第五十四話 難民大隊設立
なんだか分からないうちに、ミツバ派とかいう謎派閥が勢力を増していた。派閥の目的は私のやりたいことをやる。モットーは来るもの拒まず、裏切りは死。王党派とか共和派とか知らないし、特に主義主張もない。それはちゃんと声を大にして伝えたけど、それで構わないから入れてくれと。議員としてどうなんだろうね。
ちなみに、上院では5人、下院では十数人が参加してしまった。士官学校は彼らの拠点と化している。迷惑なのでさっさとお家に帰ってほしい。それもこれも、アルカディナ帰りの英雄ラファエロ軍人議員と、ハルジオ村の馬鹿息子アルストロ議員のせいである。頼んでないのに勝手に旗を振り始めた。こいつらみんな頭がおかしいと思う。
「帰国後、私は進むべき道を見失い絶望しておりました。ヒルード派や正道派は自分たちのことしか考えていない。共和派は過激な主張をするだけで、とても人々を幸福に導けるとは思えません。……しかし、寛容派は市民の信頼を得られていない。実に悲しいことです!」
「そうなんですか」
「王妃マリアンヌ様は優しいお方ですが、理解を得るための時間が残っているとは思えません。我がローゼリアは、今、まさに危急存亡の時を迎えております! そこで! ミツバ様にはその力を活かして、立憲君主制の素晴らしさを市民に啓蒙していただきたい。私の理想は、歴史ある王家と共に、正しき憲法の下で正しい政治が行われることなのです。ルロイ陛下にはローゼリアの象徴として、人々を導いて頂きたいのです!」
「そうなんですか。是非頑張ってください。私も陰ながら応援してます」
でかい声の凄く長い演説が終わった。私は楽しければ、絶対王政でも共和制でも立憲君主制でもなんでもいい。賑やかなのが好きとはいえ、面倒くさいのは嫌いである。ただでさえ派閥が多いのに、これ以上増やすのはいかがなものかと思う。でもこのラファエロさんは、知名度があり、色々と顔が利くから意外と有用だ。有能かは知らないけれど。士官学校で暮らせるように取り計らってくれたり、他にも色々やってくれた。それには感謝をしている。
「ふん。陛下の能力には大いに疑問があるがな。なんにせよ、戦うためにはさらなる戦力増強を図らねばなりますまい。それは戦場でも議会でも変わりありませんぞ」
「それはそうなんですけど」
「陛下の能力に疑問を抱くとは不敬な! 仮にも大臣だった身ならば、敬意を持つべきだ!」
「解任しておいて敬意を維持しろとは戯けたことを。それと、儂はお主と議論をする気はさらさらない。時間と労力の無駄だ。話しかけるな」
「議員が話しかけるなとは言語道断! 言葉を戦わせるのが我らの役目!」
そっけないのは元軍務大臣のサルトルさん。5年以上前のドリエンテ戦役で初陣のルロイ国王が惨めに敗走した責任を取らされた人。一見寡黙な初老紳士に見えるけど、思想が超タカ派で喧嘩っぱやいので気を付けよう。未だにルロイ国王を恨んでるし、余所者の王妃様と死ぬほど気が合わないらしい。あとおしゃべりのラファエロさんとも仲が悪い。最初からギスギスしてるこの派閥は大丈夫なんでしょうか。
「今は喧嘩している場合じゃないですから、一応仲良くしてください。話が進まないので」
「おお、流石はミツバ様です! 夢に向かって共に邁進しましょうぞ! 何事もなせばなります! 強い信念があったからこそ、アルカディナも独立することができたのです! ローゼリアもこの苦難を乗り越え、素晴らしい国へと昇華することでしょう! ああ、栄光のローゼリア万歳!!」
「本当に喧しい奴だ。まだアルストロの方がマシだ」
