アサリとカーボロネロのクリームパスタ
大変お待たせしてすみません。
翌日のこと。
莞爾はクリスと平太を連れて大谷木町のスーパーマーケットにまで来ていた。
田舎の店舗ということもあって、通路は広い。
「マジで、おれが作るの?」
「言い出しっぺだろ?」
平太はげんなりした顔で莞爾に尋ねるが「社長命令だ」と言われては断りようがない。
「おれ、料理なんてろくにできないぜ?」
「なんでもやってみないと始まらないだろ」
そう言いつつ、莞爾は買い物かごの中にアサリのパックを三つほど入れた。
「それにな、平太。農家ってのは作るだけじゃダメだ。これからはどんな食い方が美味いかって発信していかなきゃ生き残れないぞ。バイヤーだって野菜だけ見て買ってくれるわけじゃないんだ。どういう風に調理して食べるのかってところを見てる。美味しいけど手間暇がかかりすぎるようじゃ買う気も失せるだろ?」
「なるほどね……」
「だから、農家も作るだけじゃなくて、どういう食べ方が美味しいのかってのをちゃんとプレゼンできないとダメだ」
農家だからこそ知っている素朴な調理法もあるし、バイヤーによっては自らこういう食べ方はどうだろうかと提案することもある。バイヤーの所属にもよるが、いずれにせよ農家が美味しい食べ方を知っていることで、より高度なプレゼンができることは間違いない。
「でもさ、クリームパスタだろ。クリームってどうやって作るのさ」
まさかホワイトソースから作るのだろうかと平太は首を傾げる。そんな作り方知らない。
しかし、莞爾は平然と言う。
「生クリーム入れときゃとりあえずクリームパスタだろ」
「そんなもんなの?」
「美味しければなんでもいいだろ」
「そりゃあまあそうだけど」
莞爾はぽんぽんかごの中に商品を入れていく。
生クリームにバター、スパゲッティー(乾麺)に粉チーズ。
「ベーコンは?」
「冷蔵庫に飛び切り美味いやつ入ってるからいらん」
ベーコンだけは養豚場からもらった特製ベーコンである。不味いわけがない。
不安そうな顔をする平太に、莞爾は言う。
「まあ、そう心配するな。隣で教えるから」
「お、おう!」
料理なんてしたことのない平太である。
*
帰宅して早々、嗣郎が大量のカーボロネロを洗って待っていた。
気が早いジジイである。
スミ江も割烹着をかけて待機しているのだから、最初から平太ひとりにさせるつもりはなかったのも明白だ。
平太は何やら大それた会になりつつあるのを察知して莞爾に視線を向けるが、そこはそれ。莞爾は何食わぬ顔で準備を始める。
「ついでに懇親会というか、決起集会ってやつだな」
もうすぐ四月――本格的に会社として活動するのであるから、その前に食事会でもしようという魂胆だった。平太には言ってなかったが。
遅れて由井家の面々もやってきた。孝介とその妻の加代は間に菜摘を挟んで、仲良く手を繋いでいる。孝一と智恵は東京にいるので今回は欠席だ。
馴染みの挨拶を済ませたところで菜摘が満面の笑みで莞爾に飛びついた。
「お兄ちゃん! バレンタインのお返しまだーっ!?」
「あはは、ちゃんと用意してるよ」
莞爾も忘れていたわけではないのだが、中々機会がなかったのだ。
そんな仲のいい二人をよそ目に、平太は首を傾げている。菜摘も平太に気づいたのか同じように首を傾げて言った。
「あの人だあれ?」
「あ、そうだそうだ」
ちょいちょいと莞爾は平太を招き寄せて菜摘に紹介する。
「こいつは伊東平太。嗣郎さんの孫だ。菜摘ちゃんも仲良くしてやってくれよ」
「うん、わかったー」
よろしくお願いしますとぺこりとかわいらしく頭を下げる菜摘に、平太は得も言われぬ感覚を抱く。純粋にかわいかったのである。なんと保護欲をそそられることか。
「菜摘ちゃん、よろしくね」
平太はいつになく満面の笑みで菜摘に笑顔を向けた。すると莞爾が横から言う。
「お前、さすがにそれは犯罪だろ」
「ちげえよっ!」
