悪い魔女とさらわれた王子
待ちに待った王子の誕生にわき立ったサロルンの国は、一変して暗い空気につつまれました。生まれたばかりの王子さまが、森に住む悪い魔女にさらわれてしまったからです。
かなしみにみちた国をあざわらうかのように、空の大きな雲は真っ赤な薔薇を降らせました。王子さまは、赤薔薇のようなあざやかな赤毛の子だったのです。
王さまも国民たちも、なんとかして王子さまを取り返せないかと知恵をしぼりましたが、おそろしい悪い魔女にたちうちする方法を思いつくひとはおらず、なみだにあけくれるばかりでした。
とりわけお妃さまの落ち込みようはひどく、ふさぎこんで部屋にこもってしまいました。
なんてひどい魔女だろう。
サロルンの国のひとびとは、森の悪い魔女をそれはそれは憎みました。
悪い魔女を倒して王子の仇をとったものには、ほうびを取らせる。
国王はそうおふれを出し、たくさんのひとが、悪い魔女を殺そうと森に入り、かえりうちにされました。
魔女を倒す者があらわれないまま、十五年の月日がたちました。
悪い魔女であるハウラプを憎むひとは、山ほどいます。
ピリカと言う名のこの少年も、そのひとりです。
赤薔薇のようなあざやかな髪と、夕焼け色の瞳の少年。美しいお妃さまそっくりに成長したかれこそが、十五年まえにサロルンからさらわれた王子さまでした。
ハウラプによりさらわれ、妖精に差し出されたピリカは、ともにさらわれた乳母のレシパに育てられ、なんとかここまで大きくなりました。
妖精たちはピリカをわざと痛めつけるようなことはしませんが、気まぐれにピリカを引きずり回したり、ピリカにいたずらをしたり、無理難題をふっかけたりします。そのうえ、ピリカもレシパも、妖精の監視なしに自由に出歩くことは、許されませんでした。
悪い魔女が妖精に自分たちを差し出したりしなければ、こんな目にはあわなかった。
ピリカもレシパも、ハウラプをひどく憎みました。ピリカたちをさらうとき、ハウラプは決して顔を見せなかったために、ふたりはハウラプの顔も名前も知りません。ピリカにいたっては、生まれたばかりでさらわれた記憶はないので、レシパの話づたいでしかハウラプを知りません。それなのに、ピリカもレシパも、ハウラプを憎みました。
目のまえにいてじっさいにピリカを苦しめているのは妖精たちであるにもかかわらず、一度会ったきりのハウラプを、ピリカもレシパも憎みました。
知らないひとを憎むなんて、へんな話ですね。
だって、ハウラプがなやんでなやんでほかの方法をためしつくして、それでもやむを得ず決断した結果がこれなのです。ハウラプの責任がまったくないとは言いませんが、ハウラプばかりせめられるのはおかしいでしょう?
けれど魔女とはそんなきらわれ者で、妖精たちも魔女をかばったり誤解を解こうとしたりはしませんから、ピリカもレシパもサロルンの国のひとびとも、ハウラプを憎み続けました。
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