表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みつばものがたり  作者: 七沢またり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/91

第八十一話 煮えたぎる野望

 大輪暦588年3月。ローゼリア共和国北東部国境地帯に当たる、リーベック州都庁舎の会議室。クローネ率いる第一軍団上層部と、先のカリア攻略戦以来合流している旧王党派造反組の面子が顔を突き合わせて会議を行っていた。主な議題は8月末に行われる共和国初の総選挙対策と、いわゆるクローネ派の今後の方針についてだ。

 旧王党派の面子には、イエローローズ家の当主ヒルード、婚約者リーマス、ブラックローズ家の当主マルコとセルベール元帥が参加している。マルコはカリア市陥落で王党派の再起を完全に諦めたらしく、セルベールの説得によりクローネ派についた。貴族的思想が抜けきっていないが、頭は悪くない。それを隠すことができるのであれば、クローネとしても特に言うことはない。隠せないほどの馬鹿は、使い道がなければ始末していくだけのことだ。

 

「――ならば旧王党派の連中をかき集めて、新党を立ち上げさせるか? 現体制に不満を持つ者はそれなりの数はいるだろう。富裕層の支持を得られれば一定議席は獲得できるはずだが」

「はは、義父上は面白いことを言うね。そんなことをしたら、ミツバ党の熱狂的支持者に徹底的に叩かれて議席どころか命が危ないよ。自ら共和国の敵と公言するようなもんさ。あの連中の狂信ぶりを舐めない方が良い」

「……青カビどもめがッ! これでは緑化教徒と何も変わらないではないかッ!」

「そんなことを聞かれたら、確実に殺されるからお外では言わないように。本当に頼むよ、愛しの婚約者様。お前の子供を産む前に死んでもらっちゃ色々と困るし面倒なんだよ。ほら、外聞とかあるからさ」


 クローネが睨みつけると、リーマスが唸ったまま黙り込んでしまう。

 ミツバは緑化教徒をカビと唾棄していたが、ミツバ支持者の狂信ぶりはそれにひけをとらない程度に頭がおかしくなっている。ミツバ教第一の信者にして伝道師のアルストロの手により、日に日に支持者を増やしている。

 青カビなどと揶揄する者は以前にもいたが、本当に笑えない状況だ。そして、その宣伝が虚構ではなく実際に成果を残しているのがまずい。経済面は新財務大臣のネルケルがようやく改革に手をつけ始めたばかりで、まだ成果は出ていない。だが軍事と外交の成果が圧倒的すぎる。プルメニア帝国からは劣勢を覆しての大勝利により領土と賠償金を分捕り、カサブランカ大公国とヘザーランド連合王国に対しても交渉を優位に行っている。それを御用新聞が良いように書き立てるのだから人気が出ないわけがない。今ではミツバ大統領は自他認める『共和国の救世主』にして『国民の母』である。

 

「……リーマスよ、言葉には十分に気をつけるように。命は一つしかないのだからな。しかし、精強なプルメニア軍にあそこまで大勝ちするとは、実に恐ろしい」

「全くだよねぇ。少しは苦戦すると思いきや、あの結果だよ。後世にはなんと伝わるやら」

「……ゆくゆくは権力を禅譲してくれるとあのお方は言ったのだろう? ならば大人しく待てばよいではないか。わざわざことを荒立てなくとも、栄光は手に入る」

「おいおい、あのお方って。義父上はミツバ大統領閣下がそこまで怖いのかい?」


 かつては忌み子呼ばわりしていただろうに、今ではあのお方呼ばわりだ。クローネは思わず笑ってしまうが、ヒルードの顔色は真っ青だ。いつ呪殺されてもおかしくないと本人は心底脅えている。リーマスは顔を顰めるだけで、それほどでもない。お供をけしかけたという点で、危険度はヒルード以上だったのだが知らないことは実に幸せである。そういった馬鹿だから生かして婚約者とした。馬鹿には馬鹿の使いどころがあるのである。


「ああ、私は心底恐ろしい。あの忌まわしい肉塊を、君は見たことがないから笑っていられる。あんなものになるくらいなら、頭を撃ちぬいた方がマシだ。あんな形で生き苦しみたくはない」

