第四十八話 敗北の味
クローネ率いる混成歩兵中隊約200人は脱落者を出しながらも、ブルーローズ州とストラスパール州の境まで逃げ込むことに成功した。この街道を抜ければ私のお家があるブルーローズ市だ。七杖家にとっては、威信にかけて抜かれてはいけない場所らしい。そのため、街道を中心に即席の陣地が形成され、大砲が東方に向けて50門くらい設置されている。テントもたくさんあるから、当分はここでキャンプが楽しめそうだ。しかし大砲の数が豪華である。追い詰められるとどんどん物資がでてくる。玉手箱みたい。
「いやぁ、死ぬ気になればなんとかなるもんだね。目的意識が共有できてるから、本当にやりやすい。私たちみたいな集団が複数いれば、それぞれで敵兵に襲い掛かれる」
「クローネみたいに気合入ってる人が、そんなにいるとは思えないんですけど」
「目の前にもいるじゃない。確かに指揮したのは私だけど、個人の殺害数はチビが一番っぽいし。誰も認めないだろうけど、私は注意して見てたからね。誇るといいよ」
「それはどうもありがとうございます。そのご褒美はなんでしょう、クローネ閣下」
「うむ。では余のコーンパンをとらすとしよう。不味いのは我慢しなよっと」
なんか平べったく潰れてるコーンパンを頂いた。血がついてる。誰かから無理やり奪ったときについたやつだ。そこをちょこっとちぎって、口に入れてみる。うん、まずい。でも個人的には満足できる味。人としては最低だけど、なんだか生きてるって実感できる。早く平和になるといいよね。嘘嘘、本当は全然思ってない。
「味はともかく、腹は膨れますね」
「そんなに満足そうな顔されると、なんだか惜しい気分になるよね」
「返します?」
「いや、不味いのは確かだし。人が大事にしてるものって、なぜか欲しくならない? そういう複雑なやつさ。自分があげたんだけども!」
「面倒くさい人ですね。じゃあ、金品と再交換でいいですよ。このパンの価値を好きなだけ高めてください」
「はは、そんなこと言われてもないものはないよ! 今私が欲しいのは地位と弾薬だ」
ドヤ顔のクローネ。私はパンを食べきった後、ふと思いついた名案を提案してみる。
「なら、近くにいいところがあるんですけど、ちょっと奪いに行きません? 名誉と地位も手に入っちゃうかも」
「へぇ、そこに伝説のお宝でも眠ってるの? まさか聖遺物でもあるのかな?」
「それはもう山ほどの財宝が。大砲を撃ちこむたびに、コインがザクザク出てきますよ。ついでに紫になった伝説の青い杖もあげちゃいます。後で考えますけど、驚くほどすごい伝説があるそうですよ」
「はは、その伝説の杖は私がもらっても意味ないよ。ついでに、そこに行くには、まだ力が足りないねぇ。チビの生まれたお家にお邪魔したい気はあるんだけどさ」
「ですよねぇ。まぁ、今は無理ですけど、いつか招待しますよ。大きなお家でしたから、大勢でも大丈夫ですし」
故郷なんて気はさらさらないけど、あの屋敷には縁がある。別に住みたくないけど、ミリアーネに渡すのはとてもイラッとする。百歩譲って、貸すのはいいけど取られるのは嫌だ。クローネと同じで、感情は複雑なのである。私は大家になりたい。
「お、決意表明ってやつだね。こんな時代でも、夢とか野望を持つのは自由だ。自由って素晴らしいね! 必ず遊びに行くから、美味しいお酒も用意しておいてよね」
「もちろんです。じゃあ『自由』に万歳しちゃいますか?」
「景気付けにいいね。せーの、自由万歳!」
バンザーイと両手を挙げたのは、元気な私とクローネだけ。なんとか立っているのは、数名の先輩士官たち。リマ大尉は休む間もなくお偉いさんに報告に行ってしまった。社畜ならぬ、軍人の鑑である。砲兵科の学生たちは生き延びたというのに、地面の上に寝転んでいる。死体みたいだ。穴を掘って埋めたくなってきた。
