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旧友と動揺

 実のところ、莞爾は穂奈美が外務省でどんな仕事をしているのか詳しくは知らない。


 入庁してしばらく後に「日本、スパイ、多すぎ」などと飲み屋で漏らしていたので、きっとその手の関係がある部署なのだろうと思っていた。


 莞爾はそれを聞いて「公安じゃあるまいし」と言い返したが、外務省は外務省で独自のコネやパイプがあるらしかった。


 しかし、外務省の役人は世間一般的にエリートである。


 そんなエリートがパリッとしたスカートスーツを着て、ど田舎の古い日本家屋の居間で粗茶を啜っているというのも、滑稽(こっけい)に見えるものだ。


「初めまして。わたくし、外務省の伊沢穂奈美と申します。本日は佐伯さんよりクリスティーナさんのことをお伺いして参りました。どうぞよろしくお願いします」


 莞爾はため息を内心に抑え込んで様子を見守った。仲間内では丁寧な挨拶などしないが、仕事モードであるならばこんなものだろう。それにしてもギャップが激しいにも程がある。


 クリスも思わず居住まいを正した。


「あ、ああ、このような身なりで出迎えたこと、誠に申し訳ない。もうお聞き及びのこととは存ずるが、私はクリスティーナ・ブリュンヒルデ・フォン・メルヴィスと申す者だ。所属はエウリーデ王国西方騎士団二番隊副長待遇だ。以後よろしく頼む」


 莞爾は穂奈美の目が一瞬吊り上がるのを見逃さなかった。きっと内心では狂喜乱舞しているのだろう。


「まずはいくつかご質問をさせていただきたいと思います。すでに佐伯さんよりいくつかお尋ねになられたかとは思いますが、確認の意味も含めてもう一度お願いします」

「無論、構わない。恥ずかしながら私も混乱しているところがある。説明に不備があれば、その都度指摘してもらえると助かる」

「では、そのように」



 穂奈美は莞爾に頼んでいた質問を繰り返した。多少詳しくなった程度でクリスの答えには変わりがない。


「なるほど。クリスティーナさんの仰るご自身の身分に関しては嘘偽りがないということでお間違いありませんね?」

「ああ、そうだ」

「ただ、我々はエウリーデ王国という存在を存じ上げません。異世界……というものについては推測もできますし、似たような存在を提唱している科学者もいますが、何か証拠になるようなものはございますか?」

「証拠、か。それならばすでにホナミ殿も証拠を目前にしているではないか」

「と申しますと?」

「私と貴殿が会話をし、意思疎通ができている。これは異言語翻訳の魔法が機能しているからだ」

「なるほど。では、先にそれについていくつか検証を済ませてしまいましょう」


 穂奈美は莞爾を呼び寄せて異言語翻訳をしているという兜を持たせた。


「莞爾くん、その兜を持ってちょっと外に出てきてくれるかしら」

「ああ、言葉が通じるか確かめるんだな?」

「そうよ。通じなくなったら携帯に着信入れるから」


 そうして兜を持った莞爾が外に出て家から離れると、凡そ二十メートル弱の地点で着信が入った。

 すぐに莞爾が戻り、穂奈美は「間違いないようです」とクリスに謝罪した。


「いや、疑う気持ちもわかる。頭を上げてくれ」


 クリスが思い出したように異言語翻訳はオンオフができると言えば、穂奈美は「まあ機能を調べることもできましたし」とやんわり返した。


 そしてまたいくつかの質問が繰り返された。


「——では、その転移魔法陣のスクロールを無意識に作動させた結果、この近くの山に転移してしまったと。そういうことですね?」

「ああ、そうだと思う。確証はないが、それしか考えられない」

「その転移魔法陣のスクロール、ですか。クリスティーナさんは複製することは可能でしょうか」


 穂奈美の言葉にクリスは視線を鋭くした。


「残念ながら、私は実技こそ自信があるが、魔法陣について詳しくはない。それに先ほども申し上げた通り、転移魔法陣は禁術に該当する。本来であれば私も公には使用することが認められていない代物なのだ。そもそも禁術とは言うが、本来は危険性を考慮した上で国家機密に指定されていたものだ。お役人である貴殿には転移魔法の危険性について想像がつくかと思う」

