4月(3)筍の刺身と裏切りのじゃがバター
お待たせしました。
ちょいと短めです。
春という季節は、春野菜と称してなんだか色々と野菜が取れるようなイメージがあるのだが、実際はそうでもない。
いや、確かに色々とあるのだが、では春キャベツとレタスにアスパラガス、あと何があるか、と普通の一般人に聞いても出てきて一つか二つと言ったところだろう。
実は春は豆類がたくさん取れる季節でもある。
スナップエンドウに絹さや、ソラマメにグリーンピース。
それから根菜類であれば、新じゃがに長芋。ちなみに長芋は生産量の九割近くが北海道と青森である。とくに春掘りの長芋は秋掘りよりも味が濃い。まあ、掘るのが大変なのだが。
そして何より忘れてはならないのが――筍だ。
軽トラで林道を進み、竹林に差しかかったところで停める。
莞爾は荷台からシャベルを二つ取って片方をクリスに渡した。
「何をするのだ、一体」
「決まってるだろ。筍を掘るんだ」
今はまさに孟宗竹の旬だ。
九州南部などでは十一月頃から早掘りで出回るが、概ね十二月中旬から本格的に出回り始める。
ちなみに筍は福岡と鹿児島が全国生産量の六割を占めている。
莞爾は足を引きずるようにして落ち葉の中を歩き、突然「ここだな」と落ち葉を払い始める。
「何をしているのだ?」
「筍を見つけたんだ」
「見当たらぬが?」
クリスは不思議そうに小首を傾げた。すると莞爾は得意気に地面を指さした。
「よく見ろ。ちょびっと盛り上がってるだろ?」
「……ふむ」
手で軽く押さえてみると、確かにそこだけ土の下に何かが隆起しているような感触がある。
「落ち葉に埋もれてわからないから、こうして軽く足を引きずるように歩く。するとちょっとした盛り上がりがわかって見つかるってわけだ」
「ふむふむ」
「まずは掘ってみるからよく見とけよ」
そう言って莞爾は盛り上がった部分から二十センチほど離れた場所に、垂直にシャベルを入れる。足で押し込んで深く差し込み、そこからシャベルを手前にやや倒して、斜めにざくりと差し込んだ。
そのままてこの原理で筍をすくい上げる。
「おおっ!」
「あちゃ、ちょこっと切れてるな。失敗した」
一番下の部分が少しだけ切れてしまったが、上々だ。
莞爾は土まみれの皮に包まれた筍を拾い上げてクリスに手渡した。
「これがあのタケノコか。このような形をしていたのだな」
「食うときは皮剥いてるしな」
莞爾は軽く笑う。
「それは皮のままでいい。あとで処理しよう」
「ふむ。よし、私もやってみるとしよう」
クリスは早速莞爾の真似をして歩いてみるが、一向に見つからない。
「むぅ、地味に難しいな、これは」
悔しそうにしているクリスに、莞爾は少しだけ優越感を抱いて微笑む。しかし、クリスも諦めず、今度は落ち葉を払いのけて目視で確認し始めた。
「カンジ殿、見ろ! ここにあったぞ!」
「おー、掘れ掘れ」
「見ていろ!」
勢い込んでシャベルを土に差し込んだ瞬間、変な音がした。
「あ……」
「やっちまったな」
差し込む場所が近すぎたのだ。
案の定出てきた筍は途中で切れてしまっていた。
「むぅ……」
残念そうな顔をするクリスに、莞爾は肩を叩いて慰める。
「ほれ、次だ次!」
「う、うむ!」
その一言でクリスはまたシャベルを持って歩き回った。
***
一時間も作業をすると、二十ほどの筍が採れた莞爾は上々だと満足げだ。
「たしかタケノコは食べるのに一手間必要だったな」
クリスはスミ江から教わったアク抜きの方法を思い出す。
「糠と鷹の爪と一緒に炊き上げるはずだが?」
