表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みつばものがたり  作者: 七沢またり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/91

第二十五話 さわやかな人たち

 リトルベル市での実地研修初日は無事に終わった。今は案内された宿の一室で休憩中だ。研修なのに宿舎ではなく普通の宿とは如何なものかと思ったが、料理は美味しいしお風呂も結構綺麗で不満はない。タルク少尉いわく、駐在所の宿舎に空きがないのが理由らしい。

 

「満腹だし、身体も暖まったし、もう言う事なしです。せっかくだからサンドラも参加すればよかったのに。もったいない」


 気分はすっかり観光旅行である。目に映るものが新鮮で実に楽しい。が、一人なので全力で盛り上がれないのが難点だ。クローネがいたら楽しかっただろうに。そのクローネは予想通り陸軍に参加し、東部の国境地帯へと向かっていった。それはもうやる気一杯だったので、お土産には期待できそうである。

 

「この一週間、どうなるかな?」


 期間限定で上司になるモラン大尉は、怖そうで厳ついおじさんだったが、特に怒られたりはしなかった。忙しくて構いたくないという感じはありありだったけど。町の人達も、最初は薄気味悪そうに私を見るが、次の瞬間にはパッと笑顔を作ってくれる。多分私が子供だからだと思う。今は子供だから大目にみてくれるけれど、このまま大人になったらとんでもないことになりそうで怖い。

 部屋に備え付けられた鏡を見る。虚ろな青い瞳に死人のように白い顔、そして長い銀髪。そろそろ髪を切っても良いだろう。ふと思いついたので、長髪を全部前に下ろして、両手をだらりとゾンビみたいに垂らしてみる。

 

「――うわぁ」


 本当に呪い人形だった。調子に乗って白いシーツも身体に纏ってみる。自分でドン引きしてしまった。このまま室外にでたら大騒ぎになり、研修先で同僚の皆さんから職務質問という、前代未聞の事態を起こしかねない。シーツを元に戻して、髪を元通りに掻き分ける。これで何もかも安心だ。

 なんにせよ、この目が全部悪いんだと思う。誰かのと交換できたらいいのに。くり抜くわけにもいかないしどうしたものか。頑張って笑顔を作っても、この目のせいで不気味に嗤っているように思われるらしい。サンドラにずばりと指摘されたから私もしっかり理解した。クローネは別に気にしなくていいじゃないかと、適当に笑っていたけど。毎回初対面の人の好感度がマイナスからスタートなのは結構厳しい。折角賑やかになりそうな世界なんだから、色々な人と関われた方が楽しいだろう。

 

「さてと、とにかく研修報告を書かないと。宿題を忘れたら後が大変です」


 一週間の研修後、提出するように教官から命じられている。いつ、どこで、何をやって、何を学び、何を感じたかを書くのである。つまり、今日は、リトルベルの町を『見回り』という名の観光をして、人々の平凡な暮らしを見て、平和だなぁと書けば良いのである。他にも武器の手入れとかこまごまとしたことはやったけど、他はとくになしだ。隊員の人ともそれなりの付き合いである。挨拶して、終わり。うん、短い!

 

「これで終了です。初日はこんなものかな。明日も早いからとっとと寝ましょう」


 既に夕食やらお風呂やらは済んでいるので後は寝るだけ。他の隊員の人は夜警やらもあるらしいが、私は研修生なので免除だ。折角選んでもらったのに、こんな堕落した一日を過ごしていては教官に顔向け出来ない様な気もする。明日からはもう少しだけ頑張ろうか。

 ところで、タルク少尉はとてもさわやかだったので、帰るまでになんとかしないといけないと思う。一応治安維持局に研修に来ているわけだし、仕事はしないといけない。でもなんとかするといっても、将来有望な軍人さんでしかもこの駐在所の副長さんらしいからどうしたものか。一発で終わらして万々歳とはいかないと思うのだ。

 そんなことを皆で悩みながら、私たちは温かい布団に包まれて眠りにつくのである。お休みなさい。また明日。

 

 



