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5月(2)良薬口に苦し、忠告耳に痛し

お待たせしましたー

 平太は座敷にしいた布団の上で豪快にいびきをかいて眠っていた。


「こいつ神経だけは図太いんだよなあ……」

「疲れていたのだろうさ」


 そっと襖をあけて確認したのは新婚夫妻である。

 莞爾は呆れた様子でため息をつき、クリスは責任を感じて少し申し訳なさそうにしていた。


「で、さっきも言ってたけど、治るんだな?」

「ただ待つよりも早く治るとは思うが……こればかりは個人差が大きいのでな」


 二人は小声で会話をしながら平太のそばにそっと腰をおろした。

 クリスは眠っている平太の頭をそっと撫でてやり、それから彼の胸元に優しく手を乗せた。心なしか眠っているはずの平太の顔が緩んだような気がして、莞爾は平太を叩きたくなったが自重する。


「魔力を注ぐよりも、軽い治癒魔法の方がよかろう」


 莞爾には違いがわからないが、理屈があるらしい。

 クリスは少しの間目を閉じていたが、細く目を開き呟くように口を動かした。

 何かを唱えているのはわかったが、莞爾に聞き取れるほどの声量ではなかった。


 うっすらとクリスの手元が光り、淡い光が平太の体に吸い込まれているように見えた。

 莞爾は集中しているクリスの様子を見て沈黙を保っていたが、クリスがほっと息を吐くのを見て尋ねる。


「……終わりか?」

「まあ、な。少々魔力量の調整が難しかった」


 平太の顔を見れば、どこも変化はないように見えるが、クリス曰くこれで平太の治癒速度が上がるらしい。


 座敷から居間に戻るとクリスは小声で言った。


「こちらの世界の人間は魔力に過剰な反応を示すようだ」

「そうなのか?」

「おそらく、だが」


 莞爾が聞き返すとクリスは曖昧に頷いた。

 思い返すのは穂奈美に連れて行かれた研究施設での実験だった。


 人体実験、とまではいかないものの、現地人に対して効果があるのかという実験も数回行われている。


「元々こちらの世界では――ああ、今でもこの言い方はなんだか変な感覚だが――魔法に馴染みがないのだろう? いわゆるおとぎ話の中にしかないと聞いた」

「そんなものか? あ、いや遺伝的なものなのかな」

「詳しくはわからぬが、な。祖国で平民に魔力を注いだこともあるが、ヘイタのようにはならなかったな……」


 クリスは魔力を注ぐという表現をしたが、莞爾は少し考えて得心した。


「一応聞くけどさ、魔力って量とかあるのか?」

「当然だろう」


 と言われても、莞爾からすれば知らない話である。


「確か前、精霊がどうとかって話してなかったか?」


 クリスは少し思案して思い出したように言う。


「そういえば、そんな話をしたような気がしないでもないな。いや、基本的に魔力というものは……これも学者によって諸説あるのだが、主流派の説としては魂から漏れ出る神秘的な力――のようなものらしい。まあ、それほど大それた代物ではない、という説もあるが」