「先に言うけど、そこらに穴掘ると後で怒られるからね」
「いやぁ、掘りませんよ」
「でも掘りたいと思ったでしょう」
「よくわかりましたね。いわゆる墓穴です」
「あはは。やっぱりね」
ニヤリと笑って、クローネが煙草を差し出してくる。私は健康志向なので遠慮しておいた。煙いのを体内に含むのは苦手である。クローネは『やっぱり子供だね』と笑って、ふぅーと吸い始めた。いわゆる勝利の一服である。この戦いでは大敗したけど、生き延びたのだからオッケーということで。私も木の枝を拾って咥えてみた。
「全員、傾注ッ!」
「うわぁ」
「セルベール元帥閣下がお言葉をくださる! 起立し、整列しろ!」
私の後ろからいきなり大声をあげられた。誰かと思って振り返ると、勲章沢山つけたお爺さんとお付きの偉そうな士官さんが沢山いた。今の大声は、目のくまが凄いことになってるリマ大尉だった。少しフラついてるし。お偉いさんは豪華な階級章や肩章、軍帽には赤いラインがはいってるから、全員将官クラスだ。遅刻したくせに偉そうだけど、そんなこと言ったら銃殺ものなので、適当に整列してから気を付けだ。ついでに木の枝を吐き出すのも忘れない。流石のクローネはタバコの火を消して、後で吸えるように置いてある。早業に感心していると、長いお話が始まっていた。
「よく無事に戻った、諸君。リマ大尉から報告を受けたが、中々の活躍だったと聞いている。士官学校から送られたばかりだというのに、大したものだ」
「ありがとうございます、セルベール元帥閣下!」
クローネが真面目ぶった顔で、足を揃えて敬礼。それに続いて、ゾンビみたいな連中と私も敬礼。長話が続くかと思うとだんだん疲れてきた。
「楽にしてよし。情けない話だが、隊をまともに維持したまま帰ってきたのは、君たちだけだ。士官連中は我先にと逃げ出し、ガンツェルに至ってはどこに行ったのかすら分からん。ベリエには第10師団を含む1万以上派遣したというのに、戻ってきたのはわずか2000人だ。半数は脱走したのだろうが、それにしても酷い有様だ。要所に憲兵隊を配備し連れ戻させてはいるがな」
1万もいたかなぁ。正確な人数なんて一々確認してられないしね。キリのいい数字を派遣すると命じておけば、それに近い数が集められていくんじゃないかな。税金と同じで、取り立てるときは厳しいけど、ほかのことは知らんってやつ。逃げたか死んだかなんて誰にも分かりっこない。でもガンツェル中将さんは生きてる気がする。なんかしぶとそうだし。保身レベル高そう。
「そういうわけで、私は君とリマ大尉の働きを大いに評価している。敗走している最中、大したものだ」
「ありがとうございます、閣下」
「臨時で中隊の指揮を執り、200の兵を無事に帰還させた功。その上で敵騎兵隊を撃ち取り、多数の士官を討ち取って我が軍の武威を示した点。我が軍にも精兵がいたと、大いに感嘆させられた」
セルベール元帥は、皺だらけの顔を緩ませる。貴族にも話が分かる人がいたらしい。良かった良かった。老いてますます盛んなのかな。
「敗戦とはいえ、功績には報いねばならん。リマ大尉から強い推薦もあったので、異例ではあるがこのまま入隊させることとした。人手も足らんしな。……受ける意志はあるかね?」
「ありがとうございます! 光栄であります!」
即答するクローネ。彼女の夢への第一歩。偉くなって王と皇帝を一掃し、おめかししての贅沢三昧。それで私と美味しいワインを飲んでどんちゃん騒ぎの毎日。酒池肉林である。やったね。でもまだまだ先は長そう。がまんできるかな?