――翌日。なんだか朝から駐在所は騒がしかった。近くに住んでいるハルジオ伯爵とかいう人が駐在所に飛び込んできたからだ。私を見て一瞬怯むが、見なかったことにしてモラン大尉に改めて怒鳴りかかったのは面白かった。胡散臭いちょび髭紳士というのがピッタリである。


「モラン大尉ッ! 君は本当に真面目に働いていたのかね? 私の村に緑化教徒が潜んでいると報告が入ったぞ!」

「少しは落ち着いてください伯爵。さっきから埒があきません。どういうことか、最初からきちんと説明していただきたい」

「馬鹿な! こんな時に落ち着いていられるか! 今すぐ兵を率いて出向き、緑化教徒をひっ捕らえていただきたい! 私の土地にカビが蔓延したらえらいことだ!」

「いきなり兵を出せと言われましても。まずは詳しいお話をと、先ほどから申しているではありませんか」


 興奮するハルジオ伯爵を何とか宥め、何とか事態の把握に努めるモラン大尉。その顔はこれでもかと歪んでいたが、必死に堪えている。理不尽にも耐えるのが大人。モラン大尉は実に大人である。その忍耐力は私も見習いたい。見習うだけで、実行するとは言っていない。

 

「私の財産に損害が出てからでは遅いのだぞ! その際は賠償責任を負ってもらうぞ!」

「ですから説明を――」

「さっさとなんとかしてくれッ! 狂人共が自爆してくるぞ!」


 全く話にならない。で、何が起こったかだけど。リトルベルから西に少し行ったところに、ハルジオ伯爵が所有する土地がある。そこに農奴たちが暮らす集落があり、ハルジオ村と呼ばれている。自分の名前を村名としてつけてしまうお茶目な伯爵が支配者だ。昨日も今日も明日も明後日も、そのお茶目なハルジオ伯爵に搾取されるのが運命づけられている。そんな場所で、ハルジオ伯爵ご自慢のご子息が、緑化教徒を目撃したそうである。いつの間に緑化教が蔓延していたのか。このままでは善良な我々の命が危ない。恐怖と怒りで震える伯爵は、朝一番でこの駐在所に乗り込んできたわけだ。そんなことをさっきから延々と喚き続けている。

 で、モラン大尉も流石に我慢の限界がきたのか、強引に肩を押さえつけて、椅子に座らせる。あくまで紳士的にだ。流石大人だ。

 

「伯爵、まずはお座りください。ええ、緑化教徒が潜んでいるという訴えはよく分かりました。でその者が緑化教徒だとなぜお分かりになったのでしょうか。例えば、緑化教徒が所有する緑の布、あるいは旗、もしくは連中が愛用する麻薬を入手したとかですかな?」

「そんなものはない。だが、我が愛する息子が言うのだから間違いない。早く向かって、不愉快なカビを始末していただきたい!」

「しかしですな。ただ闇雲に向かっても、『私が緑化教徒です』などとは誰も言いませんぞ。連中、拷問されても暫くは耐えるぐらい忍耐強さがありますからな。だからカビは厄介なのです。無実の人間を拷問するわけにもいきませんし」

「いや、全然構わん。なんなら数人殺していい! 拷問も許可する!」

「そんな無茶苦茶を言わないでいただきたい。……もしや、御子息は誰がカビなのか分かっているのですか? それならば話は別ですが」

「いや、緑化教を美化する声は聞こえたが顔までは見てないと言っていた。可哀想に、さぞ脅えていたのだろうな。いいかね、君たちにはなんとかする義務があるぞ!」

「…………」

「とにかく、問答している暇があるなら早く兵を出してくれたまえ! 私は愛する国家に莫大な税を納めている。故に保護される権利があるのだ。それを見捨てるというなら、直接治安維持局本部に行って怒鳴り込んでやるぞ! そうなればどうなるか分かるだろうね!」


 ハルジオ伯爵が頭から湯気を出しそうな勢いでまた怒り出した。観念したモラン大尉は、タルク少尉に視線を送る。苦笑して頷く少尉。私が全部上手くやるという合図だろう。

 

「……よく分かりました。我々の使命はこのリトルベル市一帯の治安を守ることです。直ちに隊員を向かわせましょう。編成は隊員10名と大砲一門です。些か過剰ともいえる戦力ですが、伯爵にここまで言われては、私も出し惜しむつもりはありません」