からかい半分で茶化す莞爾に必死で否定する平太だったが、その様子を見てまだ無知な菜摘は首を傾げるだけだった。汚れた大人の毒牙にかからないように祈るばかりである。
「仲良くなったら犯罪なの?」
つぶらな瞳で問いかけられて、平太は首をぶんぶん横に振った。
「違う違う、違うからね!」
必死に取り繕う平太であった。
それはさておき、莞爾は納屋の前の少し拓けた場所に簡易なステンレスのカマドを据えて、水を張った寸胴鍋を火にかけていた。
そうというのも、土間の台所は女衆が使うので莞爾と平太は邪魔なのだ。
三月でまだまだ寒いかと言えば、今年は暖冬のせいもあってそこまで寒くはない。むしろ火を焚いているので暑いぐらいだ。
莞爾はもうひとつカマドを用意しており、そちらにも火をかけ大きな鍋を置く。こちらは弱火だ。
あまり早く作り過ぎても兼ね合いが悪いので、適度にカマドの火で暖を取りながらのんびりしている。莞爾はタバコを吸いつつ、平太はカマドの火の調整に四苦八苦しながらだ。
「さあて、平太。俺たちも作るか」
「うーっす」
弱火で熱した鍋の中に無塩バターを入れ、軽く溶け始めたところで刻んだニンニクと特製ベーコンを入れる。 焦げつかないように平太はヘラを手にかき混ぜ、莞爾は彼に教えながら具材を投入していく。
男の、それも野外調理なのでかなり大雑把だが、それは仕方がない。
ほどよくニンニクの香りが出てきたところで、砂抜きしたアサリを入れて軽く炒めつつ、どばどば白ワインを入れて蒸し焼きにする。量が量なので必要量が多い。
少しして完全にアサリの口が開いたら一口サイズに切ったカーボロネロを投入する。人数分を揃えるのに大きな鍋を使っているので、ちょっとした給食の調理のようにも見える。
カーボロネロがしんなりとし始めたところで、一旦鍋を火から離す。
もう片方のカマドでお湯が沸き、きつめの塩を入れてスパゲッティーの乾麺を投入する。
カマドの火の調節は薪を取り出したり焚べたりして行う。あまりぐらぐら炊くと吹きこぼれるので、少し弱いぐらいでちょうどいい。
茹で上がる少し前にもう一度カーボロネロの鍋を火にかけ、スパゲッティーの茹で汁を加えて一煮立ちさせると、生クリームを投入した。
「おお、なんかクリーム煮っぽい」
ヘラで混ぜつつ、付着したそれを指で拭い取って舐めると、塩加減も少し薄いがアサリの味がよく出ていてむしろちょうどいいくらいだ。
「さあて、茹で上がったぞ」
トングで茹で上がったスパゲッティーをそのまま移し、ごくごく弱火で平太が混ぜていく。そうして最後に粉チーズを入れて混ぜ合わせるととろみが出てコクも深くなった。
「うん、こんなもんじゃないか?」
「結構美味いね」
大皿を三枚ほど用意して、まずは麺を分け、それから具材を均等に分ける。余ったソースもかけて終わりだ。
「完成! つーか、これっておれほとんど混ぜてただけじゃん!」
「いいだろ、別に。俺たち農家だぞ」
「そりゃそうだけどさ、普通パスタって腹に溜まるから最後の方じゃねえの?」
すると莞爾は首を傾げつつ言う。
「確か、前菜ぐらいに出てくるんじゃなかったかな」
「前菜ってフルコースとかの最初に出るやつ?」
「あー、厳密には違うんだろうけど、イタリアだと前菜はまた別か。まあ、その後だな。だいたいパスタとかリゾットのあとに肉か魚かってメインが出てくるし」
「ふーん」
莞爾もさすがに西洋料理の食文化に関してはうろ覚えだった。
そうして二人で客間に盛り付けた皿を持っていくと、粗方料理は出来上がって卓上に並んでいた。
かわいいキャラクターの描かれたエプロンをつけた菜摘がせっせと小皿や箸を運んでいる。
「おっ、菜摘ちゃん、偉いね」
莞爾が優しく頭を撫でて言うと、菜摘はえっへんと胸を張って喜んでいた。少し羨ましかった平太である。もちろん褒められる方ではなくて、褒める方がしたかったのだ。
