第八話 花の都?
ガタゴトと景気良く揺れる車内。魔法がある素敵な世界でも、移動手段は原始的なものになってしまうらしい。魔法の絨毯や空飛ぶ馬はないのかと聞いたら普通にスルーされた。ニコ所長と違って、他の皆さんはドライなのである。かなしいおはなし。
かなしいおはなしと言えば、がっかり剣紫ソードができなくなってしまった。人生で一回だけの超必殺技だったのだろうか。出発の景気づけにぶんぶん振り回そうと思ったのに。どうしてですかねーとフードつきの魔術師さんに聞いたら、また普通にスルーされた。流石にムカついたので、もう一度お願いしようと思ったら「すぐに確認する!」と青白い顔で全力で駆け出していってしまった。そして一時間後くらいに汗をだらだら流しながら答えを聞かせてくれた。――ニコ所長いわく、「外にでて解放感に浸れたのと、そういう気分じゃなかったからじゃないですかね。あははは!」だそうである。意味が分からないけど、ニコ所長が言うのだからそうなのである。がっかり剣乱舞は残念ながら当分は封印である。実にがっかり。まぁそれにしてもである。
「……腰が痛いです」
そう、私は馬車に乗ってだらだらと王都とやらに向かって移動中なのである。座布団くらい用意しておいてほしかったのだが、しょぼい布が1枚だけ。というか、この馬車は明らかに普通じゃない。囚人護送用っぽいし。だって、中からは開けられないドアだし、覆いは幌じゃなくて頑丈な鉄板だし、極めつけは私は鉄格子の中。鉄格子つき鉄板の向こうには先日の強そうな魔術師さん達が待機している。つまり、私は鉄板ボックスの中なのだ。その先に御者っぽい人が馬を駆っているのが見える。本当なら文句の一つは出そうなものだけど、これはこれでちょっと面白いので文句を言うのは止めておく。――何故かというと。
「ここから出してぇ」
「ひいっ!」
震えた声を出しながらゾンビっぽく鉄格子から両手を伸ばして上下させると、魔術師さんたちの反応が良いのである。思わず笑ってしまうくらいに。でも、そんなことを数十回も繰り返していたら流石に飽きてしまった。脅かす、怯える、腰が痛いの繰り返しだから。いくら面白くても、マンネリというものは起こってしまうのだ。人間って我儘だね。
「うーん」
外の様子を眺めたいのだが、窓は残念ながら開いていない。見える景色は、無骨な鈍色と、鉄格子から覗く僅かな人だけ。なんともがっかりな旅である。
というわけで、私は退屈と腰の痛みを紛らわせる必要がある。今までの私は流されるままだったけど、これからは少しだけポジティプにいかなければならないのだ。ニコ所長もそう言っていた。私のことはよく分からないけど問題ない。分からないことは聞けば良いし、それでもだめなら自分で調べれば良いのである。そのためにも、まずは身近なところから話しかけてみよう。私はコミュ力抜群なのだ。
「あのー」
「…………」
「あのー!」
「…………」
「あーあー、私の声が、聞こえますか? もーしもーし」
「…………」
こちらをチラッと一瞥すると、何か石のような物をぎゅっと握り締めて、再び視線を落す魔術師さん。脅かしているときから、ずっと握りしめている。何かお守りだろうか。他の人たちは身動きせず、ひたすら口をもごもご動かしている。お祈りだろうか。いや、もしかすると魔術師さんたちはお疲れなのかもしれない。起きてるように居眠りできる人がいると聞いたこともあるし。子供と遊ぶと変な体力を使うらしいし。それならば仕方ないので、この鉄格子つき鉄板を叩いて起こしてあげることにしよう。
大きく息を吸い込み、集中してみる。握りこぶしを作り、腕をしならせて頑丈そうな鉄板に全力で打ちつける。
「えいっ!」
鉄を叩く独特の音が聞こえるかと思ったのに、鉄格子つき鉄板は紫色に変色したあと、ドロドロに錆びて崩れおちてしまった。あー、これは経年劣化というやつだ。経費削減するのはいいけれど、こういう地味なところに歪みがでるのである。何事にもメリットとデメリットはあるんだなぁと私が頷いていると。
「お、王魔研特製の対魔檻が」
「……嘘だろ。や、やめろ、頼むからやめてくれ」
遮るものがなくなって、前半分が良くみえるようになった。ちょっと開放感がある。石をこちらにむけながら、魔術師さんが顔を青褪めさせている。石は何だか光り輝くと、結界のようなものを作りだした。がっかりバリアーである。早速ツンツンしようとすると、慌てて制止される。
「ま、待て、待ってくれ! 慌てるな早まるな! どうか、落ち着いてくれ」
「あれれ、起きてたんですか? もしかして、狸寝入りで無視してたとか? ひどいです」
