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みつばものがたり  作者: 七沢またり


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第六十七話 防波堤

 リリーア王国首相官邸。リリーア首相のジェームズ・ロッドは極秘である人物との会談を開始した。相手はリリーアに災厄をもたらした人物の母親、ローゼリアのブルーローズ当主代行、ミリアーネ・ブルーローズ・クローブである。頬はこけ、身体はやせ細り、血色も悪く病人と言ってもよいほどだ。だが、目には強い意志が宿っており『雌狐』はまだ死んでいないとロッドはまずは判断した。クロッカス大使と私的なつながりがあるらしく、その伝手を使ってこちらへの面会を懇願してきた。長男の死、次男の拘束により精神的な打撃は大きそうではあるが、狂ってはいないらしい。狂人と会話する意味はなく、時間を無駄にするだけである。

 

 

「それで、私にお話があるとのことでしたが。生憎お会いできて嬉しいと口に出すことはとても難しい。本音を包み隠さず申し上げるとすれば、どの面下げて、というところでしょうな」

「お会いいただき、感謝の念に堪えません、閣下。まずは、ミゲルが意図せずして持ち込んでしまった、あの厄災についてお詫び申し上げます。あれはあの悪魔たちの罠だったのです。年若く浅はかなミゲルは、それに気づかず、貴国に災いをもたらしてしまいました。ですが、決して意図してのことではありません。私達はただ、簒奪者の下賤な野望を阻止したかった。そのために、力になるとミゲルは判断して、簒奪者の新兵器を奪い取ったのです。ですが――」

「なるほど。全ては簒奪者ミツバ・クローブ一派の策謀だったと仰る。ミゲル上院議員殿はそれに踊らされたに過ぎない、ですか。事実ならそれを受け入れてしまった私たちはただの間抜けといったところですな。笑い話として後世に残ることでしょう」

「いいえ、決してそのようなことは。ミツバの策謀が全ての原因とはいえ、厄災に対する責任は私たちにあります。ですが、私たちはまだお役に立てます。どうか、名誉を回復する機会と、お慈悲をお与えください」


 頭を深々と下げてくるミリアーネ。彼女の言った災厄というのは大げさではない。ミゲルたち亡命者一行と『新型砲弾』を受け入れた港湾都市カンタベリーは悲惨な状況である。保管していた兵舎では新型砲弾が『謎の大爆発』を起こし犠牲者は多数、さらには紫の靄と『謎の疫病』が蔓延する始末だ。病人は臓腑が腐り落ち、血反吐を吐き散らしてやがて死んでいく。それだけではなく、彼らの血反吐に触れると感染するらしく、被害は拡大する一方だった。医者も匙をなげる始末で、最終的な犠牲者はカンタベリーだけで万に上るだろう。幸い、紫の靄が消滅したと同時に、新たな感染者数は激減したようだが、カンタベリー市は壊滅といってよい。新型砲弾と紫の靄、謎の疫病の関連性は未だ分からないが、無関係ではあるまい。全てひっくるめて厄災と呼ばれているのが現状である。

 そして、王都リンデンにも輸送隊と同時に疫病が持ち込まれてしまった。ロッドの判断で、感染者、接触したと思われる者たちを全て隔離。反対意見を封殺して断固とした処置を取ったために、なんとか最小限の被害で食い止めることができた。だが、本当に危ういところだった。犠牲者たちのロッドに対する怨嗟の声は実に堪えたものだ。顔には一切出さないが。理で判断すればそれが最善だからロッドはそうしただけ。だが、個人の感情としては同胞を見捨てたくないのは当たり前だろう。


「ふむ。これ以上侮辱を受けずにこの世を去るというのも慈悲の一つだと思いますが」

「閣下、どうかお慈悲をッ! 必ず、私たちはお役に立てますわッ! ミゲルを、私に残された、ただ一人の可愛い息子をお助けくださいッ!」


 泣き崩れるミリアーネ。演技と本音が半々というところか。彼女にとってはこれが分水嶺。必死にもなる。冷徹にそれを見据えるロッド。

 当然だが、その厄災を持ち込んだ者たちには憎悪の目が注がれる。運が良いのか悪いのか、亡命者たちが一切感染しなかったことも怒りに火を注いだ。全員直ちに処刑しろと言う声が一気に広まり、実際に数名の亡命者は私刑に遭って殺されている。ロッドは別に止める気もなかったが、ミゲルだけはとりあえず保護するよう命じていた。持ち込んだ張本人なのは間違いないが、合理的に考えれば『厄災』を持ち込んで自爆する意味はない。ローゼリア共和国大統領を名乗るミツバと血縁関係なのは確かだが、腹違いであり政治的には激しく敵対関係にある。しかも革命で権力を失う羽目になった典型的な上流貴族であり、国民の代弁者を名乗るミツバに与する理由は全くない。つまり、馬鹿げた話だがミリアーネの言うことが真実だろうとロッドは判断している。

