第三十六話 未だ来ず
「――以上で入学式を終了します。続いて、表彰式に移りますが、これから表彰する学生たちは、昨年、大変に優秀な成績をおさめた者たちです。未来のローゼリア陸軍を担うに相応しい優秀な学生たちです。新入生諸君も、彼らを見習って精進するように」
パルック学長の長々としたありがたい訓示が終了し、事務官がお決まりの挨拶を行い、表彰式のはじまりだ。次々と呼び出されるのは、選ばれし貴族の皆様方。下級の身分である市民出身者が彼らより先に呼び出されることは絶対にありえないとのこと。ということで壇上にいるのは騎兵科魔術科の偉そうな学生たちばかりなわけで。彼らが本当に優秀なのかは怪しいけれど、大事なのは中身である。決して外見で判断してはいけない。典型的な貴族様の見本市だけど、中身はもしかしたら、かろうじて、ひょっとすると違うかもしれない。
というか、歩兵科と砲兵科からは一人も呼ばれていないし。これも毎度のことらしいので、歩兵科砲兵科の先輩方からは特に文句もでない。むしろ目立つと絡まれて面倒だとの意見もあるとか。クローネはあからさまに贔屓しやがってとぶーたれていたが。
「それでは受賞者を代表し、僭越ながらこの私、リーマス・イエローローズ・セルペンスが挨拶させていただきましょう。少しばかり長くなりますが、皆さま、ご清聴をお願いしますよ」
今までで一番偉そうな学生が現れて、これまた偉そうに講釈を垂れ始めた。何故かお付きの者まで付き従わせていて学長よりも偉そうだ。そういえばどこかで見覚えがあるような気もする。食堂だったような。中身があるようでないので非常に眠くなって思考が混濁してくる。これはまずい。眠気の元への敵意が高まる前に考えを巡らせよう。まだはじめるにはすこしはやい。
イエローローズ家といえば、私のかつての実家ブルーローズと同等の超名家である。七杖家は当主全員が公爵家だし、名門中の名門だから偉そうになるのも当然か。今呼び出されたのも名誉姓もちの学生ばかり。やっぱり血統というのは軍でも大事らしい。なら私も大事にしろと思うが、その意見には誰も同意しないというのが世知辛い世の中である。まぁ鉛弾はそういうのに配慮はしてくれないので、どうでもいい話ではある。
そういえば、あの紫に変色してしまった青薔薇の杖は今どうなっているんだろうか。ミリアーネ義母様は頑張って元に戻そうとしているかもしれない。でも無駄である。あれは絶対に元の綺麗な青には戻らない。私が刻み込んでやったから。ざまぁみろである。
「……おい! おい、ミツバ!」
「へ?」
暗い思考に囚われていると、隣でずっと苛つき気味だったサンドラが肘で突いてくる。きょろきょろと周囲を見渡せば、同級生たちの視線が私に集中している。うっかりぼーっとしてしまっていた。
「いつの間にあの空虚な長話が終わったんです?」
「その気持ちには同意するが、呼ばれると言われていたのだから準備くらいはしておけ。貴族を持ち上げる時間が終わったから、お前の番だ」
「そうですか」
「さっさと行ってこい。このくだらない式にも流石に飽きてきた」
サンドラに列の外へ強引に押し出された。呆れ顔のガルド教官に腕を掴まれて、そのまま壇上へ連行だ。途中、超絶にご機嫌でどや顔のリーマス君とすれ違う。軽く会釈してあげると、向こうの顔色が一気に萎れたナスみたいになったので面白かった。
「あー、ごほん。極めて異例ではありますが、砲兵科より表彰される学生を紹介したいと思います。えー、真に極めて異例ですが、王国魔術研究所ニコレイナス所長から、とても強く依頼されましたので、色々と遺憾ながら表彰を行わせていただきます」