上座の一つ手前に座った嗣郎は莞爾の作成した文書に老眼鏡をかけて目を通している。向かいに座る孝介も似たような状況だ。二人とも難しい顔をしているが、莞爾に気づくと手招きをして上座のお誕生日席のざぶとんをぽんぽんと叩いた。
「いやいや、俺はまだまだ若輩ですから」
莞爾は苦笑いで固辞するが、嗣郎と孝介からすれば今回は寄り合いは寄り合いでもただのご近所の集まりではなく、今後の会社の同僚としての寄り合いなのだ。社長に気を遣うのは当然だった。というか、そのあたりはいくら田舎の老人であっても、むしろ田舎の古い人間だからこそ弁えているようだ。
もっとも、二人からすれば面倒な部分は全部若手に丸投げしているという要素がないわけではなかった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
莞爾はどっしりと上座に座り、クリスが持ってきた瓶ビールを嗣郎に向ける。
「一口だけのう」
嗣郎は倒れて以来、酒もろくに飲めなくなってしまった。といっても、乾杯の一杯ぐらいならとお許しをもらっているらしい。その分、スミ江の作る料理はかなり減塩しているし、血圧を下げる薬やら他にもいろいろな薬を常用するようになってしまった。
楽しみを取り上げられてむしゃくしゃしてるかのと思えば、案外そういうわけでもなく、嗣郎は医者に言われたとおり生活態度を改めているらしい。
運動量は言わずもがな今まで通りだが、水分補給は今まで以上になったし、食生活はスミ江が見て、週に一度通院する羽目になったのだが、本人は本人で「もう歳じゃ」と仕方ないのだと自覚しているらしい。
続いて孝介にもビールを注ぐ莞爾だが、孝介も嗣郎ほどではないが心臓が悪いのでこちらも一杯だけだ。
莞爾からすればなんとも酒が進まない席次である。
女衆も準備が済んで集まり、それぞれ席を勧めあいながら座る。必然的に平太は嗣郎の隣になってしまった。
菜摘は末席のクリスの隣に座ってご満悦だ。
莞爾は嗣郎にお願いしますと言って乾杯の音頭を頼む。といっても、今日はいないメンバーもいるので簡略的なものだ。
田舎の爺やらしく、三家の繁栄を祈念して締めくくる。
「では、乾杯」
三者三様にグラスをかち合わせ、嗣郎はビールを舐め、孝介は惜しむように口に含み、莞爾は流し込むように飲み干した。
スミ江や加代もビールを飲む。クリスはビールが苦手だが一人酒を飲むのも変なので、平太と一緒にお茶を飲む羽目になった。菜摘だけはオレンジジュースだったが、普段は食事中にジュースを飲まないので少し嬉しそうだ。
それぞれ思い思いに箸を握り、小皿を片手に料理をとっていく。
平太は真っ先に自分が作ったクリームパスタを取った。
「これ、平太が作ったのお?」
菜摘は最初から平太を呼び捨てだったが、平太は気にしていないというか、むしろちょっと嬉しそうにしていた。
「そうだよ」
「すごいねー」
感心したように菜摘もパスタを取ろうとするが、クリスが代わりに取り分けてくれた。
「ありがとう、クリスお姉ちゃん」
にひひ、と嬉しそうに笑う菜摘である。
平太はほっこりした気分になりながら皿の上に鎮座するクリームパスタを口に運ぶ。
「……うん。美味い」
語彙力のない平太にはそれで十分であった。
同じく菜摘も食べて口をもぐもぐさせる。どうやら美味しかったようで一口、二口と頬張っていた。
クリスも食べてみると、まず始めに粉チーズと生クリームの濃厚さがガツンとくる。そして咀嚼するごとにアサリの味やベーコンの風味が感じられ、カーボロネロがソースと相まってとろけるような味わいだ。
「ほうほう、これは中々……」
クリスは器用に箸でアサリの身を殻から外す。
どうやらお気に召したようで濃厚な味わいに舌鼓を打っている。
一方で菜摘はもう別の料理に手を出していた。というのも、大食らいのクリスやまだまだよく食べる年齢の平太ならばまだしも、菜摘にはこの濃厚さは純粋に重たかったのだ。
莞爾も小皿に分けて食べるが難しい顔をしていた。