 

「我らの役に立つと仰るが、具体的にどのようにですかな。真に国益になる話であれば、私も耳を傾けねばなりません」

 

 ミリアーネが顔をあげる。目には涙が浮かんでおり、表情は悲愴なものだ。それも全て計算なのだろうから女性というのは恐ろしい。クロッカスの大使がたらしこまれ、丸め込まれた理由も多少は理解できる。一息入れてから、再びロッドは口を開く。


「残念ながら、ローゼリア共和国を成立させたミツバなる者は、国民の信を得つつあるようだ。私も伝え聞くだけだが、民を煽るのが実に上手い。今後は着実に支配権を広げ王党派の残党を処理することで、彼女の立場は安泰だ。……権力を失った亡命貴族である貴方に、一体どのような利を語ることができるのか、実に興味深い」

「簒奪者ミツバの情報と、ローゼリア有力者たちへの伝手を提供いたしますわ」

「ほう?」

「私はあの者の義母であったのです。アレがどのように誕生し、どのように生きてきたかを語ることができる数少ない人間の一人。そして、私は七杖家に連なる者です。積み重なった血と歴史はそう簡単には消すことはできませんわ。その重みは、閣下も十分にご存じのはず」

「なるほど」


 ミリアーネの言葉に、ロッドは小さく頷く。確かに、ミツバの情報には価値がある。世間に広まっている評判など信じるに値しないが、仮にも義母であった人間の話ならば信憑性も高まる。どのような性格で、どのように生まれ育ったかを知ることができれば、その人間の思考を読む手掛かりになる。

 そして王国残党の有力者への伝手も捨てがたい。リリーアは海洋覇権国家としての地位を確立しているのは確かだ。だが、近年は新大陸アルカディナの独立を許すなどの翳りも見え始める。その失態を突いて首相の地位を獲得したロッドではあるが、これ以上リリーアの威信に泥を塗るようなことは許すことはできない。世界に冠たる偉大なリリーア王国を築き上げることがロッドの野心なのだ。

 そこにもたらされたローゼリア王国の動乱という好機だ。できうるならば、エウロペ大陸の足掛かりを築きたい。国王もそれを強く望んでいる。だが革命思想は劇物であり、今回の出来事がリリーアの民にどのような影響をもたらすかを見極めねばならない。故に、フェリクスという王国の残党を使い、まずは防波堤を築こうという目論見だったのだが、カンタベリーの悲劇でご破算になった。実際に今すぐに戦力を動かそうというのは、感情を抜きにしても難しい。


「ミリアーネ殿はカンタベリーの惨状はご存知ですな? 残念ですが、我が国からフェリクス王弟殿下に、すぐに支援を行うことは難しいでしょう」

「はい、理解しておりますわ。私は多くは望みません。その上で、お役に立てればと願っております。七杖家の血と意志を残すことが、今の私の使命です」

「…………」


 嘘は言っていないが、全てを語ってはいない。フェリクスが死のうが、王党派がどうなろうが、今のミリアーネには問題ないのだ。大事なのは己とその血族の存続。つまり、最後の後継たるミゲルさえ生きていれば、彼らなどどうでも良いのだろう。実に上流貴族らしい自己中心的な考えだが、分かりやすくて良い。分かりにくい連中はやりにくい。例えばミツバ・クローブなる謎の人物はその筆頭だ。ロッドは結論を出す。ミゲルたち亡命者たちを処刑して得ることのできる鬱憤晴らしと、ミリアーネを手駒として活用することの有用性を天秤に乗せれば、どちらに利があるかは明白である。

 

「良いでしょう。ミゲル上院議員殿をすぐに解放という訳にはいきませんが、待遇の改善はいたしましょう。面会できる機会も設けましょう。後は貴方の働き次第で、それに見合う待遇と環境も用意します。我らは長く疎遠な関係にあり、時には戦もしましたが、大陸中の混沌や混乱を望んでいるわけではない。事が収まれば分かり合うこともできるでしょう」

「ありがとうございます。閣下の御英断に感謝いたします。必ずや、必ずやお役に立って見せますわ」


 深々と礼をするミリアーネ。こちらに利がある限りは見捨てることはない。使えるだけ使うとしよう。大事なのはリリーア王国の繁栄のみ。それ以外がどうなろうと知ったことではない。

