逃亡魔女と避難所孤児
「……なんでそんなにこそこそしているんですか?」
「あー、えっと、会いたくないひとが、いるからですね……」
チセから不思議そうに問われて、ハウラプはため息とともに答えました。
「いやな妖精でもいるんですか?」
「妖精に会うのは仕事ですから逃げませんよ」
「なら、泉の村のだれかが?」
「ちがいます」
「王子さまかお姫さまですか?」
「…………」
沈黙がなによりの答えでした。
「王子さまから言いよられでもしました?」
「まさか!」
だれがこんなばーさんに。
きらわれるならこまらないだろうと予測して、チセはあたりを付けましたが、ふるふると首をふって否定されました。
ばーさん?と首をかしげつつも、チセは話を進めます。
「それなら、どうして?」
ハウラプはちらりとチセを見て、チセくんなら良いですかね、とつぶやきました。
ないしょですよ、と前置きして、チセの耳もとにくちびるをよせます。
「魔女は、約束をやぶれないんです」
「え?」
目を見開くチセにハウラプが続けて言います。
「魔女は、一度した約束を相手にはたさせることができるんですが、」
「そうなんですか」
「はい。でないと、妖精をとめられませんから。言って聞くと思います?かれらが」
「思いません」
数日の付き合いで思い知ったらしいチセがきっぱり答えるとハウラプは、くすっと笑って、そうでしょう、と大げさにうなずきました。
「そのために魔女は、約束で相手をしばることができるんです。でも、相手だけしばるのはずるいでしょう?」
「そうですね」
「だから、魔女もまた、約束にしばられるんです。約束をして、相手がその約束をはたしたなら、魔女はかってにその約束をやぶることができません」
そう言ってチセから顔を離したハウラプは、もう一度、ないしょですよ、と念を押しました。
「つまり、約束をやぶらなくてはならなくなるようなことを、もとめられているんですね」
はいともいいえとも言わずに、ハウラプはただほほえみました。
チセもそれ以上は問わずに、うん、とうなずきます。
「なにかあったら、うちに来てください。かくまってあげますから」
「助かります」
そんな会話をかわしてから、ハウラプはチセと相談しながら畑や家畜小屋をつくりました。
「やっぱり、魔女ってすごいですね」
チセが、またたく間にあらわれた馬小屋をこつんとたたきます。馬小屋のとなりには、鶏小屋とヤギ小屋が建ちました。いままさに建てられたのは、養蚕のための小屋です。
小屋のなかをのぞいて確認したハウラプが、振り向きました。
「でも、できるのは小屋を建てるだけですから。育てるのは、あなたたちです。餌を育てて、大きくして、殺すまで。きちんと計画を立てて、管理してくださいね」
「ええ。責任をもって、管理します。あなたが、あたえてくれたものですから」
チセの目にうかぶ感謝に慣れなくて、ハウラプは、ついと目をそらしました。
動揺を隠すように、説教くさく言います。
「ここは、妖精の土地ですから、あまり荒らしてはいけませんよ……わたしが言っても、あまり説得力がないかもしれませんが」
「おもいきり、荒らしていますからね」
チセがあたりをみまわして、笑いました。
もともと森だったはずの土地はハウラプの手により拓かれて、小さいながらも村となっています。畑もつくられて、もともとこの土地にはなかった植物が植えられました。
「でも、荒らすのはここまでです。これ以上は、広げたり持ち込んだりしないようにします」
「そうしてください」
ハウラプはうなずいて、チセに目を戻します。
「なにかこまりごとや、足りないものはありませんか?」
「洗濯用の大きなたらいと、物干しが必要だと」
「ああ、それなら用意し、」
「いえ。だから、大工仕事のための道具がほしいそうです」
用意しますと言おうとした言葉をとめられ、ハウラプはゆっくり三回まばたきしました。
「たくましいですね」
「だてに孤児やってませんから」
お褒めにあずかり光栄ですと、チセはおだやかにほほえみました。
その、チセのもとに、ハウラプが逃げ込んだのは半月後。
「ちょっと、ハウラプ、引っ張らないでよ!」
「チセくん、助けてっ!」
「了解しました。さ、こちらへ」
妖精の谷のリーダーを引きずりながら涙目で助けを求めたハウラプの手を取り、チセは自分にあたえられた家へ駆けこみます。
「大丈夫ですか?」
「やつら、グルでした!」
めずらしくも息をあらくしたハウラプの背中をチセがなでてやれば、ぎゅっとチセの服をつかんだハウラプが言いました。
よしよしと背中をなでるチセに、ハウラプは泉の村の住人たちが王子さまの味方をして、ハウラプをつかまえようとしたのだとうったえます。
「それは、災難でしたね。……リーダーさんも」
「ほんとにね。まったく。変なことに巻きこまないでくれないかな」
「そこは、もうしわけないです。わたしも予想外だったんですよ」
うらめしげに見てくるリーダーにあやまってから、ハウラプは、でも、と続けました。
「これはこれで、おもしろかったでしょう?」
「まあね」
素直に認めたリーダーに、ハウラプは続けて問います。
「わたしが連れて来たひとたちは、あなたを満足させましたか?」
リーダーが、ついと目を細めました。
ハウラプが、こくり、となまつばを飲みこみます。
ふう、と息をはいて、リーダーは言いました。
「そうだね。満足した」
「それじゃあ」
「賭けは、きみの勝ちだ。と言っても、たくさん連れて来たからね。いちばんおもしろかった……そこの、チセ。チセが死ぬまでのあいだ、妖精の谷の妖精は全員、条件なしできみの言うことを聞いてあげる」
「確かに、約束ですね?」
「確かに、約束だよ」
ハウラプが、ぱあっと顔をかがやかせます。
「やったあーーー!」
リーダーにありがとうございますと頭を下げ、となりにいたチセの両手をつかみました。
「ありがとうございます。ありがとうございます、チセくん」
「ぼく、そんなにおもしろいことしました?」
「チセが指揮すると、手強いから」
「ああ、なるほど」
「長生きしてくださいね!ぜったい、長生きしてくださいね!!」
ぶんぶんとチセの手をふりながら、ハウラプがたのみます。
「約束はできませんけど、努力はします」
小さな子を見守るような眼差しでハウラプを見て、チセはうなずきました。
「じゃあ、ボクは帰って良いかな?」
用はすんだでしょと言ったリーダーを振り向き、ハウラプが首をふります。
「さっそくひとつ、お願いをしたいのですが」
「……あ」
「約束、しましたよね?」
「……っ、ほんっと、魔女ってずるがしこいよね!!」
「お褒めにあずかり光栄です」
ふふっと笑ったハウラプは、悔しそうにうなるリーダーに、とあるお願いをしました。
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