「えぐみが強いからな。こいつは」
とくに孟宗竹はアク抜きが必須だ。根曲がり竹などであればアクが強くないのだが。
「筍は掘った瞬間からすでに劣化が始まるといってもいい。掘ってすぐは甘いんだけど、時間が経つとどんどんえぐみが増すんだ」
「ふむ。では今はまだ大丈夫ということか?」
尋ねるクリスに莞爾は首を横に振った。
「いや、最初に掘ったやつはもうダメだな」
そう言いながら、莞爾は片付けを済ませて軽トラに乗り込んだ。
助手席に乗り込んだクリスに、莞爾は楽しそうな笑みを見せる。
「掘りたては美味いぞ。早く帰って食おうぜ」
「むふふ、それは楽しみだ!」
そうして帰宅するや否や、莞爾はあちこちからゴミを集めて回る。ゴミと言っても刈り取って放置していた雑草や、剪定したあとの枝がほとんどだ。
それらを裏庭の一カ所に集め、新聞紙を火種にして燃やす。何本か薪も入れて準備完了だ。
「よーし、早速焼こう」
莞爾は最後に掘った筍を三つほど、皮のついたまま先端を少しだけ切り落として焚き火の中に投入する。
「なっ! そのままか!?」
「おう。そのままだ」
ばちばちと音を立てて燃え盛る中に投入しては、さすがに皮が燃えてしまいそうに思えるが、案外燃えない。というか、筍の皮は何重にもなっているし、掘ってすぐは水分が多いのでそれほど燃えない。せいぜい外側が燃えるぐらいで、中は蒸し焼き状態になる。
「ついでに他のも焼こう」
「おっ、いいな。よし、良さそうなの持ってきてくれ」
クリスの提案に莞爾も嬉しそうに頷いた。
ややあって彼女が持ってきたのは、伊東家からお裾分けしてもらった新じゃがだった。莞爾の自給用畑でも育てているが、そちらはもう少しかかりそうだ。
「むふふっ、じゃがバターは正義だとナツミに教わったのだ!」
クリスはせっせとじゃがいもをたわしで洗い、切れ目を入れてそこにバターをべったり塗り、それをアルミホイルで包む。
五つほどできたところで熾火の中に放り込んだ。
「先にバター入れたら焦げるんじゃねえか?」
「むふふ、むしろ焦がしバターこそ鉄壁の布陣!」
すでにクリスの口元は涎が溢れてしまいそうだ。
ちなみに、じゃがいもの生産量は北海道が四分の三を占めている。あれだけ広大な大地があれば納得である。しかし、それはつまり北海道が不作になると全国的にじゃがいもが品薄になるということでもある。
とにかく北海道はスケールがでかすぎる。農地取得に関しても二ヘクタールからだったりと、最初から本州・九州とは桁が違う。
「以前食べたインカの目覚めだったか? あれも美味しかったが、やはり男爵だな!」
クリスはふんすと鼻を鳴らして男爵いもの味わいを滔々と語る。
「焼けばホクホク、煮ればトロトロ、揚げればカリカリ、蒸せばホッコリ、むふふふははは」
どこぞの悪の幹部のようであった。
ちなみに男爵いもの「男爵」とは、そのままの意味である。元の名前は「アイリッシュ・コブラー」という。
明治四十一年に北海道上磯町(北斗市)で試験栽培されたものが普及したのだが、これをアメリカから取り寄せたのが高知出身の川田龍吉男爵である。北海道農業にとって彼は近代化を推し進めた偉大な存在なのである。余談だが、日本で初めてのオーナードライバーも彼である。
***
一時間ほどかけてじっくりと焼き上げて、熾火もほとんどが燃えカスになってしまった。
莞爾は軍手をして黒くなった筍を手に取り、皮の根元のつなぎ目に包丁で軽く切れ込みを入れ、ずるんと一気に皮を剥いた。
その瞬間、白い筍が姿を現し、それ以上に白い湯気を立て始める。
