくていいですよ。何が入っているかは、蓋を開けてみるまでのお楽しみというやつです」
「あはは、その時が来るのが本当に楽しみなんですよ。ええ、本当に。……ミツバさんの立派になった姿を見ていると、この世に満足してしまいそうで困ります。この前なんて、うっかり自分の脳を吹っ飛ばしたくなりまして。銃口を咥えて、引き金を引く直前で我に返ったんですよねぇ。いやぁ、不老というのも考え物ですよ」
冗談か本音か、ニコ所長が笑いながらそんなことを語り、私の目を真剣に見てくる。どうやら今、ここで殺してほしいらしい。ひたすら研究に明け暮れた長い人生に疲れたのだろうか。狂気と復讐心という燃料が尽きてきたのかもしれない。
私は彼女の両手を優しく取り、その顔を混濁した瞳で見つめ返す。複数のしゃがれた声と金切り声が合わさったモノが、呪詛のように口からドロリとあふれ出てくる。
『そんな安楽な結末が、お前に、許されると思うな』
白衣の女は目を逸らすことなく、逡巡せずに強く握り返してきた。その目は何故か綺麗に澄んでいた。極限まで頭がおかしくなると、こうなるのか。それとも、全てを受け入れるという寛容の精神にでも目覚めたか。今更理解したくもないしどうでも良いが。リリーア王国、緑化教会、ニコレイナス、全て同罪だ。ただし、産み出した者を求めるのは子供の本能なのだろう。だから殺さない。その代わり絶対に逃がさない。最期まで、見届けさせてからだ。
「ええ、ええ、もちろんですとも。貴方が頑張っている限り、私もいつまでも頑張りますよ! 貴方が望む限り、いつまでもね。勝手にいなくなりはしませんから、安心してください。まぁ、死んでも逃げられないんでしょうけど」
「…………」
「ささ、今日は素敵な日ですから、笑顔ですよミツバさん。いつもニコニコ、大統領になったからこそ心がけなければ。ほら、支持者の皆さんに元気に手を振りましょう!」
うっかり過激派の私が暴発して、歴史に残る大惨事になるところだった。想像すると結構面白いけど意図したものとは違うので当然却下である。大体リリーアと糞カビがまだ全力でピンピンしてるから絶対にダメだ。
だから満面の笑みで国民に手を振り返す。人間のふりをした人形、神様のふりをした悪魔、大統領のふりをした独裁者。それを支持して愛してくれる国民が沢山いる。この国は本当に面白いね! 私も大好きになってきたよ!
「しかし、本当に凄い熱気ですね。皆、飽きもせず歓声を上げてますし」
「それはもう。私もそれなりに人気でしたけど、ミツバさんとは勢いの桁が違いますねぇ。まるで神様がパレードしてるみたいじゃないですか。多分、今日の様子は絵画や伝記で伝わると思いますよ」
「となると、アルストロさんが後で死ぬほど悔やみそうですけど。最近芸術に目覚めてやたらはまってますから。まだ寝てるんですよね?」
主に私の絵やら歌、楽曲のみだけど。悪徳貴族と思いきや、実は芸術家の才能があったのかもしれない。特に害もないから放置している。仕事さえしてくれれば、好きにやればよし。
「ああ、彼ですか? 私の特製栄養剤10本ガブ飲みで元気を取り戻しましたよ。パレードの後、全力で合唱するんだって張り切ってましたねぇ。ま、実はただ苦いだけの色付き水なんですけど、効く人には効くみたいで」
「それは、実にアルストロさんらしいですね」
プラセボがバッチリ効くアルストロさんのことは一旦置いておくとして。ニコ所長は王国時代からの救国の英雄で、革命にも協力したから人気は今も根強い。私とニコ所長が同乗しているこの馬車は、ローゼリアが誇るアイドルツートップというやつだ。ちなみに、その胸には先ほど授与した三つ葉付文化功労章が誇らしげにつけられている。
「あれ。そういえば、六月革命薔薇勲章の方はどうしたんですか?」
「ああ、あれですか。私はこれが一番嬉しかったので、その他は必要ありませんよ。勲章は山ほど持っていますが、これに勝るものはありません。本当にありがとうございます、ミツバさん」