「ち、違――う、うげえっ」
ジト目で睨むと、いきなり口元を押さえてその場で嘔吐する魔術師さん。ばっちい。船酔いならぬ馬酔いである。トマトでも食べていたのか、赤いものまでまき散らしている。これは後で掃除が大変だ。馬車が饐えた、あと鉄錆の臭いで充満する。私は全然気にならない。酔いには強いのである。いぇい。
「ち、違うんだ。君を無視をしていたわけではないんだ。た、ただ、任務中の私語は禁じられていただけで。ゆ、許してやってくれ」
と、別の魔術師さんが、慌てて弁解してくる。別に怒ってないけど、そう見えてしまうらしい。私の顔はそんなに怖いだろうか。鏡でこんどじっくり見ることにしよう。笑顔の練習もしてみちゃったり。
「別に怒ってないですよ! それで任務ってなんですか? 誰かを倒すとか?」
無意味にしゅっしゅっとシャドーボクシングをしてみる。倒れてる魔術師さんの体がビクッビクッと動く。酔っているのにリアクションが良いなぁと思わず感心した。
「き、君を無事に王都まで送り届けることだ。私たちはその護衛だよ」
「それじゃあ、とっても大事なお願いがあるんです。実は腰が痛いんです。お尻も。それと外の景色が見たいんですよね」
待遇改善を訴えてみる。結果はともかく、自分の意志を表明するのは大事である。
「き、君には極力干渉するなという命令を受けている」
「とにかく何か敷くものください。お願いします」
「…………し、しかし」
「腰とお尻がとても痛いんです」
「わ、わ、かった。わかった、から、その目で、見ないで、くれ」
前の人みたいに口元を押さえてしまった魔術師さんが、誰も座っていないクッションもどきをくれた。使い込まれていて、あまり綺麗じゃないけど気にしない。早速それを敷いて座る。かなり快適になった。あのままではお尻が筋肉痛で、腰がぎっくりしてしまう。がっかりならぬぎっくり少女爆誕だ。
「で、景色はどうすればいいです?」
「は、半日もすれば、王都に到着する。その後で、ゆっくりと眺めてくれ。頼むから、頼むからどうか、後半日だけ、大人しくしていてくれ。それからは好きにしてくれていいから」
「うーん、分かりました」
歪な感じに開いてしまった鉄の壁。その前で私は正座しながら、待機する。居心地が悪そうな魔術師さんたち。馬酔いでダウンしてしまった可哀想な魔術師さんをニコニコと眺め続ける。白目を剥いたまま身動きしない。でも呼吸はしてるっぽいから大丈夫。人間って意外と丈夫なのだ。
「ひッ」
チラッと視線を向けたら、御者さんは慌てて前方を向いた。何故かこちらを不安そうに窺っていたから気になったのだ。凄い涙目だったし。気になったのでジーっと眺めていると、御者さんの背中がガクガクと震え始めた。馬の嘶きが聞こえる、馬車の揺れが更に酷くなる。――と、それを遮るように、何かが差し出された。コップかな?
「の、飲むか? 水分補給は、きょ、許可されている」
「あ、頂きます。喉が微妙に乾いていたんです」
水筒からお茶を入れて、こちらに渡してくれたのだ。有り難く受け取って飲み干す。冷たいが、かなり苦かった。苦いのも大丈夫だが、甘い方が好きだ。この前飲んだ、空き瓶のあれはとても美味しかった。また飲みたいものである。――あ、揺れが収まった。
「そういえば、王都ってどんなところなんです?」
「も、もうすぐ到着するから自分で確認すると良い。あと、君への干渉は――」
「ちゃんと内緒にしておきますので。で、どんなところなんです? 教えてほしいです」
できるかぎり悪戯っぽく微笑んでみる。私が言わなければ良いだけの話。本人の良心がとがめるとか、そういうことは知らないのだ。
「……王都ベルは、エウロペ大陸有数の大都市で、我らがローゼリアの首都なんだ」
「なるほどー」
「花の都として世に名高く、著名な芸術家や魔術師を多数輩出した歴史がある。死ぬまでに一度は見ておけと、ローゼリアの民は親から教えられるほどに有名だ」
「……あ、それってパリですか? 聞いたことありますよ、パリ。あれ、パリってありましたっけ?」
記憶が混濁する。パリは知ってる。誰でも知ってる。でも私は知らないはず。あれ。やっぱりベルでいいんだっけ。分からなくなった。
「違う、パリじゃない。ベルだ」
「でも花の都といえば、パリじゃなかったでしたっけ?」
「どこの街かは知らないが、私は聞いた事がない」
「じゃあパリパリなら?」
「だからベルだと」
「そうなんですか」
