いけにえ王子と異国の文化
妖精の谷を出て行くことを決めたピリカは、泉の村のひとびと全員に、話を聞くことにしました。
ピリカはものごころ付くまえに妖精の谷へとさらわれ、以来、谷を出たのはお妃さまへ会いに行った一回きりなのです。レシパからいちおうの教育は受けていますし、ハウラプから与えられた家に置かれていた本を読んでもいますが、それだけしか谷の外の世界についての知識はないのです。
普通の人間がなにを望み、どう生きているのか。王族に、なにを求めるのか。ひとびとの意識を変えるには、なにをすれば良いのか。
ピリカは泉の村のひとびとに頭を下げ、教えを乞いました。
そうして話しているあいだに、ピリカは驚くべきことに気づきます。
「マウシロチリには、魔女がいないのか?」
農作業の合間、数人で地べたに座っての会話のなかで、なんでもないような雰囲気で言われた内容に、ピリカは声を上げました。
その場を囲む面々は、しごく当然と言った顔でうなずきます。
「知らないだけ、ではなくてか?いや、だが、」
「いないと言うか、仕事がないんだと思うよ」
混乱するピリカに答えを与えたのは、なにがおかしいのかわかっていなさそうに首をかしげる周りのひとびとではなく、たまたま会話を耳にしたらしいメムでした。
そのまま会話の輪に加わって、メムが語ります。
「だれかにたしかめたわけじゃないから、あくまであたしの予想だけど、マウシロチリはこの妖精の谷みたいに、妖精の集団の縄張りだったんだと思う。だから、よその妖精は手を出さない。ここも、ここの妖精以外のいたずらの的にはされないてしょう?」
「……ああ、そうだな」
言われてみればそうだと、ピリカはうなずきました。妖精がたくさんいる場所なのに、この谷はとてものどかです。
「つまり、妖精のすみかだから、妖精に荒らされないと?マウシロチリに住む妖精は、他国にだけいたずらをしかけているのか?」
「そうじゃない」
ピリカの問いかけを否定して、メムは話を続けました。
「マウシロチリの妖精は、どこにもいたずらをしかけたりしないんだ。だから、魔女がいたとしても仕事がない」
「そんな。まさか」
妖精がいたずらをしないなんて、信じられない。
ありえないと一蹴しようとしたピリカを、メムはとりあえず聞いてと黙らせます。
「そもそもマウシロチリじゃ、妖精は妖精としてあつかわれていないんだよ」
「どう言うことだ?」
「教えたでしょう、“カミサマ”の話。たぶん、カミサマが、妖精なんだ」
“カミサマ”が、妖精?
突拍子もない話に、ピリカはぽかんと目を見開きます。
周りで聞いていたひとびとのなかにも、驚いた顔のひとがいます。
「カミサマが、妖精だって?」
「そう。で、いたずらのかわりが、“マツリ”だったんだ。妖精を楽しませて、いたずらをさせない。ほかの国で魔女がやっている仕事を、マウシロチリじゃあ普通の人間がやってたんだ。マウシロチリの妖精は人間に協力的だから、妖精を見えてもいない人間がやるマツリで満足してくれてて、妖精が暴走しないから、魔女の仕事はない」
「魔女を通さなくても、いたずらは止められるのか」
もしもそれが、サロルンでも可能ならば。
ピリカは、思いました。
ハウラプのつらさを、もっと減らしてあげることができるだろう、と。
「くわしく、聞かせてくれないか?」
ピリカはメムや、周りのひとたちに頼みます。どうか、“カミサマ”とのつきあい方について、教えてほしいと。
泉の村のひとびとは、こころよく自分たちの文化について教えてくれました。もう、なくなってしまった自分たちの故郷について、すこしでも広く、長く伝わって行くように。
そうしてピリカが教えを受けていたある日、泉の村に、少女が姿を見せました。
森の魔女、ハウラプです。
決断の、ときでした。
約束をやぶったメムを叱り、くれぐれも孤児の村に行かないようにと、もういちど、今度は村のひと全員と約束をかわしたハウラプに、ピリカは声をかけます。
ピリカは国に帰りたいと言うことと、とりひきをひとつ、ハウラプに申し出ました。ハウラプは一月後にピリカたちが国に帰れるようにすると約束し、とりひきについては、考えさせてほしいと答えました。
帰ることが決まったピリカは、ますます力を入れて、泉の村のひとびとの文化について学びます。
一ヶ月と言う短い時間はあっと言う間に過ぎ去り、ついに、ピリカたちが帰国する日がやって来ました。
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