第六十三話 特等席
第7師団所属、ストラスパールに駐屯していたクローネは、届けられた招待状を前に、腕を組んで思案を続けていた。今が獲りに行くときなのか、それとも違うのか。ただ、何かしら行動しなければならないことは分かっている。後は、目的地と道筋を決めるだけだ。だから情報だ。情報が欲しい。
「失礼します、クローネ様」
「パトリックか! 本当に首を長くして待ってたよ。王都はどうなってる。報告書なんて後でいいから今すぐ聞かせておくれ!」
急き立てるように言葉を投げかけ、王都ベルを調べさせていたパトリックに催促する。先だって送られてきた書類は見たが、何がなにやら分からない。各省庁や主要組織は制圧、バリケードが築かれ、自由に出入りすることはできないようだが。
「はっ、まさに混沌極まれりというべき状態です。情報が錯綜し、好き勝手に流言飛語が飛び交っています。国王陛下の生死も全く不明です。ですが、戦闘は徐々に収まりつつあります。また、主な新聞社、派閥は徹底的に壊滅させられておりました」
「はは、まさにやりたい放題だね。王党派、共和派構わずにやってるの?」
「はい。統率の取れた三つ葉紋章をつけた一団により施設は焼き払われ、抵抗した者は徹底的に粛清されておりました。逃げだした貴族の邸宅は市民に開放、押収した物資も惜しみなく放出し支持を集めようとしているようです。ミツバ党、あるいは"青カビ"などと呼ぶ者もおります」
「やるじゃない。それに、はは、青カビとはなかなか面白い。チビは大のカビ嫌いだから当てつけとしては効果的だよ。ただ、悪魔を呪うようなものだから、死ぬまで後悔するだろうね」
緑化教徒をカビと呼んで嫌悪していたのに、まさか自分が青カビと呼ばれるようになるとは夢にも思うまい。だが、麻薬をまき散らす以外、やっていることはほとんど一緒だ。そして、それを分かっていながら実行しているに違いない。彼女はそういう人間だ。
「本当に、ミツバ・クローブが権力を掴んだのでしょうか。この目で直に状況を見たとはいえ、俄かには信じがたいのです。それほどまでの行動力、決断力があったのでしょうか。従う者たちは、彼女に一体何を見出したのしょうか。私にはわかりかねます」
「私も同じ思いだが、実際に成し遂げたんだ。ミツバは何をしでかすか分からない怖さがある。人を縛るのは金、権力、魅力だけじゃない。圧倒的な恐怖が一番手っ取り早いときもあるさ」
そうクローネが言い切ると、パトリックが顎に手を当てて考え込む。ミツバの背後に黒幕がいる可能性も考えたが、ありえないだろう。ミツバが従うとは思えない。自分で判断し、動いたのだ。クローネの脳裏に、口元をゆがめ、悪戯っぽく笑うミツバの表情が浮かぶ。彼女ならやるだろう。思いを馳せていると、テントにいつになく真剣な表情のリマ大尉が入ってくる。
「取り込み中のところ、失礼する」
「ああ、構わないよ。皆はなんだって」
「君が選抜した士官で、話を断る人間はいなかった。兵卒連中は言うまでもないな。今なら、強引に動いても必ず掌握できる」
リマ大尉の報告に、強く頷く。
「あとは、元帥閣下だけか。さぁて、どうなるかな」
「できれば、最後の手段は取らないでもらいたい。あの方には、色々と良くしてもらった恩がある」
「それは私も同じだから分かってるよ。穏便にやりたいところだが、他の馬鹿と違って指揮能力と常識があるだけに厄介だ。うっかり逃がして、地元のブラックローズ州で態勢を整えられたくない。そのときは、私がやるよ。せめてもの礼儀と情けだ」
腰の短銃に手をやる。第7師団を乗っ取ることは確定している。セルベール元帥は軍人としてはまともだが、政治に疎い。師団内の人間を出身で差別することはないが、階級と能力しか見ていない。市民出身の連中が、今、この情勢で何を考えているか思考を巡らせようとしない。だから、クローネが動く。この鉄火場では、先に動いたものが美味しいところを食べる権利がある。七杖貴族だろうがなんだろうが、もう関係ない時代に突入したということだ。好機に動いたものだけが、栄華を掴むことができる。本当に良い時代だ。
