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第一話 目覚め

 ノイズしか映さないテレビをずっと眺めていた。多分、眺めていたんだと思う。自分のことなのに多分というのは、意識がはっきりしたのが今だからだ。――で、意識が遠くなるくらいそれを眺めていたけど、変化が何もなかったので私はテレビの前からようやく離れる事にした。だって暇すぎて死にそうだから。


「あれ」


 そんなことを思ったとき、今度は場面が一気に移り変わった。チャンネルが切り替わったかのようで世界がぐるぐると回っていた。気持ち悪くなるかと思ったら、そんなに気分は悪くなかった。数十分は経過したのだろうか。ぐるぐるしていた私は何故かテレビの中にいた。テレビから外の世界が見えた。世界はいつも通りに進んでいた。私には意味が分からなかった。ぐるぐるが緩やかになり、どこからかやってきた二つの光が私と混ざり合ったとき、今までにない強烈な光が私たちを包んだ。なんとなく浮遊感をかんじたので、どこか遠くへと飛ばされてしまったような感覚だった。


「トンネルを抜けたら、そこは?」


 何も見えないトンネル――黒色を抜けて、とても冷たい海中――青色を掻い潜って、なんだか纏わりつく靄――紫色を切り開いて、私たちはようやく白く眩い明るい出口を見つけた。そこに一歩足を踏み入れた瞬間、背中に感じていた重い何かが消失し、まるで大空へ、いや宇宙へ飛び立ったかのような凄まじい解放感に浸ることができた。最初に私たちの頭に浮かんだのは。


 『この世界は私のために回っている』


 ――もちろんそんな訳はないのだが、それくらいのハイテンションな感じで世界を眺めていたら、いつのまにか白いお髭がダンディなおじさんに抱きしめられていた。

 ああ、私は目覚めていたのだ。

 

「おお、おおッ!?」

「?」

「か、神が、ようやく、ようやく、我が祈りを聞き届けてくださった。い、偉大なる神よッ、心より感謝いたしますっ!」

「?」

 

 折角のダンディフェイスなのに、何故か鼻水と涙で顔はぐしゃぐしゃであった。とりあえず何か声を掛けようと思い口を開いてみたのだが、喉が凄まじい痛みを訴えていう事を聞いてくれない。扁桃腺をやってしまったかなと思った。前から私は扁桃腺が弱かった気がする。本当にそうかはわからない。

 

「……ア、アれ?」

「――ど、どうしたのだ。ま、まさか。また。いや、やはり不完全だったのか?」


 顔を青褪めさせて慌てるおじさん。ムンクの叫びみたいで面白かったので思わず笑ってしまったが、私の表情は上手く動かせなかった。ガチガチに凝り固まっている。というか、初対面の人なのに笑ったりしたら失礼である。

 

「…………」

「ミ、ミツバ? 大丈夫、なのか? か、身体は」

「ウ、……ア」

「や、やはり、今回の魔術も完璧ではなかったのか?」


 魔術がどうのと、よく分からないことを言うおじさん。アニメの見すぎかなと思ったが、いわゆるひとつのジョークの類なのだろう。私の緊張を解すための。


「し、しかし、ど、どうすればよいのだッ! ニコレイナスを呼んでいる時間なぞとても――」

「…………」


 しばらく目を閉じて考えた結果、声を出すのを諦めて自分の喉をツンツンと指し示すことにした。最初からこうすればよかったのだ。暫くの沈黙の後、おじさんは安堵の息を吐いて、笑みを浮かべる。

 

「か、身体は大丈夫なのか? 維持できるか?」


 うんうんと頷き、喉を再度示す。


「の、喉か? 喉が痛いんだな!?」

 

 うんうんと頷く。ようやく理解してくれたようだ。


「おお、おお、ミツバよ。我が最愛の妻の忘れ形見よ! 目覚めたばかりだというのに、もうその声を私に聴かせてくれようというのか!」

「…………」


 浸っているおじさん。水はまだこない。


「なんと心優しい――い、いや、今はそれよりも水、水だッ。おいっ、そこで立ち尽くしていないで早く水を寄越さぬか! ミツバが喉を痛めているのだぞ!」

「す、すぐに用意いたします!」


 喉はガラガラだが、視界の方はしっかりしている。ダンディなおじさんに命じられた使用人のおばさんが、大慌てで水差しを差し出した。おじさんが、私を片手に抱いたまま、水差しを飲ましてくれる。なるほど、どうやら私は看病されていたらしい。

 

「さぁ、慌てずに飲みなさい。もう大丈夫だ、何も心配はいらぬぞ」

「…………」

「あらゆるものから私が守ってやる。今度こそ守ろう。誰が何を言おうとも、お前は私が全身全霊を懸けて守る。そしてお前が全てを受け継ぐのだ。そう、お前以外の誰にも渡さぬ」

「?」


 私が頭に疑問符を浮かべると、おじさんは苦笑して首を横に振った。

 

「……ああ、嬉しさのあまりつい先走ってしまったようだ。積もる話は山のようにあるが、何も慌てることはないのだ。……うむ、軽い食事を用意させるから、まずは落ち着くと良い。私も一度顔を洗って出直さなければならないな。こんな顔ではとても父親面などできぬ。とにかく、話はそれからにしようではないか」


 おじさんの優しい声に、私は軽く頷く。状況把握がさっぱりなので、その配慮はとてもありがたい。だが、とりあえず一つだけ聞いておこう。これを聞かなくては、全くもって落ち着かない。