「いいから落ち着きなよ。気持ちは分かるが、身内の権力闘争くらいでチビはどうのこうの言わないさ。チビが積極的に怒るのは理不尽が身に降りかかる時と、カビが関わることに対してだ。だから、私たちは私たちでどんどん動くべきなのさ。今のご時世、口を開けてるだけじゃ餌はもらえないよ」

 

 というわけで、クローネは自分の力を蓄えるために積極的に動くことにした。この国の頂点にはミツバが大統領として暫く君臨する。それは分かった。ならばその間に自分の派閥を強大化させなければならない。

 ミツバのことだから、恐らくサンドラにも調子のよい空手形を切っている。サンドラは急進派として積極的に改革を推し進めていくだろう。自分はそれに対抗する保守穏健勢力をまとめて対峙する。ただの一軍の司令官としてのんびりしていては、確実にサンドラに後継を奪われる。軍事だけではなく政治にも関わらなくてはならない。

 

「では、我々もミツバ党を自称し保守派として高らかに名乗りを上げますか。シーベルなどは大地党を結成し民に正義を訴えると宣っていますが、聞く耳を持つ者はいません。来る者拒まずがミツバ党の理念らしいですから、勝手に名乗っても問題はないでしょう」


 マルコの淡々とした言葉を聞き、父のセルベールが眉をひそめる。


「待て。そんな無茶苦茶な道理が通るのか? そもそも我々は貴族階級だったのだぞ。とても民衆の支持を得られるとは思えんが」

「ミツバ様万歳と言っておけば国民は怒りませんよ。実際、現在生き残っているのはサンドラ議長の粛清を免れた者たちです。『我々はミツバ閣下に認められた人材である、その力を活かして国民のために働きたい』と声を枯らし懸命に訴えかけましょう。その後は革新思想と保守思想の戦いとなります。サンドラ議長の一派が急ぎ過ぎているのは事実です。そろそろ歩みを遅くするべきと考えている穏健層を獲得できます」

「……むぅ。やはり政治は難しい。私は当主を退いて正解だったようだな」

「父上のおかげで私がこうして苦労しているのです。本当に反省していただきたい」

「親子喧嘩は外でやりなよ。まったく」


 やれやれとクローネが苦笑すると、場の空気が緩む。最初は当然険悪だったが、段々と打ち解けてきている。打算もあるが、やはり共通の敵がいると話もしやすくなる。当面の敵は旧貴族階級から蛇蝎のごとく嫌われ心底恐れられているサンドラ議長様だ。

 邪魔だと判定されると、勝手に罪をでっちあげられる可能性すらある。元内務大臣のヴィクトルはそれで始末されたという噂も流れている。その安全を保証してやるのがクローネ元帥と第一軍という訳だ。ミツバの友人であることから、その言葉に信憑性を持たせられる。


 だが足りない。もっと武力、権力、支持層が必要だ。部屋を見渡せば、第一軍の信頼できる将官と、七杖家残党たち。かつて隆盛を誇った七杖家だが、なんとか家を保っているのはヒルードのイエローローズと、マルコのブラックローズくらいなもの。後は散り散りになって亡命してしまった。領地も財産もほぼ没収され、残っているのは権威、名声、そして血の重みだけ。

 これを上手く利用していかなければならない。いままで散々絞られてきたのだから、今度はクローネのために徹底的に絞りつくしてやるのだ。その過程でこの連中が栄達を掴む分にはそれは全然かまわない。能力主義による信賞必罰を徹底するのが大事だ。

 

「それでだ。選挙についてはひとまず置いておくとして、ヘザーランド対策をどうするか結論を出すべきではないか? いつまでリーベック州に留まる気なのかを知りたい。選挙までもう時間がない。私はイエローローズの州都に戻って選挙の支援態勢を整えたいのだ」


 気を持ち直したのか、多少は顔色が良くなったヒルードが答えを求めてくる。どうやら選挙に対してかなりのやる気があるらしい。やはりどんなにミツバが怖くても政治から離れることはできないのだろう。生まれついての性質というやつだ。実に望ましい。それに比べて息子の方は相変わらず使えない。どうでも良いことばかり先ほどから吠えているが、クローネは全て無視している。この男はそれで良い。それ以上になられては困るのだ。


