悪い魔女と妖精たち
どうしろって言うのだろう。
ハウラプは頭をかかえてためいきをつきました。
ここは、おそろしい魔女が住むと言われる森の、ふかいふかい場所にある石の塔のてっぺんの部屋です。ひとはだれも入らない森のなかで、ひとりでとほうにくれるかのじょこそ、この森に住むとおそれられる魔女でした。
森のそとのひとたちは、それはそれはみにくい老婆だとハウラプのことをうわさしていますが、本当のハウラプはよくみがきあげた黒檀のようにつやめく黒い目と髪に、つもったばかりの雪のように白いはだ、ぽたりと一滴落ちた血のように真っ赤なくちびるの、とてもかわいらしい少女のような見た目をしていました。本当のハウラプなんて、そとのひとたちはだれも見たことがないのにかってなことを言うから、こんな誤解が生まれてしまったのです。
さて、魔女であるハウラプには、だいじな仕事があります。
この世界のいたるところにいる妖精たちが、人間やほかの生きものたちにひどいいたずらをしないよう、妖精たちと話し合ったりお願いしたりすることです。ハウラプのような魔女がいたずらをとめないと、妖精たちはだれの迷惑も気にせず好きほうだいに遊び回ってしまって、世界がどうしようもないくらい混乱してしまうので、ハウラプの仕事はとっても大切です。
けれど、ふつうのひとたちはそんなことを知らないので、わけのわからないことをしているハウラプを気味悪がります。
ハウラプだってすべてのいたずらをふせぐわけではないですし、妖精たちに言うことを聞いてもらうかわりに妖精たちの願いをかなえることもあります。願いをかなえることで、だれかをこまらせてしまうこともあります。
妖精のいたずらも、お願いをかなえることも、ハウラプのせいではないのに、ハウラプの仕事を知らないひとたちは、ぜんぶハウラプのせいだと思いこんでハウラプを悪い魔女だと言います。
ハウラプだけでなくほかの魔女でも、誤解されてきらわれている魔女はたくさんいます。
かってに誤解して勝手にきらうなんて、ひどいひとたちですが、きらわれてしまった魔女の多くは、それもしかたがないと怒りもせずにあきらめて、勝手なひとたちをゆるしています。とても、かなしい話ですね。
お話をもどしましょう。
妖精のいたずらをふせぐのが仕事のハウラプですが、いまは仕事のことでとても困っています。
なんにちかまえに、どうやらたくさんの妖精たちが集まって、とてもおおがかりで世界を大混乱させるようないたずらを計画しているらしいと言う情報を手に入れて、ついさっきその計画のリーダーにその計画をやめるか、もう少し世界が混乱しないような計画に変えるかしてほしいとお願いに行ったのところ、リーダーから、計画を変えても良いけれど、かわりに自分たちのお願いを聞いてくれなければだめだと言われたのです。
お願いを聞くのはハウラプの仕事ですから、ちっとも問題ではなかったのですが、計画を変えるかわりにと出されたお願いが問題でした。
とっさにお願いをかなえる決意ができなかったハウラプは、すこしかんがえさせてほしいと自分のお家である森の塔にもどって来て、
「ううーん……」
困りはてていました。
「生まれたばかりの王子さまをさらうなんて、悪い魔女そのものじゃないか」
うめくようなこえで、そうつぶやきます。ひとりぼっちのくらしが長いハウラプは、こうしてひとりごとを言うのがくせなのです。
「いまさら、王子をさらった大罪人になるくらい気にしないけれど、生まれたばかりの小さな子を、ほかのたくさんのひとのために犠牲にするのは、いやだなぁ」
リーダーがハウラプに出したお願いとは、ハウラプの住む森のすぐ近くの国の、とても美しお妃さまがいまみごもっている男の子を、生まれたらすぐに連れ去って来て妖精たちにわたすことでした。
たったひとり、その王子さまひとりが犠牲になれば、いたずらの計画を変えよう。リーダーは、ハウラプにそう告げました。
王子さまをさらうくらい、ハウラプにはわけもないことです。いたずらがいまの計画のまま進められれば、たくさんの生きものが、長いあいだ困ったり苦しんだりすることになります。
けれどハウラプは、なんの罪もない小さな子を、多くのひとのためだからとあっさり差し出せるような人間ではありませんでした。
魔女として、ほかの生きもののためにいつも苦労しているからかもしれません。
さらう相手が王子さまであるからではなく、小さな子であるから、ハウラプはお願いを聞くことをためらっていました。
なやんで、なやんで、ご飯も寝ることもわすれてなやんだあとで、ハウラプは立ち上がりました。
寝不足でふらふらのまま、塔から出ていたずらのリーダーに会いに行きます。
「計画は」
「雨のかわりにケレプノィエからしぼった油を降らせるおっきな雲をつくるよ」
ケレプノィエと呼ばれる植物からは、とてもべたべたする油がとれます。その油はあびればなかなか取れませんし、さわるだけでも具合が悪くなってしまう毒が混ざっています。ケレプノィエの毒はとても長い時間なくならないので、そんなものを雨のかわりに降らされてしまえば、そこに住む生きものたちはたまったものではありませんし、毒が川に流れ込めば、雨が降った場所だけでなくもっと広い場所が毒の土地になってしまいます。多くの生きものが、住みかをうばわれてしまいます。
妖精からしてみればちょっとしたいたずらのつもりでも、ほかの生きものたちからすれば大災害です。なんとしても、とめなければなりません。
「やめる気は」
「王子を差し出してくれるなら」
「テレケの王子でどうです?美しいと評判らしいですよ?」
「この前、ちゃんと話聞いてた?」
ハウラプの問いかけに、リーダーは呆れた顔で言いました。
「こんど生まれるサロルンの王子だって、言ったよね?」
眉を寄せたリーダーの言葉に、ハウラプはためいきをつきました。ここ数日で、なんどためいきをついたかわかりません。
テレケの王子さまはもうすぐ成人する王子さまで、だれからもほめられるような美人です。かれでも良いと言われたら、事情を説明して犠牲になってくれるよう説得するつもりでした。民を守るのが、王族の役目ですから。
けれどリーダーがほしがるサロルンの王子さまは、王族は王族でもなにも知らない赤ちゃんです。王族のなんたるかを知りもしない子を、説明もなく強制的に犠牲にするのは、いくら仕事でもいやなものなのです。
「わたしで妥協しませんか?」
「しません」
身売りの提案も、却下されてしまいました。
それからもなやんで思いついたかわりの案をいろいろと言ってみましたが、どれもだめだと否定されました。
ねばりにねばったハウラプでしたが、ついに折れます。
「……わかりました。こんど生まれるサロルンの王子をさらいましょう」
「うん」
「ただし」
折れはしましたが、ただでは引き下がりませんでした。
「どうかあまり、ひどいまねはしないでください」
頭を下げて頼み込むハウラプに、それなら乳母もひとりさらって来ると良いと、リーダーはわらいました。
つたないお話をお読みいただきありがとうございます
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