第四十四話 撃って撃たれて撃たれて撃たれて
ベリエ要塞の周囲には農園地帯が広がっている。そんな景色だけはのどかな要塞到着後に、私は第10師団特別歩兵大隊へと編入されてしまった。なぜか砲兵士官から私だけが選ばれて。クローネは特別扱いに羨ましがっていたが、こっちは代わってほしいくらいだ。私に忖度する意味がまるでないし。嫌な予感しかしない。こういう時って大抵ろくなことがない。
私が扱うのは士官学校から持ってきた訓練用大砲だったもの。特別歩兵大隊にはこの1門だけ。挑発ぐらいはできると思うけど、これ本当に必要? 私に付き従うのは4人の兵卒さん。名前を聞こうと交流を図ってみたけど、全員震えてしまって会話にならない。戦争が怖いのかと思いきや、私が怖いらしい。
「の、呪い人形が、な、なんでここに」
「……ああ、神様。どうかお助けください。どうかお慈悲を」
「どうしてもう噂が広まってるんです? どうして私ってわかるんです? 初対面なのにおかしいですよね? なんでです?」
「……ひ、ひい」
鬼のように問い詰めたが返答なし。仕方ないから最後に「命令には従えますか」と強めに聞いたら、なんとか頷いたので大丈夫だろう。否といったらこの世からおさらばである。戦場だから許されちゃうのである。で、一晩かけて砲身の掃除、魔粉薬詰め、弾込め、着火方法までは教えこんだ。私は周囲の様子を把握しつつ、サーベル片手に指示を出す係。3人が大砲配置、残り1名は弾薬運びである。戦死して欠員が出たら私も入ることになる。
「さて、いよいよですね」
「…………」
「偉い人曰く、戦争は気合らしいですから、気合を入れましょう」
会話が成り立たないので自然と独り言になる。これから始まるのは、侵攻してくる敵先遣部隊を迎え撃つ会戦だ。本格的な要塞防衛戦に移行する前に、一当てする方針だとか。守ってばかりじゃ士気が下がるらしいけど、これ以上に下がるものがあったかは良く調査する必要がある。で、その敵は目視で確認できる距離までやってきている。農園の結構先には、プルメニアの国旗がたなびいている。その下に、黒い軍服を着た兵士たちがたくさん並んでいる。どれぐらいいるのかは正確には分からないけど、万は超えるだろう。うらやましいことに、かなりの数の大砲が確認できる。あそこからどんどん弾が撃ち込まれるかと思うと、中々アレである。直撃したら痛そう。
「勇敢なローゼリア兵たち、誇り高きローゼリア兵たちよ!! 訓練の成果を見せるのは今このときだ! 必ず勝って生き残るぞ!」
第10師団特別大隊、大隊長殿が合図を出した。この人は元臨時指揮官代行の引率してくれた中佐さん。名前はやっぱり知らない。一番逃げ出したいのはこの人だろうに、悲壮な表情で声を張り上げている。可哀想に、びっくりするほどの超はずれくじである。彼も嫌というほどご存じの通り、うちは人数だけの即席素人部隊、各隊を率いるのはなんとびっくり卒業もまだのぴよぴよ士官候補生たちである。義務を果たせと言われてもこれでは逃げ腰になる。でもダメ。おしごとだからたたかわないとね!
「各中隊は、迅速に戦闘配置につけ!!」
1000人の歩兵が、敵の陣形にかみ合うようそれぞれの中隊に分割されていく。それはもう迅速に乱れが生じてるけど、そこは目を細めて見ないふりだ。その前後を挟むように歩兵科士官が、サーベルを片手に待機している。前にいるのは隊列先導と維持、後ろに配置されているのは脱走したらサーベルで殺す役目。1人につき50人ぐらいで割り振られているっぽい。敗走したらそういう場合じゃなくなるのは当たり前だ。多分士官ごとプチッと轢き殺される。
『一々隊列を乱すな! もっと機敏に動け!』
中隊長が無茶ぶりをしつつも、横隊2列ぐらいまでなんとか組み上げた。後は、前進命令を待つ。プルメニア軍と接敵したら、一斉射撃となる。お互いに我慢比べをして、先に崩れた方がアウト。そうなると後ろで元気いっぱいに控えている騎兵隊や、ハイになった戦列歩兵の銃剣突撃が襲い掛かってくる。戦列同士の戦いは『気合の勝負』と教官が言ってた。私が言うのもなんだが、頭がおかしいと思う。でも戦列が沢山並んでる光景は見栄えも良くて格好いい。格好が良くても弾は当たるけど。たくさん死んじゃうね。
ちなみに、私たちの後ろには、予備兵力として第10師団所属の歩兵が2個大隊、騎兵が1個中隊こっそりと用意されている。私たちは囮の餌ってわけで。勘の良い兵卒さんは気付いてるみたいだけど、もう逃げられないよ。
「ローゼリアのために! 我らの故郷のため、家族のため、未来のために! プルメニア軍をこの地より追い払うのだ!!」
なんかいいことを大隊長が叫ぶと同時に我らが特別大隊旗が高らかに掲げられる。馴染みは全然ないので何の感慨もない。でもこれはとても重要な旗だ。射撃戦が終わり、入り乱れた白兵戦にでもなってしまったらもう無茶苦茶になる。だから、皆この大隊旗がある方へと進む。部隊は健在だという証明だ。これが倒されたり、後退したらそれに従って逃げ出したりする。だから、旗持ちは名誉ある仕事とされているけど、一番狙われやすいからそう言っておかないと誰もやらない。この条件は相手も同じ。プルメニア軍も大半が徴兵された者たちで構成されている。違うのは士気と武器の差か。とにかく、弾の撃ち合いに勝って、白兵戦にもちこんで旗を奪えば良い。基本的にはそれで勝利だと教えられた。本当かどうかはこれから分かる。旗取り合戦だね!