「パトリック。ミツバに返事を書くからできるだけ早く届けてくれ。なんにせよ、膝を突き合わせて話をしないと駄目だ。それ次第で、これからを決めるよ!」
「はっ」
「その前に、大仕事があるんだけどね。ああ、本当に忙しい世の中だ。王冠を掴んだミツバは、私以上に忙しさを味わってるかな?」
クローネは立ち上がると、テントを出る。周囲には、士官学校出の同級生、敗走時に生き残った連中、リマ大尉とその一派、第7師団で硬軟駆使して取り込んだ大勢の人間がいる。全員が、整列して敬礼してくる。クローネの肩には、これだけの命、未来が乗っている。
「さ、いこうか」
「はっ!」
この後、クローネと会談を行なったセルベール・ブラックローズ・ランドル元帥は、暫く沈黙してから深々と頷いた。そして、ブラックローズ名誉姓を捨て、セルベール・ランドルとしてローゼリアの行く末を寿命がくるまで見届けたいと口にした。こうしてローゼリア軍第7師団は、クローネ・パレアナ・セントヘレナが掌握、セルベールの積極的な協力もあり、全軍15000人が王都ベルへと出立した。
◆
――ブルーローズ州の中央に存在する旧ブルーローズ邸。クローネは側近のみを伴って、人の気配が全くない豪邸を訪ねていた。かつては賑やかだったであろうこの豪邸も、今では管理する者もいない。かといって、盗賊が押し入って荒らされている気配はない。手入れがされている様子もないが、荒れ果てている様子もない。まるで、この場所だけ時間が止まっているかのようだ。風も止み、鳥の声も聞こえない。虫の音一つ聞こえず、空気が停滞しているかのよう。実に不気味な気配が漂って仕方がない。パトリック、リマ大尉ともに落ち着かない様子だ。セルベール元帥も同席を希望したが、クローネが止めた。彼にはまだ利用価値があり、劇物と再会して寿命が縮まってはもったいない。
装飾の施された大きく重い扉を静かに開けると、小さな体に豪奢な軍服、遥か彼方で見たことのある見事な王冠を被った少女が出迎えてくれた。戦友、ミツバ・クローブだ。腰には紫に変色した薔薇杖、そして短銃が備わっている。
「ようこそ、クローネ。まだそんなに経ってないとは思うんですけど、なんだか久しぶりな気がしますね」
「ああ。半年ぶりくらいかな? そちらも元気みたいでなによりだよ。むしろ元気すぎじゃない?」
「それはお互い様でしょう。今では第7軍司令官閣下ですか。どうしたらそんなに人心を掌握できるんです? 流石に出世が早すぎますよ」
「はは、それこそ王冠を獲ったチビに言われたくないよ。いや、もうチビ呼ばわりは不敬罪にあたるのかな、ミツバ女王陛下?」
「別にいつも通りでいいですよ。これからの話次第では、私の歴史は今日ここで終わる訳ですから。周囲に伏せてるんでしょう?」
「まぁね。何がどうなるか分からない以上、万全を期すのは当然だろう?」
決裂した場合に備えて、信頼できる手勢を屋敷の周囲に伏せている。ミツバも同じようにしていると予測したが、特に連れてきてはいないらしい。豪胆なのか馬鹿なのか。それとも、どっちでも構わないと運を天に任せたか。
「指揮官たるもの、当然ですよね。まぁ、立ち話を続けるのも疲れますから、中へどうぞ。皆さんも遠慮せず。今では完全に私のお家ですから」
ミツバが応接間へと通してくれる。高級そうなワインが用意されており、クローネは遠慮せず座る。リマ大尉とパトリックは後ろに控えたままだ。合図があれば、彼らが反逆者へと襲い掛かる。外は合図があり次第突入してくる。クローネは大手を振って、王都へ凱旋するという訳だ。
相対するミツバは特に緊張した様子もなくいつも通り。勝者の余裕なのかこちらを舐めているのか。表情からは全く読めない。特に何も考えていない可能性すらあるのが恐ろしい。それがミツバだ。
「で、王都の状況はどうなってるの。送ってくれた手紙と、こちらの即席調査だけじゃさっぱり分からない」
「まぁそうですよね。えっと、国王ルロイさんの死刑投票が行われたのは知ってますか?」
