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みつばものがたり  作者: 七沢またり


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第七十話 偶像崇拝

 クローネ率いるローゼリア第一軍団3万人は、計画通りノースベルへと進んでいた。首都から近いノースベルは流石に反乱を起こすことはなく、抵抗なくクローネたちを迎え入れた。新市長を筆頭に、市民たちが『共和国万歳』『ミツバ様万歳』と凄まじい熱狂ぶりでだ。広場に設置されていたギロチンの傍には、旧市長の首が『反革命分子』の立札と共に晒されていた。

 

「凄まじい熱狂ぶりだねぇ、パトリック。チビが見たら目を丸くするんじゃないかな」

「はい、閣下。勢力下にある都市のミツバ様の支持率は凄まじいものがあります。国家保安庁のアルストロ殿の広報戦略が効いているのでしょうか。彼は元上院議員ですから」

「はははは。アルストロはただのお飾りだろう。能力はともかく、絶対に裏切らないだろうからね。本人は狂信的に仕事をしているつもりだろうが、上手いやり方を知っている訳がない。抵抗勢力の弾圧には向いてるけど、市民を扇動できるような政治技術はないよ」


 クローネは笑って否定する。首都の抵抗勢力は、ミツバの指示によりアルストロ率いる難民大隊の手によって徹底的に粛清されている。そのやり方は認めるが、恐怖だけで人々の支持を獲得できるとは思わない。革命成就からもう4か月が過ぎた。あの大混乱も収まり、革命を成し遂げたという熱狂、それらから醒めて現実を見はじめる頃合いだ。初期のばら撒きだけでそれらを抑えることはできない。確かに税は幾らか安くなっただろうが、暮らしが一気に好転することはない。新政府への不満がでてもおかしくない頃合いだ。――だが。


「人気が落ちない、どころか、むしろ高まっているんだよねぇ。国民の代弁者やら国家の母なんて、本人がふざけて話してるような演説を、真に受けてる連中が多いのかね。馬鹿ばっかりだ」

「クローネ閣下。流石に不敬だぞ」

「元帥だってそう思うだろ? 演説の最中、私は笑いを堪えるのに必死だったよ」


 セルベール元帥が咎めてくるが、クローネは笑い飛ばす。一番眉を顰めていたのは、この元七杖家の老人だというのに。

 

「なんなんだろうね、これは。あの革命の熱狂が収まり、そろそろ現実が見えはじめて夢から覚める頃合いだっていうのに、まだふわっとした何かが残ってる。つかみどころのない、場の空気とでもいうのかな」

「……場の空気と? それはまた抽象的だな」

「だろう。本人が聞いたら嫌な顔を絶対するだろうけど、まるで宗教だよ。神様はミツバ大統領閣下だ」


 抵抗勢力がミツバ派とその信奉者を青カビなどと言っているが、冗談にならなくなってきた。まさにそれが蔓延し始めている。とはいえ本家のカビと異なり青カビは麻薬はやらず自爆しない。それに意思疎通を目的とした会話ができる。


「大手新聞社の『国民新聞』、『革命新聞』はミツバ様支持があからさまです。一部政策を非難することはありますが、閣僚は非難してもミツバ様を非難することはありません」

「手が回ってるのかな? それとも自発的なのか。チビ主導のプルメニアとの和平政策だって、結果的には失敗して攻められてる訳だしねぇ」

「実際、プルメニアまで相手にする戦力はなかったのは確かだが。結果はともかくとして、皇帝を説得し相互不可侵を成し遂げたのは立派だ。だがご破算になった。共和国民にとってはまた敵が増えるという結果だけが残った。非難の声がでても何ら不思議ではない」

「確かにねぇ」


 セルベールの言葉に頷く。ミツバが突如としてぶちあげたプルメニアとの相互不可侵協定。成る訳がないと思っていたが成った。裏切られたとはいえ、一度は成った。破棄宣告もせず奇襲をかけたプルメニアの外交的評判は地に落ちるだろう。結果がどうあれ『協定を無視して奇襲した』という負の実績が残ってしまう。外交には最低限のルールというものがあるからだ。その代償を支払ってでも領土拡張したいという思いが強かったのかもしれないが、なら最初からそんな協定を結ばなければ良い。時間を稼ぎたいなら保留もできたのだから。皇帝ルドルフが何を考えているのか分からない。クローネとしては、到底理解できない事態であった。

 

「現状、協定を無視して攻めてきたプルメニアを非難する声が圧倒的です。一部弱小左派系新聞がミツバ様を非難しているようですが、首都の市民は誰も聞く耳を持っていませんでした。むしろ擁護の声が高まる有様で。……あれは、一体なんなのでしょうか」

「ふん、手駒を使って上手く扇動してる奴がいるんだろう。本人の資質もあるが、チビを一人の人間から偶像に祭り上げようとしてるんだろうさ。何を考えているかは知らないけど、相変わらずやり方が気に入らない」

