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みつばものがたり  作者: 七沢またり


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第四十話 戦争勃発

 私が宮殿に行ってから1か月が過ぎた。今は2月、慌ただしくもとても寒い日々が続いている。時折雪が積もったりして、うっかり足を滑らせてしまったり。私は寒空と冬景色をだるそうに眺める程度の余裕はあるが、新入生諸君には脱走している者が頻出しているらしい。最初の1か月で一割程度脱落するらしいが、今年は例年以上らしい。世情が怪しいから仕方がない。ここにいると色々と麻痺してくるのかも。軍人になるというのはそういうことなので、仕方がない。サンドラは『私は極めて常識的だ』とか言っていたが、まともな人はそういうことを言わないのである。ちなみに、「じゃあ私もそれなりに常識を持っていますよ」と付け加えたところでオチがついた。笑ってくれたのはクローネだけであった。1笑いゲット。

 

「おいおいおいおい、大変だ大変だぞ!!」


 朝から極めて喧しい男子学生が、牛のような勢いで新聞片手に教室に入ってきた。私は眠いので机に突っ伏しているのだ。まだ始業前だというのに実に騒がしい。その元気を分けてほしいところだ。

 

「プルメニア軍が西ドリエンテ州に攻めてきた! いよいよ戦争がはじまるぞっ!!」

「……嘘だろ?」

「本当だって! いつもの小競り合いとは違うぞ! もう万単位の軍勢が動いてるらしい! ほらこれ見てみろよ!!」


 あちゃーと私は起き上がって大きく伸びをした。皺が目立つ新聞を見る。見出しには、『大輪暦586年2月2日、ローゼリア軍、侵攻してきたプルメニア軍と交戦』、と書いてある。さらに血なまぐさい世の中の幕開けだ。連鎖して色々と賑やかでひどいことになりそうだなーとか、そんなことを思ってしまう。多分その通りになるのだろう。だって、私が嬉しそうに手をたたいて笑っているから、きっとそうなるのだ。

 一気にざわめく教室。廊下をばたばたと血相を変えて走り出す学生たち。他の科に知らせにいったのだろう。行き交う学生の間を縫って、サンドラが苦虫を噛み潰したような表情で現れた。その手にはやはり新聞。お小遣いを出してまでそんなものを買う勇気は私にはない。4コマ漫画やテレビ欄もないので全く面白くないのである。

 

「ついに始まったな。ここまで早く始まるとは少々予想外だったが」

「おはようサンドラ。やっぱり悲しいです?」

「流れるのは市民の血、費やされるのも市民の血税。死んでくれるのが貴族だけなら、諸手を上げて歓迎するのだがな」

 

 そう言って席に座る。今日はまだクローネが来ていない。多分、このニュースを聞いて、仲間のところへ行っているのだろう。未来の幹部候補生たちと会議でも開いているにちがいない。

 

「で、肝心の戦況はどうなんです? まだ始まったばかりでしょうけど」

「お前は西ドリエンテ州とはどういう地域か知っているか?」

「いえ、全然知らないですね」

「だろうな。ドリエンテは元々は一つの州だったのだ。だが、度重なる小競り合いでは必ず戦場になり、都度国境が変化する災難続きの土地でな。ローゼリア側を西ドリエンテ、プルメニア側を東ドリエンテとしてざっくりと暫定的に統治しているのが現状だ。当然ながら最前線なので、駐屯地には防備の兵がそれなりに配置されているはずだ。ある程度は侵攻を許すだろうが、そこからは消耗戦開始というところかな」

「そこまで分かっちゃうんですか」

「ドリエンテでの戦いは何度目だと思っている? この20年で10回、小競り合いのようなものはもう何度目かも分からん。戦史を確認してみたが、大体が消耗戦で行ったり来たりのくだらん争いだ。実に馬鹿馬鹿しい」


 障壁、長銃、大砲開発が一段落して大陸情勢が膠着状態に入ってからというもの、大規模な領土拡張戦争は起きなくなっている。それで、お互いにムカつくことがあると、相手方のドリエンテ領に攻め込むらしい。前回は5年前だったっぽい。ルロイ国王最初の戦いだったが、意気込んで突出したところをプルメニア得意の騎兵隊に翻弄されまくって壊走。大規模会戦じゃなかったおかげで、大勢には影響がなく、怪我一つなかったのが国王陛下の運のいいところ。で、また膠着したのでとりあえず我が国としては勝利宣言したとか。相手も国王敗走を大々的に宣伝して勝利宣言。ウインウインで皆ハッピー。こういうのは言ったもん勝ちだが、インパクトとしては国王敗走のほうが大きい気がする。


