第十七話 楽しいパレード
何故か謹慎期間が三日に増えてしまった不幸な私であったが、ようやく解放された。二日目からはあの鉄格子の部屋ではなく、自室での謹慎だったので不満もないけど。勉強が更に遅れると心配だったけど、普通に休日だったので特に問題なし。同情したクローネがたくさん安いワインを用意してくれたので、一人部屋に籠って延々と飲んだくれていた。酔えないけど、楽しくはなる。部屋がお酒くさかったので、サンドラには嫌な顔をされたけど。
「で、今日からようやく復帰ってわけだね」
「はい。授業より謹慎してる期間の方が長くなってしまいます」
「ははは、確かに。本当に笑える話だよ。指さして笑ってあげようか?」
「やめてください。本当にへこむので」
「元気だしなって!」
クローネが大笑いしながら背中を叩いてくる。そこそこ痛いけど悪い気はしないのである。
「あ、そうだ。またチビの噂が増えてたんだけど。ね、聞きたい?」
「……あまり聞きたくないですけど。なんですか?」
「サンドラ、アンタが教えてあげなよ」
何故か不敵な表情をしたクローネが話を振る。サンドラは眼鏡をくいっと持ち上げて、こちらを睨んでくる。怒ってるわけではなく、これが素の表情なのだ。無駄に威圧感がある。
「くだらん噂だが、職員と調理人が自殺したのは確かだ。相当悲惨な死に様だったらしく、色々な憶測が流れている。で、巡り巡ってお前のせいとなった。おめでとう」
全く感情のこもってないお祝いの言葉であった。私としては異議を申し立てたいところだ。いわゆる風評被害である。
「なんで私のせいに」
「私は知らん。興味もない」
「悪評なんて気にしない方が良いよ。ほら、このサンドラも頭がおかしいって評判だけど元気にやってるし。友達いなくても生きていける証拠だね」
完全に悪口を言っている気がするので私は曖昧にうーんと唸っておく。普段サンドラもクローネを馬鹿にしているのでお互い様なのである。まさに水と油。
「指をさすな享楽主義者め。第一、こちらこそ馴れ合うつもりなど毛頭ない。志を共に出来ない仲間など必要ない」
「そういう生き方もあるよね。でも、私は嫌だなぁ。というわけで、チビ、今度の休みは街に遊びにいこうよ。友情を深めようじゃないか」
「あ、はい、お願いします」
私がクローネに二つ返事で頷くと、サンドラが不機嫌そうに腕組みをする。
「そいつは刹那主義の享楽主義者だからな。あまり見習わない方が良い。それでいて多少頭が回り要領も良いというのが尚更性質が悪い。ヘタに真似をするとお前だけ卒業できなくなる。こいつの周りにはそんな馬鹿な連中ばっかりだ」
「そ、そうなんですか」
よくいたような気がする。塾とかいってないのに、何故か頭が良い子供。テスト前に一緒に遊びほうけていたのに、何故か満点取ってる裏切り者。
「馬鹿とはひどいね。ちょっと頭は悪いけど気のいい男共さ。あいつらは私の子飼いの将にするんだ。偉くなったら古参になるわけ。うん、きっと大喜びだね」
「何が子飼いに古参の将だ。そういうことは偉くなってから言え。しかもお前より年上しかいないじゃないか」
「たかが数年なんて誤差だよ。学校を出たらそんなの関係なくなるだろ? 私は時代を先取りしてるだけさ」
「偉そうに。意味も分からん」
サンドラとクローネがやりあっている。サンドラは眉をひそめて、クローネは不敵な表情。これは仲良しさんにはなれなさそうだ。というか私も早く着替えないと、そろそろ朝食の時間である。二人はいつの間にか制服に着替え済みだし。本当に要領が良い人達である。私はチビなので、その分素早く行動したいものである。
「お、なんだか動きにキレがあるね。顔は病的に白いのに」
「もう体力がありあまってるので。今日は最初から全力でいきますよ」
「お、いいねいいね。ちなみに、復帰一発目の授業は行進訓練だよ」
「行進訓練? どんな授業なんです?」
「歩兵科と合同訓練さ。大砲と一緒に楽隊のリズムに合わせて移動していくんだ。歩兵連中は戦列を組んでそれを乱さないようにってね。砲兵は19期と20期しかいないけど、歩兵連中は全員参加するはずだから、結構本格的だよ。ま、最初だけは楽しいけど、半日もやってると苦痛だね。ちなみに休憩挟んだ午後も同じだから」
「一日中ですか」
「その通り!」
少し眩暈がした。
「しかもチビがきたから、男が抜けて多分この三人組になるね。大砲は結構重いから頑張らないと駄目だね」
