うそつき姫といけにえ王子
レシパが妖精に連れていかれたあと、ピリカはあわててそのあとを追いました。若いピリカとちがい、もう四十を超えたレシパに、妖精の相手など長くはさせられません。どんなむちゃをさせられるか、わかったものではないのですから。
監視の妖精に追わせてくれとたのめば、追いかけっこかと楽しげに問われます。そう言うことにした方が話が早いとピリカがうなずけば、妖精はよろこんでピリカがレシパを追いかけることをゆるしました。追いかけっこを高みの見物するつもりのようです。
妖精と人間では、移動速度がちがいます。
ピリカはすぐにレシパを見失ってしまいましたが、あきらめずに妖精が飛んでいった先へと走ります。
息が上がってのどや肺が痛くなるまで走って、やっとピリカはレシパを見つけました。
妖精たちにかこまれたレシパに駆け寄ります。
「レシパ、大じょ、」
大丈夫かときこうとした言葉が、途中で止まります。
地面に座ったレシパのひざの上で、見知らぬ少女が眠っていました。
「その子は?」
「私も事情はわかりません」
首をふったレシパにうなずきを返すと、ピリカは顔を妖精たちに向けました。
「魔女がくれた」
「ニンゲンのヒメサマだって」
「泣いたからレシパにどうにかしてもらおうと思って」
「でも寝ちゃったね」
「つまんないね」
妖精たちの説明もよくわからないものでしたが、少女が自分と同じように、魔女に連れてこられた子であることはわかりました。どうやら、どこかの国の姫であることも。
「……つかれてるんだろう。遊ぶなら数日待った方が良い」
「つかれてる?」
「数日ってどのくらい?」
「妖精とちがって人間は長く移動するとつかれるんだ。三日くらい待ってあげなよ」
少女がかわいそうだとは思いますが、ピリカには助ける方法がありません。
そんな方法があれば、とっくにピリカ自身を救っていますから。
「なら、ピリカが遊ぶ?」
「ピリカと遊ぶ?」
「ピリカで遊ぶ?」
「ああ、わかったよ」
せめて、落ち着くまでの時間はかせいであげよう。ピリカは少女のかわりに、自分を差し出すことにしました。レシパに少女のことをたのみ、自分は妖精の手を取りました。
泣きつかれて眠った二の姫さまが目を覚ましたのは、それから半日以上たってからでした。土の上で眠ったために痛む身体にうめき、見覚えのない光景にしばらく混乱します。
「大丈夫ですか?」
二の姫さまが眠っているあいだ、ずっとひざをかしていたレシパが、二の姫さまに声をかけ、ようやく二の姫さまは、自分がさらわれたことを思い出しました。
「ここは、どこなの?」
「ここは妖精の谷です。ひとはだれも訪れない、無人の土地です」
魔女にさらわれたものたちが見つからない理由がここにありました。妖精たちは、魔女の森なんて目ではないほどひとびとから離れた、とても普通のひとには入り込めないような土地を、すみかにしているのです。
レシパたちが連れてこられたここも、三方に崖が立ちはだかり、残り一方はふかいふかい谷が口を開いた、ひとの身体ではどうしても抜けられない土地でした。
「どうすれば帰れるの?」
二の姫さまの問いかけに、レシパが顔をゆがめます。どうすれば帰れるのか、なんて、レシパの方がききたいくらいなのです。けれど、泣き腫らした顔の二の姫さまに、帰れないなどとは言えません。
「帰る方法は、わからない」
だから二の姫さまの問いかけに答えたのは、レシパではありませんでした。
半日妖精に連れ回されて、すこし疲れた顔をしたピリカが、レシパの横にひざをつきました。
なんて、美しいひとだろう。
自分を見下ろすピリカに、二の姫さまは思わずみとれました。こんなに美しいひとは、これまで見たことがありません。
「わたしたちは、ここに十五年もとらわれているんだ。そのあいだ、いくども抜け出そうとしたが、出ることはできなかった」
「私は妖精に連れられて、なんどか外に出ましたが、ずっと妖精に見張られて、逃げ出すなんてとてもできませんでした」
ピリカとレシパが説明しますが、ピリカにみとれてばかりの二の姫さまの耳には、ろくにその話が入りません。
「あなたの話を……大丈夫ですか?どこか具合が?」
ぽーっと自分を見つめる二の姫さまに気づいたピリカが、二の姫さまの顔をのぞきこんでたずねました。はっとした二の姫さまが、ほほをそめて首をふります。
「だ、大丈夫です。あの、わたくしは、ハラムの国の二の姫で……あなたは?」
「わたしは、サロルンの王子だった、ピリカだ。生まれてすぐに、魔女にさらわれここにとらわれた。そちらの女性は、わたしの乳母のレシパ。わたしといっしょに、十五年前からここにとらわれている」
「十五年、も……」
二の姫さまは帰れないのかとがっかりしつつも、それならこの美しいひとをひとりじめできるのではないかと考えました。
「あの、ここに、ほかにひとは?」
「いない。わたしとレシパだけだ」
ピリカの答えに、二の姫さまはこころのなかでほほえみました。自分は魔女に美しくしてもらっていて、もうひとりの女はしわがれた老婆です。十五年もとらわれたとは言えもとは王子さまと言うのですから、たよる相手として申し分なしでした。
「そうですか……」
そうと決まればなんとしても情を得なければと、二の姫さまはあわれそうな顔を作りました。涙を浮かべて、自分も魔女にむりやりさらわれたのだと、ピリカにうったえます。
自分が魔女に願いをかなえてもらったことなどちっとも教えず、あることないこと(ほとんどがおおうそです。魔女は二の姫さまをここに連れてきただけなのですから)言いつのって、どれだけ自分がかわいそうなのかを主張しました。
ピリカもレシパも魔女をうらんでいますから、うたがいもせず二の姫の話を信じて同情してくれます。どうして魔女がひどくきらわれてしまうのか、よくわかる話ですね。
「なんてひどい」
「おいたわしい」
ピリカとレシパにいたわられて、二の姫さまはご満悦です。
妖精たちにかこまれてどれほどおそろしかったかも、おおげさにして伝えました。
ふたりとも、つらかっただろうと二の姫さまをなぐさめてくれます。
これでピリカのこころは自分のものだと、二の姫さまは思いました。
それから、二の姫さまはピリカとレシパに守られて、ほとんど苦労もしないで妖精たちのすみかで暮らすようになりました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
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