「義父上はせっかちだねぇ。ま、呑気なリーマス君よりはマシか。えっと」

「一体どこまで私を馬鹿にするのだ! 仮にも私はお前の夫となる男だろう! いいか、私だって色々と考えている! 今からそれを聞かせて――」

「そいつは困るね。馬鹿で高慢ちきなのが君の優れている点だ。マルコは上級貴族だったくせに、己を殺せるし頭が良すぎるからね。配偶者にするには色々と危ないのさ」

「クローネ殿。本人がいる前で言わないでもらえますかね。いつの間にか失恋した気分になりますので」

「あはは、一応本心を伝えておこうと思ってね。だからさ、リーマス君。君は君で好きに生きてくれて構わない。暫くは子作りのために連行するけど、うっかり戦死しないように最後方においておくから存分にのんびりしていてくれ。役目を果たせば故郷で愛人も作り放題だ。面子があるだろうからこういった場に顔を出すことも許す。ただし、余計なことは考えても口にしないように。次に勝手に余計なことを口にしたらぶん殴るからそのつもりで。発言の前に、必ず挙手して私の許可を求めるように。馬鹿の我儘に付き合う時間はないんだよ」

「――ッ」


 顔を真っ赤にして、拳を握りしめているリーマス。七杖貴族御曹司のプライドが許さないのだろう。だが、行動に移せない。クローネを一喝もできなければ殴りかかる度胸もない。リーマスの気持ちを察してくれる優秀な取り巻きも逃げたか死んでもういない。父のヒルードは脅えきっていて、クローネの保護がなければ確実に逃亡を決断するだろう。亡命ではなく自棄になっての逃亡だ。もしくは本当に自殺しかねない。

 だからこそリーマスはクローネの婚約者にうってつけなのだ。外見は整っているし、振る舞いや作法も問題ない。これ以上ないほど、お飾りに相応しい人物だ。男女逆にしてくれていれば世の中もっと上手く行ったと思うのだが。

 

「さて、なんだっけか。そうそう、ヘザーランドだったね。あそこは小さい国の寄せ集めの連合国家だろ? だから意見集約に時間がかかるのさ。私達にとってなんとも好ましいことにね。向こうの意見としては、不気味なミツバ大統領の相手はとてもしたくない、頑張って停戦交渉をまとめたいってのが大勢だね。ラファエロ外務大臣はカサブランカとの交渉で手一杯だから、こちらはやりたい放題だ」


 ミツバはヘザーランドに対しては譲歩する姿勢を見せているが、カサブランカには強硬姿勢を貫いている。先日は特使のハンス公子を追い返している。カサブランカもさっさとモンペリア州を手放したいのだろうが、ローゼリアとの交渉が纏まらない。一度奪ってしまった以上、ただ放棄するだけでは面子が立たないのだ。実に馬鹿だとは思うが、貴族なんてそんなものである。さっさと手放して防御を固めるのが最善なのだが。体制が整い次第、ミツバはカサブランカに対し宣戦を布告するだろう。


「なるほど。ならば、一軍を置いてヘザーランド軍への牽制とし、主力は引き返しても良いのではないか。ミツバ大統領に許可をもらい、カサブランカに占領されているモンペリア州奪還に動く。第一軍で功績を上げ、君の名声を更に高めるべきでは?」


 セルベール元帥の言葉に、首を横に振る。

 

「確かに元帥の考えにも一理あるが、少しばかり考えがあってね。だから今はここにとどまるよ。第一軍は共和国の最精鋭、大統領閣下のお言葉がない限りはここでどっしりと構えさせてもらう。いざとなったら、ヘザーランドへの奇襲もありだ。ここで状況を見ながら兵力増強と訓練を重ねる。選挙もあるし丁度良い。モンペリア奪還は他の再編した軍団に任せればいいさ。元貴族の皆さんはそれぞれの地元で選挙戦の準備だね」

「ふむ。しかし、他の軍団とは言うがそれほどの人材が残っていただろうか。日和見を決め込んでいた師団長など、とても信頼できはしまい。かといって、大軍を指揮した経験のある人間は元貴族階級ばかりだ。人材不足は深刻ではないのか」