「おお、さすがは大尉だ。実に話が分かる。しかも虎の子の大砲まで出していただけるとは。ありがたいお話ですな!」

「なに、丁度士官学校から研修生がきてましてね。大砲を使用した緑化教徒の処刑を見せてやりたいのですよ。実戦に勝る研修はありませんからな」

「ははは、それは実に豪快ですな。その時は私と息子も出向かせていただきますぞ!」


 入ってきたときとは正反対の態度で、上機嫌で出て行く伯爵。スキップして空に飛んでいきそうな勢いだった。あの人は長生きできそうである。この先何もなければだけど。それより、今の話の流れだと私も行くことになるのだろうか。

 

「タルク少尉。隊員10名を選抜し、ミツバ研修生を連れてハルジオ村の集落へ出向いてくれ。今の話にあったとおり、大砲も持っていけ。恐らく緑化教徒は見つからんだろう。その時は、適当に大砲を試射してみせて伯爵の機嫌を取ってくれ」

「了解しました。準備が整い次第出発します。しかし、そんなことのために高価な弾薬を使うのですか?」

「止むを得んだろう。あの勢いで本部に苦情でも入れられれば、私だけでなく君たちの査定に響く。ならば砲弾の一発や二発惜しくないわ。どうせこの町で使用することなど殆どないのだからな」


 各駐在所には大砲が一門配備されているらしい。だが、普段の警邏任務では長銃しか持ち歩かない。重いし火力が過剰すぎるから。タルク少尉が昨日説明してくれたが、納得できる話だ。大砲と一緒に警邏とか意味が分からないし。問題は、誰が運ぶかだけれども。

 

「集落までの道はそれほど整備されていない。だが、砲兵科の君にとっては大したことではないだろう。これは良い訓練になる。是非頑張って押してくれたまえ」

「……はい、了解しました」


 意地の悪い顔でニヤリと笑う大尉。やっぱり押すのは私だった。というか、弾薬、器具、大砲全て私が持つのだろうか。それは結構大変である。面倒だから、ここでひとまず済ませてしまうのはどうだろう。でも、ズバッと言うと角が立つので、遠まわしに聞いてみよう。

 

「大尉。一つだけよろしいでしょうか」

「なんだね、ミツバ研修生。遠慮なく言ってみたまえ」

「今回の任務は、緑化教徒を見つけて、処刑することですよね」

「その通りだ。本当に存在するかは疑わしいがな。証拠が何一つない」

「じゃあ、タルク少尉に聞いてみたらどうでしょう」

「なに? なぜ少尉に聞くんだ?」

「タルク少尉、緑化教徒の居場所を知りませんか? 少尉は、もちろん知ってますよね?」


 私が見上げると、僅かに動揺したようなタルク少尉。だが、すぐに笑みを作ると手を振って否定してみせる。

 

「ははは。私が知るわけないよ。それをこれから調べに行くんだろう」

「全く、馬鹿な冗談を言っとる場合かね。ほら、早くしないと伯爵閣下がお怒りになるぞ。急ぎ準備せよ!」

「はっ!」


 タルク少尉に急かされて部屋の外へと出される。そして大砲の用意を頼むと倉庫に一人で向かわされた。まるで余計な事を言うなとでも言わんばかりだ。皆、各自の準備に入ってしまったので、仕方なく私も移動準備を整える。一時間ぐらいかけて大砲の荷物整理。保管場所も分からないのでかなり苦労させられる。誰も手伝いにこないというのは、一体どういうことだろう。本当の本当に大砲は私一人で準備させて、運ばせるつもりらしい。この怒りはどこにぶつけるべきだろうか。やはりカビどもにぶつけるのが正解だろうか。多数決を取ると、そう決まった。私は溜息を吐きながら、長銃を担ぎ、器具と弾薬の入った鞄を背負い、大砲の砲身を後ろからえっさほいさと押していく。やっぱりだるい。

 