「今回の功を評し、君に大尉の階級を用意した。士官学校には戻らなくてよろしい。君があそこで学ぶことはもうあるまい。このまま私の第7師団所属になってもらう。頼むぞ、クローネ大尉」
「はっ! よろしくお願いします、元帥閣下!」
私は栄光の切符を手に入れたクローネに拍手をしておいた。感動の場面であろう。誰か絵に描いてもらいたい。英雄クローネの横で拍手する呪いの人形。後世で高く売れそう。ちなみに、大尉までは市民出身でも結構簡単になれちゃうらしいので、これからの頑張りが重要である。頑張らないと、リマ大尉みたいに雑用塗れの寝不足で死相がでるというわけ。兵卒と違って逃げられないしね。
「うむ。そしてミツバ准尉だったか。君のこともリマ大尉から色々と聞いている。中々の働きぶりだったとのことだが、年齢については少々思うところがある。……士官学校卒業の暁には、君を私の師団に招くことを検討しよう。それまでは、身体と精神を鍛えると良い。子供の間にしかできないことは沢山ある。存分に学びたまえ」
「はい、ありがとうございます。勉強します」
「よろしい。褒賞は追って与えよう。将来の王国軍を背負うため、頑張りたまえ」
優しい顔のセルベール元帥。でも目が笑ってない。言葉だけで本当に招いてくれる気はなさそうだ。やっぱり呪いとか、不吉な風聞は怖いもんね。
「……しかし、このような子供を最前線に立たせていたとはな」
「はっ、ミツバ准尉はガンツェル中将の命令により特別大隊に編入され、大砲一門と共に第一陣の戦列に送り込まれた次第です」
「なるほど。ガンツェルの仕業か。……あやつについては、見つけ次第、今回の敗戦の件も含め適切に対処されるだろう。それと、パルック学長には強めの忠告が必要であろうな」
報告したクローネが私に笑いかけてくる。中将への意趣返しというやつだ。学長には可哀想だけど、まぁいいか。結構大変だったのは確かだし。
「この戦いは、おそらく長期にはならないと思う。既に『講和を行うべし』と上院議会で話題に上がっているらしいからな。だが、その前に攻勢を掛け、挽回しなければならん。この展開速度なら、敵も相当無理攻めをしているはず。西ドリエンテはやむを得んが、ストラスパール州を明け渡すなど論外だ」
厳しい顔つきになるセルベール。なるほど、確かにストラスパール市とベリエ要塞以外は手薄かも。現地徴兵なんてすぐには無理だし。
「学生たちは帰らせてやりたいが、戦が終わってない以上は少々難しい。君たちは、しばらく後方で待機してもらうことになるだろう。その後で、褒賞を与えた上で士官学校に送り返す。それでいいだろうかクローネ大尉」
「はっ! お気遣い頂き、ありがとうございます!」
「宜しい。では三日間の休息を取りたまえ。この師団で一番疲弊しているのは諸君だからな。遠慮なく飲んで食って寝るように」
セルベール元帥とお付きの将官たちが騎乗して下がっていく。将官様には立派な馬が支給されるようだ。移動はラクチンになるけど、練習しないと振り落とされそう。乗る機会なんて早々ないだろうけど。まぁ、なければ奪えばいいのである。
「チビも軍に入れてもらえると思ったのになぁ。私に関しては嬉しいけど、そっちはがっかりだよ」
「残念でしたね。でも、検討はしてくれるそうですよ。褒賞はもらえるし」
慎重に検討した結果今回はお見送り、益々のご活躍をお祈りします、になる可能性が高いけど。
「ま、私が先に偉くなっておくから、安心して入ってきなよ」
「それを自分で言いますか」
縁故採用、いわゆるコネ。持つべきものは友人だった。
「万年大尉は嫌だからね。我も出さないと、こき使われて終わっちゃう。リマ大尉を見たでしょ? あのままじゃ絶対に長生きできない。今回も功ありだけど、敗戦だから佐官昇進は見送りっぽいし」
「出世するのって、厳しいですね」
「市民が偉くなるには、世渡りと後ろ盾も必要ってことだね。この国では能力以上に重要だよ」
