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  閑話 シスコン英雄とチビ魔導士

みなさんお忘れかと思いますが、実はこの作品のジャンル……ローファンタジーなんです。

 長く、辛い戦いが終わった。


 王都から駆けつけた援軍がモザンゲート砦の蛮族どもを打ち破ったのだ。




 モザンゲート砦陥落の伝令が立ち、二日もしないうちに援軍の先陣がやってきた。


 砦も陥落し、残された廓の一角で騎士達は弄ばれるように戦い続けていたのだ。最後までこの命は王国のために使うのだと。誰が自刃などしてやるものか、討ち取られるその時まで必死に生きあがいてみせると。


 敵の数はおおよそ五千は下らない。


 伝令は王都にたどり着くことができるだろうかと心配は絶えなかった。その間にも仲間たちは次々と死んでいった。もはやここまでかと思ったその時だ。彼らは驚くべきものを見た。


 蛮族どもが慌てふためき、次々に宙を舞い始めたのだ。


 やがて砦の中に人波が分かれ、一本の道ができた。


 びっしりと埋め尽くされた杭の隙間から、満身創痍の男が覗くと道の先に一人の男が立っていた。



「……あれは!」


 その男はエウリーデ王国が誇る英雄。齢二十三にして千の軍勢を撃破した猛者。人は彼を崇め、妬み、その人柄に信頼を寄せる。良くも悪くも武神の化身とも称される男だった。


「バルトロメウス……英雄、英雄だっ! バルトロメウスが来たぞ!」


 生き延びた騎士達は誰もが血に塗れ、手当もできていなかった。それでも重たい体を動かして英雄の勇姿をその目に刻みつけた。


「朱色の甲冑に金色の槍、長い金髪に碧眼……手甲に輝くメルヴィス家の家紋……まさしく、あの者は、あの勇姿は、バルトロメウス・フランツ・フォン・メルヴィス」

「なんという勇ましさ、男ぶりだ。くっ、男が漢に惚れるとはこのことだ」

「我々は……我々も戦うのだ! あの男に手柄を横取りされてたまるか!」

「ワグナー!? だ、団長、どうしますか!?」

「はっ! 決まっている! 我らは何のための騎士だ!?」

「そ、それは……」

「王国に騎士ありと言わしめん! あのような化け物のおかげで今の王国があるなどと思われてたまるものか!」

「はっはっはっ! 話し合っている暇があるなら俺が行くぞ! ここにあるはゲルゴール・デニス・フォン・ハルマン! いざっ、先陣を切り開かん!!」


 颯爽と杭を飛び越えて走り出す騎士に、他の者たちも自暴自棄気味に飛び出した。


「あんた、結婚式挙げる予定だろうが! 少しは自重しろおおっ!」

「はっはっはっ! このまま帰ったらエリーゼから殺されるわっ! エリーゼよりもこの戦場の方がぬるい、ぬるすぎるっ!」


 男たちは死力を振り絞って戦った。


 蛮族どもは予期せぬたった一人の化け物に逃げ惑い、騎士たちは獅子奮迅の活躍を見せ、鎧袖一触の勢いで蛮族どもは駆逐された。


 やがて、モザンゲート砦から蛮族どもが逃げ去って行く後ろ姿を眺めながら、男たちの勝鬨が森に木霊した。


「我らの勝利だああああっ!」

「おおおおおおおっ!!」


 また間も置かずにやってくることなど目に見えている。けれども、今はこのひと時の勝利に酔っていたかった。


 残った騎士は二十名ほど、兵士にいたっては十名余り。そこにたった一人の化け物が加わっただけだった。つくづく蛮族どもの悪趣味に感謝するしかない。


 砦に入った敵は二百名程度だろう。だとすれば、外にはまだ五千近い敵が残っている計算になる。


 けれども、戦とは勢いだ。士気が高ければ大軍など何するものぞ、と騎士たちはめいめい気持ちを引き立てた。


「シドラー団長!」


 バルトロメウスは勝利に酔う男たちをかき分けて団長のもとに歩み寄った。


「バルトロメウス殿……此度の援軍、まことにかたじけない」

「そんなことはどうでもいい」


 彼はそういう男なのだ。戦うことに一切の恐れなどない。それよりも怖いことがある。シドラーはそんな彼の性格をよく知っていた。


「……クリスティーナのこと、だな」

「ああ。愛しい、目に入れても痛くないほどの我が妹だ。姿が見えないのだが……」


 バルトロメウスは重度のシスコンだった。彼の日記帳にはクリスティーナへの愛で溢れている。どんなに優れた人間にも、欠点のひとつやふたつはあるものだ。まさしく、天は二物を与えずとはよく言ったものである。