「なるほど。理解できます。失礼なことを申し上げたようです。ご容赦ください」


 彼女は転移魔法陣が使えるなら色々と助かると思ったようだが、そう上手くはいかなかったようだ。


「質問を変えましょう。クリスティーナさんは魔法を使えるということですが、わたくしの前で実演していただくことは可能でしょうか?」

「もちろん可能だ。だが、前以て言っておく。私は騎士であって魔導士や魔法使いではない。それなりの使い手だと自負しているが、本職に比べれば数段劣るはずだ。それと、我ながら恥ずかしい限りだが、私は大魔法の類を修めていない。これは私の魔法学的個性と、騎士という職業的性質によるものだ。ニホンでは魔法が存在しないと聞いた。想像しにくいこととは思うが、例えるならば、私の魔法は多種多様な威力の劣る矢を連射できる弓手のようなもので、大弩のような破壊力を持っているわけではない」


 その辺りは思うところもあったのだろう。まあ、魔法を知らない日本人に前置きをしてもあまり意味はないことだ。穂奈美は頷いて「外の方がよいですか?」と尋ねた。


「いや、初歩中の初歩ならばここでもできる。別に危険性はないので安心してくれ」


 そう言って、クリスは人差し指を顔の前に出した。

 穂奈美はやはり魔法だから詠唱があるのだろうか、と期待していたが、呪文の類はなかった。


 人差し指の先に小さな火が灯った。


 手品レベルかもしれないが、莞爾も穂奈美も驚いた。


「これが一番最初に教わる初歩中の初歩だ」

「呪文を唱える、などの動作は不要なのですね」

「ははっ、いや呪文も確かにある。だが省略することも可能だ。それに戦場では呪文を唱える暇などないし、もしも呪文を唱えている魔法使いがいれば、一番に狙われるだろう」


 確かに、と莞爾は頷いた。敵からバレバレだ。それに敵が魔法に精通していればどんな魔法かも知られてしまう。呪文など無い方がいいのだろう。


「私のような騎士の場合は、基本的に初歩的な魔法を駆使して近接戦闘を行う。敵を倒す、という目的ではなく、主に撹乱や陽動に使うのだ。もっとも、魔導士や魔法使いともなれば話は別だ。彼らは魔法を使うのに適したスタッフを持っているし、呪文を詠唱せずに殺傷力の高い魔法を行使できる」


