第三十二話 試験が終われば楽しい冬休み
実技試験の翌日は学科試験。これは特にいうこともなく、国語やら算数やら歴史やらのいわゆる一般常識テスト。といっても本当に全く難しくない。命令を理解できる程度の頭を持っているかと測定するだけ。曲者なのが軍法に関する論文試験だ。いかに私は軍隊に有用で命令には違反しないかを長々と書かなければならない。ついでに祖国と国王陛下への美辞麗句を施した作文も加点ポイントとかなんとか。とりあえず褒め殺しに思えるくらいにへりくだっておいたので、高得点は間違いなしである。良い成績を取ればうっかり前線送りを免れたりしないだろうかというような、ケーキに砂糖をぶちまけたような甘い考えを抱いていたりする。残念ながら現場送りは間違いない。
「あー終わったー。あー終わったー。終わりましたー」
大きく両手を伸ばして、凄まじい解放感を味わう。なんだかんだでテストは集中力を使うのだ。ひたすら体力を使っていた実技試験とは違う疲れが発生する。
「同じことを三度も言うな」
「いいじゃないかそれくらい。というか、はっきり言って余裕だったね。こんな簡単な試験で赤点をとる奴なんているのかな?」
「私も同意見だが、人にはそれぞれ適性というものがある。それは理解するべきだろう」
「それは単にお馬鹿ってだけだよ」
天才二人と、密かに努力家の私のトリオ。私が夜遅くまで軍法と罰則に関するテキストを暗記している間、こいつらは全然違うことをやっていた。サンドラはいつも通りの政治に関する学習。クローネは各国の戦史研究。テストには全く関係ない事柄を勉強するありえない連中。これだから天才は嫌なのである。
「二人はあれですか。やっぱり短期での卒業を狙っていたりします?」
成績が極めて優秀であり、教官の推薦やら研修先の推薦と本人が希望し、学長がオッケーを出せば特例で卒業できてしまう。優秀な人材はどこもさっさと欲しいという訳だ。私はのんびりで全然かまわないので推薦はノーセンキュー。
「私は今のところ、考えていない。4年の期間しっかりと学び、軍務を務めてから議員を目指す。今しかできないことも沢山ある。無論、事態がひっ迫すれば話は別だがな」
「私はさっさと軍人になりたいね。人生は長いようで短いんだ。必要なことを身に着けたら、さっさと卒業を目指すよ」
「ふん、直ぐに戦死しないよう気を付けることだな。お前にいくら才があったとしても銃弾は相手を選ばないらしいじゃないか」
「アンタはうっかり病死しないように祈っておきなよ。疫病も身分や年齢には遠慮しないらしいよ? というかさ、卒業前にうっかり死にそうな顔してるよね」
「黙れ。夜更けまで酒を飲み漁り、好き勝手に遊んでいる人間に健康状態を心配されるいわれはない」
「これは指摘してるだけで、心配なんてしてないから安心してくれていいよ。ついでに、酒は万能薬って偉い人もいっていたから問題なしなのさ。なぁチビ」
「あの、いきなり私に振らないでください。第一、休み直前まで喧嘩とか誰も得しないですよ」
この二人はどうしてこうなるのか。意味もなく憎まれ口をたたく。本当は仲良しさんかと思いたいところだが、私がいるからなんとか会話が成立していると二人ともが言っていた。今までは本当に会話がなかったらしいし。いつか仲良しさんになれるといいねとお祈りしつつ、私は冬期休暇に何をするか考える。雪もちらほら降っているし、積もったら素敵な雪だるまでも作ってみようか。皆里帰りして寮はガラガラなので、校庭は私の庭にしても問題はない。教官たちも当然休暇である。つまり思いっきりボッチのウィンターライフを満喫できるわけだ。なにせ二週間もあるのだし。そうだ、『怪異、冬の士官学校に恐怖の呪い人形が闊歩!?』とか七不思議のひとつに加えてもらおうか。他の6つは知らないけど。多分そんなものはないと思うので、この4年で私の手で七つを埋めてしまおう。
「そういうチビは冬の休みはどうするんだい?」
「私は士官学校の七不思議を作成しようかと。あとは王魔研の公募も挑戦してみたいですね」
「公募に取り組むとは殊勝な心構えだと言いたいが。七不思議の作成とは一体なんだ。そんなものは一度も聞いたことがないぞ」
「ええ、そうでしょうとも。世界は不思議に満ちていますからね」
サンドラの疑問を軽くスルー。クローネは心得ているのかニカッと笑っている。
「うん、確かに満ちてるよねぇ。それにしても、籠りっきりになりそうな休みの予定だね。私は適当に遊びまくってるからさ。暇だったら何か手伝うから言ってよね。多分そこらにいるよ」
「私は一旦故郷の街に戻る。地方の様子を見るのも、見聞を広めるうえで重要だからな」
「別にアンタの予定は聞いていないけど。あれれ、もしかして寂しいのかな?」
「私はミツバに伝えたのだ。一々口を挟むな、茶々を入れるな」
「へいへい、そうですかっと。それじゃあ私は先に戻るよ。支度をしないとね」
クローネが立ち上がり手を振ると、教室を退出していく。サンドラも無言で鞄を持って出て行ってしまった。残されるのは私だけ。いきなり寂しい。
「うーん。数少ない女子なんだから、仲良くすればいいのに。どうしてこうなるのか」