「おおーっ!」
クリスの歓声に莞爾も得意気だ。
しかし、皮を剥いで可食部以外を取り除くと最初の大きさとは打って変わってかなり小さくなってしまった。
「ずいぶんと萎んでしまった……」
「いや、萎んだわけじゃねえから」
軽く笑いつつ莞爾は焼き上がった筍を薄く切っていく。
「よし、クリス。醤油とワサビを用意しろ」
「合点承知!」
こういうときのクリスはとにかく素早い。あっという間に小皿に醤油を入れてワサビのチューブも持って来る。
莞爾は切り分けた筍を指先で摘まみ、小皿につけたワサビを醤油に溶かすように筍を動かして、それからぱくりと口に入れた。
焼きたての温かい筍は噛むとすぐに繊維がほぐれ、かと思えばしゃくしゃくと小気味よい音を立てる。掘ってすぐの甘味と確かな滋味。わずかに感じる渋みがかえって甘さを際立たせる。醤油の塩気が甘味を押し上げ、それを清涼感のあるワサビがさらっていく。
「……ふう」
美味い、と口に出すよりもほっと胸が落ち着くような、小さなため息が出た。筍掘りをした者の特権である。
そんな彼の様子を見ていたクリスも筍を啄む。
箸を使わないのは行儀が悪いなどと、そんなことは言う暇もない。だいたい焚き火で焼いた筍だ。粗野な調理法なのだからそんなことは余計なのだ。
しゃくしゃくと音を立てて咀嚼し、瑞々しい筍の甘味が湯気となって鼻から漏れてしまうようだ。最後につんと来るワサビのせいか、どんどん口に運びたくなる。
「……これはいい」
「ああ、いいな」
美味いものを食うとはしゃいでばかりのクリスだが、今回ばかりは静かにその味わいに目を閉じている。
だが、元々量が少なかったこともあって筍はすぐになくなってしまった。
「カンジ殿」
「おう」
「明日も掘ろう。毎日掘ろう」
「毎日は無理だな」
莞爾は苦笑しつつ、また軍手をはめ直してアルミホイルの塊を手に取った。
「あっ、カンジ殿。ちょっと待っていてくれ」
「どうした?」
「ナツミを呼んでくるのだ!」
「あはは、いってらっしゃい」
思い出したように駆け出したクリスの背中に手を振って、莞爾はアルミホイルを灰の中に戻した。
クリスは菜摘と仲がいい。ちょっと暇になったらどちらともなく相手を訪ねるような仲だ。
「男爵いもは恋の味……だっけ?」莞爾はくすくすと笑った。
しばらく待っていると、なぜかクリスは一人で戻ってきた。
「あれ? 菜摘ちゃんは?」
どこか寂しげな様子のクリスに尋ねると、彼女はぼそぼそと口を尖らせて言った。
「今は学校にいるそうだ……」
「あ、そうか。今日平日か」
曜日感覚の狂っている二人である。
菜摘も成長している。ずっと祖父母のもとで引きこもっていたのは既に過去のことになったのだ。今は孝一夫妻がしっかりと菜摘を見ているし、最初は不安がっていたが、学校に対する恐怖心はかなり薄れていた。
「まあ、明後日には休みだし、その時にまたすればいいじゃないか」
「……むぅ。ナツミが学校に行くのは喜ばしいことだとわかっているのだ。だが……」
顔を俯かせるクリスに莞爾は言う。
「やっぱり寂しいのか?」
「寂しいというわけではないのだ」
首を傾げる莞爾に、クリスは申し訳なさそうに言った。
「次の休みまでに、このじゃがいもを残している自信がないっ! どうしよう、カンジ殿!」
友情よりも食い意地が優先されることを白状したクリスであった。
活動報告にて書影を公開しております。
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