「ああ、それは流石に知ってるよ。市民総出のお祭り騒ぎだったんだろう? 私もそこまでは情報を掴んでる。だが、そこからがさっぱりだ。何をどうやったら、チビが王冠を手に入れられるんだ」
さっぱり分からない。というか今も信じられてはない。ミツバが上院議員になり、士官学校を拠点に私兵団を集め、更にニコレイナス所長の王魔研と結託して国民議会を襲撃した? 計画は順調に進み、共和クラブと王党派を粛清して見事に権力掌握。全く意味が分からない。
「パーティの準備をしていたら、目の前に王冠が落ちてたんで拾ったんです。後、なんとか派とか多すぎて覚えられないんで、一度綺麗にしようかと思って」
「つまり、行き当たりばったりの行動で、動機は野心に駆られてのものってわけ?」
「簡単に言えばそうです。目的は、私のやりたいようにやって歴史に名を残すこと。ある程度は成功と言えますが、もっと深く、この世界に刻み込むつもりです」
思想も主義も糞もないただの簒奪者、それが最初に抱いた印象。とはいえ、クローネの野望だって似たようなものだ。偉くなって栄華を極めて贅沢をしたい。皆から認められて褒められて讃えられたい。我欲の塊としかいいようがない。権力を奪いに行く輩、しがみつく輩なんて、どいつもこいつも似たようなものだろう。世のため人のためなんて答える輩の方が胡散臭い。ミツバはクローネの問いに、まさに正直に答えてくれたということだ。
「よく理解できたよ。……で、ルロイ陛下の身柄は?」
「生かしたまま地下牢に幽閉中です。どうするかは考え中です。会って話しましたけど、本当に混乱してましたね。だから少し落ち着く時間をあげました」
「はは、そりゃ陛下も訳が分からないだろうね」
過激な割に冷静なところもある。ルロイを処刑するのは分かりやすいし市民の支持を得られるが、外交的に孤立するのは確定だ。かといって、生かしておいても対処が面倒くさい。とりかえされでもしたら、直ちに王政復活だ。どうするかはミツバの手腕次第か。クローネならば、誰かになすりつけて殺していたかもしれない。もちろん自分の手は汚さずだ。なすりつける相手はそこら中に転がっている。
「そうですか? 革命を起こされる覚悟はしてたんじゃないんですか。だって、自分の家族を逃がしてましたし」
「共和派にやられる覚悟はしてたと思うけど。まさか自分と王妃が当主に取り立ててやった人間、しかもこんな世間知らずっぽいチビに王冠取られるなんて夢にも思わないよ」
「はは、確かに。私の王冠姿を見て絶句してましたよ。絶望のあまり自害か憤死でもするかと思ったんですけど、深々と溜息をついただけでしたね。理由はわかりませんけど、そこは助かりました。死なせないようにするのって大変ですしね」
絶句だけで済んで良かった。殺すにせよ、地下牢で憤死は勘弁してもらいたい。仮にも一国の王なんだから、最後くらい派手に散ってもらいたいところだ。
「……それで? これからどうするつもりなの。内外ともに敵ばかりだ。そもそも、チビが何を主張したいのかも分からない」
「主張したいことは特にないですね。とりあえず近くの敵対してきたところから殺します。分かりやすいのは緑化教徒、国を乱す過激派、外敵と組んだ王党派ですか。内から外に順番に叩いて支配権を広げる、あるいは取り込んでいきます」
仮想敵としてるのは王党派の王弟フェリクスと七杖家、それに共和クラブ残党か。ほぼ全部じゃないか。上手く押さえられてるのは、王都と知事の逃げ出したこのブルーローズ州くらいか。そちらもプルメニアの出方次第で即潰されそうだが。クローネは思わず笑ってしまいそうになる。そりゃあクローネの手も借りたくなるというものだ。それでも絶望的ではない。なぜかって? 連中が上手くまとまれないのは分かり切っているからだ。それができるならこの国はもっと上手く回っていた。舐めるわけではないが、過剰に恐れる必要はない。各個撃破し、戦力を増強し諸外国に備える。そのためにミツバは協力を求めてきている。