リマ大尉はそれなりに厳しいけど、話が分かる良い軍人だ。でも私とは相性が悪いのか疎遠である。というか、相性が良い人自体少ない。士官、兵卒さんからも関わりたくない系の視線で見られるし。リマ大尉とか、クローネには親しげなのに私はその対極。その点元帥は器が大きい。本当は私を嫌いっぽいのに、顔には出さないのだからすごい。
待てよ。ということは、基本的に疎まれ体質の私は偉くなれないというわけである。万年大尉どころか、万年准尉。死相を浮かべたリマ大尉よりひどくなりそう。
「クローネは、セルベール元帥と相性が良さそうでしたね」
「腹の中は分からないけどね。ま、七杖貴族だから気に入られるに越したことはない。もう爺さんだから、死ぬ前に上手く利用していきたいね。リマ大尉同様、長生きしてほしいよ」
誰かに聞かれたら絶対にヤバいことを笑いながら話している。私が言うのもなんだが、頭がおかしい。
「そういうのは心の中で言ってください」
「はは、私も決意表明だよ。真似しただけ」
そう言われると、確かに、先にブルーローズの屋敷を焼き討ちして略奪しろと言ったのは私だった。ということは私もおかしいことになるのでは。ここは話を変えておこう。
「でも、本当に押し返せるんでしょうか。負け続きだったのに」
「大砲は揃ってたし、なんとかなるんじゃない。逃げ帰ってきた連中も増えてくるだろうし。後は交渉次第だけど、頑張らないと悲惨な条件飲まされるね。気張りどころさ」
「条件は、やっぱりお金と土地ですか」
「そうなるね。はは、大局的に見ると、本当に損しかなかった戦争だ。開戦すべきとかいった議員連中は全員処刑もんだよね」
やれやれと二人でその場に座り込む。セルベール元帥が気を利かせてくれたのか、食料と酒が沢山馬車にのってのろのろと運ばれてきた。多分好きなだけ飲み食いしろということである。戦争中にこれでいいのかと思うけど、ずっと気を張ってることなんてできないし。
「おーい、そのへんの萎びた連中! 元帥が酒と食い物を奢ってくれたよ! 生き延びたんだから、少しは喜びなよ!」
「お、おう」
「…………」
なんだか私を見て、微妙に遠慮したい雰囲気が出てたけど、空気を読んで集まってきてくれた。クローネが中心、私とリマ大尉がその横。方角3人衆とポルトガル君、トムソン君もいる。生き残ったのは約200人。最初に何人いたのか分からないから、誰が死んだのかよく分からない。でも、一杯死んで一杯殺した。私の場合、最初の特別歩兵大隊からだから、凄い数の仲間が死んでることになる。その分頑張って殺したので、迷わず土に還ってほしい。私みたいになると色々と大変である。
「リマ大尉、乾杯の挨拶をお願いしても?」
「悪いが、今は何も思いつかないな。付き合いの長い、君の方が適任だろう」
リマ大尉とクローネは、この後で第7師団へと所属変更だ。第10師団は壊滅してるから、統合するらしい。ガンツェルとかいうハゲ中将さんは、生き延びても後が大変だ。
「それじゃ私がさせてもらうよ。ここで生き残った奴は運がある。私についてくれば、必ず報いてあげる。私はもっと上にいく。その気があったら、私についてきなよ!」
「凄い自信ですね。やっぱり背が高いからです?」
「こんなチビでも大歓迎さ。偉くなって、一杯贅沢したいなら私についてこい! よぉし、生き残れたことに乾杯しよう!」
「要塞取られて散々だったけど、呑気に乾杯して良いんですかね? 街も落ちてますけど」
「いいよいいよ。大尉の私が許す! ほら、皆の長生きと栄達を願って、乾杯だ!」
ヤケクソ気味に全員が『乾杯!』と叫んだ。周囲の見知らぬ皆さんも何事かと覗き込んでくる。中には一緒に飲み始める人までいるし。でもきっと味が違う。これは、あの地獄から一緒に逃げてきた人だけが味わえる美酒なのだ。だから、こんなにも美味しい。戦場に入り浸る狂人の気持ちが少しわかったかも。これを何回も味わいたいのかもしれない。私たちも楽しいから、まぁ、なんでも良しとしよう。――おかわり!