ラファエロさんは声がでかいのと、人の話を聞かないのが特徴だ。私がミツバ派結成時の挨拶で『本日をもって解散したいと思います』と冗談かつ本音を言ったら、『歩むべき理想を外れたら責任を取るという意気込み、真にご立派です!』とかなんとか言われて丸め込まれてしまった。かなり強引なおじさんである。そういえば、アルカディナへの援軍もこのおじさんが強く主張して決定したとか。軍事費を注ぎ込んで一万人以上の援軍を乗せた艦隊を派遣、物資も大量に援助したらしい。無駄遣いの元凶のような気もするけど、もしかしたら計算の上かもしれない。だって、理想に燃える馬鹿のフリをした野心家にしか見えないし。そういう臭いがする。別に嫌いじゃないので楽しく踊ればいいと思う。……一番の問題は、次の人間である。
「ああ、このアルストロは果報者です。まさか再びお会いできるとは思っていませんでした。ハルジオ村で助けて頂いたことは永遠に忘れることはありません。貴方は愚かな私を見捨てず助けてくれた女神なのです。自由の女神よ、私をお導きください。どうか私に永遠の安息をもたらしください」
「うわぁ」
「身分、家柄などに囚われていた私が、心の底から恥ずかしい。この罪を贖うため、来るべき時には私が先陣を務めさせていただきます。なんなりとご命令を」
「……うわぁ」
完全にアルストロ君の目は逝ってしまっていた。ラファエロ、サルトルの両名も彼と目を合わせようとしないし。そもそも『永遠の安息』って死ぬってことだと思うけど。何があったのかはお付きの人から聞くことができた。へし折られた右足は治らず、生涯杖が欠かせない体になってしまった。更に緑化教徒への恐怖が、精神へと深いダメージを負わせてしまったらしい。そこに縋りついたのが私の存在だったよというわけ。村の緑化教徒を皆殺しにしたのは私だからね。そういうわけで、アルストロ君は大輪の神ではなく、私をひたすら拝んでいる。鬱陶しいのでやめろと言ったら、自殺未遂を起こしたほどだ。今もクビに包帯がまかれているし。ハルジオ伯爵には泣きつかれるし。うん、もう好きに生きればいいと思うよ。
「それはともかくとして。難民用の物資調達はどうなってます?」
「私の方で手を回し、できる限り入手させておりますが。今は買いたくても、食料はどこにも無い状態ですな!」
「なら衣服でも酒でもいいので、とにかく物に替えてください。金は惜しまなくていいですから」
「生憎、そちらも品薄ですな!」
「あちゃー」
ここまで金遣いが荒いのには理由がある。本当に唐突に沢山の紙幣が私に支給されたのだ。それは、土地が担保の『ロゼリア紙幣』。お金がないなら刷ってしまえばいいじゃないということで、国が新札を大量に発行してしまった。私には父ギルモアが国家銀行に預けていた1000万ベリーが全てロゼリア紙幣に変身してやってきた。他の貴族様や商人も自動的に換金されちゃったって。議会は死ぬほど揉めてたけど、当座の賠償金の支払いのために押し通される結果になった。ベリー通貨は賠償金支払いに使ったから全然足りないのである。だってこんな紙で賠償してもプルメニアを怒らせるだけだからね。また宣戦布告ととられちゃう。
というわけで、私の下へバブリーな紙幣ががっぽり来た。土地や屋敷や芸術品とかはミリアーネに抑えられたけど、隠し口座は盲点だったっぽい。ミリアーネは怒り狂ってるだろうけど、とりあえずは何も言ってこない。グリエルさんの死が応えているのかも。私の兄にあたる人らしいけど、一度も会ったことがないので何の感慨もない。へー、で終わりである。思い出なんて欠片もないから仕方ない。でもかおはみてるよ。
「大分減ったけど、まだ結構残ってますね。使い切れないかもしれません」
「仮にも国の発行した紙幣です。価値が下がっても、紙屑にはならないでしょう。物が不足しているのも、一時的なものだと考えますが!」
ラファエロさんが楽観論を述べる。冬だから物資がない、春になれば増えるかも。でも紙幣も更に大量に刷りつづけたとしたらどうなるんだろう。やっぱり紙屑になりそう!