「さぁてね。それをなんとかするのが大統領とサルトル軍務大臣の仕事だろう。栄えある共和国のために人材育成も頑張ってもらうとしようじゃないか」


 クローネが言い切ったところで、ノックの音が響く。パトリックがそれに応対し、クローネに小声で耳打ちしてくる。

 

「悪いが大事なお客様がいらっしゃった。申し訳ないが、私は一度退席させてもらうよ。義父上、この後はマルコと選挙対策についてまとめてほしい。新党結成はなしで、ミツバ党保守派を名乗る方向でいこう。許可は私がチビに手紙を書いておく。旧七杖家が治めていた州知事の座は確実に獲得するように。いいかい、もう新しい時代は来たんだから、泣き言を言ってないで頭を働かせて対応していくように! 私達も支持者を増やさないと、おっかないサンドラ議長様に粛清されるからね!」

『了解しました! クローネ閣下!』


 クローネが活を入れると、第一軍団将官たちが立ち上がり敬礼してくる。流石はクローネが鍛えただけはある。それに比べ七杖家残党の連中は反応が鈍い。そんなだからこういう状況に陥っているのだが、それを強引にまとめるのがクローネの今の仕事でもある。少々殺気を籠めてヒルードとマルコを睨みつけると、慌てた素振りで分かったと強く頷いてきた。権力の上に胡坐をかいていた連中は、それがなくなるとこうも脆くなるのかと、クローネは改めて確認するのであった。そして、己への戒めとして強く刻み付けることにする。

 



 厳重な警戒態勢が執られている、とある邸宅にクローネは足を踏み入れた。慌てて亡命した州知事が暮らしていた豪奢な屋敷でもある。価値のある家財品などはほとんど運び出されたようで、中はがらんどうだ。選挙までは副知事が執務を代行しており、すでにクローネの息がかかっている。次の知事選ではこいつを担ぎ出す予定だ。安全と金を保証してやれば大体の連中はなんとかなる。それに靡かない人間を落とす場合はクローネが直接口説き落とす。それを繰り返して、この地位まで上り詰めた。自分ならばやれるという自信はある。必ず共和国を、歴史に残るような大国にしてみせよう。

 だが、想像を超えた理不尽が現れてしまった。それが現大統領のミツバ・クローブだ。本当に面白い奴だし、クローネの戦友にして親友。これからも共に歩んでいきたいと本心から思っていた。


(チビとは友達だと思ってる。死線を共に乗り越えてきた戦友だ。なにより、ウマが合う。安酒を飲んでいて本当に楽しいしね)

 

 だが、やはりクローネの野望には邪魔なのだ。逆ならば良かった。自分が頂点で、ミツバが補佐。サンドラたち過激な共和主義者が革命を起こすのは想定していた。その混乱で更にのし上がる算段だったのだが、先に王冠を獲られてしまった。まさに想定外だった。

 ミツバに対する憎悪は欠片もないのは本当だ。ただ、クローネの標的が自動的に変わっただけである。何事もなく平和に20年が過ぎ、ミツバが大人しく禅譲してくれれば良いが、そんな夢物語が実現するはずもない。たった1年ですでに大陸は激動の嵐だ。数年以内、動くべき時は必ず訪れる。

 だからクローネは情勢を冷静に観察し、力を蓄え、手段を整える。あのとき、ミツバとの会談での自分の言葉に嘘はなかった。上に立つのが親友ならば自分の野心を抑えられるかと思った。だけどやっぱり無理だった。ミツバの怒りを買いあっけなく呪殺されるかもしれない。以前パトリックに釘を刺したように、その危険性は嫌というほどわかっている。

 それでも、煮えたぎるモノを抑えられない。いつでも動ける武力と権力を持ってしまっている。だから待てないし堪えられないし耐えられない。これは最早病のようなものだろう。自分は上を目指さずにはいられない、貪欲で強欲な人間なのだ。そのためなら好きでもない人間と結婚して子供も産んでやる。なんでもかんでも利用して上り詰める。そう決めている。

 

(どうしても頂点に上りたい。王冠を掴みたい。偉そうな連中を全て跪かせたい。誰からも讃えられる英雄になりたい。子供っぽい俗な野望だけど、私は止まれないんだ。一度きりの人生、好きなように生きて死ぬだけさ)