「なるほど、わからん」


 莞爾は首を傾げて小さく息をつく。

 きっと穂奈美だったならばもう少し理解があったのだろうが、莞爾にはほとほと無理な話だった。


「魔力を持っていれば、それだけ身体的な余力となるのは確かだな。治癒魔法は注いだ魔力の使い道が他者に指定されている……といった具合か」

「リソースを割り当てるようなもんか」


 クリスは首を傾げるが、莞爾はなんとか想像で補うことができたようだ。


「早ければ明日には動けるぐらいに回復しているはずだ」


 莞爾は生まれたての子鹿のように震える平太を想像して噴き出しそうになった。



 ***



 翌朝。

 朝食の準備が整う頃合で、莞爾は平太を起こしに行った。

 すると平太はすでに目を覚まして、上半身を起こしていた。


「あっ、おはようございます」

「おう、おはよう」


 寝惚けているのか虚ろな目をしているが、朝の挨拶はしっかりした。


「起きられそうか?」

「んー、たぶん」


 だんだんと覚醒し始めたのか、平太は首を回して大きな欠伸をひとつした。

 そうしていつもの調子で立ち上がろうとしたものだから、そのままごろんと転がってしまった。


「そうだった……」


 げんなりした表情で、莞爾に手を伸ばす平太であった。莞爾もやれやれとため息をついて手を貸してやる。

 なんとか捕まるところがあれば立ち上がることができるくらいには回復したらしい。

 だが、彼の表情を見ればまだ痛みがあることは疑いようもない。


「こりゃあしばらくは休養だな」

「……すんまっせん」


 珍しくしおらしい態度の平太だった。


 なんとか朝の身支度をさせて食卓に座らせた時には、朝食の準備はとっくに終わっていた。


「おー、これがクリスさんの手作り朝ご飯!」


 はしゃいだ雰囲気を出そうとしているのか声がやや大きいが、抑揚がなくて棒読みのようだった。


「……お前、朝に弱いのか、ただ元気がないだけなのかよくわからんな」

「いやー、だいたいこんな感じだよ?」

「昨日と比べてどうだ?」


 平太は自分の足腰をさすってから言った。


「昨日は熱持ってる感じだったけど、今日はわりと平気。まあ痛いのは変わらないけどさ。自分で立てるようになったのはでかいよね」


 何はともあれ、回復の兆しがあったのは幸いだ。

 いただきます、と三者ともに手を合わせる。


 平太はずずーっと味噌汁を啜って息を吐いた。


「はーっ、うめえ。イノシン酸が喉にがつんと来るぜ」

「……今日のは干し椎茸だからグアニル酸だ」


 覚えた単語を使ってみたいお年頃の平太であった。

 


「あれ? そうだっけ?」

「イノシン酸は鰹節だろ。グルタミン酸が昆布」


 有名なもので言えば、昆布のグルタミン酸、鰹節のイノシン酸、干し椎茸のグアニル酸である。厳密に言えばきりがないのだが、おおまかに言ってグルタミン酸は植物系、イノシン酸は魚類・肉類系、グアニル酸はきのこ系である。

 単体でも美味しい旨みだが、これらを組み合わせることで相乗効果が生まれ、さらに美味しく感じる。和食の合わせ出汁をついつい想像するが、実際には世界的に例は多い。日本の場合、出汁をとる方法が簡素化されている、という点が珍しい。


 ちなみに、動物の骨などを煮出したスープが好きなのは、かつて人類が骨の髄を食って飢えをしのいでいたからだ、とする説もあったりする。

 何はともあれ、御託はさておき美味いものは美味い。


「へー、乾物の出汁って偉大だわ」


 平太はどこ吹く風で炊きたてのご飯を口に運ぶ。

 つやっつやの白飯が味噌汁の香りとあいまってそれだけで美味い。


「甘い。この米もカン兄ちゃんが作ったやつなんだよな?」

「おう。嗣郎さんとこの米も、嗣郎さんが作ったやつだし、味はそこまで変わらないだろ?」

「んー……」


 もぐもぐと咀嚼した上で、平太は「そうだね」と短く答えた。


「代かき間に合うかな」と平太は少し心配した様子で莞爾に尋ねた。

 一応申し訳なさのようなものは感じているらしい。


「次の代かきは俺一人でいい。クリスもいるしな」


 当のクリスは口からめざしの尻尾を出して口をもぐもぐと動かしていたが、莞爾の視線を感じて咀嚼しながら頷いた。

 クリスはめざしの頭が食えないとか、わたの苦みが嫌いとか、そんなことは言わない。さすがに硬い骨であれば食べないが、めざしなら頭から尻尾まで全部ぺろりと食べてしまう。鰯の小骨も気にしない。真鯛の骨は挑戦したが諦めたことがある。どうにか食べられないかと素揚げにまでしてみるほどだったが、やはり真鯛は硬かったらしい。