特に主義主張は対立していないのになぜか相性が悪い。今でも必要なときしか喋らない。私が来るまではさぞかし沈黙の部屋だったのだろう。最初に退学した女子たちは、これが嫌だったのかもしれない。
◆
というわけでワクワクの冬期休暇に突入である。クローネとサンドラはもうここにはいない。というか、砲兵科で寮に残っているのは私だけか。歩兵科は少しいるみたいだけど。騎兵科魔術科は多分全員実家帰りである。パーティとご令嬢の話題で凄く盛り上がっていたし。充実していてうらやましい限りである。
「……うん、これでよしっと」
とりあえず有言実行とばかりに、私はシーツを纏って長い銀髪をこれでもかと前に下してみた。鏡を見ると超怖いお化けがいた。何を隠そう私である。これを夜に見たら悲鳴をあげるだろう。ちょっと寒いので、サンドラとクローネのシーツも勝手に没収して使用する。後で洗うしこれで寒くない。
私はノートとペンを持って部屋を出る。留守を守る警備兵や事務官はいると思うので、彼らに七不思議の一つを広めてもらおう。上手くいけば私がここに確かにいたという証明になる。私は確かにここに存在するのである。それにこんなに月が綺麗な夜は、部屋にこもっていたらもったいない。
「な、ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ば、ば、化け物ッ」
寮から出て、校舎に近づいた瞬間に見回りの警備兵と出会ってしまった。凄まじい悲鳴をあげたかと思うと、すっ転んで頭を打って気絶してしまった。正規の軍人なのに本当に情けない。腰に提げているサーベルが泣いているだろう。というわけで罰としてサーベルを没収。さらに軍帽と長銃も没収だ。
「軍帽を身に着けて、サーベルを提げて、長銃を担ぐシーツ姿のかっちょいい私。これぞ噂の亡霊兵です」
なんだか楽しくなってきた。私の享楽面がここぞとばかりに昂ってくる。悪意は呆れているのか反応がない。穏健派な私としては特に問題ないと思うので、このままノリでいくことにする。長銃の先端にシーツをつけて、白い旗にする。白旗だけど降伏の証ではない。
「――目標、パルック学長室の完全制圧です。ミツバ大隊、進め!」
前の実技試験のときに見てからちょっとやってみたかったのだ。皆で戦列を組んで、旗のもとに歩くのって見る分には格好良いし。現実は近づいたところで敵戦列の銃弾の挨拶を浴びるんだけども。楽しいから問題ない。皆で仲良くばたばた死んでいこう。その屍を踏み越えて勝利をつかむのが戦争だと偉い人も言っているし。
――10分後。私は学長室の制圧を完了した。学長室には何故かパルック学長と事務官がいた。二人で楽しく歓談中だったみたいである。で、私が入った瞬間、白目を剥いた学長はつぶれたカエルのような声を出して昏倒してしまった。涎だけでなく鼻水も垂れているし、学長の威厳丸潰れである。でも私は口が堅いので誰にも言いふらさない。事務官はというと、極めて丁寧なお辞儀をした後、お守りを掲げ大輪教会の祝詞を唱えながらそそくさと退出してしまった。完全にスルーというのも寂しいものである。
「とりあえず、この学長は邪魔だから医務室に放り込んでおきましょう。あ、さっきの人もついでに持っていくかな」
学長と、さっき気絶していた警備兵をセットで医務室に放り込んでおく。しかしこのままでは面白みがない。折角だからアクセントとして、赤いインクを手に付けて彼らの顔ををべたべた触っておいてあげた。鏡を見たらちょっとしたサプライズを味わえる。驚きのない人生なんてつまらないだろうし、服も汚してないし、私の七不思議計画も順調に進行してしまうし。まさに一石三鳥。
「さてさて、こちらはこれで良いとして。今日の本題にいよいよ取り掛かりましょう。人道的かつ革新的な処刑器具の代表格、その名もギロチンさんです。全身全霊をもって描いて、しっかりと敬意を示さなければ。うーん、腕が鳴ります」
ささっとシーツをはぎ取って、ペンを手に私は学長室で公募課題をバババババッと仕上げていく。部屋を変えたせいか、相当捗ってしまった。設計図と不肖ながら私の推薦文も仕上げてしまった。何枚も書いたギロチンの精巧なイラストと使用例を、ペタペタと何枚も学長室に隙間なく貼り付けていく。こんな感じで死にますとか、ちゃんと痛くないようにしましょうと使い方も懇切丁寧に書いたし、連続絵風にこうなりますとコロンと転げ落ちちゃうところまで描いてあげてしまった。かなり上手く描けたので、記念に私のサインもパパッと入れておく。後で学長にも見てもらうとしよう。きっと大喜びするに違いない。
「素晴らしいです。会心の出来栄えです。これだけ精巧かつ緻密に大量に描けば、開発した人、世に広めた人、有名な処刑係の人も満足してくれそうです。名前もそのままギロチンさんとして提出しちゃいましょう。無事採用されて、この世界でも一杯使われるといいですよね」
手を叩いてうんうんと頷く。というか、良い感じに作業が捗ってしまったのでこれからもちょくちょくお邪魔することにしよう。作業はひとまず終わったけど、ここは実に快適空間だ。そのうち学長も休暇に入るだろうし、たとえいても夜なら迷惑はかからない。期間限定とはいえ、新しい勉強部屋をゲットした喜びに、私たちは大いに満足し笑みを浮かべるのであった。