「宣戦布告はいつしたんです? それとも奇襲です?」

「事実上の、宣戦布告が行われたらしい。挑発したのだからそうとられても当然だが」


 今回は、ローゼリアが臆面もなく賠償金請求を要求したのが原因。上院議会で決議され、下院が賛成し、市民議会が大反対した結果、賠償金請求のための特使がすぐさま派遣された。プルメニアはそれを事実上の宣戦布告と判断して、2万の兵士を西ドリエンテに侵攻させたそうである。迎え撃つローゼリアは駐屯地に1万、そして1万5千が遅れて増派される予定だ。そう新聞に書いてあるけど、数が本当かは知らない。こういうのはたいてい盛られているものだ。

 

「この国は勝てるのかな?」

「さぁな。お互いに勝利宣言して終了するのがいつもの流れだが。さて、今回はどうなるやら」

「やぁやぁ、おはようみんな。本当にご機嫌な朝だね。戦地もさぞかしご機嫌だろうねぇ」


 クローネが供回りを引き連れて教室に入ってきた。瞳にはギラギラとした野心が映っている。今すぐに軍旗でも掲げそうな雰囲気だ。というかもう将校さんみたい。

 

「ああ、英雄志願の馬鹿が来たな。我慢できないなら、義勇兵にでも志願して行ってきたらどうだ?」

「でたでた、朝一発目から嫌味だよ。それよりチビ、聞いたかい。今回はプルメニアの連中も気合入ってるみたいだよ?」

「え? いつもと同じじゃないんですか?」

「ああ、その新聞の情報はちょっと古いね。熱々の最新版はこれさ」


 クローネが机に新聞を広げる。『西ドリエンテの前線破られる、同州駐屯地司令官戦死』、『プルメニア軍主力は要衝ドリラント市の攻略に移っている』……。『ローゼリア陸軍本部は、兵の増派を決定。また相互防衛条約に基づきカサブランカ大公国に援軍要請を行う予定』、『ルロイ陛下、軍に一層の奮起を求めるとお気持ちを表明』。

 

「……あれ。こっちの司令官がもう死んでるんですけど」

「うん。相手を舐めきって、だらだらと敵前で戦列を再編成してたら、突撃騎兵に押しつぶされたんだってさ。本当に馬鹿じゃないの」

「それは仕方ないところもある。寄せ集めの市民にいきなり戦列を組めというのは無理難題だ。命令伝達が滞ったところを衝かれたのだろう」

「仕方ないで納得できればいいけどさ。私はそれで死ぬのは嫌だね。不利な状況にあると認識してるなら、それなりの手段を使いなよ。それが指揮官の役目だろう」


 クローネが言うと、周りの供回りもうなずいている。見覚えのないイケメン優男さんもいる。服装からすると、騎兵科の人っぽい。

 

「ん? ああ、この良い男はパトリックだ。私の将来の秘書官か副官だね。見栄えだけじゃなくて、頭もキレる。一応貴族だけど、本当に気にしなくていいよ。跡取りとかじゃないしね」

「初めましてミツバさん。お噂はかねがね。いずれともに戦場に並ぶ日もあるでしょう。どうぞよろしく」

「こ、こちらこそ」


 握手を求められたので応じておく。初めて紳士的な対応をされてしまった。流石はクローネのお気に入りである。気品に溢れるオーラがにじみ出ている。私も負けずに出したほうがいいと思うが、負のヤバイオーラしか出せないのでやめておいた。

 

「他の連中も後で紹介するよ。頭は悪いけど度胸があったり、腕っぷしが強かったり、声が異様にでかいとか面白い連中だよ。そういう連中が、この学校とか街には結構埋もれてるんだよね」

「……なんというか、本当に手が早いですね」

「あはは。今のは女にいう言葉じゃないよね!」


 クローネが私の肩に手を置く。

 

「それにチビ、私はアンタの底知れぬ力を買ってるんだ。心底脅威に思うぐらいにね。私も負けないように頑張るつもりだからさ。だから、一緒に栄光を掴もうじゃないか」

「……どこかで聞いた言葉が。三か月前にセントライト君に言ってませんでした?」

「あれは私の殺し文句だね。まぁ人生ノリも大事だよ! あはははは!」

 

 と言いたいことだけ言って、片手を上げて供回りを引き連れて出て行ってしまう。授業はどうするんだと思ったが、午前中は急きょ自習との連絡が届いた。すでに情報を入手していたに違いない。本当に抜け目がない。

 