 カルシウムが大好きなのであった。


「――平太」


 少し考え込んでいる平太に莞爾は言う。


「お前が調子に乗らないように言わなかったけど、お前はよくやってるよ。それはみんな認めてる」

「……いきなりなんだよ」


 少し恥ずかしそうに身をよじる平太であった。


「正直、お前の若さというか、活力っていうのかな。そういうところに助けられてるところはあるんだ。ほら、うちって平均年齢高いだろ?」

「まあ、うちのじいちゃん一人で平均年齢爆上げしちゃってるからね」


 それはまた致し方ない事情のひとつである。


「若いってのはさ、それだけで戦力なんだ。まあ体使う仕事だから余計にそういうところがあるってのは確かだな。若い体は回復も早いし、無理が利く」


 とくに体力勝負な仕事であるために、余計に若さが取り柄となる。力仕事の要求されない仕事ならば、かえって経験不足かもしれないが、平太は三山ファームの一員なのだ。


「感傷かもしれないが、農業ってのは業界そのものが人手不足だ。そんな業界にお前のような若さで飛び込んでくるってのは、個人的には心配だけど、同時に期待もしている」


 なぜ若い農業従事者が増えないのか。システム上の問題はさておき、まず第一に農業の魅力が若者に伝わっていないのだ。

 やたらめったらに辛く厳しい部分だけをピックアップして「農家のおかげでおいしいご飯が食べられる」と吹聴することが次世代の農家を育てることにつながるとは到底思えない。


「だからさ、もう絶対に無理はすんなよ。お願いだからちゃんと言うこと聞いてくれ。全然平気だって思ってても、自分で気づいてないだけであとで痛い目見るってことは結構あるんだ」


 先人の注意はちゃんと聞いておけ、と莞爾は言った。


 ようやく人手に数えられるようになってきた平太のことだ。

 経営側としてここで辞めてもらっては困るし、実際に心情としても平太に辞めて欲しくはなかった。


 新人教育には金と時間がかかるのだ。


 例えばアルバイトの募集だってただではない。各種媒体に掲載料を支払っている。何もできない素人に不釣り合いな時給を払い、使い物になるまで従業員全体でバックアップする。そのコストを考えれば、いかに新人が使い物になるまでの期間が物理的にも精神的にも負担になるのか、想像に難くない。