「ひとつだけ」

「なんだ? どうしたのだ」

「……ひとつだけ、教えてください」

「うん? 何でも遠慮なく聞いて構わないぞ」

「私は、一体誰なんです?」


 その言葉に一瞬だけ落胆の様子を見せるが、すぐに先ほどの笑顔に戻るおじさん。

 

「お前はミツバ・ブルーローズ・クローブだ。クローブ家の令嬢にして、偉大なるローゼリア七杖の一つ、ブルーローズの名を継ぐ者だ。だが、今はそんなことは良いのだ。私の最愛の娘だということだけは知っておいてほしい」


 ゴツゴツした硬い手で私の頭を撫でると、使用人に合図をしておじさんは部屋を出て行こうとする。

 

「最高の食事を用意するように。後、着る物もすぐに手配せよ。急ぎ頼むぞ!」

「お、お待ちくださいご主人様! お、お食事とおっしゃいましても、その、私どもにはとてもお嬢さまに触れられません」

「戯けが! 何を馬鹿な事をぬかすか。もう魔光石や触媒なぞ必要ないのだ。ミツバの初めての食事になるのだから、とびきりのものを用意せよ!」

「し、しかしながら。私たちだけでは、何かありましたら、その手に負え――」

「ならばピエールに伝えて手配させればよかろう! 私はミツバのために急ぎやらねばならんことがあるのだ!」


 使用人のおばさんはブンブンと首を振っていたが、おじさん――多分お父さんは聞く耳を持たずにずかずかと歩いていってしまった。後に残されたおばさんは、呆然と立ち尽くしている。

 

 ――私の名前はミツバというらしい。うんうんと頷きながら、部屋に飾ってあった装飾豊かな鏡に視線を向ける。そこには、真っ白い肌をした銀髪青目の人形みたいな少女がいた。人形みたいなというと聞こえは良いが、実際は死人みたいだなと思う。自分の頬に両手を当ててみる。冷たい。が、一応生きてはいるようだ。一安心。自分がゾンビの可能性はなくなった。良かった良かった。

 使用人さんに視線を向ける。何故か、ヒッと小さく悲鳴を上げて、直立不動の姿勢。

 

「あの」

「は、はい、はい。な、ななななな、なんでございましょうか」

「――ここは、どこなんですか?」

「ミ、ミツバ様のお部屋でございます。わ、私はミツバ様のお世話を命じられただけの、しがない使用人めにございます」

「そうなんだ。で、貴方はだれです?」

「ル、ルビナ、使用人のルビナと申します。半年ほど前より、この館におつかえしております」

「あ、そう」

「ミ、ミツバ様。ど、どうか、私どもの魂を吸うのだけはお許しくださいませッッ!」


 そう言うと、使用人のおばさんはその場にいきなり正座して礼拝を行ない始めた。この祈りの対象は私らしい。何か祝詞みたいなものを唱えているけど、当然私は成仏しない。なぜなら霊魂ではないから。ちゃんと肉体はあるし。

 

「魂を吸う?」

「ひ、ひいいいいいっ!」

「私は、魂を吸えるの?」


 私はいつから魂吸いに変化したのだろうか。それともこれもジョークの類なのだろうか。よく分からない。魂が美味しいかどうかは私には分からない。多分ソフトクリームみたいな形だとは思う。これは私ジョークである。

 

「わ、私めは存じ上げません! 何も存じません! 見ておりません、聞いておりません!」

「ねぇ。私は、貴方の、魂を吸えるの?」

「お、おおおおお、お許しを、お許しを! ああ、神よお助けください!」

 

 残念なことにおばさんからは話を聞きだせそうに無い。ふと隙間風の気配を感じて、そちらに目をやる。ドアが半開きになっており、そこからメイド服を着た女性たちや執事っぽい人がこちらを覗きこんでいる。どれもこれも顔色が悪い。


 ベッドから抜け出し、震える足を堪えながら、フラフラと立ち上がる。なんだか肩や腕がぎくしゃくする。変な歩き方になっているような気がする。使用人のおばさんが歯をガチガチと鳴らしながらこちらを凝視している。私は安心させてあげようと、そのくしゃくしゃ頭に手を置いた。

 

「――げぷっ」


 変な悲鳴とともに、おばさんは泡を吹いて前のめりに倒れこんでしまった。あわあわ呻いているので、生きてはいるようだ。仕方ないのでドアの向こうに再び視線を向ける。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 という盛大な悲鳴とともに、女性メイドたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。その場に残されたのは、腰を抜かしている哀れな執事っぽいおじさん。

 

「――わ、私は、こ、腰が、抜けて。だ、誰か」

「それで、貴方は誰です?」


 腰に手を当てているおじさんを見下ろしながら問いかける。おじさんはあわあわと周囲を見渡した後、観念したように口を開く。

 

「こ、この館に長年お仕えしております、ピ、ピエールと申します。執事として、使用人たちの統括を――」

「ピエールさんですか。じゃあ、貴方でいいや。うん、貴方にしよう。この世界のお話、いろいろと聞かせてね? 私、何も分からないので。初心者なんです」


 私はニコリと笑みを作ると、執事さんのほうへとゆっくりと歩き始めたのだった。今度は驚かさないように、慎重に、一歩ずつ、着実に床を踏みしめながら。ピエールは、なんだか泣きそうな顔で一生懸命に頷いていた。これでは首が痛くなってしまうだろう。

 

 何はともあれ、なんだか忙しない日々がやってきそうな気がする。まぁ、なるようになるだろう。そんな感じで目覚めたみたいだし、きっとなんとかなるさ。

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