「あの教官は男女で体力差があるのを考慮していないのだ。面倒だから纏めてしまえという考えだな」
「それが男女平等ってやつだろ? アンタが好きなやつだ」
「馬鹿馬鹿しい」
「……うーん」
体力に自信はそんなにないので、途中でへばらないといいけど。どうなることやら。
「おや。表情から察するに、更にやる気になったという訳だ。頼もしいね」
私の気落ちした顔を見たクローネが軽快に笑う。サンドラは心なしか憂鬱そうだ。
「隠し持った体力と腕力に期待している。見かけ相応なら、中々の苦痛を味わうだろう。主にお前と私がだ」
「えっと、頑張ります」
◆
行進訓練が始まった。歩兵科の学生たちは重い長銃、格好良い制服、長い帽子を被って隊列を組んでの行進だ。私たち砲兵科は、三人一組で車輪のついた大砲を移動させている。軍隊のお下がり大砲だから、形もばらばらだ。重さをあわせる為に、わざわざ荷袋をつけて増量してくれている大砲もある。そういうところだけは気配りが細かい。いわゆる余計なお世話なのに。19期の先輩たちが基本的に良い物を使い、20期の私たちがお下がりの中でも更にボロイ物。これだけ傷だらけだと、頑張って磨いても徒労に終わるだろう。で、2期生分しかいないのは、去年新設されたばかりだから。まだまだ砲兵科の歴史は浅いのだ。
「よいしょよいしょ」
言葉を吐き出しながら一緒に呼吸をする。声を出した方が力がでるとどこかで聞いたことがあるような。
「うーん。思ったより辛くないね。というより楽チンだ。チビって意外と力あるんだね」
「正直想定外だった。ミツバ、お前は中々やるな」
「あはは。ありがとうございます」
右側にクローネ、左側にサンドラ。私は一番負担が少ない中央である。ぶっちゃけ右と左の車輪が動けばいいわけである。バランスが崩れると、大砲は変な方向に進んでしまう。
太鼓のリズムに合わせて、歩兵隊の後ろを行進する砲兵たち。といっても最初は馬鹿広い校庭の外周をグルグル回ってるだけ。そのうち指揮官役の教官が合図を出してくるらしい。
「しかし、なんで音楽を演奏してるんです?」
「その方が楽しいからさ。ドンドンドンとね。体が勝手に動き出すだろう?」
全然動き出さないけど、歩調は勝手に合わせられるかも。
「全然違う。私たちは訓練を受けているから、太鼓がなくても普通に歩調を合わせられる。が、戦場に掻き集められる市民にそれはできない。故に、あのリズムに合わせて一緒に歩けと合図するわけだ。早足、もしくは突撃するときは、太鼓もそれに合わせることになる」
「へー。なるほど」
納得した。サンドラは頭が良いので、色々教えてもらえる。実は、謹慎中に飲んでいないときは寝る前に講義を受けていた。この世界のこととか色々である。教師に向いていそうだった。
「でも、楽しいっていうのも全くの嘘じゃないんだよね。悲鳴が飛び交うのが戦場なんだってさ。それを紛らわせるために明るくいこうってね」
「それもなくはないが、お前のは極端すぎる意見だ」
「はは、素敵な演奏を聴きながら死ぬってどんな気分だろうね」
あははとクローネは笑う。まぁ、悲鳴を聞きながら苦悶のうちに死ぬよりは良いのかもしれない。レクイエム代わりになるかも。そんなことを楽しめるうちは死ぬこともなさそうだけど。
「味わいたいなら最前線を志願するといいだろう。祖国のために死んでくれ」
「アンタに言われたくないよ。私は私のために戦って死ぬのさ」
「まぁまぁ。数少ない女子同士、仲良くやりましょうよ」
愛想笑いを浮かべるが、上手く顔を作れたかは分からない。というか、二人ともこっちを見てくれないし。
「それは無理な話だな」
「チビ、それは私に死ねって言うようなもんだよ」
「どうしてそうなるんですかね」
ぐだぐだと世間話をしていると、合図があった。私たちは職員たちが旗で示している目的地へと行進方向を変える。ちなみにクローネは大砲の中を拭くお掃除棒と砲弾の入った鞄を持ち、サンドラは砲弾を詰め込む棒を背負いながら大砲を動かしている。私は撃ち出すときに使う呪紙が巻きついた着火棒を持っている。大砲を一発撃つだけでも色々な作業が必要らしい。だから、基本的に三人から四人で大砲一台を受け持つんだって。で、実戦では、砲兵士官一人に数人の兵卒がつけられる。そのための指揮の仕方やら、段取りなどを覚えるのも砲兵科の大事な使命である。これはガルド教官からの受け売り。こう見えて私もちゃんと勉強しているのだ。大砲撃つの楽しそうだし。どかんといきたい。