「そういうものですか」
「ええ、そういうものです」
ニコ所長には相変わらず共和国魔術研究所所長として、兵器開発を頑張ってもらっている。新型の長銃や大砲についても着手してもらっているけど、新技術が出ればすぐに模倣される不毛ないたちごっこは、今も続いている。
模倣されないのは、あまりにも尖りすぎてるやつだね。例えばプルメニアの使い捨て長距離大砲とか、ウチの誘爆する火炎放射器とかね。使いどころを間違えなければ有用なんだけど、そんなビックリ兵器に予算つぎ込むくらいならさっさと新型長銃を寄越せというのが現場の声である。だけど私はまたビックリ兵器を依頼していたのであった。
「おねがいしていた例の新型、カサブランカ戦に間に合いますかね」
「試作型でよければ恐らく。でもいいんですか? 戦場がエグいことになりますけど。敵も味方も全員が困りますよ。こんなモノをばら撒いたら全人類の迷惑ですねぇ」
「今回は使うつもりはありませんが、備えあれば憂いなしです。最近、大人しいから手を出してきそうですし。必要なときが来たら呼んでください。全力で籠めますから」
「分かりました。なら急がせましょうか」
「全人類の迷惑になったら、あらゆる国を集めて武器使用に関する戦争協定を結びましょう。そこから相互理解を深めれば世界平和間違いなしです」
「あははは。それは本当に素晴らしい名案ですねぇ。一度痛い目に遭わないと、人間は学べませんから」
「そういうものですか」
「ええ、そういうものですよ」
外交上手のリリーアがやけに静かで嫌な感じなのだ。アルカディナとの軍事同盟の件はとっくに伝わっているはずなのに。プルメニアにはクロッカスと茶々を入れてるから、こっちはカサブランカ攻めのときに何かしてきそうな気がする。どうやらミリアーネも元気っぽいしね!
「あと、造船技術向上については難しそうですか」
「リリーアとは辿った歴史、積んだ経験が全然違いますからねぇ。陸戦兵器の技術ではローゼリアとプルメニアが大陸一を争えますが、海戦は中々難しい。王国時代から予算を注いでいれば、話は違ってたんですけども」
「植民地争いに後れを取った理由ですもんね。海に面していて、兵力もあったのに勿体ない」
「そうですよねぇ。プルメニアと馬鹿な戦争を続けてなければ、そちらにも手を伸ばせたんですが。海を防壁に使えるのが島国の利点ですよねぇ。海が近いとお魚も美味しいですし」
海洋の覇権を握るリリーア王国は強敵だ。向こうは色々な手段でちょっかいを出してくるけど、こちらから手をだすのは難しい。攻めても海戦でボコボコにされて、運良く突破できても全力で待ち受けられて水際で追い出されちゃう。万一上手く占領できて橋頭堡を確保できても、際限なく兵が送られて結局は同じだ。
第一、多方面から侵攻するには沢山の船が必要だけど、そんな金もないし、リリーア海軍が出張ってくるから上陸前に沈められちゃう。じゃあ負けない海軍を作りましょうとなるけど、技術が追いついてないから一朝一夕ではいかない。結局は金と時間がかかるってこと。だから、リリーア侵攻作戦は断念しましょうというわけなんだけど、納得してくれない私がいる。
「もし、私がどうしてもリリーアを攻めたいと言ったらどうなりますかね」
「ほとんどの人が止めるでしょうけど、私は好きにしたらいいと思いますねぇ」
「そうなんですか? でも、勝ち目なんてないですよね」
「確かに勝ち目はないですが、後先考えずの全滅覚悟なら、やりようはありますよ。ローゼリア共和国は国家存続が難しくなり、ローゼリア国民は悲惨な目に遭いますが、リリーアもそれなりの地獄にしてみせます。私の命に懸けてもね」
「…………」