 一方で、穂奈美の方は詠唱しないということがショックだったらしい。それでも食いつきぶりは凄まじかった。


「た、例えば珍しい魔法などは使えますか?」

「珍しい魔法、か。治癒魔法の初歩もいくつか使える」

「治癒魔法!」

「ああ。とはいえ傷を治すような大魔法は無理だ。せいぜい傷の治りをわずかに早めたり、失った体力を底上げする程度のものだ」


 魔法とはいってもそんなに都合の良い代物ではないようだ。


「ちなみにその体力の底上げをする魔法はどれくらい使えるのですか?」

「そうだな……一刻あたり五、六回が限度だろう」

「ふむふむ」


 なんだか穂奈美の個人的な質問になり始めてしまった。

 莞爾はため息をついて会話を中断させた。


「穂奈美。申し訳ないけど、俺もまだ仕事が残ってるから、畑に行ってくる。二時間もしないで戻るから、それまで頼めるか?」

「ん? ええ、別に構わないわよ」


 クリスは不安げな表情を浮かべるが、莞爾は笑って言った。


「大丈夫。彼女は悪い奴じゃないよ。それに穂奈美も、もう少し砕けたらどうだ?」

「それもそうね」


 不安げなクリスに対して穂奈美はけろっとしていた。


 莞爾が軽トラに乗って出て行くと、それを待っていたかのように穂奈美は微笑んだ。


「かたっ苦しいお話はここまでにしましょ。わたしのことは穂奈美って呼んでね」

「むっ……雰囲気が違いすぎるな」


 クリスは唖然(あぜん)として言ったが、穂奈美はオンとオフの差が激しい人間なのだ。


「では、私のこともクリスと」

「いやーん、クリスちゃん可愛い!」


 視線を逸らそうとしたクリスに、穂奈美がにじり寄ると、クリスは咄嗟に後ずさった。


「逃げないでもいいじゃなーい」

「いや、その……」

「ねえねえ、異世界のこと色々教えて」

「それは、構わないが……」

「うふんっ、代わりに莞爾くんのことも教えてあげるから」


 異世界の事情と莞爾の個人情報とでは釣り合いがとれないし、穂奈美はほんの冗談のつもりだったのだろう。クリスの反応を見て、真顔になってしまった。


「なっ、カンジ殿のことか!? ほ、本当か!?」

「……予想外だわ」

「その、私は困っていることがあるのだ!」

「困ってること? 莞爾くんのことで?」


 クリスが頷く。穂奈美は彼女が莞爾のことで困る理由はなんだろうかと推測したが、デリカシーが乏しい点と、気遣いができない点ぐらいしか思い浮かばなかった。いや、その二点だけでも男として重大な欠陥ではあるが、穂奈美からすると莞爾は不器用なだけで人畜無害な男である。


「うーん。あの裸にリボンでも襲わないようなヘタレ相手に困るようなことねえ……」

「そ、そそ、そうなのだ……」

「そうよね。彼って行くべきところで踏み止まるようなヘタレ——は?」


 今、クリスは何と言ったか。頭の中で巻き戻して、穂奈美は大声を出しそうになり口元を手で抑えた。


「……く、詳しく、説明してくれるのよね?」

「詳しくと言われても、私もよく……あの、目が怖いのだが……」

「く、わ、し、く……教えてくれるわよね?」

「わ、わかった。覚えている範疇(はんちゅう)で詳細に……」

「よろしい」


 たとえ女騎士といえども無防備な女の子である。聞けば十八歳というではないか。違法ではないのだとしてもそこは大人として看過できない部分があって然るべきである。


 穂奈美としては「こんな可愛い子と一晩一緒に過ごせるなんて羨ましいにも程があるわ。わたしだったら絶対にくっころさせてたのに」などと意味のわからないことを考えていた。


「——ふむ。それで、お風呂を用意してくれたのね」

「そうなのだ。カンジ殿は外で窯の番をしてくれていた」

「それで?」

「どうやら私は疲労のせいもあってお湯の中で眠ってしまったようなのだ」

「ふむ。続けて」

「気づいたら、布団とやらに寝かされていて、浴衣とかいう着物を着ていた」

「……そう。それは怖い思いをしたのね」

「怖い?」

「違うの?」


 聞き返すと、クリスは意外にも首を横に振った。


「怖いとは思わなかった。カンジ殿は迎え入れてくれたときも優しかったし、今朝も私を気遣って聞かないでいてくれた……それに……」

「それに?」


 クリスはもじもじと内腿を擦り合わせて、間に両手を挟んでいる。その様子が可愛くて穂奈美は鼻息が荒くなりそうだった。


「メルヴィス家の女として……裸体を見せるのは……その、お、おお……夫、にしか許されない……のだ」


 穂奈美は漠然と「なるほど。これが文化の違いか」などと見当違いなことを考えていたが、その一方で「なにこれ羨ましい」とも思っていた。


「ほほーう。それで、困っているというのはつまり、クリスちゃんの裸を莞爾くんは目撃しているはずなのに、今朝から全く気にする様子もないので、逆にどう接すればいいのかわからない……ってところかしら?」

「む、むぅ。あながち外れてはいないが……じ、自分でもよくわかっていないのだ」

「ふーん……」


 十八歳か、と穂奈美は頬杖をついて物思いに耽った。


 十八歳と言えば大学に入学して、ちょうど莞爾と出会ったころだ。

 デリカシーはなかったが、莞爾は優しくて包容力があった。「気にすんな」が口癖なのは今も変わらない。


 気づけばいつのまにか男女の仲になっていて、二年ほど付き合って穂奈美の方が耐えられなくなった。もっと図太い女だったならば調子に乗っていたかもしれない、と穂奈美は自分の良心に驚いた覚えがある。


