いけにえ王子と決断のとき
前話に引き続き重いお話となっています
苦手な方はご注意くださいませ
どれだけ時間がすぎたでしょう。
ようやく泣きやんだメムはだまって村から出て、村のすぐそばの森のなかで、力つきたように、ぺたん、と座りこみました。
メムについてきていたピリカも、その横に腰をおろします。
「なくなるわけ、ないって、思ってた……」
ピリカに話しかけたのか、それともたんなるひとりごとか、メムがぽつりと言いました。
「陛下はぜったいで、そんな、敵国なんかに、やられるわけ、ないって」
とまったはずの涙がまた、メムのほおをつたいます。
「ちょっと、苦しいときはあるかもしれないけど、なんとかなるって、陛下が、なんとかしてくれるって、思ってたんだ……」
ぐしゃ、と顔をゆがめたメムが、ひざをかかえて顔をつっぷしました。うー、と、ぬれた嗚咽がもれます。
「はなれても、家は、家族は、消えないって、思ってたんだ……っ」
血を吐くようにに吐き出された言葉は、ピリカの胸まで引きさけそうに痛ませました。
「国が、そんな簡単に、滅びるはず、ないって……っ、おもって、たんだよ……っ」
いけにえになったときでさえ泣いていなかったメムが、今は命すらけずってしまいそうなほどに、泣き叫んでいます。
ピリカはそっと、メムのふるえる背をなでます。なにもできない自分を、こころのそこから悔いながら。
それからまたひとしきり声をあげて泣いて、メムはぽつぽつと、語りはじめました。
自分たちが、ここからはなれたとある国の出身であること。
その国の国土は豊かだか小さく、国民のぶんの糧を作るだけでせいいっぱいで、貿易も戦争もむかなかったため、他国との交わりを望まない、閉じた国だったこと。
その国ではいろいろなものに“カミサマ”が宿ると考えられていて、国を治める皇族たちは、国民を代表して“カミサマ”に仕える存在であったこと。
“カミサマ”が宿る土地のなかに、金や銀が取れる山や、宝石の取れる川もあったが、そこで取れるものはあくまで“カミサマ”のものであり、その国のひとたちがかってに取ることはしていなかったこと。“カミサマ”がお供えものの代わりに、毎年少しずつ金銀や宝石をくれていたこと。
とある国が、そんな金銀宝石の取れる土地に目をつけ、大量の金銀宝石を売るように言ってきたこと。“カミサマ”を大切にするひとびとは、そんなにたくさんは用意できないと、他国の要求をことわったこと。
「あたしたちは、“カミサマ”にお願いしてみれば良いじゃんって、言ったんだ。でも、みんなは、“カミサマ”にそんな図々しいお願いはできないって」
そして、要求をことわった国に、相手の国は戦争をしかけて来たと、メムは語った。
「あたしたちは、そのときに逃げ出したんだ。ろくに助けてもくれない“カミサマ”にこだわるひとたちに、反発して。だって、むこうの国はどう考えても強くて、おとなしく要求に答えればそれですんだはずなのに、カミサマ、カミサマって、馬鹿みたいで」
戦争のない、もっと自由に暮らせる国を探そうとしたのだと、メムは泣きはらした顔でほほえんだ。
「けっきょく、あたしやウパチリが目を付けられるし、お金はないし、国の外に出たって、完全に自由に暮らすなんてむりだって、思い知ったんだけどね」
だから、故郷の戦争が落ち着いたら、帰ろうかとも考えていたのだと、ほほえむメムの顔は、あまりにも痛々しかった。
「帰る決断をする前にハウラプと会って、こんな、戦火なんてとどきやしないところに来れたから、じゃあここで暮らせば良いやって。あたしたちがいなくても、きっと国は大丈夫だから、あたしたちはここで自由に暮らそうって。……でも、国が、滅びる、なんて」
またじわりと、涙が浮かんで、メムは顔をおおいました。
「ねぇ、そんな、滅ぼされる必要なんて、あったのかな?土地と、ひとと、“カミサマ”と、それだけで、自国だけで、完結している国だったんだよ。どの国にも利益はあたえなかったかもしれないけど、どの国にも損害だってあたえてないんだ。山にかこまれたちっちゃい国でさ。だれにも、めいわくなんて、かけたこと、なかったはずなんだよ……っ」
メムの手のひらをつたって、ぽた、ぽた、と、光るしずくが流れ落ちます。
「金がなに?銀がなに?宝石がなに?そんなの、生きるのにちっとも必要ないじゃない。そんなもののために、なんでひとが死ななくちゃいけないの?そんなもののためにひとを殺す権利が、いったいだれにあるって言うの?」
ピリカは答える言葉を持ちません。メムもまた、答えは求めていないのでしょう。
「どうして、だれも、そんな馬鹿なことを、とめてくれなかったの?」
今のピリカは答える言葉を持ちませんでしたが、答える言葉を知る方法ならば、知っていました。
