第十話 はじめまして
親切な学長先生に細かい説明を受けた私は、これから所属することになる教官に紹介されることとなった。各期毎の、各学科がいわゆる一クラスに当たり、それぞれ担当教官が就いているらしい。私が所属するのは、20期砲兵科である。ちょっと格好良い。学校には20年の歴史があるらしいが、砲兵科は去年新設されたばかり。1月からスタートしているので、私はなんと半年の遅れ。本当に大丈夫だろうか。結構不安である。
「それじゃあ、ガルド君、後は任せるよ。何かあったら君に一任するからそのつもりでよろしく」
「は、はぁ。まぁ分かりました。でも、本当に良いんですか? ウチは砲兵科ですよ?」
「うん、今回は特例だからね。でも、特別扱いは本当にしなくていいんだ。普通にね、普通に。他の学生ともめごとを起こさせないよう、そこだけは宜しく頼むよ。特に、私にだけは、絶対に、迷惑をかけないように。いいね?」
「はぁ。まぁ分かりましたがね」
ゴツい肉体の日焼けしたおじさん――ガルドが立ち去っていく学長に敬礼すると、私に向き直る。怪訝な表情でジロジロと視線を向けてくる。
「特例、ねぇ。確かに普通じゃなさそうだ。どういういわくつきなのかね」
「一応普通のつもりです」
そう言ったが、全く納得いってなさそうな表情だった。
「俺は20期砲兵科の連中の面倒を見てる、ガルドだ。今は女も権利を主張する世の中なんだろ? だから、平等にやっていくぞ。お前の家柄がどうだとかは全く知らん。他の奴らは知らんが、俺は一切考慮しない。入学の遅れも年齢についても特別扱いはしない。分からないことがあったら聞くなり調べるなりして、自分で努力して追いつくことだ。お前に一々合わせていたら、他の連中が迷惑するからな」
転入生に合わせて授業を遅らせてくれる学校はないだろう。多少便宜をはかってくれても良いと思うけど。このガルド先生はそこらへんは厳しいらしい。顔もなんだか険しいし。
「はい、よく分かります」
「宜しい。ならば早速案内しよう。そういえば、授業を受ける準備はできてるのか?」
「はい、一応は」
筆記用具にサーベル、普通の制服とは違う軍服っぽいものを沢山貰っている。着てみると、一般兵その一になった気分になれる。頑丈な素材っぽいけど弾が当たったりしたら、普通に死んじゃうだろう。鎧や兜というのは時代遅れということなのか。良く分からない。分からないから勉強するのである。なるほど、納得だ。
◆
20期砲兵科の教室に案内される。なんか汚いけど、それなりに広い教室だ。人数は50人ぐらいだろうか。これが私の同級生になるようだ。やっぱり女性は少ない。見る限り二人だけかな。女性の社会進出云々と怒る人がでそうだけど、よく考えるとここは士官学校である。軍人になりたい女性は少ないだろう。
『…………』
気のせいではなく、本当に空気が悪い。なんというか、あまり歓迎されてない雰囲気。とりあえず会釈しようかと目を合わせる努力をする。が、殆どの学生たちが露骨に目を逸らしている。唯一反応があったのは、さっき見つけた女子二人だけ。金髪ぼさぼさ頭の大柄の人と、インテリメガネ風の茶髪の人である。ぼさぼさ頭はニヤニヤ笑顔、もう片方のインテリメガネは、こちらを見定めるように観察する目だった。ピースしたら、溜息を吐かれた。がっかりである。
「喜べ諸君、君たちに早くも新しい仲間が出来たぞ。嬉しいだろう? まだ半年なのに、すでに十人ほどが退学してしまったからな。ああ、久々に良い話ができて俺も嬉しい。諸君はなおさら嬉しいだろう」
『…………』
反応なし。ざわめきもなし。超シーンとしている。
「嬉しさのあまり言葉もないそうだ。さて、時間がもったいない。自己紹介を頼む」
「はい」
自己紹介。ウケを狙おうかと思ったが、コケたら恥ずかしいのでやめておこう。ここは軍人を養成する学校だから、まともなことを言わなければ。
「今日からここで勉強することになりました、ミツバ・クローブといいます。まだ11才ですが、皆に追いつけるように頑張ります。将来は、ここで勉強したことを活かして、一杯人を殺せるように頑張りたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします」