「ローゼリア万歳! 前進用意!!」
合図とともに軍楽隊がドラムを小刻みに鳴らす。兵卒の皆さんが長銃を肩に担ぐ。大隊長はそれを確認すると、各中隊長を見渡した。
「全体、進めえッ!!」
軍楽隊が横笛とドラムの演奏まで始めた。とても優雅で華麗な音楽だ。それに合わせて1000人の大隊が少しずつ農園を歩いていく。プルメニアも戦列を繰り出してきた。数は……向こうの方が多いような。そう見える。
「……あ、あの。じゅ、准尉殿? 俺たちはどうしたら」
「もちろん大砲を撃ちますよ。みんなを援護するのが仕事ですよね」
「へ、へい!」
「手際よくいきましょう」
魔粉薬詰め、弾込め、発射、砲身掃除の繰り返しがお仕事だ。慣れてないからやっぱり遅いけど、文句を言っても始まらない。砲兵士官は基本彼らの統率が仕事だから、手を出すのは不足人員が出てからだ。とにかく援護射撃を開始しなければ。だって1門しかないし、サボってるのが丸わかり!
「よく狙って。――撃て!」
一拍遅れて着火作業。ドン!! と景気の良い音とともに砲弾が飛び出した。白煙がたちのぼる。まったく見当はずれのところに着弾。もう少し近めが良かったけど仕方ない。仕方ないで延々と外してると怒られるから、ここは私を投入だ。
「次はもう少し寄せたいですね。というか、それ私がやりますね」
大砲の向きを少し変え、角度を合わせる。ああ、榴弾が欲しい。中身が空っぽでもいいから欲しい。だってここにあるのはただの砲弾だから炸裂しない。コストは安いけど、砲弾は直撃させないと殺傷できない。だからどんどん撃たないと効果が薄い、けど大砲の数が全然足りない。1門だけだからね。
「うーん、これくらいですかね」
「ひいいっ。う、撃ってきた!」
「そう簡単には当たりませんよ。多分」
当然相手も撃ってくる。敵の大砲群がリズムよく火を噴く。というかこちらの残りの大砲は要塞に据え付けてあるんだよね。せっかく外で叩くなら大砲をもっと寄越せという話だけど、下っ端なので誰も私の文句など聞いてくれない。偉くないと言葉に力は宿らないのである。仕方ないね! 仕方ない尽くし!