 ロッドは思考を巡らせる。使える物は全て使う。となると、リリーアが必要なのは時間だ。植民地から搾り取り、戦力をかき集め、態勢さえ整えれば再びローゼリアに直接侵攻することもできる。その際の口実も七杖家の人間で十分だろう。手駒の一つ、緑化教徒も当然動かすがそれだけでは足りない。敵の敵は味方。今狙うべきは相互不可侵などという訳の分からない行動をしたプルメニア帝国だ。あれだけ敵対関係にあったのに、和平がすんなり成ったのは理解できない。実に不合理だ。だが、無理を押せば不満が溜まる。皇帝ルドルフが何を考えているかは理解できないが、明らかに無理筋である。今までの犠牲はなんだったのかという批判も官民問わず巻き起こっているのも事実。特に、今まで反ローゼリアの立場だった宰相ボルトス、左遷された元参謀総長マグヌスなどは格好の的だ。上手く突けば、面白いことが起こるだろう。

 

 




 プルメニア、宰相執務室。プルメニア帝国宰相ボルトスは、リリーア王国首相ジェームズ・ロッドからの手紙に目を通し、深く目を瞑り思考に浸っていた。内容は実に単純かつ明快だ。相互不可侵を破棄し、一気に王都ベルを突けというもの。占領後はリリーアは一切の妨害かつ敵対行為は行わない。末永く友好関係を結びたいという戯言が書いてある。

 

「…………」


 だが、笑い飛ばせない。皇帝ルドルフの理不尽な命により、ミツバなどという簒奪者と20年の相互不可侵条約を結ばされた。攻めれば容易く落ちるだろうに苦渋を舐めさせられた。やるなら今であるという思考も未だ燻っている。内乱状態にあるのに、手を出せないのは軍部にとっても不満が溜まる事態に違いない。元参謀総長マグヌスからも、何度も侵攻の許可を願う嘆願書が来ている。

 

「…………」


 思考を更に巡らせる。マグヌスのいう港湾都市を狙う『刈取』作戦は却下だが、ベルを攻めとるという直進計画ならばどうだろうか。リリーアを強く刺激することはなく、プルメニアの領土拡大を狙うことができる。侵攻ルートはドリエンテの兵を動かし、ブルーローズ州を通って、一気に王都ベルを目指す。幸い、共和国の主力は、カリア市の王党派残党に目が向いている。つまり、横っ腹はガラ空きだ。リリーアがカンタベリーの疫病騒ぎで直ぐには動けないという情報は掴んでいる。プルメニアと王党派残党を、革命の防波堤にしたいというのは見え見えだ。プルメニアが動けば、日和見主義のカサブランカ、ヘザーランドも確実に動きを見せる。どこの連中も革命で立場を追われるのは恐ろしい。それどころか首になる可能性もある。小火のうちに消してしまいたいはず。リリーア不在のローゼリア包囲網の完成は間違いないだろう。リリーアの言いなりになるのは極めて癪ではあるが、旨味は十分にある。

 

「怨敵ローゼリアと手を組むなど、天地がひっくり返ってもありえんが。20年もの不可侵など、敵が肥大化するのを静観するのと同じ。出る杭は叩いて叩いて叩かなければならない。ローゼリアを生かさず殺さずの状況に追い込むことこそが最善なのだ」


 決して手を握れない相手もいる。宰相ボルトスはそう考えている。地理的にも歴史的にも、プルメニアとローゼリアは相容れないのだ。流した血がそれを許さない。そして、都合の良い駒もある。ドリエンテには未だ帝国軍第3、第4師団の総勢3万が駐留中だ。元参謀総長マグヌス中将ならば、一通の手紙だけで、勝手に動き出すだろう。どの程度の将がマグヌスの命に従うかは分からないが、戦闘継続を訴えていた将は多い。半数以上が従うだろう。たとえ動いた結果上手く行かなくても、ボルトスとしては全く問題ない。マグヌスの独断という結果が残るだけだ。

 

「陛下が何を恐れているかは分からないが、革命などという行為を見過ごすことは、帝国の首を絞めることにもつながる。陛下も冷静になればそれに気づいてくださるだろう」


 ミツバとの対談以降、引きこもり気味になったルドルフのことを考え、深くため息を吐く。元凶の首を獲れば再び意気軒高になってくれることだろうと願うしかない。鉄火場のローゼリアだけでなく、隣国クロッカスも野心を隠そうとしないのだ。最高権力者のルドルフが籠っていて許されるような時代ではないのだ。更に深いため息をつきながら、ボルトスは書状を書き始める。ロッドへの長いものと、マグヌスへの極めて短いものの二つだ。

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― 新着の感想 ―
ミリアーネとロッドの会話がとても良いですね、女狐とブリカス紳士の騙し合い馬鹿し合いという感じで せっかく皇帝陛下が賢い判断をしたのに下の奴らときたら…
[良い点] 朝から一気に読ませて頂きました。いやあ面白いですわ(稚拙な表現で申し訳ない) 異能を持つ薄幸の少女が美形のスパダリなしで這い上がる、しかも国家転覆までやってのけるとは! [一言] 良い作品…
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 四面楚歌の阿鼻叫喚の中、ミツバが高笑いしてるのを想像してしまいます、続きが楽しみです。
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