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  受賞記念SS

受賞記念SSでございます。

急いで書き上げたので、ちょっと粗が多いかもですが。

 クリスはほとほと困り果てていた。


 莞爾と平太に渡すおにぎりと水筒を手に村内を歩いているところだった。

 それがどこからともなく現れた部外者によって質問攻めにあっている。


「お名前をよろしいでしょうか!」

「……むぅ」


 部外者の一人は何やら棒状のものをこちらに向けてきており、その後ろでは何やら大きく黒い――先端にレンズのはまったものを向けてくる男もいる。

 何がしたいのかわからないし、急いでいるからと言っても引き留めてくる始末だ。


 それに名前を聞いてくるくせに自分たちがどういう所属でどういう人間なのかを全く言わない。

 いいかげん腹が立ったクリスは仁王立ちして声を荒げそうになった。


 しかし、ちょうどいいタイミングで莞爾と平太がやってきて声をかけた。


「おーい、何やってんだ?」


 遠くから首を傾げながらやってきた莞爾だったが、クリスの正面に何やらテレビ局所属らしき人間がいるのを見てぎょっとした。

 平太を置き去りにしてクリスのもとに駆け寄るや否や尋ねた。


「あんたら、どちら様?」

「えっ、あー、私たちは……」

「所属と目的」

「あっ、はい」


 どうやらマイクを持った男がADだったらしく、聞けば民放の一社だった。


「実は大谷木町で外国人の方がいるという情報を聞きまして、こちらに伺ったのですが……ご存知ないですか? 日本で暮らす外国人の方を探して取材させてもらうという番組なのですが」

「……いや、知らん」


 莞爾は地デジチューナーを購入したものの、今でもテレビはほとんど見ていない。せいぜいニュース番組ぐらいだ。

 局の人間はかなり驚いたらしい。まさか視聴率もいい自社の番組を知らない人間がいるとは思わなかった。見ていなくても番組の名前を聞いたことぐらいはあるだろうと高をくくっていた。


