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みつばものがたり  作者: 七沢またり


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第十一話 砲弾が世界を変える

 歴史やら語学やら算術といった一般的な授業を終えた私は、だらーっと机に突っ伏していた。集中して授業を受けるのはとても疲れるのだ。語学でよく分からないところがあったから、手を上げて質問しようとしたのに、講師の人は一回もあててくれなかったし。というか目を合わせてくれなかった。本当に酷い話である。そのうち酷い目に遭うと思う。バナナで滑って頭を打つとか。実に楽しそう。

 そんなことを考えていたら、同級生達はさっさと手荷物を纏めて、教室から続々と出て行ってしまう。多分食堂にでも移動するのだろう。私のお昼はあるのでしょうか。お金はないけど、お腹は減る。だって人間だから。かわいそうなお子様がここにいるのに放置プレイ。誰かに奢ってもらえないかな。と、奢ってくれそうな人が声をかけてきた。

  

「うわ、凄い顔だね。死体が目を覚ました瞬間みたいだよ。まさに恐怖体験だね」

「そうですか? じゃあちょっとそれっぽい動きをしてみますね。お代はお昼奢りでオッケーです」


 悪霊に取り付かれた人間風に、カタカタと人形めいた動きをしてあげる。そして、飯をよこせーとくぐもった声を出してみた。クローネは、うわぁと三歩後ずさった。残っていた他の学生は悲鳴をあげて教室から出て行ってしまった。

 

「本当に凄い。夜に見かけたら間違いなく悲鳴をあげるね。そのまま演劇の道に進めそうだよ」

「でもクローネは平気なんですね」

「あはは。ちょっとビビったけども、まぁ。私は好奇心が強い方でね。そういう話は大好きなんだ。呪いで人が死ぬとか、恨みで化けてでるなんて理不尽で良いよね」

「変人ですね」

「チビに言われたらおしまいだよ」


 クローネが笑って、鞄に荷物をまとめ始める。私は慌てて声をかける。


「ちょっと待ってください。お弁当は買わなければいけないんですか?」

「いや、ちゃんと給食が支給されるよ。気分的にはタダ飯だね。お代わりは自由だけど、美味しくないから全く嬉しくないけど」

「そうなんですか」

「うん。それじゃあ行くかい。数少ない女子同士、仲良くするのはいいことだと思うね。徒党を組むってやつだ。政治結社かな?」


 クローネが立ち上がると、勢いよく手を叩く。やっぱりデカい。180cm台半ばくらいあるだろうか。私も立ち上がる。それなのに大いに見上げる形だ。小人と巨人の完成である。


「あれ、もう一人女子がいるのでは?」

「あー、頭のおかしいサンドラのことかな? 授業以外ではほとんど、まったく、これっぽっちも喋らないね。私は男子に混ざったりするけど。あいつは図書館に入り浸り。真面目で堅い上に、頭がおかしいんだ」

「へー」

「仲良くするしないは任せるとして。ま、これからは多分、女三人で大砲運ばされるんじゃないかな。チビが力持ちなことを祈っておくよ」


 そう笑うと、私の頭を軽く叩いてずんずんと背中を押し始める。相当ひょうきんな性格らしい。男所帯ではモテそうだが、はたして。


 



 士官学校の食堂はそれはもう広かった。17期から20期の全学生を一遍に収容できるらしい。色々な催しもここでやるんだとか。卒業パーティーとかかな? 気になるのは、向こう半分は綺麗な食器の上に、いろとりどりの凝った料理が並んでいるのに対し、こちら半分はパン、肉、黒ずんだ野菜、チーズが適当に乗っかっているだけ。なんか澱んでる空気も出てるし。見るからに酷い格差である。

 

「やっぱり気になるよね。うん、わかるわかる。でも諦めな。あっち側は貴族様の席でね」

「貴族席?」

「そそ。太陽の光も当たって暖かいし、椅子もそれはもう柔らかい。で、こっちは市民やその他席。砲兵科に進むような間抜けな没落貴族と、噂の元ブルーローズ家御令嬢もこっち側だね。ま、住めば都っていうし我慢しな」

「でも、あっちの方が美味しそうですね。凄く良い匂いがします」

「そりゃそうだ。ただ、歩兵科砲兵科の生徒は絶対に食べられない。伝統のある身分制ってのは厳しいよね。これを毎日見てたら思わず共和制信奉者になる理由も分かるね」


 強引に私を座らせると、クローネが料理を取りに行く。貴族様はウエイターっぽい人が注文を取るのに対し、こっちはバイキング形式。自分でとりにいけということだ。セルフサービス。

 

「はいよ。お代わりは自分でよろしくね」

「ありがとうございます」

「うん、最初だけね。いやー、どんな顔して食べるのか興味があったんだ。さ、食べてみて」


 意味が分からなかったが、とりあえず勧められた野菜から口にする。萎びたピクルスもどき。酸っぱい。思わず顔を顰める。

 

