悪い魔女と泉の乙女
どんな人間なら満足なのか。
なやんだハウラプはまず、美しい人間を差し出してみることにしました。
妖精がほしがったふたりはどちらも、母親が美しいと評判だったからです。
美しいと評判で、妖精のむちゃな遊びに付き合えるくらい健康でこころが広くて、できるだけ簡単に犠牲になってくれるひとが良い。
「……なんだその無理難題は」
自分で考えた条件ながら、ハウラプはそのむちゃくちゃさにぼやきました。そんなひと、本当にいるのだろうか。
妖精の谷の妖精だけを気にしていれば良いわけではないハウラプは、ほかの妖精のいたずらにも対応しながら、条件に合いそうなひとを探しました。そうしてやっと見つけたのは、サロルン、ピリカの生れた国のとある教会の若いシスターでした。
そのシスターは美人と評判でしたし、教会は孤児院も運営していてかのじょも孤児たちの世話をしていたので、妖精たちの相手もできるでしょう。
ハウラプはさっそく教会へ向かい、若いシスターに事情を話しました。事情を聞いたシスターは、人助けのためならばとうなずいたあとで、そのかわりにお願いを聞いてほしいと言いました。
「わたしにできることなら、なんでもします」
ハウラプは無事に話がつきそうなことにほっとしながら、シスターのお願いをききます。
シスターは、孤児院のためにお金かものがほしいと答えました。王族や貴族の寄付だけで成り立つ孤児院は、とても貧しかったのです。孤児院の庭を畑にして食べるものを育てたり、シスターや年上の孤児たちが針子の仕事などでかせいだりもしているそうですが、それでも育ち盛りのこどもたちが暮らすには、じゅうぶんでないのだとシスターは悲しげな顔をしました。
「それくらいならお安いご用です……けれど」
ハウラプは眉尻を下げて、シスターの後ろを見ました。
孤児院のなかの個室で話をしていたのですが、部屋の扉はうすく開き、いくつもの目がのぞいていました。
「あなたは、ここに必要みたいですね」
「え?……あ」
ハウラプの視線を追って振り向いたシスターは、扉のすきまを見て口を押さえました。
「でも、」
「お願いは、聞きましょう。けれど、かわりにお願いするのは、妖精の相手ではなく情報の提供です。わたしが探している条件に合う、どこでも良いから遠くに行きたがっているひとを知っていたら、教えてください」
きっとシスターは、この教会の孤児たちにとって、お母さんのような存在なのでしょう。おしくておしくてしかたはありませんが、お母さんをうばうことはできません。なのでかわりに、なにか情報がないかをきくことにしました。
シスターはすこし考えたあとで、こころあたりがある、と答えました。
「私からすこし、話してみます。三日、待ってはもらえませんか?」
「わかりました」
ハウラプは三日後にまた来ると約束し、教会をあとにしました。
そのあとはほかの妖精たちの相手であっと言うまに三日がすぎ、ふたたびすがたを見せたハウラプに、シスターは言いました。
「あなたの住む森の近くに、泉があるでしょう?」
「えーっと……ああ、ありますね」
「その泉のそばに、小さな集落があります」
あったかな、と首をかしげるハウラプに、あるんです、とシスターは言いました。
「その集落で、泉の乙女と呼ばれる子がいます。かのじょなら、魔女さんののぞみにかなうかもしれません」
「泉の乙女、ですね。わかりました。行ってみます」
うなずいたハウラプは、シスターの前にどさりと布と糸を置きました。目を丸くするシスターの手に、重たそうな包みも渡します。シスターの手に置かれた包みは、じゃらりと音を立てました。
「教えてくれてありがとうございます」
「え、でも、」
「服、完成品でなくてごめんなさい。わたしにもらったことは、ないしょにした方が良いですよ」
にこっと笑ったハウラプへ、シスターが言葉を探しているあいだに、ハウラプはさっさと教会を去ってしまいました。
「……あれで、悪い魔女、なんて」
たくさんの布と大金の入った袋を見て、シスターは小さくつぶやきました。
「教義もうわさも、当てにならないものですね」
さて、泉へとやって来たハウラプは、空から泉を見下ろします。
「集落、集落……あ、あった。気づかなかったなぁ」
いつのまにできたんだろう。ひとりごとをつぶやきながら集落に近づいたハウラプは、まずは小鳥を集めて情報を聞き出しました。話を聞くなら小鳥か猫。魔女の鉄則です。ひとには、うらまれていますから。
小鳥から泉の乙女の情報をもらったハウラプは、こっそりと泉の乙女の家をたずねました。
「こんにちは」
「……こんにちは」
とつぜん部屋にあらわれたハウラプに目をまんまるくしながらも、泉の乙女は答えました。さらさらの白銀のかみと、ふかい碧の瞳、ろうのように白いはだ。なるひど、泉から出てきたと言われてもなっとくしてしまいそうな外見です。
「教会のシスターに教えられて来たのですが、話は通っていますか?」
「あなたが、森の魔女?」
「ええ」
「どこが老婆なの?」
「あっ」
孤児院の子をこわがらせないようにと、フードをおろしたままだったことに気づいたハウラプが、あわててフードをかぶりますが、なんと言うか、もう、いまさらです。
「べつにだれかに言ったりしないから、顔を出していれば?」
「……そうですね。それで、えっと」
「妖精のいけにえに、だったかな?」
「はい」