美味しいには美味しいが、正直粉チーズは各自で好きに混ぜればよかったのではないかと考えなくもなかった。
とはいえ、美味しいのは間違いなかった。単純に粉チーズの入れすぎ――やはり目分量は失敗のもとである。
スミ江や加代も食べていたが、この濃厚さは女性の方が好きらしい。二人とも老齢なので量は控えめだが。
嗣郎と孝介に至っては味の確認はするものの、田舎暮らしゆえに馴染みのない味であまり箸は進まないようだ。それでもカーボロネロの味には納得できたみたいだった。
「こういう小洒落たのも美味いのう」
嗣郎からするとオムライスでも小洒落た洋食である。孝介はもうちょっとマシだった。
だが、悲しいかな、二人とも食事は冒険しない主義であった。
結局、一番クリームパスタを食べたのはクリスだった。ちなみに菜摘はアサリをせっせと殻から外し、ソースの絡まったカーボロネロで包んで食べるという荒技を披露していた。
「ほら、飲め飲め、カンちゃんや」
酒を飲めなくなった人間はどうなるか。答えは至ってシンプルである。
飲める人間にこれでもかと飲ませるのであった。
被害者は莞爾である。
「いや、もうビールで腹膨れますから」
やんわり断ろうとすると「じゃあ焼酎か」と逃げ道を塞がれる。
まあ、仕方がない。今日の莞爾は両隣を人生の大先輩に挟まれて玩具に等しかった。
このまま焼酎に進んでしまえば酔っ払う未来しか見えなくて莞爾はビールのまま我慢することにした。
「スミ江さんの煮物は相変わらず美味しいですね」
ごまかすように煮物を皿にとって食べる莞爾だったが、嗣郎は「塩気がのう」と味が少し薄くなったのを嘆いていた。やはり慣れ親しんだ味から離れるのは惜しいようだ。
「なあ、莞爾くん」孝介が文書を手に取って尋ねる。
いくつかの質問に莞爾は手際よく答えていくが、既存の設備に関して尋ねられると弱い。
というのも、今まで特定作物を毎年育てていたために、由井家ではそれに最適な設備が多くある。これは嗣郎も似たようなところがあった。
役員個人の所有物だからといって、会社が好き勝手に使えるというわけでもない。
「個人所有の設備ですから、そのあたりの調整は孝一兄さんがいるときにしましょう」
書面上のやりくりでどうにかなるなら話は早いのだが、いくら近所の寄り合い会社といっても、そういうところで甘く考えていると余計ないざこざを招くのは道理だ。
金が絡むときはきれいさっぱりしておくのが一番いいのだ。知り合いだからと「なあなあ」にするのが一番やってはいけないことだ。
その手の問題は一度やってしまうと、あれもこれもと際限がなくなってしまう。出す側でも貰う側でも、絶対に蔑ろにしてはいけない。親戚でも一緒だ。
大きな問題は方向性が定まると途端に解決していくことが多いのだが、こういう細かい裏側の問題は無視するには根が深いし、あとあとに回し続けると余計にややこしくなるのだ。
「確か来週あたりに帰ってくるんですよね?」
莞爾が尋ねると孝介は大きく頷いた。
「細かい話だがね。こういうのはきっちりしておかないと」
孝介は由井家の土地や彼が購入した機材についてだけではなく、嗣郎の抱える設備についても考えを巡らせているようだった。
「この際だから老朽化したのはもう金にならないし、それは無視していいんじゃないか」
「そうですね。どのみち買い直すことになるでしょうし、その時は会社が購入する方がいいです」
莞爾は伊東家の納屋にある自動包装機を思い浮かべていたが、由井家にも似たようなおんぼろの機械がいくつかあった。
実際のところ、売り上げで言えば由井家が一番だが、一番経費が嵩んでいたのも由井家である。
孝介は孝一に任せるとは言っても、そのあたりの目算は当然あった。
もっとも、伊東家にしても由井家にしても、後継者がいないという同一の問題があったからこそ孝一の案に乗ったのも事実だ。
