いけにえ王子とつながる過去
今回内容がとても重いです
暗い話が苦手な方はご注意くださいませ
「……チセ?ねぇいま、チセって言った?」
チセとの会話のあと、ピリカは泉の村へとむかい、そこで会ったメムになにげなくチセの話をしました。
話を聞いたメムは、顔色を変えて、ピリカの肩をつかみます。
突然のことに、ピリカはとてもおどろきました。
「言ったけど、それがどうかしたのか?」
「その子、かみと目の色は?」
真剣な顔できかれて、ピリカはチセの姿を思い返します。
「かみは……芥子色で、目はオリーブグリーンだ」
「っ、それで、会わないようにって……!」
ばっと身体を転換して走り出そうとしたメムを、ピリカはあわててとめます。ピリカに腕をつかまれたメムが、振り向きました。
「メム、どこに、」
「会いに行く。会わなきゃ」
「でも、ハウラプはかかわるなって言ったのだろう?」
メムは一瞬ひるんだものの、首をふってピリカを、きっと見つめ、それでも行くと言いました。
「どうして」
「血縁なんだ」
「えっ」
おどろいたピリカの手がゆるんだ瞬間、メムはピリカの手を振り払って走り出しました。放っておけないと、ピリカもそのあとを追いかけます。
今日はこんなことばかりだな。
一心に追いかけながらも、ピリカはちらりとそう思いました。
これほど必死に走ることなんて、王宮に行ったらもうないだろう。
そう思えば、こんな追いかけっこでさえ、かけがえのないものに思えました。
足場の悪い森のなかを、平地でも走るようにかけるメムですが、ピリカも伊達に妖精の谷で十六年を過ごしていません。息をきらしながらも、メムを見失わないで走り続けました。
しばらくして見えてきたのは、泉の村と同じような、けれどよりととのった印象を与える村でした。
「!、だれか来た」
「妖精かハウラプ?」
「ちがう。知らない人間」
「!、みんな家に戻って!!」
ひとりがピリカたちを見とめたとたん、いっせいに情報が広がり、まるで訓練された兵のようにすみやかに避難がなされました。
ピリカたちがその村へと踏み込んだときには、すでにだれひとりとして、家の外に残る者はいません。
中に入りこんでみると、その村が思った以上に大きいことがわかりました。
おそらく二十人以上がともに暮らせるであろう大きな建物が、いくつも建っています。建物のむこうには、畑や家畜小屋らしきものも見えました。
いったい何人が暮らしているのだろうと思うと同時に、これだけの人数が戦争で身寄りをなくしたのかと、苦い気持ちがわきます。
「チセ、いるなら出て来て!」
メムは村の中心に立つと、声を張って呼びかけました。さすがは歌い手か、よく通る声が村に響き渡ります。
「あたしだよ、いとこのメム。ねぇ、お願いだから顔を見せて!」
しん、と静まり返った村のなかで、メムの声と家畜の鳴き声だけが響きます。
「ねぇ、チセ!いないの?チセなんでしょう?」
チセ、チセと、メムは何度も呼びかけますが、どこからも答えは帰りません。
それでもくりかえし呼んだあとで、メムはくちびるを噛みしめて、建物のひとつにむかいました。
メムが閉ざされた扉を開こうと手を上げたとき、背後でカタンと、扉が開く音が聞こえました。はっとしたメムが、振り向きます。
「チセ……!」
振り向いたさきには、おどろくほど冷たい目をしたチセが、扉を背にして立っていました。
チセはうれしそうに名を呼んでかけよろうとしたメムを拒むように手を突き出し、メムの胸もとになにかを押し付けます。
とっさに受け取ったメムは、とまどいの浮かんだ表情で首をかしげます。
「チセ……?」
「もう、二度と、ここには、来ないで、ください」
やっと開いたくちびるからこぼれたのは、平坦で感情のこもらない声でした。
「え……」
「顔も、見たく、ありません。二度と、ぼくらに、かかわらないで、ください」
ひとことひとこと区切って、噛んで含めるようにゆっくりと、チセは拒絶の言葉を吐きました。
「そんな、どうして」
「……読んでください」
顔を蒼白にするメムに、チセは押し付けたなにかを指さしました。
「これ」
「手紙です。あなたのご両親と兄上から、あなたへの、遺言」
「……!」
かっと目を見開いたメムが、胸もとにかかえていたものに目を落とします。チセから押し付けられたのは三通の封書でした。
メムがふるえる手で、封書のひとつを開けます。なかには数枚の便箋と、
「……っ!!」
束ねられた毛髪が一房入っていました。
メムが、かくん、とひざを突き、泣きくずれます。
「十三歳以上の国民はすべて兵として戦い、捕虜となった一部を除いてはみな、軍神となられました。国土は焦土と化し、敵国の手に落ちましたが、人手と資源の不足および命令系統の崩壊により、復興の目処は立っておりません」
手紙をだきしめ泣き濡れるメムとは対照的に、チセの声は事務連絡でも伝えるような、無感情なものでした。
「こどもは戦うな、生きろ、と言って、みな、戦いにむかいました。最後の一兵にいたるまで、だれひとりとして、潰走する者はいなかったと……あなたたちと、ちがって」
ひたすらにたんたんと話していたチセは、最後のひとことだけ、感情をあらわにしました。
あまりの怒りで逆に冴えたとでも言いたげな、ぞくりとするほど、冷えきった怒気でした。
「……ゆるす気になったなら、こちらから訪れましょう。ゆるさないのはぼく個人の意見ですから、ほかの子の行動をとめる気もありません。けれど、あなたたちからの接触だけは、ぜったいにゆるしません。出て行ってください」
チセはそれだけ言い棄てると、あとは見向きもせずに家へともどろうとしました。
「待って」
そんなチセを、メムが涙に揺れる声で呼びとめます。
「陛下、は……?」
「……御自ら戦場に立ち指揮しておられましたが、戦況が悪化したのちは、周囲の強い懇願を受けて都に戻られ、敵国の手が都まで伸びると、自刃により崩御なされました。他の皇族の方々も、右に同じく」
ちらりと後ろを向いたチセが、メムに見下げるような視線を投げました。
「生きて虜囚となられることも、敵国の者の手にかかることも、良しとはなさらず、国とともに滅することを、お選びになられました。……ぼくらは、もっとも大切な存在すら、守れなかった」
ふかいかなしみとくやしさのにじむ顔は、ピリカのこころに強く焼き付きました。
それ以上は話す気がないのか、今度こそチセが家へもどります。
とめどなく涙を流すメムの前で、ばたんと扉が閉ざされました。
メムは手紙を胸にだいて、身体中の水が抜けきってしまうほどに泣き続けました。
そのあいだ、周りの家からはひとの気配すらせず、ピリカもかける言葉が見つからず、ただ、なにもできずにメムの横につっ立っていました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
チセさんが童話らしからぬ単語を使っているのはあえてですが
内容が童話らしくないのは作者の落ち度です
申し訳ありません
続きも読んでいただけるとうれしいです




