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みつばものがたり  作者: 七沢またり


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35/91

第三十五話 未来に幸がありますように

 そこそこに楽しかった冬期休暇が終了する。明日からはなんと士官学校2年目に突入である。やることは特に変わらないけど、夢や野心に満ちた後輩が入ってくる。一緒に訓練するだけで、特に親しくなることはないんだろうけど。賑やかになるのは良いことである。

 ちなみに、休暇の最後の三日間は、王魔研に泊まり込みでギロチンの仕上げ作業を手伝わされた。国王陛下にご覧いただくのだから、自分の力で最後まで仕上げなさいと言われてしまった。

 なんでも、所長曰く凄い勢いで各所に噂が広がっているとのこと。どんな噂かは教えてくれなかったが、研究員の人たちが言葉を濁していたので多分アレである。段々ヤケになってきた私は、ギロチンに白詰草の装飾を紋章のように数か所刻んでおいた。3つ葉でなく4つ葉のクローバーなのがこだわりポイントである。死ぬ前に見つけられたら、ちょっとした幸運を味わえてしまう。うらやましい。この心配りにニコ所長も満足していたので、良かったに違いない。私もいつかは幸運にあやかりたいということで葉っぱは4枚。

 

「へぇ。チビは私の知らないところで、そんな楽しそうなことをやってたんだね。この裏切者かつ薄情者!」

「そんなこと言われても困りますし。この三日間は毎日朝から晩まで、一人で仕上げ作業ですよ? というかですね、自分こそこっそり公募作品に応募していたでしょう。精密射撃ができる仕組みやらなんやらで。企画書があったのを目撃しましたよ!」


 毎日飲み歩いて遊びほうけてデートしまくってるリア充のくせに、こっそりと成績を向上させようとするこの腹黒さ。しかもニコ所長も気に入っていたから、加点は間違いなし。私のように悪名が広まることもないだろう。

 

「あはは。まー、細かいことはいいじゃない。ささ、折角良い酒が入ったんだからさっさと飲もうよ!」

「そんなことでは騙されませんよ。きっちり細かく教えてもらいますって、このお酒、本当に美味しいですね」


 マイグラスに注がれた赤ワイン。いつものとは違い、舌触りがとてもなめらか。香りは豊かだが鼻につくことはない。重厚な渋みに深いあじわいがある。これは素晴らしい。思わずなんちゃってソムリエになってしまったぐらいだ。

 

「ふふーん。実はとある金持ち学生からお宝を分捕ったのさ。騎兵科にも意外と面白い奴がいるもんでね。良い男だから、将来は私の秘書にしてやるつもりさ」

「まーたたぶらかしたんですか」

「失敬なことを。夢を共有しただけさ。軍功を積んで偉くなったら、美味い酒をまた飲もうじゃないかってね。で、これはその前借り」


 クローネがニヤリと笑う。この女は男たらしであり女たらしでもある。自称没落貴族だから、貴族階級から市民階級の学生まで満遍なく付き合いがある。典型的な貴族様や卑屈すぎる人間とは話が合わないが、いわゆる跳ね返り者たちとはすぐに仲良くなれてしまう。よく分からないカリスマ持ちだから仕方ない。

 

「深酒もほどほどにしておくんだな。新入生が入ってくるのだから、新年早々に遅刻しては示しがつくまい」

「分かってますよ。あ、サンドラもお土産ありがとうございました」

「私にはないんだよ。本当に薄情なやつだ」

「ふん。年中遊び歩いてる奴にくれてやる物などない。そう、豚に真珠というやつだ」

「ぶひぶひ言うだけで真珠が貰えるならありがたく貰うけど」

「宝石商でもたぶらかして勝手に貰うがいい」


 サンドラが実家から万年筆を持ってきてくれたのである。なんでもお兄さんが職人なんだとか。かなり値が張りそうなものなので最初は遠慮したのだけれど、元々売り物じゃない練習品だとのことで、ありがたく貰うことにした。ちなみにサンドラのお父さんは弁護士さんとのこと。きっとバリバリのやり手に違いない。貧乏とかいってたから、市民の味方なんだろう。だからサンドラもこんな感じに育ったのである。

 

「私も皆にお土産があればいいんですけど。生憎引きこもり生活だったもので」

「あはは、何を言ってるんだよ。面白い土産話を沢山用意してくれたじゃないか。素晴らしいツマミだよ」

「寮の警備兵を拘束して武装一式を奪取、学長室を占拠してやりたい放題。自称人道的な処刑器具ギロチンが採用決定、挙句には国王に呼び出されるとは。まったく破天荒にも程がある」

「いやぁずるいよねぇ。私も一緒にいればよかったよ! そしたらついでに王様からご褒美をもらえてたかも。舞踏会では良い酒飲み放題だろうしねぇ」


 なんでか知らないが、私の悪行の数々が面白話に転嫁されていた。というか占拠してた訳じゃないし、借りてただけだし。じゃなかったら事務官の人はお茶なんて用意してくれないし。それと、国王陛下に呼び出されるなんていうのは悪質なデマである。呼ばれているのは立派なギロチン君だけ。