ちょっとした小粋なジョークはスルーされた。ニコ所長の気持ちがちょっと分かった。それにしても、ここはやっぱり違う世界らしい。じゃあ、何が正しい世界なんだというと、中々答えにくい。正しい世界ってなんなんだろう。これは哲学な分野であるから、暇なときに考えることにして。記憶には、花の都はパリであると主張している。でもここではベルらしいし、何より魔法があるからかなり違いがありそう。七杖家なんて聞いたこと無いし。まぁどうでもいい話である。どうせ記憶は曖昧さんなのだから。
「ところで、今って、何年です?」
「大輪暦585年、6月13日だが……」
「大輪暦? えーっと、それってなんですか?」
「大輪教を信仰しているローゼリアでは、大輪暦を採用しているんだ。……本当に知らないのか?」
「知らないです。でもこれから覚えるのでご心配なく!」
全くピンとこない。ピンとこないので深く考えるのは止めておこう。知らないことは勉強すればいいのだ。
「あ、そうだ。魔法ってどうやって使うんです? 私も色々使いたいんですけど、魔法。紫に光る奴じゃない系でお願いします」
宴会芸もいいけど、他のを使ってみたい。空を飛ぶ魔法があったらいいなぁと思うが、馬車で地味に移動しているという事は多分ないのだろう。じゃあ、派手な魔法とかあるのだろうか。変身魔法とか。なんだか楽しそう。攻撃魔術とかもあったら護身用に一つ二つは覚えておきたい。
「…………詳しいことは、学校で聞いてくれ。私たちにはどうにもならない話だ。教える時間もないし、許可もない。不可能だ」
「そうなんですか」
「わ、悪いが、私はそろそろ報告書を書かなければならない。話はここまででいいだろうか。き、君も、静かにしていてくれ。頼むから、何もせず大人しくしてくれ」
もう話をしたくないといった感じで、強引に打ち切られてしまった。
また退屈になった私は、景色でも眺めることにした。劣化が著しい鉄板なら、一撃で粉砕できるだろう。
「いっせーの、せっ!」
掛け声とともに全力パンチしたら、さび付いていたオンボロ壁は景気良く外側に吹っ飛んでいった。爽やかな風が吹き込み、心地よい日光が降り注ぐ。お日様が気持ちいい。お昼寝にもってこいだ。
「い、言ったそばから! どうして大人しく――」
さっきの魔術師さんが大声を出すが、先ほどから黙っていた年配の魔術師さんが首を横に振っている。
「……もう止めておけ。彼女は私たちには止められない。何をやろうが言おうが無駄なことだ。ニコ所長のおっしゃられた通り、普通の馬車にするべきだった。これは、絶対に閉じ込めるべきじゃないんだ」
「し、しかし! それではいざというときに困ると、貴方も同意されたはず!」
「だから間違いだったと言っている。死にたくないなら、これ以上手を出さず、口も挟むんじゃない。到着まで好きなようにさせてやるべきだ。後半日の辛抱なのだ。何事もないよう、大輪の神とニコレイナス所長にでも祈るのが最善だろう」
「な、なにもするなと。な、ならば私たちは一体」
「どうしてもというなら、私はここで降りさせてもらうぞ。最早護送任務など知ったことではない。どんな罰だろうが受けるさ。あんな死に様だけは、私はご免だ。絶対にな」
「…………」
なんだか重々しい空気が前の方から漂ってくるが、後方のここは爽やかさで溢れている。ただ、期待していた景色は大した事がなかった。木々と畑しかない。たまに民家とか。最初は色々と新鮮だったが、すぐに飽きてしまった。何度も繰り返されれば飽きてしまう。だって人間だもの。
「ふぁーあ。なんだか疲れたし、もう寝ようかな。学校初日から寝坊はまずいですよね」
大きな独り言を呟いて、私はごろんと横になる。新品の制服なので、まだ身体に馴染んでいない。皮靴もなんだか違和感がある。別にドレスが好きという訳ではないけど。ただパジャマが異様に楽だっただけで。あのパジャマだけはちゃんと荷物に入れてもらった。肌触りが素敵で寝心地が良いのである。
「…………うん?」
と、馬酔いでダウンしている人と目が合った。と思ったらやっぱり合わなかった。だって焦点が合っていないんだもの。可哀想に、きっと酷い夢でも見ているのだろう。でもちゃんと生きているので安心だ。
「後遺症も全然ないよ」と太鼓判つき。「リアクションが良かったからうっかり見逃してあげた」と、私が言っていたからだ。あれ、よくわからなくなった。誰がなんで満足したんだっけ。私って誰だ。哲学的な意味じゃなく。
うーん、とにかく、私は眠いので寝ることにする。私は楽しい夢だといいなぁ。そんなことを考えながら、私は暖かな陽射しの中で、まどろんでいくのであった。
――それじゃあ、おやすみなさい。おやすみ。よいゆめをみてね。