「ほれ、今度記帳しに行けよ」


 莞爾は胸ポケットから取り出した紙切れを平太に渡す。


「これって……」

「お前の給与明細だ。お前は忘れてるかもしれねえけど、一応うちは月末締めの翌月十五日払いだから」


 給料日は二十五日という企業が多いが、三山ファームでは諸々の関係上十五日払いになった。

 給与明細をずっと見ていた平太だったが、その金額に目を剥く。


「――こんなにもらえんの?」


 額にして約十六万円。高卒の平均的な基本給である。


「よく見ろ。給料全部が手取りじゃねえぞ」

「手取り?」

「税金、社会保険、年金、諸々引かれてるだろ? 引いた分しかお前の自由にできる金じゃねえからな?」

「それでも十万近くあんじゃん」


 定期預金もあるので、実際に平太の手元に残るのは十万以下である。もっとも、つい先日まで高校生でアルバイトもしていなかった平太にとってはかなりの額であるらしい。


「平太、言っておくけど、一人暮らししてたら家賃、水道光熱費、通信費、食費、全部その中から出すんだぞ?」


 さすがの平太でもある程度の予想はついたらしい。


「……無理じゃん。遊ぶ金なんて残んねえ」

「初任給なんてそんなもんだ。浮かれて使って親に泣きつくやつなんていくらでもいる」


 いくら就職したからといっても、昇給するまでは我慢するしかないのだ。


「つーか、残業代は?」

「残念だったな。お前の労働時間は一日八時間を越えていない」

「嘘だろ!? だって日の出から日の入りまで働いてるじゃん!」

「実労働時間って知ってるか?」


 そう、三山ファームでは業務上休憩回数及びその時間が多いのであった。

 おまけにお昼休みは平気で二時間なんてざらなのである。ちょっとお昼寝してから再開なんてこともあるのだ。


 また、今日は午前だけとか、予定より早く終わったとか、そういうことが度々あるので、仮に残業があっても相殺されてしまうのであった。


「ちなみに、俺も孝一兄さんもそんなにもらってねえからな」


 年齢的な平均給与からすると一段も二段も下だ。孝一や嗣郎に至っては社長よりもらうわけにはいかないなどと固辞するので、莞爾と同程度である。

 役員だから給料たっぷりもらえるような余裕はない。


 なんとか生活ができる程度の金額なのだ。


「よかったな。都会じゃなくて。遊ぶ場所もねえから金が貯まるぞ」

「全然嬉しくねえ」


 平太は卵焼きを頬張って悪態をつく。

 クリスはそんな平太に微笑んで彼の茶碗を手にとった。


「さあ、さあ。たあんと食べろよ、ヘイタ」

「……うっす」


 もう一人前を食べきってお腹いっぱいにほど近い平太であるが、社長夫人の好意は断れない。こんもりと盛られたおかわりを受け取って箸を握るしかない。


 莞爾は苦笑して言う。


「まっ、金を稼ぐってのはそれだけ大変なんだよ。俺なんて毎日のようにどれだけ楽して金を稼ぐかってことばっかり考えるぞ」


 時間を売るか、能力を売るか。結局は個人の能力次第だ。

 苦労すれば給料が増えるというわけでもない。

 それにもにもかかわらず、苦労と努力をはき違えたもののなんと多いことか。


 若いから、新人だから、そんな理由で仕事を押しつけたり遅くまで残業させて時間を奪ったりすることは、全く以て不要だ。

 若いうちの苦労は買ってでもせよ、などと言うが、正確には成長する自助努力をせよ、と言うべきだ。若者に大変な思いをさせることが目的になってしまっては本末転倒だ。


「もしかしてさ、フリーターの方がもっと稼げるんじゃね?」


 平太はもぐもぐと口を動かしていたかと思うと、飲み込むや否やそう尋ねた。

 莞爾は小さくため息をついて漬物をばりばりと音を立てて噛み砕いた。


「それならちゃんと言ったはずだぞ。給料なんてろくすっぽ出せねえぞってな。まあ、仮に時給八百円で一日八時間一ヶ月働いて、それでいくらになる?」


 ざっと暗算をして平太が答える。


「十九万ぐらい?」

「おう。そんで、一ヶ月毎日働いてお前が約二十万円を稼ぐ間に、週五日で働く正社員がいくらもらうんだ? お前がアルバイトを辞めても給料がなくなるだけだけど、正社員には退職金があるだろ? ボーナスだってある。厚生年金だって会社が半分負担してくれるし、失業しても雇用保険の対象だ。で、アルバイトのメリットってなんだ?」


 それでも首を傾げるのは平太がアルバイトをしたことがないからだろう。

 莞爾は「仕方ないか」と一人だけ頷いて話を打ち切った。


 確かに一部ではフリーターが重宝される。しかし、それは根本的にフリーターだから仕事ができる、という意味合いではなく、どちらかと言えば非正規でありながら固定的に必要人員として数えられることのメリットが大きいからだ。また、自然と出勤頻度が多くなるので、仕事を覚えるのが早いということもある。現場の即戦力になりやすく、社員を一から育てるよりもずっと安上がりだ。


「まあ、今はまだわからないかもしれないけどな。高卒で十六万って別に少なくないからな。普通だ、普通。うちは学歴なんて関係ないけどな。能力給として見ても十六万円は甘く見積もって妥当だな」

「それでも甘く見てんのかよ」


 平太はげんなりした表情で言った。

 企業体力がないので大企業のように何もかも十全に社員を守ることはできないが、今の三山ファームとして考えれば、平太の境遇は莞爾たち役員の精一杯の思いやりでもある。

 起ち上げたばかりの零細企業としてはかなりの優遇措置ともとれる。


「新人教育ってのは時間と手間がかかるんだよ。たかだか一ヶ月で使い物になるなら誰も苦労しねえ。今はまず単純な作業しか教えてないからその金額なんだよ」


 莞爾はやれやれと肩を竦めたあとで言う。


「いずれお前にも畑任せるから、お前の思うとおりになんか育てて売れるもんにしてみろ。任せっきりにはしないし、指導もするから」

「マジ?」


 目を見開いて聞き返す平太の顔には、明らかに不安の陰があった。自分にできるだろうか、今でさえ覚えることに必死なのに、と言わんばかりの顔だった。しかし、莞爾は味噌汁を啜りながら頷いた。


「ちゃんと売れればちゃんとインセンティブつけてやる。給料上げて欲しいなら、早く今の仕事覚えて、次を教えろって言ってこい」

「ぐ、ぐぐっ、ぐふふふふっ、具体的にいくらほど増えるんでしょうかね、社長?」


 現金なもので、いきなり両手を揉み始める平太であった。

 言わずもがな社長に頭を叩かれた。痛みがあるわけではなかったので平太は「ぐへへ、言質は取りましたぜ」などとヨダレを垂らしていたが、本人のやる気に繋がるのならば悪くない。