「よもや、死んだなどとは言うまいな!?」

「……保証はできぬ。けれども、彼女ならば生きているはずだ」

「意味がわからぬ……どういうことだ?」


 シドラー団長は拳をぐっと握って言った。


「つい二日前の夕刻だ。この砦も陥落することが目に見えていた。ゆえに五名ほどを王都への伝令に遣わした。その中に彼女がいた」

「それは……」


 バルトロメウスはシドラー団長の心遣いに感謝した。


「すまなかった。そして、お気遣いいただき有難い」

「気にするな。彼女の足の速さならば王都にもすぐ報せが行くだろうと思っただけのこと」


 口ではそう言いながらも、まるで自分の娘のように思っていた。シドラー団長はクリスを死なせたくなかった。


 バルトロメウスは小さく安堵の息を漏らした。我が妹ならば早々に死ぬことはなかろうと思った。


「して、今後のことだが」

「うむ。貴殿もお分かりと思うが、外にはまだ多くの敵がうろついている。ここに来るまでに多少は減らしたが……すぐにでも軍をまとめて攻めてくるだろう。援軍の到達は……早くて明後日」

「明後日……では、最初の伝令からすぐに陣触れを行なったのか」

「その通りだ。陛下のご聖断よ。援軍は先陣に千、続き二千、後詰は公爵閣下率いる五千!」

「おおっ! まさか公爵閣下までもご出陣くださるとは! まだお若いのに、ご立派に成長されたものだ!」


 シドラー団長はようやく近くに腰掛けて息を吐いた。


「では、援軍の来るまでなんとか持ちこたえれば……」

「うむ。それまではこのバルトロメウスが助太刀いたそう」

「くくっ、貴殿の助太刀とは心強い! だが、それはそれで腹がたつものだな! はっはっはっ!」

「ふむ。己はそこまで妬みを買っているのか」

「……ひとつ気になったのだが」

「なんだろう」

「近衛騎士であり陛下の最側近である貴殿が、なぜこの戦場にいるのだ?」

「妹のために決まっているだろう、貴殿は何を馬鹿なことを言っているのだ」

「嗚呼……いや、聞いた私が馬鹿だったな」


 この男は、と思わずにはいられない。

 第一に守るべき国王を放置して、たった一人で妹のために戦場に駆けつけるなど、大馬鹿者に違いない。けれど、それがまた憎めない。シドラー団長はいいかげん陛下もお怒りではないかと心配になった。


 けれども、豪放磊落な性格である国王陛下のことだ。もしかすると「さっさといけ、このシスコンがっ!」と追い出した可能性も……無きにしも非ずだ。何より、今の国王は家族を殊の外大事にする人物だ。バルトロメウスの生き方に共感こそすれ、非難することはないだろう。