「……ミツバ。国の為に働けるようにと言い換えろ。正直なのは良いことだが、言葉は選ぶようにしろ」
「はい、分かりました。将来は国の為に働けるように頑張りたいです」
『…………』
ガルドが乾いた拍手をしてくれる。学生は金髪ぼさぼさ以外の拍手はなし。やっぱり歓迎されていなかった。
「実に素晴らしい挨拶だったな。まさに士官候補生の鑑と言えるだろう。諸君らも彼女に負けないように、今以上に勉学、訓練に励め。それでは、各自授業の準備をしておけ。ミツバは適当に席についていろ。俺は講師を呼んでくる」
「はい、分かりました」
どうやら科目ごとに講師がいるらしく、担任のガルドは教室から出て行ってしまった。
どこに座ろうかなーと眺めていると、露骨に空席に荷物や上着を置き始める学生たち。なんだか嫌な感じだが、最初だから仕方ない。人見知りする人達なのかもしれないし。私も彼らだったら、いきなりは嫌だなーと思うだろう。挨拶とかした後に教科書とか見せなくちゃいけないのはレベルが高い。なんかきまずいし。
「おーいチビ。こっちこっち。私の隣にきなよ!」
一番後ろの席で、両手で合図してくる大柄の女。周囲の空気を読まずに、とてもアピールしている。それはもう大声で喧しいぐらいに。
「…………えーと」
「ほらほら、早くしなよ。立ってても始まらないでしょ。時間の無駄さ!」
「はい」
流されるままに頷き、最後尾の空席へと腰掛ける。私の目は悪くないようなので、黒板はしっかり見える。が、前の震えている男子学生が非常に邪魔である。つい舌打ちしてしまったら、男子学生は慌てて別の空席に移動してしまった。うん、とても見やすい。
「お、さっそくご利益発動ってね。どんな悪評でも、それはそれで立派な武器になるよなぁ。うんうん」
ニヤニヤ笑顔の金髪ぼさぼさ頭の女。いや、一応少女か。身体つきを見る限り、かなり身長は高そうだ。机を乱暴にくっつけてくると、「それじゃあ宜しく!」と大声で挨拶してきた。と、今度は小声で耳打ちしてくる。忙しい人だ。
「いやいや。お前が来る前にさ、前に座ってたあいつをちょいと脅しておいたんだよ。背後で呪詛を呟くらしいぞ、ってね。そうしたらあのザマさ。これが流言飛語って奴で、何事も実践してみないとというわけで。私も将来は一杯使っていくとしよう」
ペンをさらさらとノートに走らせている。
「あのー」
「でさ、知ってた? チビの最初の授業は歴史学。偉大なローゼリアの偉業を学べてしまう授業なんだけど」
「はい?」
こちらの声は彼女の耳には届かないらしい。がっかり。
「この授業は眠気が一番の大敵でね。偉大な王様が偉大なことを偉大にやったから、最後は偉大な功績を収めましたでいつも終わるんだけど。何もかもが良いところばかりで凄いのさ。それなのに最近景気が悪い理由は一言も説明してくれないんだよ。数年前のドリエンテの負け戦も完全になかったことになってるし。やっぱ、偉大だからなかったことになったのかな? やっぱ偉くなりたいよね」
大あくびをすると、机に突っ伏す金髪ぼさぼさ。やる気のかけらもなさそうだった。
「でさー。チビはそんなチビなのになんで軍人になりたいの。例の悪評とか噂を払拭するためとか?」
「――凄い。いきなり突っ込んできますね」
「まぁね」
グイグイと近づいてくる。わが道を行くタイプらしい。
「私は自分のペースを重視する性質でね。自分を変えるんじゃなく、相手を変える方が好きなのさ。その方が人生楽だよね」
「そうなんですか」
巻き込まれる方は大変だ。主に私。でも教科書見せてくれるし、なんか色々面白い小話を聞かせてくれるので差し引きゼロ。オッケー。
「うん。で、どうなのさ。お国のために命を捧げますとか言って頑張っちゃうの? 名誉の戦死とかしちゃう系?」
「そういうあれはないんですけど。もう家にはいられそうもなかったですし。そうしたら、ここを紹介されました」
「へー。そりゃ大変だね。ま、どうでも良いんだけど。しかし、よりにもよって砲兵科とはね。チビは当たりを引いたね」
だるそうに突っ伏すと、横顔だけこちらを見て笑いかけてくる。からかうような顔で。
「当たりってどういうことです?」
「砲兵科はさー。歩兵科と全く同じ授業に加えて、大砲についても学べてしまうんだけどさ。大砲の移動の大変さを知ったら、思わず辞めたくなるみたいで。もう十人も脱走してるから。女子で残ってるのは私ともう一人だけさ」