「その気でしたら選挙後にミツバさんの権力で国家総動員をかけてください。全権委任法でやりたい放題ですし。使い捨て船を全力で造船させて、全ての船を徴発しましょう。それらで多方面から上陸作戦を仕掛けます。被害は甚大でしょうが、全てを水際で食い止めるのはいくらリリーアでもできません。後はひたすら突撃して悪意をばら撒くだけ。そのために有用な兵器も全力で作りますし。……それで、やりますか?」
「……いえ、やめておきます。私が楽しくても、私が楽しくないので。私は、この国が好きになってきましたし」
「そうですか。それは残念ですねぇ。ま、今の話は思考実験、いわゆる冗談というやつです。ミツバさんは国家の代表なんですから、自暴自棄になってはいけません」
残念そうなニコ所長。どこまで本気だったのかは分からない。でも、この思考は過激派の私と良く似ている。結局のところ、血は争えないというやつか。私は本当に知らないけど。
◆
全ての予定を終えた深夜。私とサンドラはベリーズ宮殿の執務室でソファに腰かけてくつろいでいた。一日中賑やかで楽しかったけど、流石に疲れたよ。心の底から、ふーってやつ。
晩餐会は挨拶や返礼ばかりで全然食べた気がしなかった。だから料理人見習いのポルトクックルー君に作ってもらった、おつまみやケーキをパクつきながら、安いワインで乾杯中だ。実に渋くて不味くて素晴らしい。高級ワインにはとても出せない味だね!
「ひとまず、お疲れといっておく。アルカディナ合衆国との軍事同盟締結、上手く行って良かったな。緩やかなものとはいえ、リリーアへの牽制となる」
「同じ共和主義を掲げ、共通の敵はいるし、貿易も順調、いまのところ植民地を争う必要もないですからね。利害関係が極めて一致した仲というやつです。仲良くできない理由がありませんよ」
「友好の証に記念碑的なものを贈ると聞いたが本当か?」
「向こうが港とか土地とか沢山貸してくれるそうなんです。そのお返しに独立記念と友好記念を兼ねた立派なのを建てるそうですよ」
もちろん善意じゃなくて、港と土地は貸すからしっかり守ってね、さらに開発もよろしくというやつだ。こちらも自由に使える拠点を長期間ゲットできるから文句なし。向こうも独立して間もないし、色々と手が回らないのが本音だろう。でも体制が整ったら強国の仲間入りしそうだね。
「……全くの初耳だが。その金はどこから捻出する気だ」
「大半は新聞を通じて寄付金を募るとかジェロームさんが言ってましたね。後は記念くじを売るとかなんとか。間違いなく集まるって自信がありそうでした。恒久的な友好の礎として、是非とも建てるべきだって断言してましたよ」
「なるほど。では、アルカディナに人材を派遣して作らせるのか?」
「いえ、こちらで部品を作って、向こうに全部送って組み立てるそうです。作業員は現地の人を雇うんじゃないですかね。交流の一環になりますし」
「おい、ちょっと待て。どれだけ大きいものを作る気なんだ!?」
「知りませんけど、後世まで残る立派なものにするって言ってましたよ。ジェロームさんも意外と芸術家肌なんですかね。この投資は無駄にはならないのでご心配なくとか言ってましたけど」
アルカディナ合衆国はこれから伸びること間違いなしだからね。開拓すればどんどん発展するし、目先の敵が海を隔てたリリーアだけというのも大きい。軍拡中だから武器を大量に買ってくれて、こちらは材料となる資源を仕入れてる理想的な関係。末永く仲良くしていきたいよね。
だから、ローゼリアの著名な芸術家や建築家を沢山招いて素敵な像を建ててあげるんだってさ。完成が本当に楽しみだね。どうやって寄付金を集めるかは知らないけど、ジェロームさんなら上手くやるんだろう。ちょっとだけ、違う意味で嫌な予感がするけど、もう賽は投げられてるから止められない。
ちなみにこの同盟締結交渉からもラファエロさんは外されて、ジェロームさんが外務官に指示を直接出している。可哀想だけど、実はかなりのやらかしがあったから仕方がない。