「次弾用意してください。砲身は熱いから気をつけて」
「へ、へい!」
忙しなく動きながらお掃除棒で砲身を掃除している訛りのある兵卒さん。そのまま粉を入れようとして無駄に落としてしまった。税金の無駄発生。テンポもとても悪い。緊張と恐怖で体がガチガチみたい。ぜんぶ私がやった方が早いけど、それでは砲兵士官の意味がないわけで。頑張って指示を出して、落ち着かせようと試みる。
「別に怒ったりしないので、落ち着いてください。まずは深呼吸とかどうです?」
「ひいっ」
大失敗。私を異常なまでに怖がってるし、砲弾は飛んでくるわで大恐慌だ。ああ、今度は弾を落っことした。全然発射効率があがらない。このままだと本当に戦犯ものである。役に立つことは何もしてなかったと軍監に報告されちゃう。
「しばらく、私が全部やりますね。皆さんはそれを見て、昨日の練習を思い出してください。援護しないと、本当に迷惑かけちゃうので。ついでに私が罰を受けちゃいますよね」
「こ、怖くて、て、手がかじかんじまって」
「いいんです。でも一応長銃には弾を込めておいてください。敵が来たら、それで戦いますから」
「へ、へい」
ちゃっちゃっと大砲に弾を込めて、着火。ドンと撃ちだされる砲弾。敵歩兵に見事に命中。頭が綺麗に吹っ飛んだ。続いてお掃除して装填、再照準。間に、敵の第二射が一斉に炸裂。こちらの戦列に命中だ。敵軍は贅沢にも榴弾を使っているらしい。地面で弾が炸裂し、鉄片が勢いよく周囲に吹き飛んでいる。喰らった数十名がのたうちまわり、哀れに戦列離脱。多分この世からも離脱するよね。味方戦列は強制的に進まされていく。大隊長はサーベルを振り上げ頑張って気合を入れている。大隊旗もまだまだ無事。でももうすぐだめだとおもうよ。
「掃除完了、魔粉薬完了、砲弾装填っと。着火!」
一人だとやはり時間がかかる。だが今までよりは早い。敵歩兵に命中。今度は2人の腹部を貫いた。目を凝らせば、穴から向こうの景色が見える気がする。掃除、粉詰め、次弾装填、着火。また2人吹っ飛ばした。次弾装填、発射。もくもくの白煙で見えないけど、今のは結構殺せたぽい。仕返しの敵砲撃が戦列に命中。あと、私の右側後方にも着弾。地味に厄介だと思われているのかもしれない。でも、まぁ当たることはないだろう。狙ってあたるなら苦労はない。私も適当に死ねと思って撃ってるだけである。そうすると外れない。やったね。
「じゅ、准尉殿は凄いんですね。相手が1発撃つ間に2発は撃ってますよ」
「慣れればいけますよ。そろそろ皆さんも一緒に。……というか次の弾を持ってきてください。もうすぐここの在庫が」
「……あの、弾薬係が帰ってこねぇです」
「は?」
弾薬を取りに行った弾薬係さんが音信不通。逃げたかと思って周囲を見渡すと、後ろで血を流して倒れてた。さっきの着弾で榴弾の破片を喰らってしまったらしい。砲弾を抱えたまま死んでいる。ついてないね。
「じゃあ貴方が次の弾薬係です。流れ弾に気をつけて」
「へ、へい!」
「煙で敵が見えないので、ちょっと扇いで払ってください」
「そ、そう言われても扇ぐもんなんて」
「鞄でも帽子でもとにかく適当でいいですから。見えて狙えればいいだけなので」
「わ、わかりやした!」
装填している間に、大隊長がサーベルを掲げて何度も号令を出しているのが聞こえた。喉が潰れること間違いなしの、すごい大声だ。やはり戦いは気合らしい。
「全体止まれ、全体止まれえッ!!」
『全体、止まれ!! それ以上進むな!!』
『隊列を維持しろ!! 敵は目前なんだぞ!!』
各中隊長が全力で復唱すると、少し遅れてから動きが止まった。敵の戦列はまだ歩いている。もう相当近い。こちらの大隊長はもう射撃の頃合いと判断したらしい。敵に先手を許したら不味いと分かっているんだろう。だって寄せ集めの新兵ばかりだし。と、その間に大砲発射。また命中。偉そうなの含めて3人殺せた。やりすぎたのか、私の大砲を狙い始めてる。近くへの着弾が多い。これはピンチ。
「射撃準備、全員構えッ!!」
『銃を構えろッ!!』
『隊列を崩すんじゃない!! 逃げたら刺し殺す!!』
小刻みに鳴るドラムの音と怒声罵声。何か命令するたびに隊列が崩れる練度の低さ。敵の大砲一斉射撃。味方が倒れていく。私の近くにまた着弾、破片がちょっと服にあたった。危ない危ない。
「じゅ、准尉殿! 弾が、弾が! さっきより近くにっ!」
「戦争なんだから弾ぐらい飛んできますよ。というかなんで逃げ腰なんですか? 逃げたら殺しますよ。そういう決まりですし。それを覚悟してるなら逃げていいです」
「ひ、ひい」
「逃げないなら次の弾の用意をお願いします。なるべく早くで」