「…………」
「でもでもでもだ。ぶっ放すときのあの爽快感は堪らないんだよね。あれを一列に並べて撃ったら、それはもう豪快でさ。障壁を張った偉そうな騎兵だって、あれなら一網打尽だよ」
「はぁ」
「でもさー経費節約とかいって、一週間に一回しか撃てないんだよ。馬やら魔道具は沢山買うくせに。ずるいよなー。そんなものより砲弾だよ砲弾。もっと実弾演習すべきだよ」
「そうなんですか」
「そうなんですよ。でさー、なんとかしたくなるだろう?」
「まぁ、なんとかしたくなりますね」
「話が分かるねぇ。嬉しいよ」
私と金髪ぼさぼさ頭は、視線を合わせると、ニヤリと笑いあった。多分、良い笑顔だったと思う。
そういえば。相手は私の名前を知っているけど、私は知らないのであった。少ない女性同士、ここはちゃんと聞いておこう。
「で、貴方のお名前はなんですか?」
「ははっ、お前の名前はミツバだろ。覚えた覚えた。私の背をお前が抜かすまではチビって呼ぶからよろしく」
「じゃあ、私はデカ女かノッポさんって呼んで良いです?」
「それは駄目だね。却下だ。主に私が傷つくから」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
得意気に頬を掻く金髪ボサボサ頭。
「チビと呼ばれる私の精神についてはどうお考えで?」
「いいじゃん、事実だし。それにチビには可愛らしい響きがあるけど、デカ女やノッポはいまいちだしね。私の心にはさっぱり響かない」
「――まぁそれはともかく。貴方のお名前はなんですか?」
軽く応酬をした後、本題に切り込む。どうやら、このでかい金髪ぼさぼさとは相性が良いらしい。私も遠慮してないし、相手も遠慮を感じない。何でかは知らない。
「あれ、言ってなかったっけ」
「はい。言ってません」
「クローネ。クローネ・パレアナ・セントヘレナ。まー没落した元貴族ってやつだね。落ちぶれてもパレアナの名誉姓だけは売らなかったのさ。くだらない意地だねぇ」
「名誉姓ですか」
「こんなものただの飾りだよ。さっさと売っちゃえば良かったのにね。もってたってパンをくれる人はいなかったしさ。でも、大して食べてなかったのに、こんなにデカくなれるんだよ。人間って不思議だねぇ」
「そうですね」
「あ、ブルーローズ家には全く敵わないけど、うちの兄貴と結婚すればパレアナ姓になれるよ。どう?」
名前の話から結婚相手の紹介に話が飛んだ。色々と凄い。多分、この教室では浮いた存在だと思う。ん。もしかして私も浮いているのかも。大声で話してるのに、誰もこっちを見てくれないし。
「一応考えておきます」
「あ、全然心が篭ってないね。ま、大した兄貴じゃないから止めた方がいいよ。じゃあ、私は寝るから、この教科書をチビに貸してあげよう。後で新品を貰えるんだろうし、あれなら脱走した馬鹿共のを使ったっていいさ。ほぼ新品」
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。でも今度倍で返しておくれ」
「考えておきます」
「よろしく!」
教科書をこちらにぽいっと放り投げると、クローネはぐーすか居眠りを始めてしまった。不良学生かと思いきや、歴史の教科書には色々なことがペンで書かれている。質問した事に対しての講師からの返答。それに対しての疑問を書き加えたり。他にも中々鋭い考察が多い。ずぼらに見えたけど、頭は良いようだった。
私も負けずに頑張ろうと思ったが、となりで寝ている呑気な女を見ていたら、なんだか眠くなってきた。講師の話は全然面白くないし。何を言っているのかさっぱり分からない。固有名詞が多すぎて、それは何かを教科書で調べているともう次にいってるし。それに半年も遅れがあるから授業内容が全く頭にはいってこない。お経みたいだ。成仏しちゃいそう。役に立たなそうなので、私は教科書に意識を集中させることにした。クローネのメモつきを読んでた方が色々面白いし役に立ちそうである。そう思って、視線を戻したら、クローネが面白そうに笑っていた。狸寝入りしてこちらをさっきから眺めていたらしい。全然似てないけど、なんとなくニコ所長的な人だなぁと思った。