「……今のクローネの話、どう思う?」

「え? 一緒に栄光を掴もうってやつですか? そうですねぇ中々面白――」

「違う! プルメニアがいつになく本気らしいということだ。下手をすると、西ドリエンテは完全に落とされるぞ。そんなことになれば、貴族から国への突き上げが強くなる。取り返そうと戦争税を掛け、徴兵をさらに募るからな。市民の不満が一気に限界に達しかねん」

「……それはやばいですね。どうしましょう」


 悩んだだけで答えが出るなら苦労はないのであった。


「えっと、私は確か11歳だから、まだ難しいことよく分かんないです。あはは」


 笑ってごまかそうとしたら、サンドラに頬を抓られた。逃げは許されないようだ。

 

「私は17歳だ。卒業時でも18から19歳、たいした違いなどない。それに非常時において年齢や性別に意味などない。その時に何を為すかが重要だ。お前もよく考えろ。銃弾は年齢を考慮してはくれない」

「は、はい」

「……私も同志たちと話をしてくることにする。他の共和派がこの機に動いてもおかしくない。そのときは、予定にはなかったが行動に移ることにする」


 そう言って、サンドラが出ていく。視線で合図されたらしい同級生も数人付き従う。いつのまにかこの組で同志を作っていたようだ。扇動家の才能があるようだ。あの断定口調で言われるとそうなのかなと思ってしまう何かがある気がする。いろんな国と階級と身分と思想と宗教と人種がぐちゃぐちゃしてきて実におもしろい。このさきどうなっちゃうんだろうね。たのしみ。

 

「…………」

「…………」


 何故か私の周りに無言で集まってくる、ライトン、セントライト、レフトール、ポルトなんちゃら。方角3人組のオーラのない人たちと、料理人志望の太っちょである。毒が混ざったのは客観的に見ただけなので仕方がない。

 

「あの、何か用ですか? デートのお誘いとかとは違いますよね。顔が引き攣ってますし」


 沈黙。


「……いや、なんとなくだ。魔除け的な何かがありそうだし」

「一番の猛毒の傍にいれば、他の毒を退治してくれそうってこいつが」

「人のせいにするなよ!」


 猛毒の前で毒を吐いている奴がいる。失礼なレフトン君である。いやライトン君だった。とても紛らわしい。顔に右とでも書いておいてほしい。


「俺、人を殺せる自信がないよ。ここまでプルメニア軍が来たらどうしたら……」

「く、クッキーあるけど食べるか? 砂糖全然入ってないけど」


 砂糖不使用のクッキーが配られた。私も受け取り齧り付く。素材の味が出すぎで甘くない。でもまずくもないので気分はまぎれたかもしれない。砂糖は高いので、一般市民では気軽には手に入らないのである。ポルトクック君は料理が上手で素晴らしい。将来の専属料理長さんだ。誰のかは知らない。

 

「王都まで攻められたことってあるんですか?」

「ニコレイナス所長が長銃を開発する前、えっと、ローゼリアの危機の時はやばかったみたいだ。そこに偉大な所長が現れて、一気に盛り返して領土を取り返したんだ。20年前だっけ」

「じゃあ20年ぶりに大変なことになりそうですね。あははは」


 面白くなってきたので笑ってしまった。面倒だから、一回貴族やら緑化教徒やら丸めて掃除してもらえばいい。全部焼き尽くしたところで新しい花を咲かせよう。問題は私が肥料になりかねない点である。私の死骸に綺麗な花が咲くのである。やっぱり頭かな? それも含めて面白くなってしまった。

 

「笑ってる場合かよ……」

「じゃあ怒った方がいいですかね」

「そうじゃなくて。もっとこう、悲し気な表情をしてみるとか」

「無理です。こういう顔なので」


 そういうと、大きなため息を吐いて男子4人は床に座り込んでしまった。そして、不安な先行きだのこれからの戦況についてだのと、ぐだぐだと結論のでないことで話し続ける。微妙に邪魔くさいのでどこかにいってほしいが、ポルトなんちゃらの尻を軽く蹴飛ばしても動こうとしない。蹴ったらせんべいもどきをくれたので、場所代として受け取っておく。私は新聞を丸めてぽいっと投げ捨てると、もう一度寝ることにした。眠る門には福来るである。本当は笑うだけど、さっき十分笑ったので私流にアレンジしてみた。嘆きの声と喧騒がとても耳に心地よかった。

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― 新着の感想 ―
>だって、私が嬉しそうに手をたたいて笑っているから、きっとそうなるのだ。 『ファーーーー!!ww』ってしてそう
[気になる点] ポルトガルケーキ君には幸せになってほしい
[良い点] おぉ、本格的に更新再開みたいですね。 嬉しいなぁ。 [一言] みつば、なんとなく自分に思考が似てる部分があって、好きなんですよねぇ。
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