第二十九話 勝利の美酒
一週間の研修を終えて、私は士官学校に帰ってきた。特に歓迎とかそういうのはなく、ガルド教官に報告書を提出して終わりである。かと思ったらいつもどおり指導室へそのまま連行された。なんで私だけ。色々な文句を頭に浮かべながら出頭すると、頭が輝いてるパルック学長、無表情な事務官、難しい顔のガルド教官が待ち構えていた。
「いやいや、帰ってきて早々悪いとは思うが、色々と話すことがあってだね。まずは研修、本当にご苦労だったね。なんでも大変な活躍だったらしいとか……ははは」
「ええ、本当に大変でした。笑い事じゃなくて死ぬかと思いました」
「そ、そうかね」
私は学長を睨みつける。本当に笑いごとではないのである。内通者がいたり待ち伏せをくらったり血まみれになったりと散々である。研修にしてはちょっとハードすぎる。これじゃ潜入捜査任務と同じだ。
「そう怒るな。リトルベル駐在所のモラン大尉からお前の働きに対し、感謝状が送られてきている。また、治安維持局本部からも名指しで称賛する書状が届いた。派手に名前を売れて良かったな」
教官がひらひらとさせる書状をちらりと眺める。確かに褒められるのは嬉しいが特にご褒美はない。世の中というのは世知辛い。
「ありがとうございます。でもあまり勉強になった気がしないんですが。全然学べてないですし」
「細かいことは気にするな。こういうことは結果も大事だからな。経験も積めて訓練にはなっただろう」
「はぁ」
研修っぽい感じだったのはタルク少尉に町を案内されたときぐらいだ。後はハルジオ村でドンパチやって、宿で適当に過ごしてくれと放置。モラン大尉たちは後始末で駆り出されて、私にかまってくれる暇な人はいなくなってしまったし。散歩しても余所者だからか、町の人は余所余所しい。嫌がらせも兼ねて、夜中に長銃を装備して黙々とランニングしてやったので良しとする。武装したゾンビが彷徨う町ということで暫くは話題になるだろう。
「しかし、お前とクローネは普通じゃ終わらないと思っていたが、予想以上だったな。軍関係者に士官学校の質の高さを見せつけられたと思う。……ああ、褒めちぎるのはこれくらいでいいですかね、学長」
「う、うむ、突然悪かったねガルド君。疲れているだろうから、長話もこれぐらいにしておこうか。というかだね、もうこの子は卒業させてしまっていいと思うんだが。これ以上ここで学ぶことなんてないだろう。私の胃もとても助かるし。ガルド君はどう思うかね。勿論賛成かな?」
「いやいやいや、流石に早すぎるでしょう。まだ戦も始まってないってのに、こんな子供を送り出したら、寛容派の議員たちに何を言われるか。ただでさえうるさい連中ですよ? 責められるのは学長ですし私は知りませんがね」
「そ、そうだったね。はは、軽い冗談だよ冗談。うん、なんだか私も疲れてきたし、そろそろ下がって構わんよ」
「あ、はい。では失礼します」
「明日からはまた通常の訓練に戻れ。多少は疲労もあるだろうが、もうすぐ冬季休暇がある。そこまでは気合で乗り切れ」
「はい、教官殿」
なんだか投げやりな学長だったが、私は解放されたので一安心。冬期休暇とやらがあるのも初めて知った。正月休みのようなものかな。とりあえず、そのまま部屋に戻って荷物を片付けることにした。モラン大尉から頂戴した長銃は、後でこちらに送ってくれるそうだ。さすがに研修生の身分で部屋に置いておくわけにはいかないので、ちゃんと士官学校の倉庫で保管する。卒業後にきっちり頂くことにしよう。
そんな感じでだらだらと自分の部屋に入ると、クローネが待ってましたとばかりに出迎えてくれる。
「はは、おかえりチビ。いやぁ、首を限界まで長くして待ってたよ。流石にもう伸びないね」
「ただいまです。クローネは今日帰ってきたんです?」
「ああ、出発したのが結構早かったのさ。で、そんなことよりさ。そっちも派手にしでかしたんだって? いやぁ、お互い大変だったよね」
「……そっちも?」
