悪い魔女と旅する王弟
すこしですが怪我の描写があります
苦手な方はご注意ください
帰国したピリカを、お妃さまはそれはそれはよろこんで受け入れました。レシパも、今まで良くピリカを支えてくれたとねぎらわれます。
けれどほかのひとびとは、よろこぶひとばかりではありません。
もちろん、ピリカが帰ってきたことをよろこぶひとや、つらい目にあったピリカをいたわるひともいましたが、長いあいだ妖精とともにすごしたピリカを気味悪がるひとや、とつぜんあらわれた王位継承権保持者をじゃまに思うひと、ピリカが本物かどうかを疑うひとたちなど、ピリカを好意的に受け入れてくれないひとも、たくさんいました。
ピリカが魔女に対する意識を変えようと動きはじめると、ピリカを疎むひとたちの声は、ますます強まって行きました。
なかには、まるでピリカが悪い魔女であるかのように、ピリカを悪しざまに言うひとまで出て来ます。
これが、魔女たちの立ち位置なのか。
あまりにも苦しい立場に、ピリカはますますもって、ひとびとの考え方を変えなければならないと感じ、粉骨砕身してひとびとにうったえました。
ピリカは妖精と渡り合うたいへんさも、ひとびとからの悪意のおそろしさも、どちらも知ったのです。ピリカはそれぞれべつべつに受けましたが、それでも、どちらもとてもつらいものでした。魔女はどちらのつらさも同時に、ピリカよりも多くの相手から受けていて、それでも自分をきらう人間を、救ってくれているのです。
人間とは、なんて恥知らずなのかと、思わずにはいられませんでした。
悪意の目をむけられるたび、このままではいけないと言う思いがつのるのです。
ピリカはマウシロチリとモスの現状の悲惨さを広め、魔女がいなければいつサロルンもマウシロチリの二の舞になるかわからないのだと、けんめいにひとびとにときました。
魔女がどんな役割なのか、妖精がどんな存在なのかを、必死に教えようとしました。
決して、楽な道のりではありませんでした。
ひとびとには妖精が見えず、魔女への悪意はおさないころから丹念にすりこまれているのです。
はじめは多くのひとがピリカを信じず、王子は魔女のせいで狂ってしまったのだとさえうわさされました。
それでもピリカはあきらめずに東奔西走し、声を枯らしてひとびとに働きかけました。
そんなピリカに、お妃さまと、とあるシスターが味方しました。ハウラプに孤児院を救ってもらったシスターです。かのじょの孤児院の孤児たちも、森の魔女は悪い魔女ではないと、みなに主張しはじめます。
すこしずつ、本当に、すこしずつですが、ピリカの言葉に耳をかたむけてくれるひとたちは、増えて行きました。
すると、どうでしょう。
サロルン以外の国からも、魔女は悪くないのだとうったえるひとびとが、出はじめました。
それは、ハウラプやほかの魔女によって、救われたことのあるひとびとでした。魔女は悪くないのだと知っていて、ひとびとの意見を変えたいと思いながらも、数の力をおそれて動けずにいたひとたちが、たくさんいたのです。
だんだんと、魔女をかばう声は大きくなって行き、ひとびとが魔女を見る目も、変わって行きました。
「叔父上っ、おかえりなさい」
城門で馬からおりたピリカに、少年がかけよってきて言います。
「ああ、ただいま」
今年十二になったその少年は、サロルンの第三王子。現国王であるピリカの兄の、五番目の子供でした。
「今回は、どこに行ったのですか?」
「シェダの国訪問のついでに、我が国の北部を回って来た」
「お話を、聞かせてください」
「ああ」
王位を争う気はないらしいこの王子は、両親や周りの貴族たちではなく、ほとんど城にいないピリカにとてもなついていました。
ピリカが城にもどると、こうしてやって来て旅の話をねだります。
ピリカに似てしまったのか、あまり王族らしくないこの王子を、ピリカは自分の息子のように思っていました。
一国の王弟でありながら、ピリカに妃はいません。たとえ狂ったとうわさされても、美しい王子の妃になりたいと言う娘は多くいたのですが、そのすべてをことわったのです。
魔女の本当の姿を伝えるために各地を旅して回り、多くの悪意をあびる自分は、いつ死ぬとも知れぬからと、いいわけをして。求婚者のなかにはハラムの二の姫さまもいましたが、ピリカが受け入れることはありませんでした。
自分が一生をかけてつくす相手は、とうに決めていたからです。
たとえ、二度と会えないとしても。