「……君、一人で押せるのか。一体どういう腕力の持ち主なんだい?」

「いえ、皆さんが手伝ってくれないので、仕方なくです。お気になさらず」

「いや、気にするよ。移動準備さえ整えてくれれば、手伝うつもりだったんだけど。……砲兵科って、皆一人で押せたりするのかい?」

「さぁ、どうでしょうか」


 タルク少尉を軽く睨みつけて、私はぐいぐい押していく。がらがらと大砲の車輪の音がなる。この野郎、後で覚えておけと思う。今は我慢して充填中。我慢も大事ということを忘れてはいけない。前を行く隊員も後ろめたそうだったが、手を出してはこない。私は後を無言でついていく。重いけど押せなくはないし。でもだるい。

 

「小さいのに力持ちなんだな。いやいや、感心してる場合じゃないね。おい、あと一人、そっちの車輪側を頼む」

「はっ、分かりました、少尉」

「今更ですが、手伝ってくれてありがとうございます」

「いやいや、元々一人なんて無茶だからね。つい見とれてしまって悪いことをした」

「全くだ。いやぁ、小さいのにすげぇな。少し見直したぜ」


 タルク少尉ともう一人が手伝ってくれた。多少怒りが収まったかと思いきやそうでもない。こう見えて意外と執念深いのである。大体諸々の準備は全部私がしたわけだしね。相手がさわやかなのも相まって怒り百倍である。で、一時間も頑張って押した頃、ハルジオ村付近に到着した。村の門が見えるし、集落もあるし間違いない。近くにはぶどう畑が広がっている。ワイン用だろうか。丁度秋という事で、収穫時期っぽい。沢山の実がついている。美味しそうだが、ワイン用のぶどうって普通に食べられるのだろうか。うーん分からない。

 

「さて、私は先に行って事情を説明してくる。君達はここで待っていてくれ。いきなり完全武装の上に、大砲まで見せたりしたら、村人が驚いてしまうだろうからね」

「了解しました、少尉」


 タルク少尉が村の中に入っていく。それを見届けると、思い思いに休息を取る隊員たち。面倒な交渉役はいつもタルク少尉なんだと、私に説明する隊員。それを聞きながら、私もとりあえず座り込む。さてこれからどうしたらいいだろう。といったものの、私が何を言おうとも、何にも変わらないと思う。なぜなら私はただの研修生であり余所者だから。私の言う事には説得力などないし、誰も信じてくれないのである。つまり、これから起こるであろう事態も、甘んじて受け入れなければならない。

 

 左右の葡萄畑から、緑の鉢巻を巻いた人間達が姿を現す。ついでに緑の旗も静かにあがる。緑化教徒の皆さんである。目で合図しようとするが、煙草をのんびりふかしたり、水を美味そうに飲んで一服している隊員達はまださっぱり気がついていない。暢気すぎるなぁと思うが、休憩中だから仕方ないのかな。それとも何もないと油断しきっているのか。あ、村の門周辺にもしっかり配置されているようだ。全員、屈みながら長銃を構えて照準を定めている。これはいけない。すっかり詰んでいた。

 

『――撃てッ!!』


 タルク少尉の掛け声と共に、多数の銃声が鳴り響く。悲鳴と血しぶきをあげて、隊員たちがばたばたと倒れていく。ついでに私も倒れる。運が良いのか悪いのか生き残ってしまった隊員は、慌てて銃を構えるが既に手遅れである。殺到した村人たちの農具が振り下ろされ、全身を耕されてしまった。やっぱり不幸だったようだ。

 

『一人残らず殺せ! 確実に止めをさせ! 緑の神への生贄にするんだ! 徳を積み重ねれば、我々は必ず楽園に導かれるぞ!』

『緑の神よ、罪深き我らを導きたまえ』

『緑の神よ、我らを楽園に導きたまえ』

『緑の神よ、慈悲を求めぬ罪人たちに裁きを与えたまえ』


 私たちの死体の周りを、村人たちが取り囲む。そして、口々に不快な祝詞を読み上げる。本当にさわやかで鼻につく臭いだなと、私はおぼろげに思った。腹立たしい限りだが、なんだか目が疲れてきたので、少し眠る事にする。――とりあえず、おやすみなさい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