「うん。こっちは国境警備の研修中に、プルメニアの斥候部隊と鉢合わせしちゃってね。色々と微妙な地域だから、散発的な戦闘はよくあるらしいんだけどさ。ここなら弾なんて当たる訳がないとか、余裕ぶっこいてた指揮官殿は眉間に銃弾受けて戦死だよ。あれには笑ったね。腹がよじれるかと思った」
眉間をツンツンとやるクローネ。そういうことはまれによくあるのである。
「それは本当についてないですね」
「だろう? 副長殿ときたら一人で逃げ出す有様だし。それでさ、情けない先輩方の代わりに私がうっかり指揮を執っちゃってね。最後は斥候部隊を返り討ちってやつさ。お互いに弾薬が切れちゃって、最後は地獄の白兵戦! いやぁ、殺したり殺されたりで楽しかった」
「それは本当に凄いですね」
指揮官が戦死した場合、部隊はほとんどの場合壊走するそうである。頼りになる副長がいれば話は別だけど、教育や訓練を受けていない兵ばかりだから、踏みとどまって戦ったりしない。命大事と我先に逃げ出すのである。それを強引に押しとどめ、逆に返り討ちにしたのだからクローネは凄い。指揮力Sをプレゼントしよう。私はたぶんDくらい。何故かというと、私はたいてい嫌われるからである。だから、こうやって普通に話してくれる人たちは大事にするのである。
「そうそう、私も王国陸軍から感謝状とやらをもらったよ。チビとお揃いだね」
「私の方はたまたまだったので。運が良かっただけです」
そう言って曖昧に誤魔化そうとしたが、クローネは背中をバシバシたたいてくる。よく見ると酒瓶が転がっている。一人で景気づけにワインを飲んでいたようだ。すでにできあがる寸前だ。
「謙遜はいらないって。間抜けな貴族様ご一家を救出して、内通者を捕らえて、さらに緑化教徒は皆殺しだろ? 凄い働きだよ。卒業したら間違いなく治安維持局から勧誘に来るね。むしろ今すぐ来るべきだよ」
「そうなんですかね」
「そうなんですよ。それでさ、なんで連中が緑化教徒って分かったんだい? 緑布を偶然見つけたとか?」
「いえ。臭いで分かりました。最初はさわやかなんですけど、鼻につくんですよね。近くにいるとイライラしてくるというか」
『神の慈悲』とかいう麻薬のせいかと思ったけど、その植物からは強烈な臭いはしなかった。さわやかというか、香しい臭いだったし。というわけで、私の鼻は対緑化教徒選別機能がついているようだ。本能的にダメというか、生理的に受けつかないという奴だろう。私の生まれに関係があるのかも。やっぱりないのかも。前世で無政府主義を標榜する狂信者にぶち殺されたとか。うーん、違う気がする。
「ほうほう。それも直感ってやつ?」
「そういう奴ですかね。上手く説明できないんですが、なんとなく分かるんです」
「ふーむ。それじゃあ参考にはならないかぁ。ま、そのうち私にも身につくかもね」
そう言ってグラスを飲み干すクローネ。なんだか私も喉が渇いてきた。
「ところで、私もそれ、ご一緒してもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも! ちなみにどうでもいいだろうけど、サンドラの馬鹿は出迎えも忘れて、図書館で勉強中だよ。薄情な奴だねぇ」
「あはは、それはサンドラらしいですね」
クローネがワインをマイグラスに注いでくれる。これは私が王都で買った日用品。ちなみに、士官学校で酒を飲むなんて本当はご法度である。だから、葡萄ジュースということで誤魔化してるけど、多分バレバレである。サンドラが教官に報告しないのは、自分も共和主義の本やらヤバいチラシをたくさん持っているからである。結局は同じ穴のムジナということなのだ。
「よーし、これでよしっと。実地研修終了と二人の大活躍を祝して乾杯っ!」
「乾杯!」
二人で一気に飲み干す。これが勝利の美酒というやつ。なるほど、確かにいつもより美味しく感じられた。
それから、小一時間ぐらいチーズと焼き豆をつまみに研修話で盛り上がっていると、サンドラが帰ってきた。
「……なんだ、もう戻っていたのか。……おい、いくらなんでも酒臭すぎるぞ」