ピリカはたったひとり以外のために、人生を使うつもりはありませんでした。
きらきらした目でピリカを見上げる少年に、どんな話をしてあげようかと旅の日々を思い返して、ピリカはぽろりとこぼしました。
「ひとの一生は、短いな」
「叔父上?」
馬の手綱を握る手、日に焼けて、若者のような張りを失った手を見下ろし、肺から息を吐き出します。
いつまでこうして、旅を続けられるのか。
体力がつきて旅に出られなくなる日は、着々と近づいていると言うのに、ピリカが望む未来は、いっこうに近づいた気がしません。
ふかくふかくしみこんだ考え方をくつがえすには、ひとの一生は短すぎました。雨だれが岩をけずるような変化しか起こせないことが、もどかしくてなりません。
うつむくピリカの手に、若々しい少年の手が重ねられました。
「たとえ小さくても、一歩は一歩です」
きゅっとピリカと手を繋いで、少年はほほえみました。
「ひとりひとりの一生は短くても、繋げれば長くなります。たとえ、叔父上が道半ばで倒れようとも、さきの道は、私が歩きますよ」
まだまだ苦労を知らないその手を、ピリカは握り返しました。
「ああ、そうだったな」
自分のおこないは、妖精の谷を出た決断は、決してまちがってはいなかったのだと、ピリカはそっとほほえみました。
それからも、ピリカは魔女の本当の姿を伝える旅を続けましたが、旅の日々はとうとつに終わりを告げます。
雨で土がゆるんで起こった土砂崩れに巻き込まれ、片脚を失ったのです。
「叔父上、もうしわけありません。私を、かばったばかりに」
成長し、ともに旅するようになっていた第三王子が、まくら元に跪いてピリカの手を握ります。
たくましくなったその手を握り返して、ピリカは目を細めました。
「お前が無事なら、それで良い。続きの道は、お前が歩いてくれるのだろう?」
「っ、はい。もちろんです、叔父上……っ」
王子は、ぼろぼろと涙をこぼしながら、なんどもうなずきました。
ベッドがきしむ音を立てたのは、そのときでした。
二人のほかにはだれもいないはずの部屋でのその音に、ピリカも王子も、ぱっと顔を上げました。
いつの間に現れたのか、ひとりの少女が、ピリカの横たわるベッドの端に腰かけていました。
その髪と瞳は黒檀のように黒く、白い肌はまるで新雪のようで、鮮血をこぼしたような真っ赤な唇をしていました。
愛らしい少女に、王子はみとれ、ピリカは目を疑いました。
最後に別れたあのときと、寸分たがわぬその姿。
「ハウラプ……?」
ぼうぜんとつぶやくピリカを、ハウラプが見返します。
「痛そうですね」
その目は、ピリカのほほに貼られたガーゼを見ていました。
まるでときがもどったかのような。何十年の隔たりなど、感じさせない自然な態度でした。いいえ、実際のところ魔女であるハウラプにとってみれば、数十年などたいした期間ではないのでしょう。
「どうして、ここに?」
まるで若返ったようなここちで、ピリカは目の前の魔女に問いかけます。魔女はなつかしい、こまったような笑みで、答えました。
「あなたがほしいと、言っている妖精がいるんです」
「私を?」
「変わった人生をすごした王子の、話を聞きたいと」
ピリカとしては一も二もなくうなずきたいところでしたが、王族としての責任があります。ぐっと自分の気持ちを抑え込んで、ハウラプに質問しました。
「もし、ことわればどうなるんだ?」
「赤い雨が降るそうです」
「赤……?まさか、血?」
青ざめたピリカに首を振って見せ、もっと悪いとハウラプはつぶやきます。
「血のように、赤く染めた、水です。……おそらく鉱物で染めるつもりでしょうから、毒をまくようなものです」
思わず笑ってしまうような、絶望的な言葉でした。
「まるで、私がさらわれたときのようだな」
「そうですね」
うなずくハウラプに、覚えていてくれたのかと、嬉しく思ってしまって、不謹慎だとピリカは反省します。
「私が行けばやめると?」
「もっと害のないものを降らせるそうです」
毒でないだけましですと、ハウラプは情けない顔で答えました。
「もちろん、ただでとは言いません。望みがあるなら、かなえます」
「約束なら、もう守ってくれたのだろう?」
苦笑したピリカにハウラプはしばし言葉をとめ、
「それとこれとは、話がべつですから」
静かに、そう答えました。
ピリカ個人としては、もういちど会えただけで、十分でした。ハウラプの役に立てるのならば、なんであろうと受け入れます。