「うーん、どうですかね。とにかく強引でもいいので、物資と引き換えるのを優先しましょう。軍からの横流しの弾薬とかでもいいです。とにかく物でお願いします」
「急いだほうが良いというのは儂も同感です。ミツバ様の名を出せば、特定の貴族や士官からは脅し取れるでしょうな。伝手がありますので、ここは儂にお任せ頂きたい」
サルトルさんが腰から年季の入った短銃を抜き、危うげな表情で笑っている。人脈はありそうだけど、多分、向こうは迷惑がってると思う。
「うっかり逮捕されたりしないでくださいよ。牢屋行きはちょっと」
「ただ名前を出すだけですので心配無用。この愛用の銃も自慢するだけですからな」
心配しかないが口に出さない。狂気と凶器を持ってるからね。
「後、私は一応議員なので、ちゃんと紙幣と交換してきてくださいね。大事なところです」
「無論、承知しております」
私はロゼリア紙幣をひらひらさせる。今まで使っていたベリー通貨は国の定めた比率で金と交換できた。更に、金と魔光石が埋め込まれている。他国と貿易できるのはこの最低保証があるから。一方のロゼリア紙幣は、国が所有する土地と交換できるんだって。ただの紙切れが魔法のチケットに! これはすごい。でも大量に発行しすぎだってラファエロさんが言ってた。どこにそんな土地があるのかな? 交換できた人はちゃんといるのかな? 国の土地ってどこからどこまで? これは確実に暴落すると判断した私は、ぱーっと使うことにしたわけで。
「しかし、多数の難民を受け入れた上に、私財を投じて援助までしてしまうとは。今の世の中、名のある聖人でもこのような行いはできませんぞ!」
「ああ、ミツバ様の慈悲を頂けて、我々は幸福です」
「…………」
ラファエロさんが演技ぶった口調で大声を張り上げる。その横で逝っているアルストロ君。変人狂人コンビ。サルトルさんは無言であきれてるけど、似たようなものだよ。私が言うんだから間違いない。
ちなみに、難民とは、西ドリエンテ州、ストラスパール州の人たちである。村や家を焼かれてしまい、王都に来れば何とかなると思ってきた人々。なんとかなるわけがないので、餓死寸前にまで追い込まれていた。『休校中の士官学校を一時収容所にどうですか』と議会で提案してみたら通ってしまった。反対しそうだった連中も見ないふり。その代わりに面倒な管理も押し付けられたけど。これもラファエロさんの根回しのおかげだ。そういえば、ちょっと前に略奪する側に回ってた気もするけど、もう忘れた。都合の悪いことは忘れるのが一番と偉い人も言っていたし。
「まぁ、確かに賑やかになりましたねぇ。難民さんたちは、私の周りには全然寄ってこないですけど」
「いやいや。皆、本当に感謝しておりますぞ。ミツバ様を畏怖しない者はおりません!」
「常人では恐れ多くて近寄ることができないのです。私もこうしているだけで震えが止まりません」
その震えは暴行の後遺症だと思うけど、スルーしておこう。難民収容所案は、広さを有効活用したほうが良いと思って言ってみたのだが、通って良かった。療養中のパルック学長が聞いたら泣いて喜ぶに違いない。国王陛下からも感謝状が届いたし。『苦しむ民を気遣ってくれたことに心から感謝を』と。そう思うなら宮殿の一つや二つ解放すればいいのに。『感謝状は良いから難民を養う金をくれ』と駄目元でラファエロ君に言伝を頼んだら、次の日にお金が沢山届いた。新しく刷られたロゼリア紙幣だった。速攻で油とか薬とか衣服に替えるように頼んでおいた。とにかく現物だ。ババを最後まで抱えるなんて冗談じゃない。
「困窮したからって緑化教徒になられたら目障りです。あの紙幣が沢山あっても保管場所に困りますし。銀行は受付停止中でしたから預けられません」
「確かに大混乱でしたな。何の連絡もなく交換を強行したので、貴族や商人、富裕層の市民には不満が渦巻いております!」
「私のせいじゃないので知らないです。私はロゼリア紙幣発行案は投票を放棄しましたので」
後で絶対悲惨なことになると思ったので、私は逃げの一手を打った。この前、戦争に賛成した連中は死ねとか言っちゃったし。後で責任問題を追及されて、つまらないことに巻き込まれたくなかったのだ。『国の大事から逃げる気か』と傍聴席から野次が一杯とんでたけど無視してやった。私はずるいのである。議員さんは憤死したくなかったから黙り込んでた。彼らもずるい。そうしたら他のミツバ派5人もこっそりと席を立ったのだ。本当にこっそりだから誰にも気づかれず、野次を受けたのは私だけだった。この人たちはもっとずるいと思う。やっぱり、ずるくないと議員にはなれないのである。