「まぁ大体の方針は分かったよ。……結局、チビは王様になるの?」
「いえ、なりません。王政は廃止して、共和制にします。近いうちに正式に宣言を行います。議会で色々決めるのも変わりません。でも、絶対権力は私が握ります。そうしないと、何をするにも時間がかかって仕方がない。この非常時、時は金なりですよね」
「はは。それじゃあ王政と何も変わらないじゃない」
「そこで期間限定の代表に就任するんです。私には縁故なんて関係ありませんから、貴族特権は完全に廃止して荒っぽく取り立てていきます。七杖家だった私が率先して富を配るんです。王都から、七杖家領土、その先へと、物資と一緒に“国民は皆平等、特権は一切存在しない”という思想を浸透させていきます。貴族も聖職者も市民もありません。全員がローゼリア共和国民で統一されるんです。共和国のために民が率先して戦い、死んでいくんです。ね、素敵でしょう」
言っていることは素晴らしいが、それを実現させたいのはミツバが特権を握って好き勝手やりたいから。持つ者はミツバ、持たざる者は他全員になる訳だ。ある意味では平等ともいえる。貴族を徹底的に叩くわけなので、現市民階級の暮らしは多少は改善しそうではある。
「国民は皆平等。その思想と計画は勇ましいが、実現できる兵力があるとは思えないね。途中で頓挫するに決まってる。そんな危なっかしい革命、他の国が許すわけがない」
「ええ。だから力を貸してくださいとお願いしたんです。私に20年の時間をください。その間に綺麗に整地します。その時でもまだ若いでしょう。そうしたら、クローネが頂点を狙いに行くのは自由です。それまでは、以前した約束通り、特等席にいてくれませんか」
「…………」
クローネは目を瞑り考える。もう背後の二人の意見など聞く必要がない。これは自分だけで判断すべき事柄だ。20年の時間をミツバに投資する。その報酬は新体制での地位と権力。諸勢力に潰されるリスクはあるが、悪くはない。ミツバが色々な汚名を被って、敵対勢力を潰してくれると言うなら文句などない。20年後はまだクローネは30代後半。栄華を楽しむ時間は十分に残っている。これを蹴って、ミツバと雌雄を決して一気に頂点を狙うという手もあるにはあるが。
――5分、あるいは10分が経過しただろうか。クローネからするとあっという間に感じられた時間が経った後、目を強く見開いた。
「ふふっ。まさか、先を越されるとは夢にも思わなかったよ。チビにしてやられた感がある。こちらが招待する側になろうと思ってたのに、それがとても悔しくて仕方がない」
「…………」
「でも、いいよ。全力で手伝おう。ただし、一つ条件がある」
「なんですか?」
「チビが王になろうが皇帝になろうが大王になろうが大帝になろうが、私はこの口調を止めないよ。今更、必要以上にへりくだって阿るなんて真っ平御免だ。それでもいいなら、手を出しなよ。嫌なら、これで話は終わりだ。殺しあおう」
「……そんなに不利益はなさそうですけど、場面によってはとんでもなく不敬な事態になりそうですね」
「どっちが偉いか分からなくなるだろうね。でもその方が面白いよ、きっと」
「うーん。お願いですから、外交的な場面では空気を読んでくださいよ。私にも威厳が必要なときがあるような気がしますし」
「ははっ、ま、考えておくよ」
クローネが笑うと、ミツバも笑った。そして、小さな手を差し出してきた。それを強く握り返す。
「よろしくお願いします、クローネ大元帥。そしてローゼリア共和国第一軍司令官兼、近衛軍長官兼、陸海軍統合参謀長兼、戒厳司令官閣下」
思わず吹き出してしまう。適当に作り出した役職をほいほい投げつけてきた感がありありだ。
「呆れるほど長ったらしいね、それ。なんだか仕事も死ぬほど増えそうだし、あまり嬉しくないよチビ陛下。……うーん、呼称は陛下でいいの?」
「さぁ。まだ考えているところです。そういうやつの相談に乗ってくれませんか。本当に、人材がいなくて困ってたんですよ。まともな人は私含めて一人もいないんですよね」
