悪い魔女と戦争のつめあと
「……会わせないようにって、そう言う意味もあったんですね」
「会ったんですか?」
顔を合わせるなり主語もなく言われた言葉を正確に理解して、ハウラプはチセに首をかしげて見せました。
「村の外でたまたま王子さまに会って、そこから伝わったみたいで、押しかけられました」
「ん?身の上話でもしたんですか?」
「いえ。むこうに知り合いがいたので、名前でばれたんでしょう」
「かかわるなって、言ってあったはずなんですけどね」
ごめんなさいと謝るハウラプに、ハウラプさんのせいではないですよと、チセは笑って首をふりました。
「むしろ、渡したかったものが渡せましたから。手ひどく追い返しましたし、あれにこりてもう来ないことを期待します」
「やさしいですね、チセくんは」
ほほえみをむけられて、はにかんだチセが、そんなことないですよと否定します。
「そんなことありますよ。わたしからも、もう一度釘をさしておきますね」
「お願いします」
「いえ。もとはと言えば、わたしのせいで、」
「ハウラプさんのせいなわけがないでしょう!」
「ほわっ」
がしり、と肩をつかまれて、ハウラプが目をまるくします。
「ち、ちせくん……?」
こわい顔をしたチセを、ハウラプはおそるおそるうかがいます。
チセはさとすようにゆっくりと、ハウラプに言いました。
「あなたは、よけいなものを、背負いすぎです」
「よ、よけいですか……?」
「よけいです。良いですか?あなただって万能ではないんですから、できないことや、できなかったことではなく、できたことだけを見れば良いんです。わたしは世界を救ってやってるんだぜヒャッハーって、胸をはってれば良いんですよ」
「ヒャッハーですか」
「ヒャッハーです」
でも、とハウラプが反論しようとすると、チセの手で口をふさがれます。妖精相手でも有効なチセの奥義、だまらせる(物理)です。
「あなたが気にやんでいることはたいてい、あなたじゃないだれかのせいで起きた問題なんです。あなたがわざわざ、そんなもの、気にしてあげる必要はないんですよ。もし、うらまれたり批難されたりしても、そんなの筋ちがいなやつあたりなんですから」
「もご」
「それが仕事だからって、自分ができないことまで求められたなら、そんなのつっぱねて良いんですよ。できないものはできないんだから、しかたないじゃないですか。できないものを求めるのは依頼じゃない、ただのいじめです。ハウラプさんは、できるかぎりのことを、ちゃんとやってるんですから、だれからも責められるいわれなんてないんです」
むぐぐとうなるハウラプに、チセは言葉をかさねます。
「あなたがやらなきゃだれもやらないことなら、やらなかった責任はあなただけのものじゃないんです。あなたがやらなくてもだれかがやることなら、やった責任はあなただけのものじゃないんです。やらなかった全員の責任で、やる必要を感じた全員の責任です。むしろ見て見ぬふりをせず、しっかり考えて動くあなたは、ほかのだれよりえらいんです」
ハウラプの口をふさいだまま、チセはとてもきれいにほほえみました。
「ぼくはあなたを恩人だと思っているし、あなたにとても感謝しています。だから、あなたを不当に責める言葉から、たとえそれが、あなた自身の言葉であっても、耳をふさいであげたい。あなたには、傷つかないで、笑っていてほしいんです。勝手……ですかね?」
ようやく手をはずしてもらえたハウラプが、ぷは、と息を吐きます。
「やっぱり、やさしいですね、チセくんは」
「そんなこと」
「ありますよ。ありがとう、ございます」
ふわ、とほほえみを返して、ハウラプはお礼を告げました。
魔女のことをこんなにも良く言ってくれる人間は、本当に、ほんとうに少ないのです。
「チセくんみたいなやさしい子を苦しめるなんて、ほんとうにクズですね、あの国の上層部は」
「あの国の上層部がクズなことは否定しませんが、ぼくはやさしくないですって。ぼくはやさしくしたいひとにしか、やさしくなんてしませんから」
「それでもわたしから見たら、やさしいです。こんな悪い魔女に、傷つかないで笑っていてほしいなんて」
「それを言うならぼくから見れば、ハウラプさんはちっとも悪い魔女じゃないですから」
チセがよしよしと、おさない子にするようにハウラプの頭をなでました。ハウラプが目を見開いてから、こまったようにはにかみます。
「ばーさんをなでても、なにも出ませんよ?」
「なでさせてもらえるだけで、ごほうびですよ。偉大な魔女の頭をなでる機会なんて、そうそうないでしょう?」
「それは、そうですね。気むずかしい魔女も多いですし。そもそも魔女はあまり、ひとと関わりませんから」
