いけにえ王子と悪い魔女
さて、きらわれ者の悪い魔女ハウラプですが、またもや、いつかと同じように頭をかかえていました。
じつはハウラプが頭をかかえるのはめずらしいことではありません。魔女と言うものはいつでも、こうしてむずかしい問題と戦っているものなのです。妖精たちはつきることなくいたずらを思いつくため、魔女はどのいたずらをやめさせるか、いたずらをやめさせるためになにを犠牲にするか、たえず選び続けなければならないのですから。
とてもたいへんな仕事ですが、だれかがやらなければたちまち世界は大混乱になるので、投げ出すこともできません。
「魔女と言うか、奴隷商人みたいだ」
だれもいない塔のなかでぼやきます。十五年たっても姿は若いままで、あいかわらずひとりぼっちです。
ハウラプが頭をかかえてぼやくのには、理由があります。
サロルンの国の王子さま、ピリカをさらって差し出してから、妖精たちが味をしめたのか、たびたびハウラプになにかをさらって来るよう言い始めたのです。それは、にわとりだったり、うまだったり、いぬだったり、さかなだったり、むしだったり、ひとだったりしました。魔女はどんな生きものとも妖精とも話せますから、そのたびハウラプは頭を下げて、どうか犠牲になってくれとたのみました。たのむだけでは聞いてくれないときは、犠牲になる相手やまわりのものの、願いをひきかえにかなえもしました。
言葉が通じるほど育ったものをほしがられたときはそれで良いのですが、ときおり、言葉も理解できないようなおさない子をほしがられると、やっぱりそのたびなやんでなやんでなやんで、ほかのものではだめなのかと相手の妖精を問いつめ、それでも意見が変えられないときだけ、泣く泣く、なにもわかっていない子をさらってわたしました。
そんなことをするたび、どんどんハウラプの悪名は広まって行き、悪い魔女を倒そうと森へやって来るひとは増えます。ひとが来るとハウラプはすこしだけこわい目にあわせて追い返すので、ますますハウラプの悪名が高まりますが、だまって倒されるわけには行かないのです。妖精は魔女よりもずっとずうっと数が多くて、いつだって魔女は人手不足なので、ハウラプが倒されてしまうとほかの魔女がたいへんになってしまうのですから。
さて、いまハウラプをなやませているのは、やっぱり生きものをお願いされたからです。
今回ほしがられたのはハラムの国の末姫さま。生まれたばかりの、小さなお姫さまです。
「二の姫じゃだめなのか」
ハラムの王家は子だくさんで、末姫さまの上に四人お姉さんがいます。一の姫さまはすでに嫁いでお腹に赤ちゃんがいるのでさらえませんが、今年十五歳の二の姫さまならば、結婚もしていません。
ほかにもかわりの案をたくさんたくさん考えて、ハウラプが向かったのは、ピリカを欲しがった妖精のところでした。あの妖精がまたひどいいたずらを思いついたのです。ここ十五年はピリカをかまう方がおもしろかったのかおとなしかったのですが、ピリカで遊ぶのもあきてきたのかもしれません。
ハウラプは妖精に頭を下げて、こんどはどうにか二の姫でも良いと言わせることに成功しました。
ピリカがいつものように妖精たちに引きずり回されていたところ、ある妖精に頭を下げる少女を見つけました。ピリカよりすこしおさないくらいのとしごろの、とてもかわいらしい少女です。
「あれは?」
どうして人間が妖精といるのだろう。不思議に思って、ピリカは妖精にたずねました。必死に妖精に頭を下げる少女は、とてもあわれに見えます。妖精に困らせられているのであろうその姿は、まるで自分を見ているようです。
「ハウラプだよ」
ひとりの妖精が少女を見おろして言いました。
「ハウラプ?」
ピリカが首をかしげると、妖精たちは口々に言いました。
ピリカは、自分をさらった魔女の名前すら知らなかったのです。
「森の魔女だ」
「またやってる」
「魔女はわがままだからねぇ」
「ハウラプはいつもああだ」
「魔女は意地悪だ」
「ひどいよ」
妖精たちにしてみれば、いつも自分たちの楽しみをじゃまする森の魔女ハウラプがわがままでいじわるでひどいと言いたかったのでしょうが、魔女の仕事も知らず、ハウラプのこともよく知らないピリカは、内容を誤解して受けとめました。
ハウラプのことを、森の悪い魔女に振り回されてひどい目にあっているかわいそうな女の子だとかんちがいしたのです。なにせ、ピリカの想像する森の悪い魔女は、ひどく意地悪でみにくい老婆でしたから。
「……ひどい魔女だ」
「そうだよねぇ」
「ピリカもそう思うよね」
たがいに誤解に気づかないまま、それでも会話はうまく進みました。
「ありがとうございます!」
妖精がたのみを聞き入れてくれたのか、ひときわ大きな声でハウラプが言ったお礼が、ピリカの耳に届きました。外見にぴったりの、かわいらしい声です。
声とともに浮かべられたほっとしたような笑みは、顔を合わせるひとと言えばレシパばかりのピリカの脳裏に、しっかりと焼き付きました。
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