国を動かすのは、王族や貴族です。かれらのことを知れば、メムの問いの答えを知る日も、来るでしょう。
つまりは、ピリカが、王宮にもどれば。
答えを知るだけでなく、二度とこんな馬鹿なことが起きないように、はたらきかけることすらできるかも知れません。
すくなくとも、今のように、なにもできずに途方に暮れることは、なくなるでしょう。
メムがまた、叫ぶような嗚咽をあげました。
こわれてしまいそうなその身体を、ピリカはそっとだきしめます。
金も銀も宝石も、欲しがるのは金持ちばかりでしょう。王族は、そんな金持ちの親玉のようなものです。
王族が、メムの涙の原因なのです。
メムはすがるように、ピリカの服をつかみました。あたたかくしめったものが、ピリカの服の胸もとにしみこみます。
ふだんはピリカよりもずっと強く、たよりがいのあるように見えるメムですが、今はとても、よわよわしくてはかなく見えました。
平民の人生なんて、王族や貴族の考えひとつで、かんたんにこわされてしまうのだ。
ピリカはくちびるを噛みしめて、メムの背をなでました。
そのときがさりと、ふたりの近くで音がしました。
もしやチセが来たのでは。
期待して上げたピリカの目にうつったのは、思わぬすがたでした。
「二の姫……?」
めったに外に出たりしない二の姫さまが、ピリカたちを見下ろしていました。
「こんなところに座りこんでいては、汚れますわ。家に、もどりましょう?」
ピリカを見下ろした二の姫さまは、静かな声で告げてほほえみました。泣いているメムを、気にしたようすもありません。
「いや。かのじょが落ち着くまではここにいるから、きみはひとりでもどると良い」
「……わたくしより、その平民が大切だとおっしゃいますの?」
「そう言うことではないが、かのじょはさきほど、とてもつらい思いをしたところだから」
「それはおいたわしいけれど、わたくし、道に迷ってしまって」
「道なら、ここからまっすぐ行けば村があるから、そこできくと良い」
泉の村の方向を指さして、ピリカは教えます。近い村ならば孤児の村ですが、さっきの今で二の姫さまをけしかける気にはなりません。
「案内して、くださいませんの?」
「村でたのめば、案内してもらえるだろう」
ピリカが案内をことわると、二の姫さまは気分を害したように顔をしかめました。
「その平民の方を、村人にたのめば良いのではないの?」
「こんなに泣いている女性を、むりやり歩かせて村へ連れて行けとでも?」
言いながらも、二の姫さまが引き下がりそうにないとさとったピリカは、メムにひとことことわると、メムをだきあげて立ちました。
「わかったよ、村まで、いっしょに行こう」
「……わたくし、ずいぶん迷って足が痛いのです」
「少し休んで行くかい?」
「座る場所もないのに?」
草の上でもなんでも、疲れたなら腰をおろせば良いだろうに。
思ったピリカの肩をメムがたたき、おろしてとつぶやきました。
「でも、」
「大丈夫だから」
メムにうながされて、ピリカはメムをおろします。
「あたしはひとりで帰れるから、あなたはオヒメサマをつれていってあげなよ」
「……ピリカさまはサロルンの王子殿下ですのよ?その口のきき方は不敬だわ」
「二の姫、かのじょは、」
「いいから。失礼いたしました、オヒメサマ。どうぞお気をつけて、おもどりくださいませ」
メムがふかぶかと、頭をさげて言います。
そのいきおいにおされるように、ピリカはメムを置いて歩き出しました。足が痛いとうったえる二の姫さまを、しかたなくだきあげます。
なぜ、こんなにも傲慢にふるまえるのか、なぜ、おとなしくしたがうのか。
これが、王族と、平民の差だと、言うのだろうか。
平民など気づかわなくても良いのだと、そう考えることが、王族たちにとって、あたりまえなのだろうか。
そうではない、と、母のことを思い出したピリカは思います。けれど、二の姫さまを見れば、それがあたりまえだと思っている王族も、いるのだろうと思います。
それではだめだと、ピリカは思いました。
それでは、メムの国のようなことが、また起きてしまうだろうと。
メムの泣き顔が、チセの冷たい顔が、頭に浮かびます。
家族との思い出はほとんどないピリカですが、大切なひとにきらわれるつらさは想像できます。大切なひとと、会えなくなるつらさも。
ハウラプの笑顔が、頭に浮かびました。
たとえ、もう二度と会うことができなくなるとしても。
かのじょがこれからも長いときを生きる世界を、すこしでも良くしてあげたい。
ピリカは、妖精の谷を出ることを、決めました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
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