 過去を思い出して、いざ目の前の赤面したクリスを見ると、純粋に「若いわねえ」という感想しか思い浮かばない。


 昨日今日会っただけの関係で、体を見られたかもしれないが、実害もなかったのだし、普通は「なかったこと」にしてしまう。クリスもまた少しネジがずれているのかもしれない、と穂奈美は苦笑した。


「メルヴィス家の家訓はわたしは知らないけれど」


 そう前置きをして微笑んだ。


「あまり気にしないでもいいと思うわよ。体を見られたって減るものじゃないし、莞爾くんは……まあ人並みに性欲もあるけれど、理性のない行動は絶対にしないから。それに彼が怖いならわたしの方でクリスちゃんを保護することもできるわ」

「……私は……わからないのだ。自分の価値観がこのニホンでは通用しないことなど嫌という程にわかった。カンジ殿は農民であるし、本来であれば裸を見られたからと手打ちにしても……エウリーデ王国ならばおかしな話ではない。そうだ。私は別にカンジ殿に思うところがあったわけではないのだ。ホナミ殿が言ったように、“なかったこと”にしようと思った。カンジ殿もそこには触れなかったから、これは幸いだと……」


 けれども、わずかな時間をともに過ごしただけで、自分の気持ちがわからなくなってしまった。


 困った時に泊めてくれた恩人、という一言では片付かない感情だった。


 悲しみをひた隠しにして自分を保とうとするのに精一杯だったのに、決してそれを瓦解(がかい)させてはならないのに、彼は平気で優しい言葉をかけてくる。きっと彼は優しい(なぐさ)めの言葉のつもりで言ったわけではなかっただろう。


 他の誰が聞いてもきっと慰めの言葉にさえなっていないと言うことだろう。けれども、クリスには彼の「美味いものでも食おう」という言葉が「泣いてもいいんだぞ」とか「強がらなくていい」とか、そんな上部だけ取り(つくろ)った言葉とは正反対の言葉に思えた。


 騎士であろう。誰が見ていなくても誇りのある騎士でいよう。


 そんな自分の中に刻み込んだ思いを認めてもらえたような、そんな気がしたのだ。


「カンジ殿は下手くそだ。私が悩んでいるのなんかお見通しのくせに、土足で踏み込んで、まるで自分を見失うなと言っているようだ」

「……そう」


 それは恋心、というには程遠い感情なのだろう。


 穂奈美も想像はつかない。


 そもそもが現代に生きる彼女が、女騎士として戦場からやってきたクリスの気持ちなんてわかるわけもない。


 ただ、きっと複雑なんだろうと推測することしかできないのだ。


「私は……きっと悔しいのだろうな。伝令という口実を作ってまで逃がしてくれた団長も、殿に残った仲間たちも、きっと(しかばね)を晒しているはずなのに、自分だけこうして生きていることが……どうにも情けな——」


 クリスは口を噤んだ。

 初めて会った女性だと言うのに、一体何を話しているのだろうかと。それこそ情けないと思った。


「いいわよ、別に。私は別に莞爾くんに告げ口なんてしないし、女の味方よ。いくらクリスちゃんが騎士だとしても……やっぱり女の子は女の子だもん」


 穂奈美からすれば、強くあろうとするクリスの心は輝いているように見えた。自分ではこうはいかないと。

 けれども、それはそれで良いことなのかと言えば、そうでもないだろうと思った。


 今はまだ実感が湧いていないだけで、日が経つにつれて異世界に来てしまったことを如実(にょじつ)に感じていくだろう。元の世界に残した未練に心を悩ませる機会が増えることだろう。