「――凄く普通だ。もっと酸っぱい顔してくれるかと思ったのに。タコの口みたいに」

「ご期待に添えなくて申し訳ありません。がっかりでしたね」

「全くだよ。しかし、その顔だとカードゲームとか得意そうだね。感情を読みにくい。将来は外交官になるといいんじゃないかな」

「うーん。でも砲兵科ですし」

「なに、世の中どうなるか分からないよ。ここだけの話、誰が王様になってもおかしくない。東の国では、妾の子が大帝になりあがったとかなんとか。血縁全部ぶっ殺して、宮殿をぶった切って一気に制圧したとかすごい胡散臭い噂もあるし。どんな化け物なんだってね」

「へー。半分嘘でも凄いですね」


 りょふさんでもいたのかな。会うことはないけど、いつか新聞とかで見れるかも。楽しみである。


「間違いなく世の中は動き出すよ。そのうち、こっちもひっくり返るかもね」


 パンを貪りながら、貴族席を小馬鹿にした表情で眺めるクローネ。その目には野心が滾っている。私もあやかろうと、似たように貴族連中、中でも一番偉そうな顔でベチャクチャ喋っている優男に視線を集中させた。なんというか、典型的である。で、きになったのはその隣の人。


「どれどれ。あ、あの人没落しそうですね。それに隣のあの人、顔に死相が出てます」

「うん? あー、あれは――」


 ――と。

 

「この無礼者がッ!!」


 いきなり怒鳴り声をあげる優男の付き人その一。なんか死相が出てた人である。死相ってなんだという話だけど、ピンときてしまった。しかし、なんで怒鳴っているのかが分からなかったので、周囲を見渡す。皆、関わりたくないといった感じで顔を背けている。距離を取り始める。


「そこの貴様だ!! 同じ空間にいるだけでも汚らわしいというのに、こちらに不埒な視線をむけるとは何を考えている! 下賎な身の分際で!!」


 指をこれでもかとさしてくる。どうやら下賤な輩は私らしかった。

 

「あれれ。もしかして、私ですか?」

「いきなり偉いのに喧嘩売られちゃったね。あ、もしかして挑発でもしちゃったとか?」

「そういうつもりじゃなかったんですが」


 だって、美味しそうなソースの掛かったステーキ、なんだか彩り豊かな野菜、ついでにケーキまで用意されているんだもの。ずるいなぁと少し妬みの視線が混ざってしまったのは否めない。それが相手の不興を買ってしまったのか。うっかりである。

 

「あれは17期の騎兵科の連中さ。卒業が確約されてるから、好き放題遊びほうけてる馬鹿ども。で、中央にいる一番馬鹿っぽいのがイエローローズ家の未来の当主様さ。確かリーマスとか言ったっけ?」

「なるほどー」


 イエローローズ家といえば、義母ミリアーネの家だったはず。つまり、義理の親戚さんだったわけで。ブルーローズ姓はないから、もう過去形だ。残念。

 

「全く興味なさそうだねぇ。向こうはいきり立ってるけど、どうする? 叩きのめすにはちょっと今は人数が足りないねぇ。いっそのこと逃げる?」

「ということは、いつもは人数がいるんですか?」

「うん、大抵は私の仲間が結構いるんだけどね。今日はほら、いきなり男ばかりじゃチビが萎縮しちゃうかと思ってさ。他所に行っててもらったのさ」

「なるほど。じゃあ、どうしたら許してくれるか聞いてみましょうか」


 相談しているうちに、付き人その一さんが近くまでやってきていた。それはもう見下した視線である。

 

「――おい、貴様」

「はい。なんでしょうか」 

「なんでしょうか、ではない。何を偉そうに椅子に座っている。お前らは床を這いつくばって、惨めにブタの餌を食ってればいいんだ。我らとは何もかも違うということを理解しておけ。下民の頭でもそれくらいは分かるだろう?」

「はい、ごめんなさい」

「薄汚い下民が。謝るときは床に跪けッ!!」


 椅子を蹴り払われ、私は床に転げ落ちた。ついでに、付き人さんの汚い足でぐりぐりと頭を踏みつけられる。髪が汚れてしまった。がっかり。

 

「ちょっと待ちなよ」

「うん? 誰かと思ったらパレアナ島の没落ノッポか。目障りだからすっこんでいろ」

「誰が没落ノッポだよ。ぬるま湯に浸かりすぎて、頭だけじゃなく目も腐ったんじゃないのか? よーし、身分と腕っぷしは全く比例しないってことを試してやるよ」

 

 クローネが手を出そうとしたので、私は首を振って制止しておく。しかし、そろそろ頭が痛いので、付き人さんの足首を両手で握って動かすことにする。憎しみを篭めて、全力で。精々苦しめと強く強く祈りつつ。あれ、勝手に祈られてしまった。まぁいいか。どうせ死ぬんだし。

 