「先を見通すとは、流石はミツバ様です。下々の者は、皆ミツバ様の威光にひれ伏すことでしょう。ああ、私は幸せです。他の者にもこの素晴らしさを伝えなければなりません」
「ひれ伏さなくてもいいですけど。……というかそのバッジ、今日も忌まわしく輝いてますね」
杖を片手に全身が震えている狂人。その胸には呪われてそうな三つ葉型のバッジが紫に光ってる。『三つ葉の印』――通称ミツバッジ。適当な石やら木片やらを削っただけの、アルストロ君と狂信者のお手製だ。是非お力をと言われたので、適当に念じてあげたら、なんかぬめぬめテカりだした。更に呪われそう。
「常に、魂を籠めて磨いております。ミツバ様の御加護があれば、疫病など恐るるにたりません。重い病が治癒した者も山ほどおります」
「それ、沢山作っちゃいましたか?」
「女子供の手を借りて、量産しております。この印は、必ず全員に行き渡らせます。是非お力をお貸しください。救いを待つものは大勢おります」
「うん、作っちゃってますね」
ヤバい宗教団体っぽい。その名もミツバ党だ。世のため人のため、絶対に殲滅した方が良い。でも、別に麻薬をやっているわけではないので、今のところは放置しておく。仲間を勝手に増やしてくれるのは助かる。私がやると怖がられるだけだし。麻薬に溺れてカビ化したら皆殺しだ。
ちなみに、彼が議員でいられるのは、彼のお父さんのハルジオさんが沢山税を納めたおかげ。本人はこんな感じになってしまったけど、勝手に私の名前を使って狂信者を増やしている。食べ物と私を使ったアメとムチ戦略は効果抜群。安堵と恐怖のギャップだ。本当に面白い。面子はアレだけど賑やかなのは重要だ。お祭り目指してどんどん増やしてほしい。
「何はともあれ、同志が増えるというのは歓迎すべきことですぞ!」
「それもこれも物資があったからです。ラファエロさんたちのおかげで、素早く買い占められて良かったです。案の定食料品が馬鹿みたいに値上がりしてますしね。あはは、年末なのに大変ですよね」
今は買い占めた商人が、市民に焼き討ちされたり袋叩きにあったりと地獄のような様相になっている。実に賑やかでよろしい。買い占めの主犯の一人は私だけど、皆のためだから許されるのである。全部配ってるしね。押しかけてきたら全員返り討ちにしてやるだけ。
「やはり、この状況を読んでおられたのですか? 即座に動くよう指示をだしておられましたが」
「ちょっと考えれば誰でも分かりますよ。馬鹿みたいに刷ってるし、紙屑確定です」
「うーむ、やはり事態は混沌としていますな! この先どうなることやら」
「誰が最後にロゼリア富豪になるか楽しみです。その人がどんな顔をしてるかは見物ですね。一人じゃなく、大多数っぽいのが可哀想ですけど」
「は、ははは。確かに、そうですな!」
「…………」
私が愉快そうに笑うと、ラファエロさんが一瞬目をそらした。サルトルさんが敵意を込めて睨んでる。やっぱり今までのは演技かな? どれが本心なのかが分かりにくいけど、声がでかいだけの驚嘆おじさんではないみたい。ブルーローズ当主の私を利用して何かしでかそうと考えているのか。ま、今はどうでもいいけど。
「アルストロさんはバッジだけじゃなく、物資もどんどん配って困ってる人を助けるように。ここは広いですからね。見落としがないようにお願いします」
「ああ、ミツバ様。承知いたしました、全て私にお任せください。見落としが無いよう、目を光らせ、不眠不休で働きます!」
「いえ、休んでいいですよ。アルストロさんが倒れると大変なんで」
「…………なんとお優しい」
感極まって沈黙した狂人は放置しておく。まぁそんな感じで、私は大量のロゼリア紙幣を湯水のごとく使って食料品を買い漁った。思わぬ敵の参戦で商人も焦ったのか、次々に買い占めを行い、いまではパンは全く手に入らない状況。その商人たちの名前を、ミツバ派議員たちを使ってこっそり裏に流しているのは実は私であった。私は買い占めた物資を苦しむ人々に提供している。流石に全員には無理だから、死にそうな人や子供を中心に。それでもちゃんと感謝してもらえる。じゃあ悪徳商人の皆さんはどうかというと、そんなことするわけがない。恨みの対象は確定するという訳だ。やったね。物価高騰の責任は私にもあるけど、買い占めなくても物価は高騰していたし仕方ないよね。
で、何が狙いでこんな手間のかかることをやっているかというと、お祭りを楽しむための仲間集めが一つ目。もう一つは、緑化教徒の撲滅である。
「緑化教徒をこのようなやり方で減らしていくとは。このラファエロ、心から驚嘆いたしましたぞ! 奴ら、棄教どころか、自ら改宗を表明する者まででる始末。いやはや、恐れ入りました!」
