第三十五話 未来に幸がありますように
そこそこに楽しかった冬期休暇が終了する。明日からはなんと士官学校2年目に突入である。やることは特に変わらないけど、夢や野心に満ちた後輩が入ってくる。一緒に訓練するだけで、特に親しくなることはないんだろうけど。賑やかになるのは良いことである。
ちなみに、休暇の最後の三日間は、王魔研に泊まり込みでギロチンの仕上げ作業を手伝わされた。国王陛下にご覧いただくのだから、自分の力で最後まで仕上げなさいと言われてしまった。
なんでも、所長曰く凄い勢いで各所に噂が広がっているとのこと。どんな噂かは教えてくれなかったが、研究員の人たちが言葉を濁していたので多分アレである。段々ヤケになってきた私は、ギロチンに白詰草の装飾を紋章のように数か所刻んでおいた。3つ葉でなく4つ葉のクローバーなのがこだわりポイントである。死ぬ前に見つけられたら、ちょっとした幸運を味わえてしまう。うらやましい。この心配りにニコ所長も満足していたので、良かったに違いない。私もいつかは幸運にあやかりたいということで葉っぱは4枚。
「へぇ。チビは私の知らないところで、そんな楽しそうなことをやってたんだね。この裏切者かつ薄情者!」
「そんなこと言われても困りますし。この三日間は毎日朝から晩まで、一人で仕上げ作業ですよ? というかですね、自分こそこっそり公募作品に応募していたでしょう。精密射撃ができる仕組みやらなんやらで。企画書があったのを目撃しましたよ!」
毎日飲み歩いて遊びほうけてデートしまくってるリア充のくせに、こっそりと成績を向上させようとするこの腹黒さ。しかもニコ所長も気に入っていたから、加点は間違いなし。私のように悪名が広まることもないだろう。
「あはは。まー、細かいことはいいじゃない。ささ、折角良い酒が入ったんだからさっさと飲もうよ!」
「そんなことでは騙されませんよ。きっちり細かく教えてもらいますって、このお酒、本当に美味しいですね」
マイグラスに注がれた赤ワイン。いつものとは違い、舌触りがとてもなめらか。香りは豊かだが鼻につくことはない。重厚な渋みに深いあじわいがある。これは素晴らしい。思わずなんちゃってソムリエになってしまったぐらいだ。
「ふふーん。実はとある金持ち学生からお宝を分捕ったのさ。騎兵科にも意外と面白い奴がいるもんでね。良い男だから、将来は私の秘書にしてやるつもりさ」
「まーたたぶらかしたんですか」
「失敬なことを。夢を共有しただけさ。軍功を積んで偉くなったら、美味い酒をまた飲もうじゃないかってね。で、これはその前借り」
クローネがニヤリと笑う。この女は男たらしであり女たらしでもある。自称没落貴族だから、貴族階級から市民階級の学生まで満遍なく付き合いがある。典型的な貴族様や卑屈すぎる人間とは話が合わないが、いわゆる跳ね返り者たちとはすぐに仲良くなれてしまう。よく分からないカリスマ持ちだから仕方ない。
「深酒もほどほどにしておくんだな。新入生が入ってくるのだから、新年早々に遅刻しては示しがつくまい」
「分かってますよ。あ、サンドラもお土産ありがとうございました」
「私にはないんだよ。本当に薄情なやつだ」
「ふん。年中遊び歩いてる奴にくれてやる物などない。そう、豚に真珠というやつだ」
「ぶひぶひ言うだけで真珠が貰えるならありがたく貰うけど」
「宝石商でもたぶらかして勝手に貰うがいい」
サンドラが実家から万年筆を持ってきてくれたのである。なんでもお兄さんが職人なんだとか。かなり値が張りそうなものなので最初は遠慮したのだけれど、元々売り物じゃない練習品だとのことで、ありがたく貰うことにした。ちなみにサンドラのお父さんは弁護士さんとのこと。きっとバリバリのやり手に違いない。貧乏とかいってたから、市民の味方なんだろう。だからサンドラもこんな感じに育ったのである。
「私も皆にお土産があればいいんですけど。生憎引きこもり生活だったもので」
「あはは、何を言ってるんだよ。面白い土産話を沢山用意してくれたじゃないか。素晴らしいツマミだよ」
「寮の警備兵を拘束して武装一式を奪取、学長室を占拠してやりたい放題。自称人道的な処刑器具ギロチンが採用決定、挙句には国王に呼び出されるとは。まったく破天荒にも程がある」
「いやぁずるいよねぇ。私も一緒にいればよかったよ! そしたらついでに王様からご褒美をもらえてたかも。舞踏会では良い酒飲み放題だろうしねぇ」