「お、そろそろ教官の合図が出るから突撃の準備をしよう。最下位組は腕立てだから飛ばしていくよ。昼の休憩時間が少なくなるから死活問題だ」
「何で分かるんです?」
ガルド教官の動きに特に変化はない。表情から察したのか。そういえばクローネは私の表情についてもどうこう言っていたし。というか、話をしながら教官の様子も窺っていたらしい。
「なんとなくかな。ま、あの人はパターン化されてて分かりやすいのさ」
「私には分からないがな」
「人間を分かろうとしないからだよ。頭でっかちさん」
「余計なことに意識を向けたくないだけだ」
「またこれだ。主義主張だけじゃなく、少しは人間に興味を持ちな」
「まさに余計なお世話だな。人間を完全に理解するなど、時間がいくらあっても足りないだろう」
「はいはい。チビはこうはならないようにね」
口喧嘩と規則正しい演奏の最中、教官の怒声の合図で突撃ラッパが一挙にかき鳴らされる。歩兵隊列は慌てて銃剣を長銃に装着し、大声をあげながら突撃開始。前もって準備していた私たちは一気に駆け足だ。私は大砲を一気に押し込んで全力ダッシュ。車輪がひどくきしむが、これくらいで壊れるようでは戦場では使えない。もう壊しちゃってもいいや的な感じで走る。同期の大砲を景気よく追い抜いて、走る歩兵のすぐ後ろにまで迫る。
「ちょ、ちょっと速い。というかチビ、お前押しすぎだ!」
「わ、私は押していないぞ! ま、待てミツバ!」
「よいしょよいしょ!」
大玉を転がすような勢いでわっしょいわっしょい押していく。なんだか気分が良いから楽しくなってきた。前方の歩兵がこちらを見て悲鳴をあげる。戦列が乱れていく。なんだか波を掻き分けているみたいだった。突撃の怒声、私たちの突撃による悲鳴。それを掻き分けて、目的地らしい旗の下に到着。流石に歩兵を抜いての一位は無理だったが、三割くらいは追い抜けた。砲兵科の中では晴れて一位。競争じゃないけど、結構嬉しかった。
「よーしお疲れだったな諸君! だが、無能に食わせる昼飯はない! よりによって後輩の女子砲兵組に抜かれた間抜け歩兵は昼食抜きだ! ここで暫くの間腕立てしているように!」
そんなーという悲鳴が周囲から沸きあがる。そして、こちらに向けられる刺々しい視線。と、すぐに溜息と共に逸らされた。私の噂のおかげである。嬉しくない。
「そして優秀かつ馬鹿力な女子砲兵! 気合があるのはいいことだが、突撃の際は周りに合わせろ! 大砲が一気に最前線に躍り出てどうする!! 真っ先に潰されるぞ!! だがそのやる気に免じて今回は腕立てなし!」
ガルドに叱られたが、お咎めなし。良かった良かった。腕立てを開始した3割の歩兵科の学生たちを置いて、残りは食堂に向かって歩き出す。なんだかヒソヒソ話が聞こえるような。
「アハハ、怖がられるだけじゃなくて、恨まれるハメになったね! チビはそういう性分なのかな? 道を歩けば敵が千人! 人生にぎやかで楽しそうだね!」
「なんでそんな笑顔なんです。というか敵が千人って全然嬉しくないです」
「いやいや、いいことじゃないか。今回のは根も葉もない噂じゃない、ちゃんと実力を示したんだから。チビの力に私たちが振り回されるのを、抜かれた連中は見ているんだ。そうやって噂だけじゃなくて、本当に力があることを証明していけば、悪評は畏怖に変わるんだ。どうだい、いいことじゃないか」
「んー。そうかもしれませんけどなんか腑に落ちないというか」
結局怖がられることに変わりはない。このままだとクローネとサンドラ以外に友達ができないような。そもそも女子が砲兵科にはいないんだけど。歩兵科には見かけたけど、かなり少なかった。殆どは魔術科にいるらしい。いわゆるお嬢様方が。
「後は普通に面白かったから、いいことにしよう。うん。愉快痛快ってね!」
「ですよね」
クローネはそういう性格だった。短い付き合いだがなんとなく分かってきた。
「小さいくせに馬鹿力。大人しそうに見えて暴走する気性。なんとも理解しがたい生き物だ」
サンドラが溜息をついて、私の頭を小突いてくる。私はあははと笑っておいた。
食堂にいったら、何故か見知らぬ給仕係が昼食を用意してくれた。セルフサービスじゃないのかと言ったら、貴方は特別ですと青い顔で言っていた。よく分からないので、スープのお代わりをお願いしておいた。この前食べたどろどろスープよりも美味しかった。