「まあ、よいか。さて、王国一の英雄殿。軍議を始めよう」

「うむ。己のことならば、好きに使ってくれ」

「皮肉に気づかぬから妬まれるのだ、まったく」



***



 援軍が到着したのはバルトロメウスの予告通りだった。


 最初に千の援軍がかけつけ、蛮族どもを撹乱し、混乱に乗じて砦に入った。その後、二千の援軍が蛮族の後方を脅かし、後詰に来た公爵率いる五千の兵が真っ正面から衝突した。


 蛮族どもは瞬く間に駆逐され、壊滅し、残党は剣も盾も投げ捨ててほうぼうの体で逃げ出した。



 バルトロメウスと騎士たちが王都に凱旋を果たしたのは、援軍が到着してからひと月後のことだった。


 メルヴィス家の実家に戻ったバルトロメウスはクリスが戻っていないことに驚いた。

 どこかで道草を食うような妹ではない。


 もしや道中で何かに巻き込まれたのかと思い、モザンゲート砦までの道のりで通る町や村で自ら聞き込みをした。しかし、クリスが来たという情報はどこにもなかった。


 やがて、戦死者報告がまとめ上げられたが、その中にもクリスの名前はない。


 彼女の痕跡を追って、騎士たちも砦の周辺を探索したが、かくたる証拠は見つからなかった。


 よもやオークやゴブリンの餌食になったのではないかと、騎士団が総出で魔物の群れを駆逐していったが、ついぞ彼女の痕跡を辿ることはできなかった。



「クリスが、逃亡した? そんな、そんな馬鹿なことがあるか!!」


 バルトロメウスは王城で同僚の近衛騎士にクリスを蔑まれた。彼を嫌うものは大勢いた。彼は国王からの信頼も厚く、そして彼自身も実力者だったのだ。だからこそ出世を阻むものとして嫌われることが多かった。


 彼はなんとかクリスを探そうと躍起になっていたが、それでもいつまでもクリスのことを放置しておくわけにはいかないと、軍部の判断で、彼女は「逃亡兵」として指名手配されることになった。


 見つけ次第捕縛せよ、抵抗する場合は殺しても構わぬと。事実上の戦死認定に近かった。


 バルトロメウスは荒れに荒れた。悲嘆に暮れた。


 もうどこかで死んでいるかもしれぬ。それだけは信じたくなかったが、信じたくないと思えば思うほど、それが真実にしか思えなくなった。


 いっそ近衛騎士を辞めて彼女を探す旅に出ようかとも思った。


 そんな時である。


 とある女が訪ねて来た。彼女の名はルイーゼ・カーラ・フォン・シュトラウス。クリスの友人であり、宮廷魔導士として認められた若き天才研究者でもあった。


「バルトロメウス様……ずいぶんとやつれましたね」


 街角の、商人が飲むような酒場だった。カウンターに突っ伏しながらも酒を飲み続けているバルトロメウスの隣に、ルイーゼはちょこんと腰掛けた。


「……相変わらずお主はチビだな」

「人が気にしていることをよくも抜け抜けと言えますね……まあ、ボクは寛大なので怒りませんけど。怒りませんけどね!」


 大人用のローブを着ているのに、裾が床に擦れている。身長はバルトロメウスの胸までしかなかった。彼もそれほど背が高い方ではないのにだ。


 ルイーゼは店主に金を払ってエールをもらった。アルコールが入っているかどうかもわからないような酒なのに一杯で銅貨五枚も取られた。それをちびりちびりと飲みながら言う。


「クリスのこと、聞きましたよ」


 バルトロメウスは答えない。ルイーゼは続けた。


「実はこれ、機密に関することなので秘密にしたかったのですが、陛下からもバルトロメウスを見ていられないと言われまして……お話しようかと」

「……一体何の話だ?」


 そこで初めて彼は顔を上げた。疑うような視線だった。

 ルイーゼは店主が見えなくなったのを見計らって耳打ちするように小声で言った。


「実はボク、クリスに転移魔法陣のスクロールを渡していたんですよ」

「は……お主は自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「ええ、もちろん。ボクはクリスに死んでほしくなかった。だからスクロールを渡した。それじゃあダメですか?」

「……続けろ」


 バルトロメウスの目に光が戻った。妹が生きているかもしれない。その可能性が彼の脳裏に焼きついた。


「彼女に渡したスクロールは魔力に反応して発動するタイプのものです。ですが、通常の騎士が行使する魔法の魔力程度では反応しません」

「……それで」

「もし仮に彼女が転移魔法陣のスクロールを反応させたとすれば、意識的に使用したか、あるいは無意識下でとっさに大出力で魔力を放出し、それに反応したのでしょう。さらに言えば、状況として彼女は伝令を任されていましたので、意識的に使う暇があったかどうか……怪しいものです」