 ***



 山菜はあく抜きが面倒だ。


 重曹を混ぜたぬるま湯につけて一晩。


 クリスはスミ江と智恵と一緒に昨日取ったばかりのわらびを処理していた。

 処理、とはいってもバケツの中から取り出して、水洗いしたものの長さを整える程度だ。


 八尾に届ける分は、すでに莞爾が朝一番で持っていったので、今残っているのは自家消費分でそれほど量はない。

 だが、今晩の夕飯にはちょうどいいかもしれない。


「天ぷらもいいけど、出汁でさっと煮るのもいいのよねえ」


 スミ江はいつもの優しい笑顔で言う。すると智恵がやってみようかしらと塩梅を聞いた。

 クリスはそれを横で聞きながら「天ぷらか……」と一人思案していた。


 山菜の天ぷらは春の風物詩でもある。

 はたまた醤油漬けにすると保存も利く上に、ちょうどいい飯の友となる。

 適度にあく抜きされたわらびはザクッとした食感を残しつつ少し粘り気がある。


 爽やかなほろ苦さがなんともやめられない味だ。


「なめこ……ぜんまい干したのもあったわねえ。筍も水煮があったし……」


 スミ江は山菜蕎麦を作ろうと画策していた。


 そういえば、とスミ江は山菜から目を離してクリスに尋ねる。


「平太はどうかねえ?」

「動けるようにはなったようだが、ツギオ殿とスミエ殿には心配をかけて申し訳なさそうにしていた」


 クリスは苦笑して答える。するとスミ江も微笑んだ。


「大事ないならよかったわねえ」


 隣で智恵もうんうんと頷いていた。智恵は立ち上がることもできなくなった瞬間の平太を見ているので余計に感じるところがあるようだ。


「筋肉痛であそこまでなるだなんてねえ」


 智恵の疑問も仕方がない。普通、人はそれを肉離れと呼ぶ。


「まだうちでしばらく寝かせているのだが、お手洗いぐらいならば一人でできるようだった。お昼には一度戻らねば」

「あらまあ、他所様の新妻さんにお世話してもらうだなんて、平太も罪作りねえ」


 スミ江は冗談を言ってカラカラ笑った。

 男衆(平太を除く)は今日も今日とて朝からわらびを採り、その後は畑に出ている。十一時にもなれば昼食に戻るだろう。


「お昼はみんなで山菜蕎麦でも食べましょうかねえ」

「いいですね!」と智恵が浮ついた声で賛同する。


 クリスは一度大きく頷いて言った。


「天ぷらも!」


 スミ江は「山菜づくしねえ」と笑って自分の腕を叩いた。


「この老いぼれに任せなさい!」


 ひとしきり三者三様に微笑んで、それでも手を動かしているのはなんともおかしな光景である。

 ふとクリスが言った。


「それにしても、ヘイタはカンジ殿から白い粉のようなものを飲ませられていたのだが」

「白い粉?」


 にわかに疑惑が呼び起こされる。


「ヘイタもせめて牛乳で溶いてくれと哀願していたが、ついぞ水で溶いたものを飲まされていたな」

「何かの薬かしら」

「わからぬが、ヘイタは不味い不味いと喚いていたな」

「良薬口に苦し、かしらねえ」


 智恵も心当たりはない。スミ江も首を傾げるばかりだ。


「お前に足りないのはタンパク質だーなどとカンジ殿は言っていたが……」

「うちはあの人が死にかけてからずっと野菜ばかりだからねえ」


 あの人とは言わずもがな嗣郎のことであった。亭主が死にかけても生きていたのでどこか暢気なスミ江だが、外に内心を見せていないだけだ。実際、嗣郎の食生活はがらりと変わった。具体的にはコレステロールと塩分がほとんどない食事になった。


「そうだった」クリスは思い出したようにスミ江に向き直って言う。「カンジ殿が言っていた。ヘイタの食事には鶏肉や豆腐を加えるようにしてくれ――だそうだ」


 本人の知らないところで平太肉体改造計画は着々と進められていた。

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