 そのための一手が、本来はこの国にいてはならない人間との会談だ。この周囲にいるのは第一軍団でも、更に忠誠心の高い子飼いの連中。絶対に情報を漏らすことはない。傍にはパトリック少佐のみ従えている。警備兵に目配せし、ドアを開かせる。中にいた女が立ち上がり、こちらに深々と一礼してくる。装束は豪奢な貴族のものではなく、一般的な事務官のような実用的なものを纏っている。

 

「お待たせして申し訳なかったね。誰にも知られちゃいけないとなると、歩みも慎重にならざるを得ない」

「いえ、全く問題ありませんわ、クローネ元帥閣下。武名のお噂、かねがね伺っております」

「むず痒いからクローネ殿でいいよ。一々会話に元帥閣下を付けられちゃあ面倒だ。それに、一応は縁者となるんだから、遠慮はなしだ。ざっくばらんにいこうじゃないか」

「それではクローネ殿と呼ばせて頂きます。……お初にお目にかかります、私、ミリアーネ・ブルーローズ・クローブと申します。この度は、会談の機会を持っていただいたことに深い感謝を」


 まずは椅子に掛けるように促すと、再度感謝の言葉を述べてから腰かけるミリアーネ。頬は痩せこけているが、目には強い力が籠っている。グリエルの死で錯乱したとか噂もあったが、どうやら立ち直っていたらしい。残ったミゲルのために、今は必死に動いているのだろう。その情報はパトリックから聞かされている。


「はは、この期に及んで、まだブルーローズ姓を名乗っているのかい」

「栄えある七杖家当主の座を、呪い人形などに譲り渡した覚えはありませんので。この名誉姓は未来永劫、我らのものです」

「貴女のことは義父上、リーマス、それにミツバからよーく聞いてるよ。貴女は雌狐の異名を持つ、七杖家の血を引く生粋の王党派だ。その王党派が劣勢と見るや、兄すら見捨ててさっさとリリーアに逃げ出した素晴らしい慧眼の持ち主だ」

「……………………」

「私とは遠縁になるとはいえ、よくもまぁのこのこと帰ってこれたね。そもそも、私はミツバの友人だ。問答無用で差し出されてギロチンにかけられたいのかな?」

「ええ、もちろん危険は覚悟の上ですわ。ミツバと貴方が親しいことも存じています。ただ、命を賭けるに値する理由があります。貴方からは、極めて強い野心を感じ取ったのです」

「へぇ?」

「七杖家、しかも生粋の王党派だったイエローローズ家のリーマスと婚約しその血を取り込もうとする。更にヘザーランドを介して、クロッカス、リリーアにまで伝手を持とうとしているのは、こちらの調べで存じております。それらの理由を深く考えれば、お会いするのをためらう理由はありませんわ」

「なるほどねぇ。目と耳に加えて、鼻もとても良いようだ。流石はブルーローズ家を己の才覚で乗っ取っただけはあるね。実権を失ったとはいえ実に油断ならない女だ。その分だと、リリーアでも上手いことやっているのかな?」


 クローネが問いかけると、表情を変えずにミリアーネが手紙を差し出してくる。差出人はリリーア王国首相、ジェームズ・ロッド。クローネの内通の証拠となる素敵な逸品だ。こんなものをサンドラに見つけられたら確実に粛清される。本来ならばミリアーネ共々憲兵に即座に差し出さなければならない。それで話は一件落着となるわけだが、全く面白くはない。


「その手紙。私がそれを受け取るという意味を、分かっているのかな?」

「もちろんです。私は貴方とリリーア王国の橋渡し役となれる。いや、私にしかできないでしょう。これはロッド首相からクローネ殿への直筆の手紙です。ミツバ体制後のことが書いてあるはずです。ミツバを排除したいのは、ロッド首相も同じなのです」

「……………………」

「……私を使いなさい、クローネ。存分に貴族と七杖家の血を使い潰しなさい。リリーア王国を利用して頂点に上り詰めなさい。ミツバを殺し、貴方がこの国を奪い取りなさい。貴方なら、それができる」