なんでか知らないが、私の悪行の数々が面白話に転嫁されていた。というか占拠してた訳じゃないし、借りてただけだし。じゃなかったら事務官の人はお茶なんて用意してくれないし。それと、国王陛下に呼び出されるなんていうのは悪質なデマである。呼ばれているのは立派なギロチン君だけ。
「別に私は呼ばれてませんよ。お披露目するのはギロチンだけですし」
「まだ聞いていなかったのか? お前は公募案採用第一号として、明日の全体朝礼兼入学式で表彰される。しかもその後でベリーズ宮殿行きが決定している。教官が言っていたのだから間違いない」
「もしかして何か気の利いた一言でも言わされるんじゃないの? 先輩としてビシっと決めないとね。あはは!」
良い感じに酒が回ってきたクローネが、私の背中をビシビシ叩いてくる。痛い痛い。
「……私がベリーズ宮殿行き。あれ、何かまずくないですかね。私、ブルーローズ家を見事に追放されているんですよ。そんな人間がのこのこ行ったら絶対まずいですよね」
「招かれざる客を招くのは向こうなんだから、気にしない気にしない。チビを追い出したあの悪女なんか、口をあんぐり開けて驚くに違いないよ。元ブルーローズ家の娘だと分かったらさ、当主代行様の面子丸潰れ間違いなし!」
「くくっ。よりによって開発されたのが自称人道的な処刑器具だからな。いつかお前をこれに掛けてやるから覚悟しておけ、とでも伝えてやれ。泣いて喜ぶに違いない」
クローネはともかく、サンドラまで言いたい放題だった。基本的に貴族大嫌いガールだから仕方ない。没落貴族のクローネと追放された私は例外なのである。この半年で多分友達くらいにはなれたと思うが、正面から聞くと真顔で否定されそうだから止めておこう。
「そうだ。そういう素敵なドレスは持ってないんで欠席しますね。残念です」
「学生なんだから制服でいいんだよ。軍人は軍仕様の礼服だろう? だから問題ないね」
「なら、急に腹痛が」
「なに、それは大変だ。私がとても効く腹痛薬を持っているから飲むと良い。何でもない人間が飲むと三日間便秘で苦しむがな」
「急に治りました」
ああ、それにしても困った。まず、最初の関門は朝礼兼入学式だ。気の利いた一言を言ってくださいとか言われたらとても困る。私は引っ込み思案だからそういうのが苦手である。皆の心を打つような演説なんてできるわけがないし。
次に国王陛下の呼び出しもとても困る。どうなるかは知らないけど、多分面倒くさいことになるだろうし。『よくやったな』『ははー、ありがたき幸せ』で簡単に終わるかもしれないけど。そうなるように誰かに祈っておこう。
そして最後の舞踏会。新年早々ということは、大貴族様も一杯来てるに違いない。当然ローゼリアを支える七杖家も大集合。継母ミリアーネは確実に来る。下手すると一度も話したことがないお兄様方と会う可能性もある。名前はグリエルとミゲルだっけか。何か嫌なことを言われたり、手を上げられたりしたら大変だ。多分、悲惨なことになる。そんな予感がする。私は大丈夫だけど、私たちは我慢しないかも。
「おーいサンドラ議員さん。チビの偉業を祝して一杯ぐらいつきあいなよ。将来、あのギロチンを使う側に回るのかもしれないし。掛けたい相手は既にメモってるんだろ? 怖い怖い」
「ふん。まだ現物をみていないから何とも言えないがな。近い将来、役立つ日がくることを祈るとしよう」
「私の名前はないでしょうね」
「後ろめたいことがないなら堂々としていろ。罪もない人間を死刑にするなどありえん」
「ほら、年代物のプルメニアワインだ。敵国の酒を飲むことで勢いを呑むってね。アンタにくれてやるにはもったいないが、今日は許すよ」
「くだらん、別に頼んだ覚えはない」
上機嫌のクローネ、不機嫌なサンドラ、そして私がグラスを掲げる。こうやって飲めるのは最初で最後かもしれない。今年も楽しく良い年になりますように。まだ意識が目覚めてから一年半ぐらいだけど、こうして楽しい時間を積み重ねていければ良いなと思う。その積み重ねが、私という存在を確かなものにしていく。そして生きた証をこの世界に刻んでいこう。私は確かにここに存在したと示すために。そう、深く深く刻み込んでやるのだ。
「ではでは、チビの偉業を祝すとともに、私たちの栄達を願って。ついでにこの国の未来に幸がありますように」
『乾杯』