うなずいたハウラプが、泉の乙女に説明します。魔女の仕事はなんなのか。どんな理由で、どんなひとを探しているのか。
「そこで、泉の乙女さんが」
「メム」
「はい?」
「泉の乙女じゃなくて、メム。泉の乙女なんて言うのは、まわりがかってに言っているだけだから」
メムは、肩をすくめて苦笑しました。ハウラプがそんなメムを見て、言います。
「メムさん」
「うん」
「わたしは、ハウラプです」
「そう。よろしく、ハウラプ」
「よろしくお願いします。メムさん」
ハウラプは説明を再開し、説明を聞いたメムは、自分の身の上を話しました。
ここが、遠くの戦火から逃れて来たひとたちのつくった村であること。メムとその友人であるウパチリがここまで来るあいだ、歌い手としてもうけていたこと。メムとウパチリの美しさと声に目をつけたとある貴族が、妾になれと言って来ていること。
「妾になるなんて、まっぴらなんだ。あたしも、ウパチリも」
けれど、もしもその話をことわれば、村のほかの人間に被害が出るかもしれない。
それは嫌なのだと語るメムに、ハウラプは、うん、とうなずきました。
「あなたたちを、“なかったこと”にすることはできますよ」
「それは」
「その貴族からあなたたちについての記憶を消して、あなたもウパチリさんも、この集落……村のほかのひとたちも、そのくさった貴族に目をつけられないようにすることなら、できます」
そのかわり、あなたには妖精の犠牲になってもらいますが。
ハウラプがつげたそのとき、ばんっと部屋の扉が開けられました。
「メムっ、魔女に目をつけられたっ……って、なにその美少女!?」
飛び込んで来た真っ白なかみの少女を見て、ハウラプはきょとんと首をかしげました。
はて、美少女?
どこに美少女がとあたりを見回すハウラプを、メムが笑いました。
「その魔女がこの子だよ。ウパチリ」
「え……だって、森の魔女は偏屈ババアだって」
「まあ、うわさなんてそんなもんじゃない?」
肩をすくめたメムは、ハウラプに目をもどして問いました。
「ハウラプ、あなたのたのみを聞くかわりに、この村を守ってほしい。そう言うとりひきは、むりかな?」
「守ると言うのは、具体的に?」
「あたしたちは、争いのない場所で暮らしたいだけなんだ。だから、よけいな火の粉がふりかからないように、そうだね、悪意あるひとがここのことを知れないようにしてほしい」
「それならできます」
ハウラプの返答にほほえんだメムは、すいっとハウラプへ手を伸ばしました。
「なら、そう言うことで」
「良いんですか?」
「ちょっと待って」
ウパチリを無視して話を進めようとしたメムを、ウパチリがとめます。
「話がわからないわ。ちゃんと説明して」
「ウパチリは知らなくて大丈夫だって」
「この村の話なら、ワタシにだって関係あるでしょう?」
ウパチリにつめよられて、メムはしぶしぶ状況を説明しました。
話を聞いたウパチリが、それなら、と思わぬことを言い出します。
「ねぇ、そう言うことならもう、村ごとさらってもらったら良いんじゃないかしら?」
「ええ?」
「はあ!?」
ぎょっとするハウラプとメムに、ウパチリは語ります。
「だって妖精のすみかなら、ひとは入って来れないのでしょう?村のひとたちはなにかしら芸を持っているし、いろいろなひとがいた方が飽きにくいじゃない?村ごと消えてしまえば、貴族だってどうしようもなくなるし、村のみんなならメムひとりが犠牲になるなんていやがるわよ。それならいっそ、全員で犠牲になれば良いんじゃないかしら?べつに、妖精のところに行ったら食べられちゃうとかじゃないんでしょう?」
「いや、あたしは」
「魔女さんに村のみんなからも記憶を消してもらうつもりだった?」
ウパチリに指摘されて、メムはむぐっとくちごもりました。
「そんなのいやよ、メム。あなたがいけにえになると言うなら、ワタシもいっしょよ」
「そうは言っても……なぁ?」
メムに目を向けられたハウラプは、頭のなかで目まぐるしく考えていました。
メムひとりを連れていった場合、メムとウパチリを連れていった場合、村全体を連れていった場合。
村を消した場合、ハウラプの悪名はますます高まるでしょう。けれどウパチリの言う通り、村全体を連れていった方が妖精の目にかなうひとがいる可能性が高くなります。下手な鉄砲でも、数を打てば当たるのです。
「……本当に、村全体が犠牲になっても良いと、村の全員が受け入れるなら、わたしはそれでもかまいません。だれが犠牲であろうと、妖精さえなっとくさせられればそれで良いので」
「それならさっそく、みんなに伝えて来るわ」
「ちょ、ウパチリ!」
「メムはそこで待ってて!」
置いていかれたメムが、ハウラプをにらみます。
「うらむよ、ハウラプ」
「……快適な生活ができるような手助けは、します」
にらまれたハウラプは目をそらしてつぶやき、その日のうちに、泉の村は消えることが決まりました。
「どうせなら、貴族の使者の前で消してほしい」
「わかりました」
村の大事な娘をねらわれてご立腹だったらしい村の長老のたのみを、ハウラプは受け入れます。
そうしてやって来た使者に、ハウラプはこの村は自分がもらうと宣言しました。目の前で村ひとつが消されるさまを見せられた使者は、ふるえあがって逃げ帰りました。
こうしてまたひとつ、ハウラプの悪いうわさが増えました。
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