「……ええ」
「ミツバ様ならなんとかなるって、聞かないし。別になんともならないですよ。ないところからお金も食べ物も方策も出てこないんです。手勢も限りがありますし、全部相手は無理ですよ!」
微妙に泣きそうな顔のミツバ。これが革命を起こして、一国を牛耳った人間かと思う。が、ルロイ国王だって似たような情けなさを発揮していたし、そんなものかもしれない。クローネが握ったとしても、いきなり変われるとも思えない。
で、現在のミツバ共和国? の面子を聞いてみた。国家代表ミツバ、国家保安庁長官兼難民大隊司令アルストロ、軍務大臣サルトル、内務大臣ヴィクトル、法務大臣シーベル、王魔研所長兼臨時外務大臣ニコレイナス、財務大臣ハルジオ。元軍務大臣のサルトルぐらいしか経験のある人間がいない。それにヴィクトルとシーベルは共和クラブの幹部じゃなかったか。意味が分からない。というかニコレイナス所長を外務大臣に任命するとか狂っているとしか思えない。そして極めつきは。
「は? サンドラを国民議会の議長に任命する? あの筋金入りの狂信的共和主義者を、議会の最重要職に据えるなんて、真剣に頭がおかしいんじゃないの」
「はい。サンドラにも言われました。でもニコ所長が説得してくれたおかげでなんとかなりました」
「ニコ所長が? それはどういうつながり? 本当に訳が分からないね」
「私もです。同席してないからどうやって説得したかも知りませんし。ただ、その後やけに大人しくなったので何か企んでそうです。冷たい敵意がありありですし。20年、共和国のために一緒に頑張りましょうってフォローもいれたんですけど」
当たり前だ。議会政治を否定した相手に、議長になれと言われて喜ぶ狂人はいない。大体人材がいないからって、普通サンドラを使うか。ミツバが自分でやればいいと言ったら、「議会はもうこりごりです」とかぬかしやがった馬鹿が目の前にいる。
「まさかだけど、サンドラにも20年云々の話をしたとか言わないよね」
「もちろん言いましたよ。力をつけた20年後にはサンドラの理想がきっと叶いますよって。下地は私が均しておきますって適当に吹いておきました。未来は流動的なので適当でも私は気にしません。ですから20年後は共和派と軍政派で選挙を戦ってくださいね。あ、私は友達でも忖度しないですよ。公平な第三者になりますね」
どこが公平な第三者だ。むしろ、全てを反故にして第2期突入という可能性の方が高い。何しろすでにしでかした前科がある。それはそれで面白そうな光景に見えるのはなぜだろうか。
「一度死んだ方が良いと思うよ。世界平和のためにここで自害を検討してみない?」
「その時が来たら考えますね。死ぬときは笑顔で派手にって決めてるんです」
何故か得意気なミツバ。リマ大尉とパトリックも顔が引き攣っている。セルベール元帥を連れてこなくてよかった。多分ここまでに憤死している。頭痛がしてきたクローネは、ワインを一気に飲み干した。まだまだ聞かねばならないことがありすぎる。何をどうしているか、恐ろしくて聞きたくもないが。
「今日は朝まで色々聞かせてもらうよ。ミツバ陛下」
「もちろんです。過労死するまで働いてください、大元帥閣下」
「うるさい、誰が過労死なんてするか! ほら、お代わりをもらうよ!」
クローネは叫ぶと、自分でワイングラスにお代わりを注いだ。なんだか分からないが、滅茶苦茶だ。だが、もう賽は投げられている。最悪、もう一度革命を起こして権力を握りに行く手もある。だが、今はそれを考えたくはない。なぜなら、今までで一番楽しいし、ワクワクしている。先がどうなるかが読めない。分かる訳がない。だが、偉くなっているのは確かだし、これで良いのだろう。多分。この若さで大元帥など、普通では絶対にありえないし。そういうことにして、クローネはミツバと国家戦略について語り明かすのだった。途中からセルベールも『何があっても絶対に憤死するな』と警告した上で参加させた。彼の表情が苦悶に歪むたびに、クローネの頭痛が更に深くなったのは言うまでもない。