いけにえ王子と森の少女
二の姫さまのめんどうを見ながらピリカが思うのは、二の姫さまのことではなく、べつの少女のことでした。
森の悪い魔女に振り回されている(と、ピリカがかんちがいしている)、ハウラプのことです。
二の姫さまが語った魔女のすがたは、それはそれはおそろしく、思いやりがなく、いじわるな存在で、そんな魔女のところにずっといるハウラプは、どれほどたいへんなのだろうと、心配になったのです。
二の姫さまの世話を焼くあいだも、かのじょのこともこうして守れたらと、ハウラプのことばかり考えていました。
どうやらピリカは、ひと目見ただけのハウラプに、恋をしてしまったようです。それが、自分のにくむ悪い魔女であるとも知らずに、ピリカはハウラプへの思いを、つのらせて行きました。
「ねえ」
ふきげんそうな妖精に話しかけられて、ハウラプは顔をしかめながら上げました。どうにも、嫌な予感しかしません。
顔を上げたさきにいたのは、ピリカと二の姫さまをほしがった妖精でした。
「なんですか」
「ハラムの二の姫、ちっともおもしろくないんだけど」
そんなことを言われても。
妖精の文句に、ハウラプはこの世の生きづらさを感じました。楽あれば苦ありなんておおうそです。いつだって、苦労するひとは苦労させられ続けるのです。
「おもしろくない、とは?」
それでも、おもしろくないからととんでもないいたずらに走られてはこまりますから、ハウラプは妖精の話に耳をかたむけます。
ハウラプが二の姫さまを差し出してから、まだ半年しかたっていません。ピリカは十五年ももったのに、二の姫さまは一年ももたずにあきられてしまうとは、いったいどういうことでしょう。いいえ、半年はきっと、混乱度合いを下げたいたずらで楽しんだからでしょうから、じっさいに二の姫さまが妖精を楽しませた時間なんて、ないようなものかもしれません。
「なんにもしないで、かごの鳥だ。ピリカとレシパにぜんぶ押し付けて、自分はなにもしようとしない。これじゃ、いてもいなくても変わらない」
「それは、お姫さまですから」
差し出す人間を間違えたかと、ハウラプは苦笑いです。かしずかれるだけで生きてきたわがままなお姫さまに、とつぜんひとのために犠牲になれなんて、むりだったのでしょう。
「王族は、ひとにつくすなんて、そうそうやらないものですよ」
もちろん、国民のために身を粉にしてはたらく王さまたちだっているでしょう。けれど、それはあくまで、王族なりのつくしかたであって、たとえば泥にまみれるようなことは、そうそうしないものなのです。
「ピリカだって王族だよね?」
「それは」
ピリカは生まれてすぐにさらわれて、王族として育てられたことなんてないからだ、とは、口がさけても言えませんでした。それで、じゃあ生まれたての子を連れてこいと言われたら、たまったものではないのですから。
「それは?」
「王族にも、いろいろありますから。でも、あなたの言うおもしろさを求めるなら、王族よりも平民か、孤児でもつかまえた方が良いと思いますよ。あるいは、オオカミやライオンのような、大きくて強いケモノとか」
妖精は考え込むように、うーんとうなりました。
「……わかった」
しばらくして妖精が言った言葉に、ハウラプの背中がぞわりとあわ立ちました。なんだか、とてつもなく嫌な予感がしたのです。
「賭けをしようよ」
にんまりと笑って、妖精は言います。
「きみが二月以内に、ボクを満足させるようなすごくおもしろい人間を差し出したら、これからその人間が死ぬまで、妖精の谷の妖精はきみの言うことをかならず聞く。でも、もしきみがおもしろい人間を用意できなかったら、この先、そうだな……三十年だ。三十年、きみは、妖精の谷の妖精を邪魔できない」
ああ、予感が当たってしまった。
妖精の顔を見るに、この条件を否定できはしなそうです。
頭をかかえたハウラプは、なやんだすえに、低い声で言いました。
「せめて、ひとを探す期間は一年ください」
「……三月」
「一年ほしいです」
「……半年。これ以上はのばさない」
「わかりました。約束ですよ」
「約束だ」
そうと決まれば、みんなと約束しないとね。
妖精に腕をつかまれ運ばれながら、ハウラプはふかぶかとため息をはきました。
ああ、とんでもない約束をしてしまった。
妖精の谷の妖精たちと約束をかわしたハウラプは、その場に座りこんで頭をかかえました。
半年で妖精を満足させるような人間を見つけなければ、どんないたずらをされるかわかりません。
落ち込むハウラプの頭の上を、なんにんもの妖精たちが笑いながら通りすぎました。魔女と賭けごとなんておもしろいこと、うれしくてしかたありません。こんなにおもしろいことを思いつくなんて、さすがはリーダーです。
「見つければ、良いんだ。見つければ」
笑い声に追い討ちされながらも、ハウラプはそう言って自分をはげましました。なんとしても、あの妖精を満足させる人間を見つけなければなりません。
「……大丈夫?」
「えっ?」
とつぜんかけられた声に、ハウラプはびっくりして顔を上げました。目に入ったのは、あざやかな赤色。かつてハウラプが妖精に差し出した子が、心配そうにハウラプを見つめていました。
「あなたは……」
「わたしは、ピリカ。あなたは、ハウラプだね?」
「え、ええ、そうです」
ピリカは、ひどくやさしくハウラプに話しかけます。魔女でない人間からこんなに親切な態度をとられたのははじめてで、ハウラプはとまどいました。
「また、魔女にこまらされているの?」
「え?」
「ずっと、森の悪い魔女に振り回されているんだろう?」
ピリカの言葉がすぐには理解できなくて、ハウラプはぱちぱちと目をまたたきました。
そうして、ああ、となっとくします。
ピリカは、ハウラプと魔女を別人だと思っているのだと、気づいたのです。
ハウラプはこまったように笑うと、首をふりました。
「大丈夫です。それがわたしの、仕事ですから」
自分で言って、はっとしました。
そうです。どんなにつらくても、それが魔女の仕事。やりとげるしか、ないのです。
ハウラプは立ちあがり、にっこりとほほえみました。
「ありがとうございます。もう、行かないと」
時間は半年しかありません。そのあいだに、おもしろい人間を見つけるのです。
ふわりと魔法で飛び去ったハウラプを、ピリカはずっと見上げていました。
すぐ近くで見たハウラプの笑顔にみとれながらも、ハウラプに言われた言葉に意識をわけます。
ハウラプは、仕事、と言いました。
かのじょに魔女があたえる仕事とは、いったいなんなのか。
魔女はどうして、ひとをさらって妖精に渡すんだ?
そう、疑問に思ったピリカは、そこではじめて、自分が魔女のことをろくに知らないことに気づきました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
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すこし投稿に時間が空くと思いますが
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