あんまりにも多くのひとびとが、あんまりにも魔女をきらうので、人間がこわくなってしまう魔女もいるくらいで、かなりの魔女がひとと関わることを好まないのです。
「ほんとうに、恥知らずですよね、みんな。どれだけの恩恵を、受けているかも知らないで」
「……チセくんの国のひとから見ると、そう感じるかもしれないですね」
ハウラプが、苦笑いを浮かべます。
「きっと、これからたいへんですよ、あの土地は。師匠が怒るのも、当然です」
「……まちがいなく、“カミサマ”は怒りますからね」
馬鹿な人間のとばっちりを受けるものがかわいそうだと、チセは眉を寄せました。そんなチセの頭を、今度はハウラプがなでます。
「そこは、師匠がうまくやりますよ。ああ見えて、わたしの師匠で大魔女ですから」
よけいな仕事が増えたって、ぼやいていましたけれど。
ハウラプはほおをかいて、すいっと空に視線をむけました。
「はじめ、師匠から聞いたときは、信じられませんでしたよ。この世界に、魔女を必要としない土地があるなんて。一度で良いから、この目で見てみたかったんですけどね。モスの国にかかわらず、どこの国でも権力者と言うものはくさってしまいやすいのに、チセくんの国の統治者は、とてもりっぱなかたがたでした」
「……モスだけじゃないんですか?くさった権力者は」
おどろいたようにきいて来たチセにうなずいたハウラプは、なぜメムたち泉の村のものたちが、ハウラプのたのみを聞くことになったかを話しました。
「規模はちがいますが、似たような話でしょう?」
「そうですね。サロルンでも、そんなことがあるなんて」
「魔女も万能ではないてすが、それ以上に人間は、万能ではありませんからね」
ハウラプが遠くを見るように、ついと目を細めます。
「たったふたつの目ですべてを見きわめるには、数十年と言う時間はあまりにも短い。ひとが傷つくことや、自分以外にも心があることに、気づかないひともいます。そんなひとが、強い力を持ってしまったら、それがだれかを傷つけることも知らずに、ふるってしまうこともあるのでしょう。だれだって、おかしてしまうかもしれないあやまちです」
「運悪く、気づかない人間が力を持って、運悪く、ぼくらはそれに巻き込まれた」
「生きものの命が失われている以上、運だと流すのは、はばかられますが……突き詰めてしまうと、そう言うことなのだと思います。もしもあなたたちをねらったのが、妖精であったならば魔女が手をさしのべられました」
また、ハウラプの顔に悔いる色が浮かんだので、チセはぺちりと、ハウラプのまろいほほをはたきました。
「めっ」
「えぇ?」
「人間のことは人間がどうにかすべきなんです。魔女であるあなたが、気にやむのは筋ちがいですよ」
魔女も人間だと言われてしまうと、こまりますけど。
へらりとほほえんだチセを、ハウラプはぽかんと見つめます。
「マウシロチリと言う国は滅びてしまったけれど、ぼくらがいます。たとえ国は滅びても、マウシロチリの心は、消えていません。ぼくらは運良く、生き残れました」
それで良いんですよと、チセはハウラプのほほを両手でつつみました。
「あなたと、師匠さんが、あの国との縁を断ち切ってくれた。それで、水に流したんです。それは、すぐにぜんぶは、忘れられませんけど。でも、前をむきましょう?ぼくらも、ハウラプさんも」
いつかは隔たりも、なくせると良いです。
歳よりもおとなびた表情を浮かべたチセは、静かにそう言いました。
「チセくん……」
「でも、しばらくはやっぱり、会いたくないです。釘さし、お願いしますね」
痛そうな顔になってしまったハウラプへ、おどけたようにチセは笑って見せます。
チセの気持ちをくんで、ハウラプも明るい笑みを見せました。
「うけたまわりました。まあ、師匠がご立腹でしたからね。隔たりなんて、すぐ必要なくなるかもしれませんよ?」
「ああ、くくっ、妖精たち以上に、ノリノリでしたもんね」
「ええ、そうですよ。ふふふ」
ふたりは顔を見合せ、くすくすと笑い合いました。その身にかかえるかなしみに、いっときだけはふたをして。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
この一話で作者が書きたかったことはおわかりですね?
ヒャッハーです
ヒャッハーです(大事なことなので二回書きました)
ごめんなさい
うそです
自分がやらなきゃ駄目だって
自分が駄目になりそうなのに頑張っているひとのこころを
どうやったら和らげられるか
真剣に悩むときがあります
続きも読んでいただけるとうれしいです
ヒャッハー