「君には心当たりがあるのかね」

「ああ、一人ね。筋金入りの共和主義者のアレがなんで肩入れする気になったのかは知らないけど。宗旨替えでもしたのかね。自己批判してから隠居でもするか自決すればいいものを。柔軟になったもんだ」

「…………」


 黙ってしまったセルベールとパトリックを一瞥し、クローネは一息つく。首都の情勢、ミツバの支持について考察するのも大事なことだが、これからの方針を考えることを忘れてはいけない。ミツバではないが、本当に時間が足りない。クローネ率いる第一軍団だが、これはかなりの精鋭だ。セルベールが鍛えた士官連中はかなり使える。使える連中は元帥就任時にどんどん昇進させた。例えばリマは大佐へと昇進しているし、パトリックも中尉から少佐になっている。これらはクローネの推薦によるものだ。他にも士官学校時代の子飼いを指揮下においているし、同期のライトン、セントライト、レフトールたちも中尉としている。能力と活躍次第では軍歴に関係なく昇進させる気でいる。時間さえあればサルトルと一緒に軍制改革も行いたいと考えている。戦争は火力と機動力の時代なのだ。つまり大砲をもっと用意しなければならない。時間だけではなく金も足りない。クローネは溜息を派手に吐く。

 そこへ、大佐となったリマがドアをノックして現れた。相変わらずの真面目顔だ。堅実だが臆さない手腕は実に得難いものだ。

 

「閣下、失礼します。……ヒルード・イエローローズから書状が届きました」

「ようやく来たか。どれ、貸してくれ」


 イエローローズ家の当主ヒルードからの書状を受け取り目を走らせる。ヒルードとは既に何回かやり取りをしている。最初は策略かと疑ったが、連中もリリーアからの支援がなく追い詰められているようで状況が芳しくないことは自覚しているらしい。特にヒルードは悲観的とも思えるほど脅えており、今すぐにでも離脱したいと懇願してきている。そしてミツバへの謝罪と助命の仲介を求めている。地位を望むような他の条件はない。まさに無条件降伏とでもいえる内容だ。

 

「はは。なんでコイツはこんなに脅えてるんだろうね? 仮にも王国時代には議会の多数派を握ってた奴だろうに」

「うーむ。ヒルードは策略を弄するが、その血筋からプライドが極めて高い。このような面子が潰れるようなやり方はできぬ男のはず。儂にも理解できんよ」


 クローネが書状をセルベールに渡すと、首を横に振っている。

 

「まぁ、敵は少ないに越したことはないさ。ここは連中を受け入れよう。その方が楽ができるさ」

「しかし、本当にいいのかね。奴は典型的な大貴族。しかも生粋の王党派だ。我ら共和国、国民の敵だろう。民の支持を得られるとは思えないが」

「うん? 貴族だろうが聖職者だろうがローゼリアの国民だからね。これからは共和国の方針に従うというのなら受け入れるさ。チビもそれを責めたりはしないだろう」


 ミツバと遺恨のあるミリアーネの縁者というのがまずいかもしれないが、最悪はヒルードの隠居ということでまとめればよいだろう。名誉姓を剥奪するかどうかはミツバに任せればよい。それはヒルードの謝罪の結果次第だ。クローネの責任ではない。


「…………」

「ただし条件に一つ追加しよう。ヒルードの息子、リーマスを私の麾下に入れること。あの馬鹿を人質兼連絡係にする」

「本気ですか?」

「本気だとも。本気ついでにセルベール元帥。元帥の息子のマルコにも連絡を入れてよ。ブラックローズ州から絶対に動くなって。麾下の師団も抑えろと。反共和国的な動きをしなければ上手いことやってやるってね。どちらに転んでも悪いようにはしないよ」

「……君は、一体何をしようとしているのだ」

「なに、保険を掛けるだけさ。勿論カリアは確実に叩き潰す。王弟フェリクスは邪魔だから殺す。だけど、その時、オセール街道はどうなっているか。チビに人気があろうがなかろうが厳しい状況に変わりはない。あの劣勢を跳ね返すには相当の奇跡が必要だ。空気なんて曖昧なものじゃなくてね」


 クローネの目に野心が滾る。戦力はいくらあってもいい。王党派だろうがなんだろうが、内に入れてしまえば色々とやりようはある。同じローゼリア人であることは確かなのだ。

 

「さぁて、そろそろ昼食の時間だよ。一旦解散しよう。腹が膨れたら沿岸都市アミンに向かう準備を進める。進軍が早ければ早いほど私たちは有利になる。気張っていこう!」


 クローネが手を叩いて号令を掛け、副官のパトリックを除く全員が解散する。クローネはパトリックを近くに呼び寄せる。

 