「……そうか。まぁ、いざとなったら奴に責任を取らせるだけだ。なんにせよ、独立戦争に力を貸した恩を返してもらうことができるというわけだ。ここにきてようやく、ラファエロの馬鹿が役に立ったな」
王国時代に、資金や武器、義勇兵をラファエロさんが勝手に指揮して連れて行った一件だね。リリーアへの嫌がらせにはなったけど、王国の利益にはならないどころか、無駄遣いのせいでむしろ追い込んだのかもね。アルカディナはプルメニア戦のときも応援だけで助けてくれなかったし。革命が起きても見殺しだし。でもローゼリア王国はなくなっちゃったけど、同じ共和主義になったから、もっと仲良くなれそうなのが面白いね。
「あはは、かなり辛辣ですね。やっぱりラファエロさんが嫌いなんですか?」
「人間としても政治家としても尊敬できるところがない。語る言葉は勇ましく立派だが、信念がなく己の意志を貫けない。口が軽く行動も軽く過去の行いを顧みて自重することができない。状況も見ず考えずで常にカサブランカ贔屓、ローゼリア共和国の利益よりも優先する始末だ。外務大臣に不向きなのは疑いようがない。さっさと更迭すべき人間だ」
長口上で本当に辛辣だった。ラファエロさんは確かに声は大きいけど、ミツバ派結成の時に動いてくれたりしたから私は嫌いじゃない。面倒見も良いし悪い人でもないんだけどね。
でもカサブランカ贔屓なのは間違いないし、擁護できない行動をしでかしてしまった。カサブランカのレオン大公との交渉が上手くいかないので、ブルーローズ州で隠遁中のマリアンヌさんと秘密裏に接触していたのが発覚した。解放でも条件に、父親への便宜を図らせようとしたかな?
ルロイさんは相変わらず薄氷の上でダンスさせられてるね。氷の下ではサンドラがニコニコしながらギロチンで待ち受けている。
ジェロームさんからこっそり伝えられた情報は、私が内密に握りつぶしたけど。このやらかしが漏れたら関係者全員を粛清しないといけなくなる。
ラファエロさんにはルロイ一家に二度と関わらないよう厳重注意し、マリアンヌさんにも超強めに釘を刺した。近いうちにカサブランカと戦争になるけど、絶対に何もするなと。手も出さず口も出すなと直筆のお手紙を送った。一家全員ギロチン送りにされたくなければ、その屋敷で大人しく幸せに暮らすようにとね。それでも祖国のために動くなら、もう遠慮しない。望み通り、歴史に名前を刻んでやることにする。
「更迭するのはいいんですけど、人材が不足しているのは知ってますよね。誰かいい人がいるんですか?」
「確かに人材不足なのは間違いないが、混乱の収拾に手一杯で見出すだけの時間がなかっただけだ。ローゼリア共和国はそれほど後進国ではない。能力のある者は充分にいる」
「すごい自信ですね。で、誰なんです?」
「…………」
「あれ?」
なんだか顔に疲れが見えるし、とても言いにくそう。サンドラのことだから、それはもう清廉潔白かつ才能豊かで、誰からも讃えられるような立派な人を推薦してくれるかと思ったんだけど。そんな聖人みたいな人、本当に存在するのなら是非お会いしたいね。
「ペラルゴ・モーリス外務官、元大輪教会聖職者だが、方針に逆らって破門された変わり種だ。王政時代には大使の経験もある。今はアルカディナとの交渉を担当している男だ」
「とてもいい人材じゃないですか。丁度軍事同盟締結の功績で任命できますし。何か問題でも?」
「……ジェロームと同じく、食えない奴だ。笑顔で人を殺せそうな奴とでも言った方が良いか。間違いなく能力はあるが、使いどころを間違えると取って変わられるぞ」
「食えないくらいの方が、外務大臣としては良さそうです。ちなみに、人を殺せそうとか言ってましたけど、何か犯罪でもしたんですか?」
「いや、そのような過去はない。……だが王政時代、コイツの恨みを買った者は次々と破滅させられている。状況的に極めて怪しいが、決定的な証拠や証言はなにも出ていない。破門されたのも、大輪教会でやりすぎて教皇に警戒されたという噂がある」