私の本意ではないんだよと、何度も強調する学長。遺憾の意まで飛び出してしまった。栄えある式典に私を捻じ込んだから、貴族様たちからいろいろと突かれてしまうのだろう。可哀想に。私はまばらでやる気のない拍手に迎えられながら、とりあえず学長の前にすたすた歩き一礼しておく。疲れ切った顔のパルック学長が、素早く賞状を差し出してきたので恭しく受け取り、もう一度お礼。そして学生側に向き直る。
「初めまして、20期砲兵科のミツバ・クローブです。ブルーローズ家を追放された私ですが、今回、このような素晴らしい栄誉をいただけることになり大変感謝しております。私の亡き父ギルモアはもちろん、義理の母ミリアーネも死ぬほど喜んでいると思います。二人に代わりまして、皆様に心から御礼を申し上げます」
せっかくなので軽い嫌味を混ぜておこう。チラッと横を見ると、学長の顔が笑顔のままゆがんでいくのが面白い。面白いからどんどん続けよう。と思って口を開いたら、学長が慌ててカットインしてきた。
「さ、先ほども説明しましたが、彼女は王国魔術研究所の公募企画に応募し、提出した企画書が見事に採用されました。国王陛下も大変に感心されたご様子で、本日、お褒めの言葉を頂けることになっています。皆さんも、彼女に負けないようにさらに勉学に励み、鍛錬を積んでいってください。それではこれをもちまして――」
学長が式を終らせにかかったので、横で控えていた事務官が小走りで駆けてきて耳打ちする。近くの私には丸聞こえである。
「パルック学長。公募品の中身の説明が済んでいません。それぐらいは説明しておかないと」
「……この際アレは省略していいだろう。このままだと更に何を言いだすか。この式には偉い貴族様のほかに陸軍のお偉方も参加しているのだぞ。処刑器具をほめたたえるなど、どんな顔ですればいいかわからん」
「しかし、さらっと流したことが、ニコ所長の耳に入っても知りませんよ。かなりお気に召していたようですし」
「それはとても怖い。だが、お偉方からの視線も怖い。おお神よ、私はどうしたら」
学長と事務官がごちゃごちゃやっていると、学生たちがざわめきだした。何かトラブルでも起こったのかと疑っているようだ。お偉方っぽい人の表情も更に険しくなってきたし。ここは私が勝手に続きを話してしまおう。さっさと終わらせてしまえば、学長も安心である。
「時間がもったいないですので、今回採用された処刑器具『ギロチン』について簡単に説明させていただきます。ギロチンは、基本的には誰でも簡単に扱えますしお手入れも難しくはありません。ただし、執行人には聴衆を盛り上げる仕草や振る舞い、心の強さも求められますので決して侮ってはいけません」
「ミ、ミツバ君?」
「効率良くやれば一日百人処刑することもできちゃいます。慌てず素早く正確にサクサクと首を落としていきましょう。そうそう、『私は選ばれし高貴な者だから下々の者とは違う』という勇敢な方は、是非仰向けになってみてください。そこで味わえる緊張感はまさに人生で一度だけの経験ですし、刃が落ちてくる瞬間はすごい迫力だと思います。多分痛みは感じないと思いますが、気になる人は痛み止めを飲んで安らかな気持ちで逝ってください。これから量産されるとニコ所長がおっしゃっていたので、皆さんも機会があればぜひ使ってみてくださいね」
お世話になったニコ所長のためにバッチリ宣伝しておいた。これで私の評価点はさらにプラスである。卒業後は立派な砲兵士官として、後方から大砲を撃ちまくろう。敵の戦列に撃ちまくるのはきっと楽しい。思わず満足してしまい、全力でにやけてしまった。一瞬静まり返った後、サンドラとクローネが先手を切って大きな拍手、続いて歩兵科砲兵科の学生がやけくそで拍手してくれたので、私は手を挙げて応えておいた。お偉方と騎兵科魔術科学生はなんだかお通夜ムードだったけど、それはそれで面白かったので良しとしよう。
列に戻ると、サンドラが上機嫌で迎えてくれた。