「え? ――っ! あ、足が! ぎゃあああああああああああッッ!!」

「ど、どうした!?」

「騒がしい、何事だ!」


 付き人さんその一は悲鳴をあげながら暴れはじめ、貴族さんのテーブルに向かって全力ダイブしていった。コントみたいでかなり面白い。思わず笑ってしまう。ついでに指もさしちゃおう。

 

「お、俺の足がッ! や、焼けてる! 骨まで、焼けてる!! あ、熱い、なんだこれはあああああああッ!!」


 付き人さんその二が、その一のズボンをまくって足首を確認している。普通の足首で、別に異常はない。それはそうだ。私の力で骨が折れるわけがない。

 

「……特になんでもないようだが。まさか、その年で贅沢病か?」

「違う違う違うッ! ぐあああああああああああ!! い、医者を呼んでくれ! ほ、本当に死ぬ!!」

「ええい、全くやかましい奴だ。もういい、私は食欲が失せた。君たちは彼を医務室に運んでやれ。悪いが先に失礼する」


 イエローローズ家のリーマス君が、ナプキンで口を拭いて、立ち上がる。私を冷たい目で一瞥すると、そのまま食堂を出て行ってしまった。続いて、付き人さんズがてんやわんやで立ち去っていく。忙しい人達である。


「……なんだか分からないけど、してやったね。毒でも刺したのかい?」

「いえ全くなにもしてないです。なんで痛がってたのでしょうか」


 握ったところが丁度弁慶の泣き所に当たってしまったのか。それとも本当に痛風だったのか。それなら地獄の苦しみである。


「ま、普段良いものばっか食ってるから、贅沢病にかかるのさ。本当に馬鹿な奴だ。それより、美味しそうな料理が一杯残ったままだし。チビ、これもらっちゃおうよ」

「それは、とても良い考えですね。グッドです」


 私は諸手をあげて賛同する。慌てて制止しようとするウエイターだが、ちょっと及び腰だ。

 

「ちょ、ちょっとまて、お前たち! それはお前たちのでは――」

「でも残したらもったいないだろう。だから私たちが美味しくいただこうっていうのさ。じゃ、そういうことで。ほら、暇なら他の貴族様のお世話をしてなよ」


 手づかみで豪勢な肉料理をむしゃむしゃ食べていくクローネ。まさに野生児そのもの。私は一応フォークと皿をもって、美味しそうな菓子に手を出していく。私は甘党なのだ。

 貴族席の人達は嫌な顔をしているが、わざわざ立ち上がって注意するのが面倒くさいようだ。クローネ、私と目を向けると、目を見開いて小声で話し始める。

 市民席の人達は、相変わらず顔を伏せて黙々と食べている。触らぬ神に祟りなしを体現しているのかもしれない。それはそれでありである。私はなしだけど。それでは面白くない。

 

「いやぁ。一足早く席が入れ替わっちゃったなぁ。ま、今回のは予行演習ということにしておこうか」

「やっぱり、こっち側に来たいんですか?」

「それはそうだよ。美味しい食事に美味しい酒、でっかい家にだだっぴろい畑、たくさんの家来に綺麗な花嫁! 金銀財宝、酒池肉林。男なら誰しもが描く野望らしいよ。それを、女の私が実現してやろうと思ってさ。こういうこと言うと、皆笑って馬鹿にするんだけど」

「いえ、素敵な夢ですね」


 若き野心家、クローネさん。目がキラキラと輝いている。体格が立派なので、なんだか迫力がある。彼女にはカリスマがあるかもしれない。もう仲間もいるらしいし。

 

「そうだろう? チビもさ、あの馬鹿に抵抗した気概は立派だったよ。チビが優秀でその気があるなら、私の仲間にしてあげるよ。私が偉くなったら、一気に減らすからさ。あれなら、入れ替わりにチビが座っても良いと思うな」

「減らす? 何をです」

「んー。他の連中には内緒だよ?」


 骨をくわえながら、私の耳に近寄ってくる。他の人には聞かせたくないようだ。小声でクローネが囁く。

 

「――多いんだよ。このエウロペ大陸にはさ」

「多い?」

「王様やら皇帝やらがさ。ちょっとばかり多すぎる。詐欺師の売る奇跡の壺じゃないんだから。ま、エウロペに小さい国が多すぎるのがいけないんだけど。だからさ、私が偉くなったら片っ端から整理していくよ。それで綺麗に一つにしちゃうんだ。その時の地図は見物だと思うね」


 そう言って白い歯を見せて笑うクローネ。大きな夢というか野望である。私は思わず凄いなぁと感心してしまうのであった。

 

「だから、私はここにいるんだ。故に私は学ばなければいけない。――近い将来、私の指揮する大砲が世界を変えるのさ」


 クローネはきわめて真剣な顔で強く言い切った。その光景は、まるで名画みたいだった。あるいは映画の1シーン。……口にソースの汚れがついている以外は、本当に完璧だった。周囲の視線が気になるところだったが、私は盛大に拍手しておいた。


 



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[一言] こいつ、ナポレオンにもなれるそうだ
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