サンドラがそこまで言うとなると、かなりの曲者っぽいね。自分の手を汚さずに攻撃するタイプかな。多分、犯人はその人なんだろうけど、粛清されてないということは疑いをしっかり晴らせたというわけで。しかも潔癖主義のサンドラが推薦までしてくるんだから、本当に優秀なんだろう。これは採用一択である。大輪教会から破門されているのも色々と都合が良い。教会とは適切な距離を保つのが今の方針だから、熱心な信者だと板挟みになっちゃうしね。
「なんだ、じゃあ何も問題ないですね。9月1日の議会選挙が終わり次第、いよいよカサブランカ攻めを煽りますから、その時に外務大臣になってもらいましょう。ラファエロさんは講和交渉失敗の責を取らせて更迭します」
「賢明な判断だ。だがモーリスはしっかり手綱を握れ。私も注意を払うが」
「分かってます。余計なことをしたらちゃんと注意しますし、それでも駄目なら更迭かクビで」
物理的にクビだけになるかは罪状次第。いわゆるサンドラジョークだよ。笑えるのは私くらいかな。
で、ラファエロさんは更迭されたらどうするかな? またカサブランカに亡命したら面白いけど。マリアンヌさんを連れて行こうとしたら可哀想だけど処刑する。それなりに付き合いも長いから許してあげたいけど、国家反逆罪は見逃せない。
敢えて見逃してルロイさん一家をまとめて処分するという手もあるけども。なんだかルロイさんの地獄行き道路が舗装されてるみたいで全然面白くない。ここは手を出させない方向でいきたいな。よってきっちり動きを見張らせよう。
私にとって、今更ルロイさんに使い道やら利用価値はないんだけど、つい守ってしまう。なんだか壊れた玩具を大事にしてるみたいだよね。そういうの、人間っぽくていいよね!
で、私がそんなことを考えている間も、なんだかサンドラの表情は浮かない。安心して任せられる清廉潔白な政治家がいないことを残念がってるのかな? そんな立派な人、どの時代にもどこの世界にもいないと思うよ。万が一いるとしたら多分、頭が本当におかしい狂人だと思うし。というかサンドラも充分汚れているから大丈夫!
「自分で推薦したくせに、なんで残念そうなんですか。というか、食えない方が政治家として優秀なんじゃないですかね。ほら、私を見てください」
食えないことに定評のある大統領だよ! そう自画自賛したら、心底呆れた表情でワインをがぶ飲みしてみせたサンドラ。
「ふん、自分で言っていれば本当に世話はないな」
「でもサンドラが推薦したんだから、いざとなったら責任はとってくださいね。辞めるなんてことじゃ駄目ですよ。ちゃんと議長としての責任を果たしてもらわないと」
責任を取るっていうのは、すぐにやめるってことじゃないよ。後始末をしっかりつけるってことだよ!
「分かっている。だが、任命責任はお前にもあることを忘れるな、大統領閣下」
「もちろんです。私は責任から逃れるつもりはありません。共和国の大統領として、更により良い政治をすることで国民への責任を果たしていくつもりです」
「より良い政治をして責任を果たすとは、具体的には何をどうされるおつもりなのですか。はぐらかさずに率直にお答えください、大統領閣下」
「いざという時という、仮定の質問にはお答えできません。ですが私は責任は果たします。決して逃れるつもりはありません」
「決意表明の繰り返しになってるぞ。どこでそういう答弁を勉強したか聞いても良いか? もしもふざけた参考書があるならば、著者を徹底的に問いただしに行きたい」
「あはは、もちろん秘密ですよ。つまりは、答えを差し控えるってことです」
「この大馬鹿めが」
そう笑いながら答え、空になったグラスにワインを注いであげる。そして、苦笑したサンドラも私に注いでくれる。私は窓を開けて、雲一つない星空に向かってグラスを傾けた。