「な、ならば、クリスはっ!」


 ルイーゼは口元を拭って得意げに頷いた。


「ボクの推測が間違っていなければ、クリスは転移魔法陣によってどこかに飛ばされた可能性が高いです」

「どこだっ! どこに飛ばされた!?」


 バルトロメウスは思わずルイーゼの肩を掴んで揺さぶった。彼女は盛大にエールをこぼし、頭を揺さぶられて目が回った。


「ちょっ、ちょっと、落ち着いてくださいよっ!」

「す、すまん……」


 大きなため息を吐いた後でルイーゼは真剣な眼差しを向けた。


「ボクが渡したスクロールです。使い方は心得ています。本来の使い方は精神統一をした後に、魔力をじわじわと放出しながら、転移先を確実に想起した状態で一気に魔力を解き放ちます。それでも成功率は八割程度です」


 ルイーゼは「けぷっ」と小さくゲップをして続けた。


「もしクリスがとっさに魔力を放出して、スクロールが反応したとするならば、正直転移先はどこかなんて皆目見当がつきません」

「それではクリスの居場所がわからない、ということか……」


 バルトロメウスはやはりそんなに簡単な話ではなかったのだと悲嘆した。けれど、ルイーゼは人差し指を立てて言った。


「そこでご提案ですよ、バルトロメウス様」

「提案?」

「ええ。クリスと血の繋がりがある人物……本当は彼女の子孫がいればもっとやりやすいんですが、とにかく兄弟や両親の血液サンプルを集めてください」

「待て、それを集めてどうするつもりだ?」

「血液に含まれる情報からクリスの魔力を推定し、魔導具を作って彼女の痕跡を追います」


 バルトロメウスは目を見開いた。そんなことできるわけがないと思った。


「しかし……だな」

「妹に会いたいのではないのですか?」


 馬鹿にするような目をしていた。お前の愛はその程度のものかと。だからバルトロメウスは立ち上がった。


「あいわかった。やろう。全てお主に委ねよう」

「ええ、全て任せてください」

「うむ。それで、集めたとして、一体どれぐらいの期間が必要なんだ?」

「……最低でも三ヶ月」

「意外と早いではないか!」


 けれど、ルイーゼは首を横に振った。


「ちょうど研究中の魔導具があります。それが完成するのが最低でも三ヶ月です。協力者がいれば完成後に血液サンプルから推定したクリスの魔力を追えます。けれど、実質は無理でしょう」

「なぜだ、協力者くらい——」

「そんなことできる魔法使いなんて、この国にはボクしかいませんよ」


 その一言で、バルトロメウスは理解した。クリスを探すことがどれほど難しいのかと。けれど、自ら足で稼いでもいつになるのかわからない。ルイーゼに頼るのが最善だともわかるが、その間、自分が何もできないのが歯痒かった。


「お気持ちはお察ししますが、現実的に考えて……おそらく半年以上はかかります。それでも順調に行けばという話で、ボクは一年以上かかるかもしれないと考えています」

「一年……」

「それまで、バルトロメウス様は待てますか?」

「……わからぬ。クリスを本当に探しだせるのか?」


 どこに行ったかわからない妹の行方を、当てずっぽうで探したところで意味がない。彼はそのあたりは冷静だった。


 ルイーゼはまな板のような胸を叩いて言った。


「お任せを! ボクの辞書に不可能という言葉はありませんよ!」


 バルトロメウスはしばらく放心し、それから大声で笑い出した。


「はっはっはっはっはっ! とんだチビがいたものだっ!」

「なななっ! またチビと言いましたね!? でも、ボクは怒りませんよ! 寛大ですからね! 寛大なんですから!」


 バルトロメウスはがしがしとルイーゼの頭をかき乱した。彼の少し前までの死んだような面が、生まれ変わったかのように燦々と輝いた。


「待っていろ、クリス。愛しい妹よ。己は愛する妹の嫁入り姿を拝むまでは決して諦めんぞ!」

「……というか、嫁入りさせる気があることに驚きましたよ、ボクは。王国臣民が知ったら飛んで驚きますよ。あの変人な英雄が妹を嫁に出すつもりだって」


 バルトロメウスは「やっぱり嫁には出さん」と決意した。


 ルイーゼはクリスの将来を思ってため息を吐いた。





本当は「12月(1)」の前に入れたかったんですけれど、そうするとクリスの葛藤からシリアス感がゼロになっちゃうので仕方なく……

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