「話を戻すわね。クリスちゃんは莞爾くんに困っていると言ったけれど……たぶん戸惑っているだけね」

「戸惑っている、のだろうか」

「たぶん、ね」


 そう言われてみれば、すとんと胸に何かが落ちたような気がした。


 混乱や呵責(かしゃく)が結果的に莞爾への態度にすり替わっただけと思えば、クリスは納得できた。


「少し真面目な話になるけど、クリスちゃんには色々と検査を受けてもらうわ。異世界人なんて普通あり得ないし、サンプルを取る必要もある。でも、安心して。今時人体実験なんて流行らないから。普通に病院で各種検査をして、それから……まあ日数は少しかかるけど、わたしも上司に相談してクリスちゃんの戸籍をどうにかするから。魔法というのも気になるし、もしかしたら医療分野とか先進技術とかに活用できる何かがあるかもしれない」


「私が何か役に立つのか?」

「今はまだわからないけれど、国側としてはむしろ歓迎するわよ。問題はその検査が終わってからの未来よ」

「未来……」


 穂奈美は姿勢を正してまっすぐにクリスを見つめた。


「できるだけ要望は聞きたい。クリスちゃんが望むのなら都内で護衛をつけて生活してもらうこともできる。少なくともこんな田舎よりも便利ね。でも、考え方によってはこういうところの方がクリスちゃんには良いのかもしれないわね。一番後腐れがないのは……そうね。諸々の検査が終わって国籍をでっち上げたら、莞爾くんのお嫁さんになる、かな」


 澄ました顔でさらりと言われて、クリスは一瞬思考が飛んだ。


「……莞爾くんのお嫁さんは嫌? メルヴィス家の女は裸体を見せるのは夫だけなんでしょう?」

「そ、そそそ、それは……ええええ!?」

「悪くないと思うわよ? 莞爾くんは優しいし。女心を理解してくれないのが玉に瑕だけど」

「わ、わわ、私は……」


 クリスは赤面して口を震わせたが、結局頭を抱えてしまった。



***



 一時間ほど畑仕事をして家に戻った莞爾は、冷蔵庫から麦茶を取り出して飲み干し、二杯目を注いで居間に行く。


 すると穂奈美とクリスは思いの外仲良くなったようで、あれやこれやと話が盛り上がっている様子だった。


「ただいま。仲良くなったんだな」

「あ、おかえり、莞爾くん」


 穂奈美は笑みで迎えてくれるが、クリスはじっとりと睨みつけるような視線を向けてくる。


「おい、穂奈美。何があった?」

「さあねえ」


 絶対に何か知っている。だが、それを聞くのは何か怖い。


 座るのをやめてまた庭に行こうかと思ったが諦めて座った。するとクリスがにっこりと微笑んだので、莞爾は勘違いだったかとほっと胸を撫で下ろした。


「カンジ殿。ホナミ殿からお聞きしたのだが……お二人は以前男女の仲にあったとか」


 咄嗟に穂奈美の方を見ると舌を出して目を逸らしていた。


「大人になれば恋仲など珍しい話ではないのはわかる。だが……だがっ! にっ、にくっ、にくひゃぃはんへいっ——」


 噛んだのが恥ずかしくて蹲るクリスを他所に、莞爾は頭をかいて穂奈美を睨んだ。


「……言ったのか?」

「別に困らないでしょ?」


 言われてみれば確かに困らない。別にクリスに穂奈美との過去の話を知られたところで、今は昔だし、クリスは無関係だ。


「まあ、気にすんな。どうせ昔の話だ。今は友人。普通の友達なんだから」

「そ、そう……なの、か?」


 顔を真っ赤にしたまま上目遣いで見つめられて、莞爾は息を飲んで背を仰け反らせた。破壊力があり過ぎた。

「あららー?」


 穂奈美が興味深そうに視線を向けてくるのを睨みつけてやるが、どうやらクリスは物申したいことがまだあるようだ。


「だ、だだ、だが、だがなっ! カンジ殿! いくら昔の話とはいえ、ひゅしだら——ふにゅぅ……」


 どうあっても噛んでしまうらしい。

 莞爾はやれやれと頬をかいて麦茶を飲んだ。

ついついシリアス路線に走りがちになってしまう癖をどうにかしたい。

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