孝介からすれば、どうせ戻ってくるのならばそのまま家業を継げばいいと孝一を説得したが、明確な経営計画と法人化した際の見込みを、それはもう重箱の隅をつつくような説明をされて逆に説得されてしまったのだ。
それになにより、孝一が「今のままなら戻らない」と断言したのも大きかった。ついでに菜摘も連れて帰るとまで言ったようだ。
一方、嗣郎も今でこそ平太が農業をやると言い出したものの、それより以前は後継者がいなかった。長男も次男も実家を離れて職を持っているのだ。
一番農業の厳しさを知っているからこそ家業を継げとは言えなかったが、平太が来たことで今度の法人化には年甲斐もなく期待してワクワクしているのも事実だ。
ふと、嗣郎が思い出したように莞爾に尋ねた。
「それはそうと、ハウス建てるんかの?」
莞爾は苦笑してごまかそうとして、結局笑えずに頭をかいた。困っただけの顔になって焼酎のお湯割りを呷る。
「ひとまずは露地でやろうと思ってますよ」
季節柄夏野菜には十分間に合うし、導入するのであれば秋以降がいいのではないか、と莞爾は考えていた。しかし、そうは言ってもビニールハウスを導入する必要もあまりないような気はしている。
狭いと言えば狭いが、露地栽培でも十分やっていけるのはすでに実証済だ。
それにビニールハウスを建てるにしても、通常の規格はいくつかあるが現在確保できている農地では狭かったり細長かったりしてあまり効率がよくない。部材を揃えて幅に合わせることもできるが、そうまでして導入する必要があるかと言えば正直微妙だ。
「まあ、まとまった数を作れるようにはなったからのう。単価は下がっても規模は大きくなるし、よかろうて」
嗣郎はペラペラと文書をめくって微かに笑った。
孝介もどうせやるならどかんとそれ一本でやっていけるぐらいの設備を作らなければ儲けなんて出ないと言う。確かにあれもこれもと様々な種類の野菜を売る輪栽農業は無秩序な事業拡大に似てないこともない。
慣行の農業では単一品目を大規模に栽培し、非規格品率を可能な限り低くしていけば、それだけ収入は上がるのだ(が、天災時には一番被害が大きい)。
ちなみに有機農業ではこの限りではなく、多品目栽培が比較的多い。というのも、圃場内での生物多様性とか連作障害の防止とか言われることもあるが、何より直販にとても都合が良いのだ。しかし、これも多角化が行き過ぎれば無秩序になる。
栽培効率という一点だけを見て言えば、多品目栽培は大規模単一品目栽培に絶対に敵わないのは道理だ。なぜならば、数を増やせばそれだけ品目ごとに必要とされるノウハウや機材等々が増えていくのだから。
つまり、嗣郎も孝介も昔ながらの農業の在り方をベースにして、品目数はできるだけ抑えて規模を大きくしていくという当然の帰結を導き出しただけのことだ。
「あとはまあ大谷木町にある2町を借りるか買うかってところは……どう思います?」
莞爾は以前話に出ていた新しい農地について二人に尋ねる。すると嗣郎はうんうんと唸っていたが、孝介は農地を増やすべきだと言った。
「人数もいるし、そっちは会社の土地として買うべきだと思うけどね」
「それは確かに言えてますね」
しかしまあ法人であるからして、土地は買うよりも借りる方がいいというのもまた事実だ。農業生産法人ゆえに農地所有は可能だが、持て余しそうで少々臆しているのもある。
「やってやれないことはないじゃろう。栽培計画を見直せばいい」
嗣郎は文書のページをめくって、莞爾の作った年間の栽培計画を見せる。
「まだ甘いのう」
莞爾はぐうの音も出ない。当然だ。嗣郎は大ベテランなのだから、莞爾なんて赤子もいいところだ。
嗣郎は胸ポケットから取り出したペンでサラサラとチェックを入れ、いくつかの品目については二重線で消してしまった。
「もっと細かく予定と予備日、期限まで切るんじゃ」
「りょ、了解です……」
莞爾はふと思い出した。
――仕事、我意はあるべからず。目上の人にしたがふべし。
孝介は小さくなった莞爾の肩を叩いて、彼のグラスに焼酎を注いだ。