「これはこれは、世に名高くなる予定のサンドラ議員様(仮)のお帰りかー。ほらほらローゼリアの英雄様たちのご帰還だぞ、とっとと陰険な祝福をしてくれたまえ!」
「本当に騒がしく面倒な奴だ。……だが、ローゼリア国境を脅かす外敵を屠ったのは褒められるべきだ。まだ研修生なのに、大したものだ。それだけは褒めてやろう。良くやったな」
「……あー、普通にイラッとしたよ。なんでそんなに偉そうにできるのかが、私にはさっぱり分からない。どこで練習すればそうなるのかな?」
「すまないが、過剰にへりくだるのは苦手なものでね」
「はっ、アンタがへりくだるところなんて私は一度も見たことがないよ」
クローネが呆れながら豆を口に放り込む。そしてサンドラは私に向き直る。
「ミツバよ。貴族の救出などはどうでもいいが、村に蔓延る愚かなカビを消し去ったのは素晴らしい働きだ。無政府主義を標榜する緑化教会と、私の目指す共和制は絶対に相容れない。容赦なく断固とした処置で徹底的に排除するべきだ」
「あ、はい。そうですね」
ワイングラス片手に適当に相槌を打つ。共和制でも王政でも帝政でもどうでもいいけど、緑化教徒はダメである。もう決めたのでダメ。
「しかしながら、軍人、しかも士官学校の卒業者にまでカビが繁茂しているとはな。……意外と根は深いのかもしれん」
「もっと見せしめみたいなのができればいいんですけど。緑化教徒はこんな目に遭うよ! だから辞めようね! みたいな」
「うぅむ。悪くはないと思うが、奴ら、免罪符のためなら死ぬことすら恐れないからな。それが厄介なのだ。名誉の死などと殉教扱いされては意味がない」
普通に殺すだけではだめかもしれない。目を背けたくなるような処置ならどうだろう。例えば身体がボロボロに腐り落ちるとか? そんなことができたら苦労はないのであった。
「とりあえず、サンドラが議員になったら、麻薬使用者、販売者、製造者は全員死刑になるようにしてくださいね。根は元から断たないと」
「えらく唐突だな。どれ、詳しく聞かせてもらおう」
「ええ、また今度で」
「いや、今すぐでいい」
可哀そうにと同情の視線を向けてくるクローネ。でも助けてはくれなかった。
仕方ないので、私はサンドラに麻薬の危険性を説明する。病状じゃなくて、社会に蔓延することの危険性だ。どこぞの大きな国は、関わったら死刑と徹底している。指導者自ら排除に乗り出したりしてる国もあったし。ここではないどこかの知識だと思うけど、そんなに間違ってないと思う。麻薬に関わると人間は堕落していって、最悪の場合戦争が勃発してしまうと説明し、私は適当な解説を終えた。
「……確かに、リリーア王国が麻薬を植民地で製造させ、強引に輸出しているという噂を聞いたことがあるが。なるほど、敵を内側から腐らせるために安価でバラまいている可能性もあるか」
「リリーア?」
「西の島国だ。しかし、緑化教徒とは違う種類の植物だったはず。リリーアも表向きはカビは排除する方針を掲げている。まったく、緑化教会はどこから資金を入手しているのか。精神異常者の集まりのくせに、武装だけは整えてくる」
そういえば、自爆用の弾薬やら、長銃やら、緑化教徒はよく持っていた。やっぱり麻薬を売っているのか。でも、大本の資金はどこから流れてるんだろう。ローゼリアが腐って喜ぶ連中。……わからないので保留。
「…………」
「なんにせよ、お前の考えは分かった。いつになるかは分らんが、同志には説明してみよう。善良な市民に蔓延してからでは遅いからな」
「そうですね」
「……では、私は自習をするから、お前たちは遠慮して静かにするように。邪魔をしたいなら外でやれ」
「はーい」
「なんだよなんだよ。遅れてきた勉強の虫が偉そうにさ」
私は素直にうなずき、クローネは悪態をついた。またいつもの日常が戻ってきそうである。早く冬季休暇にならないかなぁ。と思ったけど、私には帰る場所はないし、遊ぶ人たちもそんなにいないのであった。残念。