「別に私は呼ばれてませんよ。お披露目するのはギロチンだけですし」

「まだ聞いていなかったのか? お前は公募案採用第一号として、明日の全体朝礼兼入学式で表彰される。しかもその後でベリーズ宮殿行きが決定している。教官が言っていたのだから間違いない」

「もしかして何か気の利いた一言でも言わされるんじゃないの? 先輩としてビシっと決めないとね。あはは!」


 良い感じに酒が回ってきたクローネが、私の背中をビシビシ叩いてくる。痛い痛い。

 

「……私がベリーズ宮殿行き。あれ、何かまずくないですかね。私、ブルーローズ家を見事に追放されているんですよ。そんな人間がのこのこ行ったら絶対まずいですよね」

「招かれざる客を招くのは向こうなんだから、気にしない気にしない。チビを追い出したあの悪女なんか、口をあんぐり開けて驚くに違いないよ。元ブルーローズ家の娘だと分かったらさ、当主代行様の面子丸潰れ間違いなし!」

「くくっ。よりによって開発されたのが自称人道的な処刑器具だからな。いつかお前をこれに掛けてやるから覚悟しておけ、とでも伝えてやれ。泣いて喜ぶに違いない」


 クローネはともかく、サンドラまで言いたい放題だった。基本的に貴族大嫌いガールだから仕方ない。没落貴族のクローネと追放された私は例外なのである。この半年で多分友達くらいにはなれたと思うが、正面から聞くと真顔で否定されそうだから止めておこう。

 

「そうだ。そういう素敵なドレスは持ってないんで欠席しますね。残念です」

「学生なんだから制服でいいんだよ。軍人は軍仕様の礼服だろう? だから問題ないね」

「なら、急に腹痛が」

「なに、それは大変だ。私がとても効く腹痛薬を持っているから飲むと良い。何でもない人間が飲むと三日間便秘で苦しむがな」

「急に治りました」


 ああ、それにしても困った。まず、最初の関門は朝礼兼入学式だ。気の利いた一言を言ってくださいとか言われたらとても困る。私は引っ込み思案だからそういうのが苦手である。皆の心を打つような演説なんてできるわけがないし。

 次に国王陛下の呼び出しもとても困る。どうなるかは知らないけど、多分面倒くさいことになるだろうし。『よくやったな』『ははー、ありがたき幸せ』で簡単に終わるかもしれないけど。そうなるように誰かに祈っておこう。

 そして最後の舞踏会。新年早々ということは、大貴族様も一杯来てるに違いない。当然ローゼリアを支える七杖家も大集合。継母ミリアーネは確実に来る。下手すると一度も話したことがないお兄様方と会う可能性もある。名前はグリエルとミゲルだっけか。何か嫌なことを言われたり、手を上げられたりしたら大変だ。多分、悲惨なことになる。そんな予感がする。私は大丈夫だけど、私たちは我慢しないかも。

 

「おーいサンドラ議員さん。チビの偉業を祝して一杯ぐらいつきあいなよ。将来、あのギロチンを使う側に回るのかもしれないし。掛けたい相手は既にメモってるんだろ? 怖い怖い」

「ふん。まだ現物をみていないから何とも言えないがな。近い将来、役立つ日がくることを祈るとしよう」

「私の名前はないでしょうね」

「後ろめたいことがないなら堂々としていろ。罪もない人間を死刑にするなどありえん」

「ほら、年代物のプルメニアワインだ。敵国の酒を飲むことで勢いを呑むってね。アンタにくれてやるにはもったいないが、今日は許すよ」

「くだらん、別に頼んだ覚えはない」


 上機嫌のクローネ、不機嫌なサンドラ、そして私がグラスを掲げる。こうやって飲めるのは最初で最後かもしれない。今年も楽しく良い年になりますように。まだ意識が目覚めてから一年半ぐらいだけど、こうして楽しい時間を積み重ねていければ良いなと思う。その積み重ねが、私という存在を確かなものにしていく。そして生きた証をこの世界に刻んでいこう。私は確かにここに存在したと示すために。そう、深く深く刻み込んでやるのだ。

 

「ではでは、チビの偉業を祝すとともに、私たちの栄達を願って。ついでにこの国の未来に幸がありますように」

『乾杯』

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まだ意識が目覚めてから一年半ぐらいだけど、  とありますが一年くらいじゃないの?目が覚めたのって多分4月か5月だよね一年半が一年の半分だと言うならそうなのかも知れないけど
[一言] 王魔研に三日もいたんですね!。ニコとの接点も増えたようでなによりです。 呪われた境遇から、お母さんのような人の助けを得て、学校にでて、友達ができて、自分のなかにあった呪いのような気持ちが少し…
2020/05/24 12:55 退会済み
管理
[一言] みつばが先輩に、無謀で馬鹿な新入生が絡んできて死にそうだな。みつば先輩お手柔らかに。 継母さんとの遭遇あるのか。まだ殺さないだろうけどギロチンに対する反応が楽しみ。 面白かったです。
感想一覧
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