けれど、ピリカは王族でした。
「森を」
ちらりと自分の脚に目をむけて、告げます。
「森を、もどしてほしい」
「お安いご用です」
ピリカの巻き込まれた土砂崩れの、直近の原因は大雨でしたが、じつはその前に、大きな山火事で周辺の森が焼け野原になっていたのです。
木々と言う盾を失い、ただでさえ地面が弱くなっていたところに、大雨を受けた結果が、土砂崩れでした。
放っておけば、また土砂崩れが起きかねません。
ハウラプはすこし首をかしげると、言いました。
「わたしはサロルンの国にある弱った森すべてを治療します。かわりにあなたは、その身を差し出す。それで良いですか」
となりで王子が、息をのみました。ピリカもそこまでは望んでいませんでしたが、やってくれると言うのならばことわる必要はないと、受け入れました。
「では、約束を、」
「「待った」」
約束をかわそうとしたハウラプを、とめる声は同時でした。王子が声をあげたことに驚いて、ピリカの声がとぎれます。
「妖精に差し出したあと、あなたが定期的に叔父上に会いに行ってほしい。だめだろうか」
「お前、」
「あなたはもっと、欲張って良いはずです、叔父上。王族だって、人間なのですから」
王子が願ったことにますます驚いたピリカに、王子は告げました。
ハウラプがピリカを見て、それも望みますか?とたずねます。
「え、いや、」
「叔父上」
「……望む。それから、妖精の姿を、国民たちに見せてほしい」
「叔父上!?」
今度は王子が、ピリカに驚かされる番でした。そんな王子に笑みをむけてから、ピリカがハウラプへ目をもどします。
「あのときはことわられたが、いまは、できるだろう?」
「……妖精が受け入れるか否かによります。ひとに姿を見せることを、きらう妖精もいますから」
「赤い雨より妖精を見た方が、ひとは驚くと教えてみてくれ」
「え?」
きょとん、としたハウラプを見て、短い人間の生でも、魔女より知れることはあるのだと、ピリカは笑いました。
「魔女とちがって、普通の人間には妖精が見えない。なにもないところから、変な生きものが現れたら、たいていの人間は度肝をぬかれる」
魔女になれるのは、妖精が見える人間。普通の人間は、妖精があえて姿を見せようとしなければ、妖精を見ることはできません。だから普通の人間は妖精を見たら驚くのですが、妖精が見えることがあたりまえな魔女たちや妖精たちは、それに気づいていなかったのです。
「たとえば花を降らせるにしても、雲やなにもないところから降らせるよりも、妖精が姿を見せて花をばらまいた方が、おもしろい反応が見られると思う。そうだな、世界中でいっせいに、妖精が姿を見せて花をばらまくとか、すごくおもしろそうだ」
にっとほほえむピリカを、王子がぽかんとして見つめます。
ハウラプはだまってピリカを見つめてから、ふっとあきれたように笑いました。
「三つ子の魂百まで、ですか?」
「ああ。伊達に妖精と幼少期をすごしていない」
「良いでしょう。持ちかけてみます」
うなずいたハウラプが、ピリカの願いをもういちど確認します。すべてまとめて言ってから、それと、と付け加えました。
「身体も治しましょう。できるだけ長く、妖精の気を引いてもらいたいので。かわりにあなたは、その身を差し出す。それで良いですか?」
「ああ。たしかに約束する」
「はい。たしかに約束です」
ハウラプが言ったとたん、怪我による痛みがすっかり消え失せたどころか、
「お、叔父上……?」
ピリカの身体は、横の王子よりも若く見えるほどに、若返っていました。
驚くふたりにかまわず、ハウラプが告げます。
「では、妖精との話が付き次第、あなたをさらいに来ますので、お別れを済ませておいてください」
「あ、ああ」
気の抜けたようにうなずいたピリカを残して、ハウラプは消えました。
はっとして、王子が部屋の窓を開けます。
「森、が……」
窓のむこう、焼け野原だったはずのところには、青々とした森が広がっていました。
「……本当に、どこが悪い魔女なのでしょうね?」
「その気持ちをぜひ、広めてくれ」
若返った手を信じられない思いで見下ろしながら、ピリカは王子に言いました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
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