「ずっと何か言いたげだったね。構わないから言ってみなよ」

「……閣下。今、ここで引き返し、首都を制圧すれば!」

「ははは、いつも冷静なパトリックにしてはヤバいことを言いだすね。色々な視点を持つのは自由だが、よくよく考えないと長生きはできないよ」

「しかし、今は最大の好機です。首都の防衛は僅か5000。カリアの制圧はそれからでも遅くはありません。困難な行軍になりますが、閣下にはそれができるはずです」

「なるほど」


 パトリックの言葉に頷く。クローネも考えないではなかった。クローネの野望はあくまで頂点を目指すこと。そのためには手段を選ぶつもりはない。友情を考慮するつもりはあるが、それで止まれるような性分ではない。それでもあの時、ミツバに20年待つと言ったのはそれが一番最善だったからだ。

 

「じゃあ一つずつ聞いていこうか。悩みを解決するのも上司の仕事だろうしねぇ。今の私はミツバの信任を受けて第一軍を任されている。それを裏切る大義はあるのか」

「大義など後でいくらでも作れます。まずはあの悪法、全権委任法あたりを槍玉にあげれば世論操作は可能かと」

「次だ。私の評判はそれほどではない。大きな戦で戦功をあげたわけではないからね。その私が権力を握ったとして、国民の支持を得られるとは思えないが」

「問題ありません。閣下の力があれば可能です。貴方にはその魅力、統率力がある」

「ははは、私が言うのもなんだが、買い被るもんだね。じゃあ一番の問題だ。どうやってミツバを殺すんだい?」


 最も厄介な問題だ。パトリックが何をいっているのかという顔をしているが、もう一度問いかける。

 

「なるほど、オセール街道で死んでくれれば一番話は早い。チビの信奉者の難民大隊付きで全部いなくなる。だけどだ。万が一にも勝つ、あるいは生き残って逃げ帰ってきた場合が大問題だ。裏切った私たちを見て、チビが何をするか、実に恐ろしいね」

「勝てるとはとても思えませんが、もし逃げ帰ってきたのならば拘束し、最悪処刑すればよろしいかと」

「だからそれが一番の問題だと言っているだろう。私の知る限り、士官学校と要塞戦でチビは2回は死んでいるはずなんだ。噂も含めると数えきれないほどに。だが、アイツは生きている。なんでだろうねぇ」

「ご冗談を。この世に殺せない生物など存在しません。呪い人形というのは彼女の容姿をたとえたもので、不死身などというものはありえません」

「それがニコ所長の産み出したものだとしてもかい? 彼女は不老を実際に産み出した。受益者は彼女だけだけどもね。不死身の化け物を産み出しても何らおかしくない」


 旧王魔研、現共和国魔術研究所のニコレイナス所長。ニコレイナスは明らかにミツバに特別な感情を抱いている。それが何かは分からないが、あの不死身性を見るに誕生に関わったとしても何ら不思議ではない。生物兵器だと言われても納得できる。


「で、ですが。もし殺せないのであれば、永遠に閣下の時代は」

「だから約束したんだろう。20年待つと。チビも20年待ってくれと言った。それだけあれば色々見えてくるし分かることもある。私も権力を固め勢力を拡大できる」

「…………」

「……いいかいパトリック。お前がチビやニコ所長を勝手に調べるのを止めはしない。だが、慎重に、極めて慎重に動くんだ。じゃないと、お前は肉塊になって死ぬことになる。チビの呪いは伊達じゃないんだ」


 クローネはパトリックの額に指を強く突き付けて警告する。そして冷たい声で告げる。

 

「お前の意見はしっかりと受け取っておく。街道の戦いでハッキリすることもあるだろう。だから私も保険を掛けたんだ」

「は、ははっ」

「そしてパトリック。お前がやるべきはそれだけじゃない。手駒を使ってサンドラの動向を探れ。あいつの動きは実に不審極まりない。そして首都の情勢、他国の動向を逐一報告しろ。息をひそめている緑化教徒は何をしている。ミツバへの抵抗勢力は本当にいないのか。……情報は力だ。難しい仕事だが、お前にはそれができる能力があると信じているよ」


 クローネはそう言い切ると、硬く不味いパンに噛みついた。心中で蠢く野心をかみ殺すように。親友ミツバの勝利を祈っているのは本心だ。だが負けてさっさと戦死してくれという願いもある。何度も反芻しながら、自分という人間は実に度し難いと、クローネは水を一気に流し込んだ。

野望100

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― 新着の感想 ―
>野望100 そんな貴方に「平蜘蛛」をプレゼント!
[一言] 結局、能力の高さも大事だけど それ以上にコミュ力の高さが一番大事なのよね。 誰が見てもわからない無表情に見えるミツバの心の動きがわかる点、クローネは本当に優秀な人だよなぁ
[気になる点] 野望100よりもギリワンの方が問題なんだよなあw
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