「知らんものは知らん」


 ぶっきらぼうになる莞爾に、ADはさすがに申し訳なく思ったのか一度頭を下げて番組の主旨を説明した。

 言葉が丁寧になっただけで結局は繰り返しだ。


 後ろからやってきた平太が番組を知っていたようだが、莞爾が不機嫌そうだったので口を噤む。


「で、つまりクリスの取材をさせてくれ、と。そういうことか」

「はいっ、はいっ! ぜひお願いします!」

「……うーん」


 はっきり言って無理だ。

 なぜならクリスは日本語を話せない。片言なら少しだけ、というくらいだ。翻訳機能を使えば会話はできるが、記録媒体を通した途端に意味不明な言語に変わってしまう。


「無理だな」

「いえ、一応ご本人にお聞きしたいのですが……」


 確かにそれもそうだ、と莞爾は軽く頷いた。少し待て、と後ろでそわそわしているクリスのもとに歩み寄って小声で尋ねる。


「テレビってわかるか?」

「うむ」

「そこの人間らしい。クリスを取材したいんだと」

「取材とはなんだ?」

「根掘り葉掘り質問攻めされて、うっとうしいぐらい後ろをついてくるんだよ」


 すると平太もやってきた。


「会社の宣伝にもなるしいいんじゃね?」

「そういう問題じゃない」


 平太の言葉を一蹴して莞爾はまたクリスに言う。


「断るからな?」

「うむ。まあ仕事の邪魔だしな」


 あまりにも淡々と断ることを決めたクリスに平太は呆れ気味であった。

 平太からすればテレビに映るチャンスでもあったのだ。まあ、テレビに映って喜ぶほど子どもでもなかったが。


 ADの前に戻った莞爾は開口一番に言った。


「すまんが、本人も断るそうだ」

「そう、ですか。いや、お話だけでも聞かせてもらえたら……」

「しつこいなあ」

「じゃ、じゃあ、こちらにお住まいになっている理由だけでも!」

「俺の妻だから」

「は……」

「俺の妻。家内です」


 真面目くさった顔をして言う莞爾の後ろで、クリスが胸を押さえて頬を赤らめていた。


 さすがにADもクリスがこんな無精ひげを蓄えた冴えない中年のおっさんの妻だとは思ってもみなかったらしく、目を丸くして驚いていた。


 平太が莞爾の隣にやってきて耳打ちした。


「なあなあ、確かこの番組って取材拒否されても、その途中まで放送することよくあるから、一応断っておいた方がいいんじゃね?」

「ナイスだ、平太」


 莞爾は平太に親指を立ててグッジョブと微笑んだ。


「えーっと、そういうわけだから。お帰りください。で、肖像権もあるんで勝手に放送しないでください。許可しませんから」

「ええーっ! ちょっとだけでもダメですか!?」

「その裁量は誰が決めるんだよ。とにかくダメ」


 何度か食い下がったADだったが、莞爾がとことん断るので結局諦めて帰っていった。


「なんだったんだろうな、あいつら」


 莞爾が首を傾げると、隣の平太は訳知り顔で言う。


「ADも大変なんじゃね? あっちこっち駆けずり回ってさ。でも、あの番組は一応許可取ろうとするし、勝手に放送しないって約束してくれたから、まだマシな方なんじゃないの?」

「そういうもんか?」



 ***



 後日。

 どこから調べたのやら電話がかかってきた。

 相手はもちろん件のADであった。


『そちらのご迷惑になることはしませんので、ご夫妻の生活を取材させてもらえませんか?』

「いや、無理」


 莞爾は電話を切ろうとしたが、ADは食い下がる。


『そこをなんとか! 今、地方の農村って嫁不足が深刻じゃないですか!? それで、そういった方々にも佐伯さんのことを知れば希望になると思うんですよ!』

「逆効果だろ、それ。っていうか、俺が妬まれるだけだと思うんだけど……」


 きっと全国から「爆発しろ!」と書かれたラブレターがたくさん届くに決まっている。


「だいたい、なんで自分の妻を全国にお披露目しなきゃならないんだよ。愛妻見せびらかすような悪趣味なことするか! 本人もその気がないんだから、いいかげん諦めてくれ」


 莞爾はそういって電話を切った。


 隣で聞いていたクリスは苦笑しながら尋ねる。


「またテレビとやらか?」

「おう。あいつらほんと懲りねえなあ」


 穂奈美に相談しようかとも思ったが、穂奈美が動くとどうしても余計に気になってしまうだろうから、莞爾は個人の裁量で断り続けている。


「むふふっ、愛妻、愛妻か」

「なんだよ……」

「もう一度言ってくれ、カンジ殿」

「嫌だよ」

「愛妻見せびらかすような悪趣味なことするか! だったか?」

「……しっかり覚えてるのか」


 莞爾は小さくため息をつく。最近のクリスは莞爾をからかうことを覚えてしまったらしい。


「そうそう、話は変わるのだが」


 クリスは思い出したように話を切り替えた。


「スミエ殿と一緒にナツミも含めて野菜を作っているのだが――」


 ちょっと広い家庭菜園である。


「スミエ殿から、出来がいいから直売所に持っていかないか、という話になっていてな」

「へえ。いいじゃん」

「うむ。それで私が自転車で持っていこうかと思っているのだ」

「マジか。重たくないか?」

「ツギオ殿がリヤカーを後ろに着けてくれるらしいぞ」

「いや、余計に重たいだろ」

「行きは下りだし、帰りは何も載せないから軽いはずだ」


 たしかにその通りだが……莞爾はしばらく考えたが、クリスも外の世界を知るいい機会だと思った。


「わかった。そういうことなら好きにしてもらっていい。大谷木町の直売所なら知り合いがいるし、俺からも電話しとくから」

「むふふっ、ありがとう、カンジ殿!」


 ぎゅっと抱きついたクリスの背中を撫でて、莞爾はクリスが心底楽しんでいることにホッとした。



 ***



 そのまた後日。



「すみませーん! 道の駅でお名前を拝見しまして……」


 門扉を叩いた青いつなぎ姿の有名人がやってきて、クリスが玄関を開けそうになったが、莞爾は嫌な予感がして彼女を引き留める。


「待て、クリス! 嫌な予感がする!」

「何を馬鹿なことを言っているのだ。客人を待たせるものではないぞ」


 クリスは呆れ気味に扉を開けた。

 後の苦労は莞爾のみぞ知る。

第五回ネット小説大賞「金賞」を受賞いたしました。

読者の皆様に、改めて御礼申し上げます。

なお、莞爾と穂奈美のキャラデザを活動報告にて公開しております。

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