「それで、私が栄華を掴んだ後、貴女にはどんな利益があるのかな? ご子息の栄達の保証とか?」

「ミゲルはリリーアでそれなりの地位を得て平和に暮らすでしょう。返り咲きを狙うには、あの子には野心がなさすぎる。無理矢理席を用意したところで、苦しむのは目に見えています」

「では、貴女は一体何を望むのか? 一緒に悪だくみをするんだから、しっかりと聞かせてもらいたいね」

「……私が望むのは、ただ一つ。呪い人形への復讐だけ。我が子グリエルの仇をこの手で取りたいのです。あの忌まわしい呪い人形が、私の国で王冠を被り偉そうにふんぞり返っているなど絶対に許せない。絶対にあいつにはこの国は渡さない。あの呪われた化け物は、絶対に、必ず、私が殺すッ」


 手紙を差し出した手を震わせながら、ミリアーネが暗く嗤う。その目には強い狂気と深い殺意が滲んでいる。クローネはそれを冷徹に観察した後、ようやく手紙を受け取った。


「ならば、いい。それを、受け取ろう」

「……感謝を。心から、感謝いたしますわ」


 ミリアーネは使える。本来ならば、ミリアーネはさっさと呪殺されていてもおかしくない存在だ。だが、何故か未だ生かされている。ミツバはミリアーネが生き足掻くのを楽しんでいるのかもしれない。だが裏を返せば特別な存在であるともいえる。だからリリーアもミゲルの不始末があったのに、まだ生かしているのだろう。ミツバを始末するために、言わなくても勝手に必死で動き回ってくれる。ミツバに対してこれだけの憎悪を抱き、しかもグリエルの仇でもある。裏切りの心配もない。利用価値は十分にある。


 問題はリリーア王国の動向だ。金と力は欲しいが、向こうも必ず主導権を握ろうとしてくる。交換条件に南方の植民地を手放すくらいは全く問題ないが、下手をしたら共和国が植民地にされてしまう。獲物を容赦なく喰らいつくすことでリリーアは海洋覇権国家となった。ミツバの呪い爆弾の後遺症で今は足止めされているが、決して油断してはならないし見くびってもいけない。出来ることなら、支援を限界まで引きずり出した後で、ミツバや信奉者の青カビ共と潰し合わせたいところだが……。

 

「ミリアーネ殿も分かっているだろうが、ミツバを直接殺すのは、現段階では不可能だ。……だが、オセール街道の戦いの後、ひとつ奇妙なことがあった。今はそれを徹底的に調べさせている。旧王魔研の研究内容についても裏から色々と探っている。私が調べた調査資料を手土産に持って帰ると良い。後はこれからの連絡手段について打ち合わせよう」

「ありがとうございます、クローネ殿。リリーアには、世界に冠たる優れた研究所がございます。頂いた資料を基に、必ずや手がかりを掴んでみせますわ。また、こちらからも支援内容についてのお話があります。これからは連絡を密にいたしましょう」

「ま、そういうことだね。お互いの夢がかなうまで、宜しくやっていこうミリアーネ殿」


 やせ細った手を掴み握手を交わす。どこの国の諺だったかは忘れたが、いわゆる、賽は投げられたという訳だ。これだから世の中というのは面白い。面白い世の中を楽しく生きるには、偉くなければ駄目なのだ。だから自分は頂点を目指す。そう意気込んだところで、ミツバの顔が脳裏に浮かんだ。なんだか、いつも以上に楽しそうであった。多分、その時になっても同じ表情をしていることだろう。

友情と野望のお話でした。あと久々のミリアーネさん。

漫画のやつれたミリアーネさん見てるとつい登場させたくなります。


3/8

誤字修正いたしました!

ご指摘いただいた方、ありがとうございます。

指摘が他の方と重複されていた場合、解除しか選択ができないのでご容赦ください。

でも修正しております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
クローネのこと大好きなのに、ミリアーネ&カビの元凶国という二大地雷を選んでしまったクローネが生存する未来が見えなくて悲しい
クローネは焼け野原の国のトップに立って何がしたいんだ というかその手でトップに立ったとしてそこで終わりじゃね?
クローネの内通、ミツバが知ったら悲しむか笑うかどっちかな?どちらもかな? 来るものを拒ますだけど裏切りは許さない、さてどうなる事やら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