驚嘆おじさんがわざとらしく叫んでいる。やり方というのは、緑化教徒でないという踏み絵を、食料配布時に行わせたのだ。緑化教会は免罪符で信仰者を増やす。だから、免罪符を否定し、緑化教会を冒涜する文章を読み上げさせ、それと引き換えにパンを支給してあげた。餓死は苦しいからね。でももうカビには戻れない。毎日あげるわけじゃない。ちゃんとそこは配布前に説明している。それでも彼らは、一日分の食料のために、楽園行きの切符を投げ捨てたのである。大変愉快である。元緑化教徒はこれから後悔の日々を送るだろう。カビは苦しんでから死ね。なんでこんなに嫌いなんだっけ。うーん、生理的に嫌ってやつだね。
「緑化教会の司祭さんには凄い勢いで恨まれてそうです。でも、自爆するカビはやってこないですね」
「当然です。ミツバさまの威光に恐れをなしているに違いありません」
「そうですかね」
「はい、間違いありません」
断言するアルストロ君の意見は何の参考にもならない。仮に忠誠度100でも知力が怪しすぎる。たまに爆発音が聞こえてくるから、破壊活動はしてるっぽいけど。相変わらずの免罪符目当ての自爆である。私に迷惑を掛けてなくても、存在が許し難い。全員撲滅しなくちゃ。この件に関しての私たちの意見は常に全員一致で動かない。
「ここに残る難民さんは、意外と多くなかったですね。2000人くらいですか? もっと居残ると思ってました。帰る家もないんでしょうし」
「押しかけられて破綻することを危惧しておりましたが、彼らが新しい職を見つけるまでは養うこともできそうですぞ。ちなみに、彼らはそれぞれの教室に寝泊まりし、特に問題を起こすこともありません。全員、ミツバ様に深い感謝を述べております。ラファエロ、心底驚嘆しております。この評判は、王宮にまで届いていること間違いありません!」
驚嘆おじさんのこういう持ち上げは参考にならない。よって彼の感想は無視して、事実だけを聞いていくことにしよう。
「ここだけの話ですが、万単位で押しかけられて、居座られたらどうしようかと思ってました。寝床を取られずに済んでホッとしています」
「ははは! 実は私も心配しておりました。調べてみたところ、食料を得た者たちは、遠くの親戚を頼りに向かったり、自ら農奴になりにいったり、徴兵に応じたりと色々ですな。汚い商売に身を落とす者も多いようで」
「そうですか。本当に大変ですね」
「全くです。いやはや、戦争というのは不幸をまき散らしますな。変えていかなければなりませんぞ!」
難民受け入れは私も一緒に審査している。いないとは思うが、カビのまま紛れ込んでこられては困るから。で、審査中に難民は私に非常に強い恐れを抱くみたいで、本当に呪い人形を見たような表情で縮こまるか、子供だと泣き出す始末だ。パンをあげたのに酷い話である。暴食を貪る者は呪われて身体が腐り落ちるとか、転売を企んだ者が本当に腐り落ちて死んだ、とか新聞に載ったせい。だから大抵の人は一回しか来ない。まともな証拠だね。
で、それでもここに残ってしまうのはアルストロ君みたいな、私に何かを見出してしまった奇人変人ばかり。老若男女合わせて2000人。左派系新聞からは『難民大隊』などと意味の分からない名前まで付けられてしまった。褒められているのか、貶されているのかは難しいところ。そういえば倉庫に訓練用の長銃とかお古の大砲があったかも。後でサルトルさんに確認してもらおう。
「なんだか暗くなっちゃいましたね。年越しのときは、沢山お粥を用意して皆で食事会をしましょうか。しなびた野菜もつけましょう。来年が楽しい年であるようにって祈りながら」
年越しそばならぬ、年越し粥。これくらいなら大量に用意できる。適当な野菜でも入れればそれっぽくなるでしょ。
「それは大賛成です! 私はそういう催し事が大好きでして。家から酒も持ってこさせましょう。なに、遠慮は無用ですぞ!」
「……このような情勢で馬鹿騒ぎしている場合か」
「おお、おお……。ミツバさまと共に年越しの宴を……。もう私は思い残すことはありません。どうぞ残りの左足もお持ちください」
「いえ、それは本当にいらないですね」
歓喜のラファエロと、しかめっ面のサルトル、号泣のアルストロ。他の議員も一癖も二癖もある連中なのである。まともな派閥に入れないのは頭がおかしいからだったのだ。となると、ミツバ派は隔離所ということになってしまう。これはまずい。私以外の常識人はどこにいるんだろう。真面目なサンドラに来てもらって助けてもらいたい。今はどこで何をしているんだろう。私は久しぶりに会いたいなぁと思うのであった。