「やるじゃないか。貴族共を持ち上げる式にうんざりしていたが、お前のおかげで最後だけ面白くなった。馬鹿どもの侮る顔がだんだんと蒼白になるのは実に愉快だったな」
「そうですか? 盛り上がったなら良かったです」
「ふふ、家柄だけの馬鹿共と腐敗した議員はいずれ一気に掃除してやるさ。考えを共にする同志も集まってきている。後は時期が来るのを待つだけだ。お前も先のことはよく考えておくことだな」
やる気に満ちたサンドラ。もう今すぐに革命万歳とか叫んで壇上にあがりそうだ。周囲を注意深く見ると、そんな顔をした連中がちらほらいるし。いわゆるサンドラと意をともにする同志たちか。勢いで士官学校を武力占拠して独立を宣言しないかとても心配である。
ちなみにサンドラのいう先のこととは、共和派の同志になって王政と貴族制打破、封建制の廃止を目指そうというもの。議員を目指せとかいう無理難題を遠回しに言われてもいるし。私が議員なんかになったら、自分で言うのもなんだが世も末だと思う。戦争が近いという噂が流れているからか、学生たちの間でもそんな話をすることが多くなってきているのだ。
ちなみに年末年始の王都は共和派と王党派が小競り合いを繰り広げて、とても賑やかで騒がしかった。戦争の脅威が迫っているから当然だ。ほとんどの貧乏市民は圧倒的に共和派だけど、年寄りや金持ちには王党派が多い。議会でも上院下院議会VS市民議会で毎日侃々諤々の大騒ぎだ。各新聞による自派閥持ち上げと扇動、対立派閥へのネガティブキャンペーンも凄いし。その合間に散発的に起こる緑化教徒の自爆&自爆。まったく、今年は本当にどうなることやら。年始から大賑わいで実に期待がもてる世の中だ。
「ちょっとちょっと。チビを悪い道に誘わないでおくれよ。チビは私と一緒に大陸統一を目指すんだからさ。色々キナ臭いことやっているのは掴んでるんだよ?」
クローネが後ろから頭を挟み込んできた。背が大きいし胸もついでに大きいから凄い押される。その顔は獰猛な笑みを浮かべている。
「私を脅すつもりか? 大体、足下が揺らいでいるというのに何が大陸統一だ。お前こそ馬鹿なことを言ってないでいい加減に現実を見たらどうだ」
「見たうえで言ってるのさ。揺らいでいる今だからこそ、好機さえつかめば成り上がれる。共和派が搔き乱してくれた後ならもっとやりやすい。もうすぐ暴発するんだろう? でもチビを道連れにするのはやめてほしいね。アンタらは勝手に暴れて勝手に死んでくれればそれでいいからさ」
「緑化教徒扱いするのはやめてもらおうか。私たちは死ぬことは恐れないが、無駄死にするつもりはない。時を見ているのは私たちも同じこと。だが時間は無限ではない、いつかは行動しなければならない。お前のように才覚だけで生きている怠惰な人間には分からないだろうがな」
「分かりたくもないね。私は私のやりたいようにやるだけさ」
「自分勝手に生きている人間に、実に相応しい言葉だな」
「喧嘩はよそでやってくださいね。もう皆解散しちゃいましたよ」
残念、やっぱり二人は分かり合えないようだった。私も将来どうするか考えないと。って、私は砲兵士官になるんだから軍人になるのである。つまりお国のために戦うわけで。……ということは、王政を支持するということ? いやでも共和派だって侵攻してくる敵は撃ち払わなくちゃいけないだろうし。軍人さんだって色々あるに違いない。はてさて私はどうしようか。
まぁ道を間違えてギロチンデッドエンドでも意外と面白いかもしれないと物騒な思考が浮かんでくる。自分で作ってしまったギロチンにかけられる私。それは中々に興味深い光景だけど、穏健派の私としては遠慮しておきたいと思うのであった。死んだ後に笑いながら首だけで飛んでいったとか、怪談にされるのは間違いないだろう。