脅しじゃない。私の手にはサーベルが握られている。走って逃げたら背中にサーベルを投げつけ、足元に置いてある長銃でもう一人殺す。さらに弾を込め直して最後の一人。3人ぐらいの処刑なら余裕である。私の笑顔を見て腹を決めてくれたのか、頑張って砲弾を運んでくる。私も負けずにどんどん撃ちだす。相手が一発斉射してる間に3発撃てるようになった。大砲スキルが上がったのかも。そういう気分が大事である。戦いは気合らしいから。
「撃てええええッ!!」
『撃てッ!!』
振り下ろされるサーベル。味方戦列の一斉射撃。プルメニアの戦列がぱらぱらと倒れていく。続いて次弾装填開始だ。
そしてプルメニアの戦列も停止した。整然と銃を構え、斉射してくる。更に前列がしゃがんで装填作業、後列射撃。やっぱり向こうの方が圧倒的に練度が高い。行動が一々早いし気合も入ってる気がする。悲鳴と共に倒れていく味方の兵士。泣き叫びながら戦列を離れた兵卒を、待ち構えていた歩兵士官が突き殺す。その顔は見えなかったけど、士官は刺したまま身動きしないので人殺しのショックは大きそうだ。
『早く弾を込めろ!! 何をしている!!』
中隊長の怒鳴り声。味方の次弾装填がまだ終わってない。遅すぎる。ニコ所長ご自慢の参式長銃は魔力貯蔵装置がついてるから、魔力貯蔵分は粉を詰めなくていいのに。弾を入れてロックするだけで撃てるのに、敵の攻撃に手が震えて上手くできてないようだ。大隊長は射撃命令を連呼している。また敵の斉射。ばらばら倒れていく。どんどん崩れていく味方。ようやく準備が整った。そろってない射撃開始。敵の応射。もう一発。こちらの大隊長が胸を押さえて倒れた。白煙でよく見えない。でも死んでると思う。お仕事おつかれさまでした。
「あ」
仇とばかりに大砲を撃って10人くらいぶっ殺したところで、味方戦列が一気に崩れた。大隊長の後に指揮を執る者がいなかったのだ。中隊長やら歩兵士官が代わりをやらなくちゃいけないのだが、皆死にたくないのか兵卒と一緒に後退し始めている。大隊旗を持ったまま後退するということは、敗走確定である。
「もうこちらの負けなんですか? 流石に早すぎないです?」
あまりにあっけないので、私は思わず天を仰ぎそうになる。こうなると立て直しは難しそう。だって、敵の戦列が着剣して声を上げて突撃を開始してきた。ついでに騎兵も高らかな突撃ラッパと一緒に土煙をあげて向かってきてる。大砲の連射も止まらない。
それでも囮の役目は果たしたし、こちらの予備兵力がいよいよ投入されるのかな、と思って振り向く。
「……すごい勢いで逃げてる」
秘密の予備戦力は、秘密のまま要塞に向かって撤退を開始してた。体力消耗してないから逃げ足が速い。今回の会戦と囮の意味を誰か教えてほしい。だったら最初から要塞にいればよかったよね。
「お、俺たちも逃げましょう! もう無理だ!」
「散弾はないんですよね。じゃあ次の砲弾の用意を。あと数発はいけます」
逃げる特別大隊に、敵騎兵が食らいついた。蟻を散らすように逃げ惑う味方歩兵。そこに敵銃剣歩兵が突っ込んでくる。あ、うちの歩兵士官が殺されちゃった。見覚えがあるけど名前はしらない。まだ卒業もしていなかったのに。あんなに若いのにかわいそう。わたしも若いからかわいそうかな。
「発射!!」
着弾。得意気な顔をした騎兵の顔を見事にぶち抜いてやった。なんか一瞬光ったけど、あれが噂の対物障壁かな? 高級品らしいけど、砲弾の質量の前には無力みたい。ざまぁみろである。
「次弾用意を! 敵がくるから早く。早く早く早く!」
「逃げないと俺たちも殺されるッ。も、もう駄目だあッ!」
「呪い人形と一緒に死ぬなんて嫌だ!」
逃げると宣言したので殺そうと思ったがやめた。投げかけたサーベルを下す。余計な体力を使う必要はもうなさそうだ。大きく息を吐く。
「あはは。逃げだすのが、ちょっと遅かったかな? どっちにしろ詰んでた――」
前進してきていた敵大砲が、私の大砲めがけて一斉射撃。挑発をやりすぎたようだ。高価な榴弾の雨が降り注ぐ。私の大砲は木っ端みじん、鉄片が散乱し、逃げていた連中を含め全員がなぎ倒されてしまう。これだけ喰らえば致命傷だ。地面に転がり上を見れば、すがすがしい青空とうっとおしい白煙と黒煙が混ざり合っている。なんだ、またこうなっちゃったのか。
「子供だと? 何の手柄にもならんが、楽にしてやろう。ありがたく思え」
最後に、偉そうな顔をした黒衣の騎兵がサーベル片手に近づいてきたので、私は煤と血で汚れた右手をそいつに向ける。即座に切り払われる。ああ、魔術が使えたらこいつを倒せたのに、本当に残念。でも、かおはおぼえたよ。




